* 終われない群像
 一昨日の朝、NHKTVに内館牧子が出演して、映画の『終わった人』について
感想を述べていた。昨日、行ったシネマで、その映画の予告を流していた。
まあ、シリアスで内容は濃い。
 〜内容は二年前に、この随想日記で取上げているが…
【東大法学部卒で大手銀行に勤め、役員レースの手前で出向に出されて定年を
迎えた男が主人公。仕事一筋で生きてきて、終わりを迎えた男のあがく姿を…】
 
 今さらだが、私自身、27歳で事業を立ち上げ、40年近く、自由気まま?に
生きてきた。会社清算とはいえ倒産は倒産。万一を考え、シェルターを用意
していた為、最悪の事態を避けることが出来たとしても、「終わった人」。
 で何が悪い!と、自分に尻をめくってみても、何の不具合も利点もないし、
ただ、それだけ。 一般的に「終わった人」は定年になる。 

「自由ほど、不自由はない」をドップリと味わうしかないのが宮勤めの性。
じゃあ、如何すれば良かったか? それしかないのである、現実は!
内舘は、戸惑う彼らについて、
《まず「終わった人」を認めなくては! 東大出とか、一時はエリート社員だった
とかを、過去と認めて、再出発しなければならないのに、その逆を求めている人達。
同級会に久々に参加して、美人も不美人も、秀才、鈍才も横一線になった姿を見て、
このテーマを思いついた。》という。
 
 終われない人たちの物語だが、居酒屋、スナックには、その哀れな一群が
スーツにグリーンか、赤いネクタイをして、過っての仲間の噂話に花を咲かせる。
要するにゾンビの一群。 世間人のなれの果ての哀しき地獄絵。自分の多くが、
重なるから、シリアスに見えるためだが。 二年前の感想文を読返してみて、
成るほどと… 最後の最後は、いや、最期の最期は、自分一人である。
 昨日書いたパタゴニアの初老の言葉、夜這いする御婆さんを取上げ、
「寂しいのよ!」の言葉が、再び過ってきた。こんなもんだよ、世間とは!
と薄ら笑っていられないだろう。

 ホームレスは、普段は寝っ転がってはいない。只管、歩いているという。
――
自問自答) T(問): これまで歩いてきた?
 K(答え): エッ小走りで!「
T: どこに?  k: 忘れた? T: 何を? k: 自分さ。 
T: 自分って何さ? 
k: そうか、私の、いやアナタの自分は世間様だもんね。それがどうした。
T: だって、他の世界を知らないからね。それはそれで良いことになるね!
k: それが全世界だからね。 
T: 薄っぺらと自覚しているの!
k: 知るわけないでしょう。ゾンビは互いに対話、
  いや会話さえ出来ないの。だから生きていけるじゃないか?
T: 知ったふりして、知らないのが仲間だもの。 成るほど、終われないはずだ!
 
☆ 熊、寅: おい! ワシらをおいて自問自答するなよ。出番がないじゃないか。
  大家: お前らは、誰もが持っている深い傷に、この時ぞと何を言いだすか?
    内舘は、別腹のライフワークをつくってこなかった失敗を言いたいの。
 ポンスケ: 自分が年寄りになり、誰にも必要とされなくなると思わないもの。
    群れてないと不安で不安で。人の噂話、陰口を聞いていないと、変だよな!
 大家: それって、殆どが流通用につくられた嘘話と気づかないで生きてきた
    最大のオチドだよ。熊、寅以下だよ。
 寅: そりゃないよ。俺らは最低かよ。でも、そのことを自覚はしているがね。
 大家: ポンからしたら、それが大多数だもの。 変なのは長屋の屑たちですよ。
――――
2016/08/18
終わった人 −1
         <『終わった人内館牧子(著)>
 これは、アマゾンのHPで見つけた本。リタイアをした身にとって、
終わった人』の内容は、身にしみる。団塊の世代が、この数年で大量に
職場から押し出され、『終わった人』になっている。 まだ終わってない、
その端にいる人ほど一歩先に終わった人に言い放ちたい言葉でもある。
還暦ならいざ知らず、古希も過ぎれば、何をいわれても馬耳東風。
まだ若いと思っているのは自分だけ。老兵は、ただ黙って去るのみ。
恵まれたサラリーマンほど、節目の切替が難しい。
  〜アマゾンの内容説明より〜
≪ 銀行の出世コースから子会社に出向させられ、定年を迎えた田代壮介。
 仕事一筋だった彼は途方に暮れる。妻は旅行などに乗り気ではない。
図書館通いや体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。
職探しをしてみると、立派な職歴が邪魔をしてうまくいかない。
妻や娘は「恋でもしたら」とけしかけるが、気になる女性がいたところで、
思い通りになるものでもない。惑い、あがき続ける田代に安息は訪れるのか?
  〜アマゾンのビュアーの声より〜
《 何と云っても、タイトルが秀逸。長い人生、生物的には最期の時まで
「終わり」はないはずだが、「社会的には」確かに終わった人は年々増えて
いるし、殆ど全ての人間は(自分も含め)そうなることを改めて教えられ、
身に沁みた。「散り際千金」「散る桜残る桜も散る桜」(2頁)と考える田代
壮介、49歳で子会社に出向、51歳で転籍、63歳のとき年収1,300万円で退職
(あと二年働けたが、そうすると6割近く下がる)、保有資産は現金で
約1億3,600万円(275〜6頁)の「卒婚」(358頁)物語。
(しかし、こんなに恵まれたサラリーマンなんて、そうそういないでしょう)
★ 卒婚とは 離婚との違いとしては、夫婦の関係を断ち切るのではなく、結婚
という形を持続しながら、それぞれが自由に自分の人生を楽しむ、という前向き
な選択肢。 必ずしも別居ではなく、同居しながら卒婚というスタイルも有りうる。
  〜印象に残った箇所〜
「もし、私が田代さんのお部屋に泊まれば、あとは別れるか、愛人になるか、
 結婚するかしかありません。男と女になれば、十年も二十年ももつ関係が、
 半年や一年で終わります」      (217頁)
「あんなにきれいな人だもの、今に誰かと結婚してトシは捨てられるわよ」
                   (239頁)
「恋? お前も情けないものと比べるね。あんなものは十代でも二十代でも、
 生きてるついでにするものだよ」   (252頁)
「「先が短いのだから、好きなように生きろ」ということなのだ。嫌いな人
 とはメシを食わず、気が向かない場所には行かず、好かれようと思わず、
 何を言われようと、どんなことに見舞われようと「どこ吹く風」で好きな
 ように生きればいい。・・ これは先が短い人間の特権であり、実に幸せな
 ことではないか」          (287頁)
「今後、介護やあなたの世話をする気はない。
 でも、離婚という形は取りませんから」(292頁)
「将来を嘱望された男ほど、美人の誉が高かった女ほど、
 同窓会に来ないというのはよくわかる」(314頁)。
「思い出と戦っても勝てねンだよッ」  (319頁)
「思い出と戦っても勝てない。「勝負」とは「今」と戦うことだ」(333頁)
「僕が笑うと、久里も笑った。きれいだった」(366頁)。
▼ 産業廃棄物の典型的な人物描写である。第一の人生をソツなく卒業すると、
 こうなるのだろう。学生時代の友人が、いまだに、関連会社の社長に、
しがみ付いている。曰く、『何もすることがない事が恐ろしい!』と。
それも良い人生かも知れない。 『日々、是、口実』よりも? 
終わった人」ならまだしも、「いらない人」になっていく私? 
で更に、内館は、『必要のない人』という本を書いている。 ったく!

