クッキーと紅茶と(南京事件研究ノート) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2037-12-13

[]主な記事のリスト


歴史修正主義の一大トピックである南京事件」にモチーフを絞り、日本軍史料から同事件を実証的に考察しつつ、南京事件否定論が「偽りの問題設定」の上に構築されていることを明らかにしていく。

時間がないかたはこのエントリをお読みください。

南京事件どっちもどっちなので保留」派は日本側史料を読むといいよ」

http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20090602/p1







南京事件関連

南京事件は、日本軍の「自国兵士への虐待から始まった

http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20051202

南京事件子ども達にどう伝えるか、という難問

http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20051024

南京事件=ただのプロパガンダ」説のアキレス腱は「日本軍史料

http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20060804

「南京攻略時に約四、五万に上る大殺戮」(岡村第十一軍司令官が宮崎参謀原田少将萩原中佐より聴取した内容)

http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20060701

捕虜殺害/死体の揚子江投棄を目撃した早尾乕雄陸軍中尉

阿南惟幾陸軍省人事局長の報告/田中新一・陸軍省軍事課長の所見

http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20060718

南京事件否定派はなぜ「現代歴史学南京事件」を10ヶ月無視し続けるのか?

http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20070313/p1


靖国遊就館史観関連

靖国神社と「ほめてごまかすメソッド

http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20060904

靖国神社と「ほめてごまかすメソッド」追補編1

http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20060908

2013-08-14

石川達三「生きてゐる兵隊」は、発禁直後に中国語訳され刊行されていた

NHKスペシャル「従軍作家たちの戦争」を視聴した。

http://www.nhk.or.jp/special/detail/2013/0814/index.html

日中戦争時代、『麦と兵隊』で国民作家になった火野葦平が克明に記した20冊もの従軍手帳が北九州・若松に遺されている。この程、全貌が明らかにされ、陸軍報道部を中心としたメディア戦略が浮かび上がってきた。当時、中国の蒋介石政権日本軍の残虐行為国際社会に訴えていた。のちに陸軍報道部長となる馬淵逸雄は、これに対抗するため、火野を報道班に抜擢。徐州作戦に従軍させ、「兵隊3部作」はベストセラーとなり、映画化もされ、戦意高揚に貢献する。さらにペン部隊組織され、菊池寛林芙美子流行作家が参加していく。

太平洋戦争が始まると、火野はフィリピンで宣撫工作に従事し、大東亜文学者会議リードしていく。しかし、実際に火野が目にしたのは過酷な戦場の現実だった。戦後戦争協力で批判された火野は、自ら命を断った。作家戦争に動員した軍のメディア戦略火野葦平の軌跡を初公開の従軍手帳や関係者証言から描く。

この番組の前半で、石川達三「生きてゐる兵隊」が、発禁直後に中国語訳され刊行されていたことが紹介される。

上海図書館に所蔵されているのは2冊、それぞれ「活着的兵隊」と「未死的兵」というタイトルで、それぞれ1938年刊。「中央公論1938年3月号は発売前日に発禁になっているが、早い時点で中国語訳がなされていたことがわかる。



再放送2013年8月17日(土)午前1時30分〜2時19分(16日深夜)

2012-12-13

南京事件を「想像」する…松本清張「黒地の絵」を補助線に、南京事件発生75周年の日に

今日は、南京事件発生から75周年の日。

あえて、1950年の日本で起きた米兵暴行事件のことを書きます。


1950年7月11日、福岡県小倉市(現在の北九州市小倉北区)の城野(じょうの)にあるアメリカ軍キャンプから約200〜300人の兵士集団脱走し、キャンプ近隣の民家等に入り略奪や性的暴行などを行った。当時、朝鮮戦争においてアメリカ軍は劣勢で、多くの死傷者が出ていた。脱走した兵士は戦地に送られるためにジョウノ・キャンプに送り込まれ、全て黒人兵であった。

この事件は当時の日本のマスコミでは報道されなかった。


当時32歳で小倉に住んでいた松本清張は、作家として東京に居を構えたのち、事件8年後に短編小説「黒地の絵」を発表する。この作品は、現在新潮文庫に同題名で収録されている(この記事末尾を参照)

※【ご注意】以下、囲みで小説のあらすじや原文を書きます。ネタばれ注意。また、原文中には人種差別表現もあります。

あらすじ(青狐による)

脱走した兵士たちのうち6名が、炭坑の事務員として働く前野留吉と芳子の家屋に侵入する。留吉は縄で縛られ、芳子は性的暴行を受ける。芳子は命を取り留めるが「明日にでも死ぬ」と泣き叫ぶ。

留吉は自分の非力さを自責する。

51年、留吉は、ジョウノキャンプの中にある戦死体安置所に勤務している。彼は、自分たちを暴行した兵士の刺青を記憶している。

小説最後で、ある黒人兵の死体に向けて医療用メスで襲いかかる留吉の姿が描かれる。

留吉は同じ解剖室で働く歯科医から死体黒人兵が多い理由を教えられる。

歯科医の香坂はこう述べる。

「どうだい、君も気づいただろう? 戦死体は黒人兵が白人兵よりずっと多いだろう」

(中略)

「おれの推定では、死体黒人兵が全体の三分の二、白人兵が三分の一だ。黒人が圧倒的に多い、ということはだな、黒人兵がいつも戦争では最前線に立たされているということなんだ」