・・・・・・ 
5192,ロシアの小話 ぷらす4つ
2015年06月02日(火)
   * ロシアンジョーク
 ロシア帝国ソ連の圧制の中で、したたかな市民はジョークで、憂さを
晴らしていた。だから、内容は強烈な毒が含まれている。話す方も、聞く方も
命がけ。ジョークは、その内に秘められている毒が理解できればこそ笑いになる。

ワルシャワの精神病院をソ連の視察団が訪れ、一人の患者に入院理由を尋ねた。
「亡命しようとしたからさ」  視察団は首を捻った。
「我が国なら政治犯収容所に入れるところだが?」  医者が答えた。
「いや、こいつはソ連に亡命しようとしたんです」

・工場の財産を労働者たちがくすねるのを防ぐため、門で守衛が見張っている。
 その守衛が、手押し車に袋を乗せて通り過ぎようとするイワンに目を付けた。
「袋の中はなんだ? イワン」
「おがくずでさ。家でたき付けにするのを監督さんが許可してくれたんだ」
 しかし、守衛はイワンの言葉を信用しない。
「開けるんだ!」 袋の中味がぶちまけられるが、おがくずしか入っていない。
 次の日も同じ場面が繰り返される。
「今度はだまされないぞ。開けろ!」 イワンは袋を開ける。やはり、おがくず
 以外なにもない。三日目、四日目と、同じことが繰り返される。 七日目、
 ついに守衛は根負けしてしまった。
「なあイワン、お前が何かくすねてるってことはわかってるんだ。だけど、
 もうおれは検査しないよ。おれは見て見ぬふりをする。誰にも言わない。
 だから、こっそり教えてくれ。何をくすねてるんだ?」・・ 「手押し車」

・ 監獄で三人の囚人が話していた。
「おれはサボタージュのかどで逮捕されたんだ。工場に五分遅刻したもんで」
「おれは反対に五分早く出勤したために逮捕されちまった。スパイ容疑で」
「おれなんか、時間きっかりに職場に着いたんで逮捕されたんだぞ。
 西側の時計を持っているという容疑で」

・ 第二次世界大戦後。終戦直後で皆食べるものに困っていた時代。街中で、
 ある若い女性が一人の盲人に話し掛けられた。白い封筒に入った手紙を封筒の
 表面の宛名の住所まで届けて欲しいのだと言う。帰り道だったため、女性は
 快く引き受けた。そのまま二人は別れたのだが、暫く行って女性は、盲人男性
 が他に要るものがないかと振り向いた。すると盲人だと思っていた男が白い杖
 を小脇に抱え、健常者の様に反対方向に走って行くのが見えた。おかしいと
 思った女性は、近くにあった交番に駆け込み、事情を説明した。
 警官達は宛名の住所に突入し、そこで食用に売られている、山と積まれた
 人間の死体を発見した。封筒には便箋が一枚。そこにこう書かれていた。
  「こいつが今日最後の獲物だ」
▼ ユーモア、ジョークを楽しむには、あるレベルの教養とセンスが必要。
 その隠された捻りを一瞬で理解できないと笑いが浮かばないため、話し手も、
一発芸の要素が必要になる。そこで相手を選ぶしかないが、それが皆無?
<ところで、ロシアの小話を7年前に、取上げていたのを忘れていて、
 分類のにアップの際に気づいた。幸い、重なる内容は一つも無いので、
テーマを「ロシアンジョーク」から「ロシアの小話+4つ」に変更した。
7年前も、時間がタップリあったということか!>

・・・・・・
2008/03/18
2540, ロシアの小話、8つ
 小話といえば、ユダヤと、ロシア、そして中国などがある。
その中で、一番スリルとサスペンスがあったのは、ソ連の体制時の小話だろう。
ひつと間違えば、秘密警察に連行されシベリアに流される。
そのギリギリの中で、ひねりを入れた小話を「アネクドート」といいうが、
ロシア人は食事時などに、普段人には言えない鬱憤をぶちまけるために
作られたブラックジョークだからこそ、毒があり捻りに味がある?
その幾つかインターネットで探してみたが、ブラックージョーク収集を趣味と
している私でも、含み笑いをしてしまう。まずは、強烈なやつから順に・・

・息子が服をボロボロにして帰宅しました。
「どうしたんだ、お前」 ―父親が厳しく問い詰めました。
「隣りの子と喧嘩した」
「なんてことをやらかしたんだ。これじゃ新しい服を
買わなければならないじゃないか。」
「だからどうなの。」 ―息子が自慢気に答える。
「あの子を見てみればいいんだよ。あの子のお父さんは
 新しい子供を買うことになるだろうさ。」

・母「ぼうや、大きくなったら、何になりたい?」、
 子「お母さん、僕、外国人になりたい」

・地獄に落ちたブレジネフは数ある罰の内の一つを選べといわれる。
 レーニンは針の山でもがき、スターリンは煮えたぎる熱湯の中で苦しんでいた。
 ところがフルシチョフは何とマリリン・モンローと抱き合っているではないか。
 フルシチョフと同じ罰を所望するブレジネフに地獄の番人は答えた。
「とんでもない。あれはマリリン・モンローが受けてる罰です」

ソ連共産党が70年かかって出来なかったことを、
 エリツィンが僅か三年でやり遂げた。それは何だろう?
    答え:国民に社会主義お良さをわからせた」

・16歳の娘を母親が教えています。
「私を見習いなさい。私は今45歳で、結婚して20年になるけど、
 ずっと一人の男性だけを愛しつづけてきたのよ。」
「ってことは、パパが知ったらスキャンダルになるわね。」

・「私の将来の夢はパパと同じように月10,000ドル稼ぐようになることなの。」
「ええ、あんたのお父さん月に10,000ドルも稼いでいるの?」
「ううん、パパも夢見ているの。」

・「ちょっと、ウェイター!先週の日曜日はあんたんところには
 出来立てのビールがあったじゃないか!」
「信じてください、これはそれと同じものです。」

・素っ裸の女性がバーに入ってきてバーテンに言います。
ウイスキーちょうだい。え、何よ、そんな変な目で見て。
 裸の女を見たことがないの?」 バーテンが答えます、 
「いやあ、どこからお金が出てくるのかと思って...。」   
・・・・・・
4827,金持ちとは、10億以上の純資産を持つ人
2014年06月02日(月)
   * お金持ちの定義とは!
 お金の話題は、何か知らねど面白い!猛獣使いと同じで、危険な野獣を飼い
慣らしている内はよいが、一つ間違えれば喰い殺されてしまう。
金から自由になるには、自由になりたい分、確保しておく必要がある。
  ーこの随想日記内検索と、ネット上から「お金持ち」について調べるとー
< ある統計によると65歳のアメリカ人100人のうち金持ち1人、快適な暮らしを
 送る人4人、まだ働く人は5人しか居ない。あとの56人は政府か家族の援助を
 必要とし、残りの34人は亡くなったそうだ。よく「引退すれば、生活費が減る。
 だからお金はそんなに必要ない」という人がいるが、それは間違い。
 なぜなら生活費は下がるが、医療費は大幅に上がるからだ。多くの保険機関は
 高齢者を制度から締め出そうとしている。これから高齢者はお金を持って
 いれば生きられるのに、お金がないために死ぬということも起きる。>
<金を気にしないで済む生活こそ豊かさ。で、金を気にしないで済む生活は、
 幾らか。 そう考えると、人様々である。平均すると、家一軒があって、
 蓄えが一人あたり1000万で、夫婦で年間収入400万?ところで直接、両親の
 生き方をみて、合理的散在?を学んだ。定額を見定めて、平均して使うこと。
 持って彼岸にはいけないことを世間を見て得た知恵である。 
 所詮は、蓄財は不安の裏返しの行為でしかない。>  (随想日記内)
<【富裕層の定義】ここでは、船井総研の小林氏が独自の方法で算出した
 5億〜10億以上の金融資産を持つと推定できる3万4879人を「超富裕層」、
 1億〜5億未満の金融資産を持つ166万1844人を「プチ富裕層」と定義する。
 小林氏によれば、金融資産を1億円以上保有する個人は全国に169万6723人。
 医師や税理士などのほか、大企業の役員・従業員、さらには公務員でも
 それくらいの金融資産を持つ人は少なくないと。たしかに、民間の給与所得は
 1997年をピークに漸減傾向。しかし「給与の高い会社員同士の共稼ぎ家庭では、
 当人たちも気がつかないうちに1億円以上の金融資産を持っているという
 ことはよくある」(小林氏)。実はさほど珍しくないお金持ちがこの層なのだ。
 わかりやすくするために、「プチ富裕層」と呼ぶ。一方、雲の上の存在とも
 いえる本当のお金持ちは、それに比べればぐっと少なくなる。こちらは
 「超富裕層」と表現しよう。小林氏は、金融資産1億円超の約170万人のなか
 から、職業や住居の特性、そして「馬主である」「高級外車を保有している」
 などの属性を独自にポイント化し、合計してある点数以上に達した人を
 超富裕層と定義づけた。「この方々はおおむね、金融資産を5億から10億円
 以上保有していると思われます」(小林氏)>
▼ 日本のミニオンダラー(1億以上の現金)が170万人。
 一家族×2・3人で、390万人として、3%。 ビリオンダラー(10億以上)が、
3万人×2・3人=7万人として、2000世帯に一軒になる。一般的に小金持ちは、
地方で金持ちの部類だが、全国レベルでは金持ちに入らない。しかし彼らは、
自分が金持ちと誤解しているのが、田舎者ということ。 私見では、
「不動産を時価評価の四割にし、借入を差引いた金額に現金など流動資産
プラスした総額が一億」か、「自由に使える流動資産が一億円以上」か、
のどちらかが小金持ちになるが、俗にいう『金持ち』には入らない。
この一桁上のビリオンダラー(一千万ドル以上)が、俗にいう金持ライン。
これは国内外、同じ。 バブル期の一時期に、そのライン上に入ったことが
あった?が、今では、家内が小金持ち、私は居候の小間使。「金持ち」も、
相対的な言葉。今ではラーメン屋でチャーシューにすると、家内に
「ワッ、金持ち!」と、曰われる。
<最後のオチの言葉。味付けで、書いているのであって、
  殆ど創作? 念のため!> でも、実態は、こんなものか?