それを知った留吉は香坂にこう述べる。

黒人兵はそうされることを知っていたのでしょうか?」

(中略)

「殺されることをです」

(中略)

「殺されるとは思っていたでしょう。負け戦の最中に朝鮮に渡ったのですからね」

最後に留吉は独り言のように言う。

「黒んぼもかわいそうだな。かわいそうだが  」

しかしその事実を知ってなおかつ、留吉は復讐を行っている。


芳子や留吉に暴行を振るった兵士たちの境遇と、上海戦〜南京戦の日本兵のそれとは異なる部分も多いが、共通する部分も多い。少なくとも「自分たちは虐待されている」と感じている点は共通している。

虐待された者が、より弱い者を虐待することでつかの間の喜びを得る。このブログで繰り返し指摘してきた「虐待連鎖」(丸山真男の言う「抑圧の移譲」)の構図がある。

そして、その連鎖の終点に位置する被害者存在することも共通する。

前野芳子や留吉のような虐待を受けた1950年小倉市民、そして1937年の南京市民


南京事件当事者として立ちあっていない人間にとって重要なのは南京事件をどのように「想像」するかだろう。体験していない出来事を自らにたぐり寄せるには、さまざまな補助線も必要になるだろう。

「黒地の絵」は、その補助線の一つになる作品だと思う。

朝鮮戦争記憶する」ことを含めて、この作品が多くの方に読まれてほしい。

歴史修正主義の嵐が吹き荒れる前夜とも言える、この政治状況のなかで。


※ただし、松本自身の人種差別偏見先入観に基づく記述も多く、この作品はそういう問題をも含めて多角的に読まていく必要も感じる。

黒地の絵 (新潮文庫―傑作短編集)

黒地の絵 (新潮文庫―傑作短編集)

2012-07-18

ヤン・ダーチン(楊大慶)氏講演「浅い和解旧日本軍人の中国訪問と1950年代における記憶政治


岩波講座「アジア太平洋戦争」第5巻「戦場の諸相」に「南京残虐事件 原因論考察」という論文が収録されている、揚大慶氏(ヤン・ダーチン、ジョージワシントン大準教授)の講演が7/21にあります

国際交流セミナー

日時:7月21日(土)14:30−17:00

場所一橋大学佐野書院

http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

(上記国立キャンパス建物配置図の23番)

講師:楊大慶(ジョージワシントン大学准教授

演題:浅い和解旧日本軍人の中国訪問と1950年代における記憶政治

Thin Reconciliation: Visits of Japanese Officers to PRC and the Memory

Politics in 1950s

使用言語:日本語

*楊大慶氏はこの夏までの1年間は早稲田大学社会科学総合学術院で教えてお

られます

主要著作:

劉傑・三谷博・楊大慶編『国境を越える歴史認識―日中対話の試み』, 東京大学

出版会,2006

2011-12-12

12/14、外務省を包囲しよう!

※久しぶりの更新になります。別件に追われる毎日ですが、今日明日エントリ書きます

日本軍慰安婦被害者正義を!

日本全国、世界各地で同時に行う『韓国水曜デモ1000回アクション

外務省を「人間の鎖」で包囲しよう!

http://restoringhonor1000.info/

1991年8月14日韓国日本軍慰安婦被害者・金学順さんが初めて名乗り出て、既に20年が経過しました。また、翌92年1月8日に始まった、日本軍慰安婦」問題の解決を求める韓国水曜デモは、2011年12月14日で1000回を迎えます

 日本の植民地下での戦争によって強いられた苦しみと屈辱の体験を、勇気を振りしぼって証言したハルモニたち(朝鮮・韓国語で「おばあさん」の意味)。戦後韓国社会の中で蔑まれ、辛い人生を送らざるを得ませんでした。この事実はハルモニたちの勇気のある証言によって初めて明らかになりました。

 名乗り出た234名の被害女性は、現在齢80歳を超え無念のうちに亡くなられる方が相次いでいます。生存の方は65名になってしまいました。もはや時間は残されていません。

 国連などの人権機関からこの十数年の間出され続けてきた勧告や韓国・台湾・アメリカ・カナダ・オランダ・EU議会の決議も日本政府無視し続けています

本年8月30日には、韓国憲法裁判所が「韓国政府日本軍慰安婦』問題の解決のために日本政府と交渉しないのは憲法違反だ」との判断を示しました。そして韓国外交通商部は外務省政府協議を申し入れました。私たちは、日本政府韓国政府との協議に応じて、解決の道筋を進めることを要望ます

 雨の日も、雪の日も、そして炎天下でも、ハルモニたちは、毎週水曜日ソウルの日本大使館前にてデモを行ってきました。もうこれ以上、日本政府の黙殺を許してはいけません。被害女性名誉回復、被害女性への謝罪と賠償を一日も早く果たすよう日本政府に要求します

 その私たちの思いを訴えるため、韓国水曜デモが1000回を迎える12月14日外務省を「人間の鎖」で取り囲みましょう。日本全国、そして世界各国で同時に行われるアクションです。多数の参加がなければ実現しません。是非、多くの方に声をかけていただき、一緒にご参加ください。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

主催戦時暴力問題連絡協議会/日本軍慰安婦」問題解決全国行動2010

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

問い合わせ: ピースボート事務局 TEL:03-3363-7561