・・・・・・
5922,閑話小題 〜何か、ほろ苦い話
2017年06月02日(金)
   * 地獄の沙汰も金次第
・再び、地元長岡的な「嫌がらせ」…。玄関のチャイムが鳴るので、出ると、
80歳位の茫洋とした老人が「鉄瓶などがあったら譲って下さい」と。そして、
たまたま玄関わきに置いてある「銅板」を指さし、「これなど売りませんか」と。
唖然とし、怒鳴りつけ追い返したが、怒鳴るほどでもないと後で反省?。
老人とは、これ自体が酒の肴の武勇伝になるため。 「銅板」の言葉自体が、
骨董用語。とすると、やはり石ぶつけ。「お宝鑑定団」で、知っている?
・二年前にも「庭石を何かを売りませんか」と、庭師風の60歳位の男が来訪。
ニベモなく断ったが、後になって腹が立ってきた。要するに石ぶつけ。当たれば
もうけものの魂胆。それと「参加型の嫌がらせ」と、いうところ。常識値の
一桁の値を信じさせる詐欺師そのものの、魑魅魍魎の暗黒の世界だから、面白い。
・「嫌がらせ」と言えば、こういうことも。ある二次会で「こういう飲み代、
その都度、奥さんから貰ってくるの?」だと。素朴の問いだが心臓に突き刺さる。
・「貧すれば鈍する」と思い立った相手から、詐欺ぎりぎりの搾取。母親が、
親しい友人の高価の骨董に狙いをつけ、安値で買った自慢していた。知って
いる人が、知らない人から、口八丁手八丁で買うのが、この世界は許される?。
成る程、古物商が、石ぶつけに来るわけである。<地獄の沙汰も金次第…>か。
「実は私も知らなかった」という言訳が出来るからである。
いずれの世界にも、ドブネズミが隠れ住んでいる。「ドブネズミ!」と気づく
のは、後になってから。 これが… 闇は深い。

・・・・・・
5557,アメリカに見る貧困問題 ―?
2016年06月02日(木)
 アメリカの人口の32000万人のうち、6500万人が『低所得者向け食料費補助』
を受けているというから、「2割」が受けている。 それに対し日本の
相対的貧困率」は16%は、別に驚くことではない。日本には生活保護がある。
貧富の格差の問題で、まず考えるは、自分の子供に期待するのが、第一歩になる。
韓国、中国では、将来の夢を子供に託して、お受験が激化している。日本では、
一時期、「ゆとり教育」を採りいれてしまった団塊世代の子供たちの弊害問題。
 それが、そのまま、格差として表立ってきている。
   * 後半の16〜30 から
 『アメリカの貧困と格差の凄まじさがわかる30のデータ』(2014/3/データ)
≪16. 一人当たりの平均資産では世界4位に入るアメリカも、中央値はランク外。
17. アメリカの5人に1人の子供が貧困線(1人当たり、1日1.25ドル)
 以下の生活を送る。6人に1人の老人が貧困線以下の生活を送る。
18.アメリカの子供の貧困率は世界で2番目。日本は9番目に高い。
19.アメリカは先進国の中で最も相対的貧困率が高いが、日本も高いグループ。
相対的貧困とは「ある国や地域の大多数よりも貧しい相対的貧困者の
 全人口に占める比率」であり、この率が高いほど格差のある社会といえる。
20. 2012年、1か月以内にフードスタンプ低所得者向けの食料費補助)
 を受給したアメリカ人は6500万人に上った
21.アメリカの子どものホームレスは約120万人。半分を6歳以下が占める
22. 食事を無償で提供する場所に通うアメリカ人は2006年より46%増加した
23. 上位1%の富裕層が、世界資産の38%を保有している
24. 世界の80%の人は所得格差が拡大している国に住んでいる
25. 先の金融危機の1年後、上位25社のヘッジファンドは総250億ドルの収益を得た
26. ビル・ゲイツが持つ資産は500億ドル。これは世界140国の年間GDPより多い
27. アフリカ大陸の国の資産をすべて合わせても世界の総資産のうち1%
28. アメリカで上位0.01%は平均所得2734万ドル。一方下位90%は平均3.12万ドル
29. アメリカ下院議員で100万ドル以上の資産所持者は58%。
 なお、100万ドル以上の資産保持者はアメリカ全体のうち1%にすぎない
30. 上位5%富裕層が、アメリカのすべての消費のうち37%を行っている
――――
▼ 義務教育の中学時の日本全体がまだ豊かさから、ほど遠いものがあった。
 当時の顔ぶれを成績順に見ると、家庭環境、とりわけ親レベルが、そのまま、
人生にうつし出されている。還暦、古希の会の出席者の現状からみて、そのまま、
拡大した人生を過ごしていたようだ。それぞれの家庭環境のアドバンテージの
格差が、そのまま比例して人生に影響している。欠席者には、人生に恵まれない?
人か、既に亡くなっていた人が多い。フランス革命の理念、『自由、平等、博愛』
は、その真逆の現実があるから、理想として掲げたもの。貧富の面からみても、
人生は不条理である。〜これも偶然だが、2年まえの同月同日の以下に続く〜
 

つれづれに

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 他のブログ
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 今日のYoutube

今日は車検で、トヨタに車を置いてくる。
帰りは折りたたみ自転車で帰ってきたが、去年の秋に義兄の葬式の引出物
で選んだもの。 自動車の後ろに乗せて、信濃川周辺に車で行って、遊覧
するつもりだったが、そのまま積んでいた。
その帰り道での初乗りは、空気が無かったこともあり、鈍重そのもの。

帰ってから空気を入れ、ハンドルとサドルを長く調節したら、遥かに乗り
やすくなった。 近所では乗りにくいが、オモチャと思えば、これはこれで。
遊ぶ道具が、いま一つ増えたということか。
栖吉川の土手の際にある、川崎小学校で、運動会が開かれていた。






・・・・・・
・・・・・・

5557,アメリカに見る貧困問題 ―②
2016年06月02日(木)
 アメリカの人口の32000万人のうち、6500万人が『低所得者向け食料費補助』
を受けているというから、「2割」が受けている。 それに対し日本の
相対的貧困率」は16%は、別に驚くことではない。日本には生活保護がある。
貧富の格差の問題で、まず考えるは、自分の子供に期待するのが、第一歩になる。
韓国、中国では、将来の夢を子供に託して、お受験が激化している。日本では、
一時期、「ゆとり教育」を採りいれてしまった団塊世代の子供たちの弊害問題。
 それが、そのまま、格差として表立ってきている。
   * 後半の16~30 から
 『アメリカの貧困と格差の凄まじさがわかる30のデータ』(2014/3/データ)
≪16. 一人当たりの平均資産では世界4位に入るアメリカも、中央値はランク外。
17. アメリカの5人に1人の子供が貧困線(1人当たり、1日1.25ドル)
 以下の生活を送る。6人に1人の老人が貧困線以下の生活を送る。
18.アメリカの子供の貧困率は世界で2番目。日本は9番目に高い。
19.アメリカは先進国の中で最も相対的貧困率が高いが、日本も高いグループ。
相対的貧困とは「ある国や地域の大多数よりも貧しい相対的貧困者の
 全人口に占める比率」であり、この率が高いほど格差のある社会といえる。
20. 2012年、1か月以内にフードスタンプ低所得者向けの食料費補助)
 を受給したアメリカ人は6500万人に上った
21.アメリカの子どものホームレスは約120万人。半分を6歳以下が占める
22. 食事を無償で提供する場所に通うアメリカ人は2006年より46%増加した
23. 上位1%の富裕層が、世界資産の38%を保有している
24. 世界の80%の人は所得格差が拡大している国に住んでいる
25. 先の金融危機の1年後、上位25社のヘッジファンドは総250億ドルの収益を得た
26. ビル・ゲイツが持つ資産は500億ドル。これは世界140国の年間GDPより多い
27. アフリカ大陸の国の資産をすべて合わせても世界の総資産のうち1%
28. アメリカで上位0.01%は平均所得2734万ドル。一方下位90%は平均3.12万ドル
29. アメリカ下院議員で100万ドル以上の資産所持者は58%。
 なお、100万ドル以上の資産保持者はアメリカ全体のうち1%にすぎない
30. 上位5%富裕層が、アメリカのすべての消費のうち37%を行っている
――――
▼ 義務教育の中学時の日本全体がまだ豊かさから、ほど遠いものがあった。
 当時の顔ぶれを成績順に見ると、家庭環境、とりわけ親レベルが、そのまま、
人生にうつし出されている。還暦、古希の会の出席者の現状からみて、そのまま、
拡大した人生を過ごしていたようだ。それぞれの家庭環境のアドバンテージの
格差が、そのまま比例して人生に影響している。欠席者には、人生に恵まれない?
人か、既に亡くなっていた人が多い。フランス革命の理念、『自由、平等、博愛』
は、その真逆の現実があるから、理想として掲げたもの。貧富の面からみても、
人生は不条理である。~これも偶然だが、2年まえの同月同日の以下に続く~
 

・・・・・・
2980,超円高社会  ー3
2009年06月02日(火)
              「超円高社会」 水澤潤著 ー読書日記
* 危篤状態の日本の実態

《第5章 政府が破綻しても日本は生き残る》の ー危篤状態に陥った日本政府ー
    が現在の実態を捉えるに解りやすい例え話である。
国民もマスコミも、その深刻な事態の実感が薄いようである。
NHKが毎週のように土曜日などのゴールデンタイムに、特番を組んで報道しているが・・・。
頭の軽い、その辺の人が?「マスコミは騒ぎすぎだから消費が冷え込む」とかいうが、そんな事態とは違う。  
明治維新幕藩体制が終わり、日本という国家ができた、あの節目より大きな変わり目である。
現在の日本は危篤状態の重病人。 そこに急に大嵐が来た中で重病人に、火事場の馬鹿力を出せという。 
そうしないと死にますよという。 しかし、この20年近く、もう力を使い尽くして、重体になっている身。
 その辺を、上手い例え話で説明しているのである。 ( P-112ー )
【 ブライマリーバランスという意味不明の言葉を、おそらく多くの人が耳にしたことがあると思う。
日本政府が「2011年度に回復する」ことを公約として掲げてきていたこの言葉だが、いったいそれが回復すれば、
どんな良いことがあるのだろうか。 国債の発行や支払というのは日本の国家予算の中でも巨額なのだが、
これをとりあえず無視して、税収と歳出のバランス取れる状態をプライマリーバランスがとれていると言う。
だが、こんな説明では、まだほとんど理解不能だろう。 そこで、不謹慎を承知で人間の症状に喩えて説明してみよう。 
重体の患者がいて、下血が止まらないとする。 輸血(新規国債発行)を行いながら、下血を止めようとしても、
下血の勢いが強いと体内の血液量がどんどん減っていく。このまま行けば、ほどなく臨終を迎えることになる。
そこで、親族を呼ぶように指示をするはずだ。危篤状態である。日本政府は今、まさに危篤状態に陥っているのである。 
医師団の緊急治療がいちおう成功して、下血をある程度抑え、輸血量と下血量とが釣り合うようになる状態が、
最初の目標となるだろう。この目標を達成できたら、医師団はホッと息ついて、患者の家族に
「ひとまず危篤状態を脱出できた」と言うはずだ。もちろん依然として輸血は必要だし、監視の目を緩めることは
一瞬たりともできないが、体内の血液量は一定状態を維持できる容態となったのである。
つまりこれがブライマリーバランスが回復された状態なのだ。 ブライマリーバランスの回復を目指すというのは、
危篤からの脱出を目指すということなのである。 輸血と下血が釣り合った状態を目指すことなのだ。
今の日本政府は依然としてプライマリーバランスを取り戻すこともできず、枕元に親族が集まって涙をこらえながら、
「がんばってねアナタ」と呼びかけ続けている状態なのである。
できれば2011年度までには、なんとか危篤状態から脱出したいものですねえ、と医師団は言っていたわけだ。
2011年度に健康体を取り戻そうというわけではない。 退院はおろか、輸血をやめる日すら、まったくメドが立たない。
とにかく三年で危篤から脱出したいと言っているだけである。】ー
 実際は、こんなものではないほど、痛んでいる。 この一現象が1~3月期の▲15・2パーセントのGDPである。

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2616, サルトルを考えてみる ?3
2008年06月02日(月)

 ーまずは、あるサルトル入門書に書いてあった、
 サルトル批判と人気衰退の理由の箇所を抜粋してみよう。

サルトルへの批判と、忘却の原因とは*

サルトルの影響力は、サルトルの死後急速に低下したが、それは「構造主葉」という新しい思想が現れたことが大きい。
構造主義は、スイスの言語学者ソシュール言語学文化人類学などが結びつき、1960年代に作られた新しい思想である。
レヴィ・ストロースジャック・ラカンミシェル・フーコーアルチュセールらがその代表者とされた。
構造主義は、モノではなく関係を重視するところに特徴がある。
またこの思想は、主体(私)としての人間に、たとえば言語のような、関係の網の目としての構造が先立っている、と考える。
構造主義は、西欧近代哲学全体を、主体としての人間を中心とする人間主義(ヒュー・マニズム)として批判した。
またそれは、人間を作るのは歴史ではなく構造だとして、マルクス主義に代表される進歩的歴史主義を批判した。
サルトルの思想は、実存における選択を強調する点で「主体主義」「ヒューマニズム」の哲学とみなされ、
またマルクス主義を評価していた点で「歴史主義」の哲学ともみなされた。
要するに、サルトルは、それまでの古い西欧哲学の代表としてやり玉にあげられたわけである。
構造主義の後には、ジャツク・デリダジル・ドゥルーズらの「ポスト構造主義」が話題となったが、
サルトルはしだいに批判されるというよりも忘れ去られるようになっていった。
デカルトヘーゲルの哲学は西欧近代哲学を代表するものであり、批判されながらも古典として今も読まれ続けている。
ところが、サルトル哲学は、古典にもなりえない二流のものとされてしまい、ほとんと読む人がいなくなってしまった。
サルトルは、もう時代遅れの思想家なのだろうか、そして本当にサルトルを乗り越えたのだろうか、
この二つが、サルトルを見直した後の疑問である。 サルトルは「偽の知識人」を徹底的に批判した。
「偽の知識人」は普遍性の番人を自称し、高みから大衆を導く気になっているが、個別的などの戦争を停止させようとせずに
ただ一般的な平和の望む、などという。 彼らは植民地の人たちを人間以下のものとして排除することで成り立っている。
こういう知識人の問題は、我々の問題である。 閉じた場所の外へ、世界へ関係するとき私たちは真の知識人になるのである。
 ーー
以上だが、この批判を読むと、サルトルは時代遅れの鼻持ちならないフランス人と切り捨てられるのも解る。
人間を作るのは歴史ではなく構造だと主張し、西欧近代主義=白人中心主義自体ということを
看破したした構造主義の土台になったことも見逃すことはできない。
 現フランス大統領サルコジが、サルトルのマイナスの現象とみることも出来る。
 30数年ぶりに、サルトル入門書を数冊読んでみたが、現代にも十分通じるところがある。
果たして、サルトル現代社会は乗り越えたのであろうか? NO!であることだけは事実のようだ。 
  構造主義と、ポスト構造主義について、今度取り上げてみたい。

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2007年06月02日(土)  
2251, ビョーキな人々探訪記  ー1    才ノヽ∋?_φ(≧ω≦*)♪
             ー読書日記ー
 「変? ビョーキな人々探訪記」 著者・中村うさぎ・扶桑社
 
またまた「中村うさぎ」である。買い物依存症の中村が、他の依存症の人と語る、際どい話である。
この変な人が、それに劣らないほどの変な人の病巣を浮き上がらせる。やはり両親、特に父親との愛情不足の
問題がある。
色いろ反省することが多い。両親から愛情をたっぷり注がれたわりに子供には?等々・・・
ーまずは、その目次からー
*私たちって「変」ですか?うさぎと語る12人
ー目次
和田秀樹?「買い物依存症」になって考えた。人間はなぜ、心の病に罹るのか?
原田宗典?躁鬱病VS依存症。どっちがバカで、どっちが辛いか?ま、いい勝負だが。
本橋信宏?覚醒剤やめますか、人間やめますか?それとも人間やめたくて覚醒剤をやるんですか?
(字数の関係でカット09年06月02日)
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2006年06月02日(金)
1886, 友、遠方より来るー2
              (。・ω・)ノ☆゚+.オハヨゥゥゥ

訪ねてきた友人と話していて、37年ぶりの忘れていた昔のエピソードの中に、
若い時の自分の姿が垣間見ることができた。若いときは神経質で、プライドだけは高くピリピリしていた。
振り返ってみると、家庭環境が大きく自分を支配していたのが解る。自由になるということは、
家庭環境などに植えつけられた価値観や思い込みから解き放たれることである。一生かかって、その壁を乗り
越えるのが人生である。前にも書いたが、中学の担任の先生が停年退職の祝いの同級会の二次会で、私に悩みを打ち
明けたことがあった。 「俺には、俺の人生がなかった!」と。昔の学生時代の友人とのエピソードの中に、当時は
まだ支配されていた両親の価値観や躾などから発する喜怒哀楽などに、
その壁を見ることができる。私の記憶には全く残ってないが、その友人が言うには、「欧州旅行時に、船の甲板で
セーターを私から借りた。そして返そうと手渡したら、烈火のごとく怒った。‘たたんであったセーターを返す
時は、たたんで返すのがスジだろう。それを、そのまま返すのは失礼じゃないか!」 と。
今なら、まあいいや!位にしか思わないが、10才位までの家庭環境が10人の大家族のうえに、従業員が7~8名が
住み込みでいた。そのため人に対する気配りを幼児の時から仕込まれていて、金の貸し借りは厳禁、ものの貸し借りも
非常に厳しく制限されていた影響が残っていたのだろう。当時も25人の寮生活をしていて、他人に対する気遣いが
要求されていた。合気道というクラブにも入っていた。
当の本人(友人)は集団生活などしたこともなく、友人から怒鳴られたこと無かった。
「その時、初めて相手に対する気づかいを教えられた」という。
それ依頼、現在でも他人に対する気遣いの教訓にしてきたという。「ふーん、昔から怒りっぽいかったのだ。
それと、躾がチャンと身についていて、知らないうちに友人に押し付けていた」と、改めて思い知った。
しかし当時、島田の彼の家に泊めてもらった時のこと。朝食を食べている時に、箸を持った手で
味噌汁の御椀を持ったら「何で、そんなミットモナイことをするのだ」と怒鳴られたことがあった。
私の家では、箸での引き膳などに対して注意されることはなかった。それぞれの家庭文化があるのだ。
それは結婚した時に、互いに実感することであるが。寮生活でも、全国から集まっている多種の人と共同生活をして
いると、それぞれの人の背後にある家庭まで見えてくる。そして異種の人との軋轢が、現在になって勉強になって
いたと恩い知らされる。その点で軍隊生活の経験も必要ではないだろうか。 変な洗脳がなければ、の話だが。
        (o´・ェ・`o)ノ♪ バイバイ!

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2005年06月02日(木)
1521, お人よしニッポン

昨日の産経新聞4面の「北京春秋」というコラムーお人よしニッポンーというコラムが、
言いえて妙で面白い内容であった。日中関係の悪化のおり、この紹介してあった小話が
「日本人のお人よし」を旨くあらわしている。
先日書いた、『知らないことを知らない恐ろしさ』に内容は通じるが!
 その内容とは。
ー小話ー1
「・アメリカ人は殴りたい奴を殴る。
 ・イギリス人は殴られている奴を殴る。
 ・ロシア人は殴られたら殴り変えす。
 ・中国人は殴られたら抗議する。
 ・日本人は殴られても愛してしまう。 
 中国人は殴られなくとも抗議するというところか」
ー小話ー2
「六ヶ国協議で日本人がトイレに立った後の会話。
・中国「日本を本気で怒らせようと思っても難しい。潜水艦で領海を侵犯してもおこらない
・韓国「独島を占拠しても怒らない。」
・ロシア「北方領土を占拠し続けても怒らない。
北朝鮮「なら俺がミサイルを撃ち込んでみようか。」
アメリカ「よせ、もう60年前に原爆をうちこんでみた。」
 まあ強烈な皮肉の小話だが、今の日本の弱腰の外交を そのまま言い表しているようだ。
 まずはアメリカの属国であることを直視すること。そして今後も属国であり続けるのか、
真の独立を図るのか? 前者を選択をしているのが現状である。
  現在の事態では真の独立は無理?!

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2004年06月02日(水)
1156, 世間とは?4

「世間さま」という、我々を取り囲んでいる妄想について何回も書いてきた。
世間とは、いつの間にか自分で作りあげてきた「バカの壁」でもある。
といって、日本のような島国では、どうしてもお互いに気を使いながら
「世間さま」から自分を守らねばならない悲しい国民性も仕方がない。
藤沢周平の「海鳴り」の中で、ある商人の世間に対する気持が正直に書いてあった。
作家は、世間というものを鋭く観察するものと感心をした。
私の世間感とほぼ一緒である。それぞれの世界では、世間の妄想とはこんなものだろう。
ーたしかに世間には善意の人もいれば、悪意の人もいた。 世間は時には悪意をむき出しにして襲い
かかってきたが、稀には救いの手を差しのべても来たのである。
渡る世間は鬼ばかりではなく、世間は善意と悪意の巨大な混合物だった。
だが善意の人も、一たん利害が対立すると、手のひらを返したように悪意に満ちた中傷をばら
撒いたりすることもめずらしくなかった。 つまり、と新兵衛はそのころ思ったものだ。
無償の善意などというものを世間に期待するのは馬鹿げていて、この世はむしろ悪意に満ちていて、
隙があれば足元をすくおうとしていると覚悟をしていた方がいい。
それが、どうにか自分の才覚でまわりと折り合いをつけ、自分自身も人の足をすくうような真似をして、
きわどく世を渡っているうちに。 商人である小野屋新兵衛の身についたようなものだった。
その中で得た一番の教訓は、人に弱味を見せてはならないということだった。
世間に侮られず、憎まれず世間を渡るということは難しいことだった。
だがかりに憎まれても、根性さえしっかりしていれば、商いが潰れるようなことはない。
同業に憎まれながら大きくなった須川屋嘉助のような例もある。 須川屋は人の思惑など屁とも
思わず憎まれれば反発をしてコワモテの商いをして、ついには誰も手がつけられない大物になった。
だが、人に弱味をにぎられ、侮られるようになると、商いもお終いだった。
人の弱味をにぎり、侮る側に回ったときの世間が、いかに残酷に振舞うかをみてきている。

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2003年06月02日(月)
789, 東京見物

この二日間、東京と鎌倉に行ってきた。まずは初日の東京見物の話。
さっき帰ってきたところだが、「新潟と地球の僻地」を行ったり来たりしていた世界とは少し違う。
一泊二日で約16000円の東京宿泊パックである。新幹線とホテルのパックで、ホテル代が無料と
いうことになる。指定された列車で、二人以上という条件がつくが安い。
日曜日の8時45分の新幹線で出発する。家内は上野で降りて、息子に会いに行く。
私は東京駅近くの八重洲ブックセンターに行く。13時の待ち合わせまで、アッという間に時間が過ぎる。
よくぞこれだけ面白そうな本があるものと驚く。その後、家内と丸ビルに行く。思ったより落ち着いた、
奇をてらってないのがよかった。そこの和食のランチが1800円と高いが、それを感じさせない店。
そして日本橋三越本店に行く。 店員の多いのと、催事場の人の多さに驚く。
それと年配ー60歳から80歳が8割がたであった。17時半より、はとバスに乗る。20数年ぶりの
ハトバスである。新宿の高層ビルの54階での食事と、お台場をまわるコースで7500円である。
50人以上の定員に12名の乗客である。世界の刺激の強いところばかり行っていた為か喩えると、薄い
コーヒーをクリープをタップリ入れて飲んだ感覚であった。お台場も雨上がりの為、何ともいえない趣があった.

それより、新宿のパックの指定されたホテルが見つからず、危なそうな場所をさ迷ったほうが刺激的であった。
ポイントを効率的に回った!のがよかった。

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2002年06月02日(日)
425,父・堀井誠作のことー2

・女性の噂の全くない非常に真面目の人であった。家庭人としてこれが一番の基本である。
・非常にシャイなところがあった。
・商売では非常に厳しし反面、それを離れるとやさしいところがあった。
 これは自分で心がけているが、営業を狙ってくるタイプはその隙を狙ってくる。
 年内にその整理に入る!!!!ーこれは自分の話しか!
・その時々の時代に合わせて仕事を変えていったのは、最も学ぶ事であった。
・仕事も私生活も、楽しむ事が基本にあった。これも両親からの最大の教えである。
・宗教に関しては、ごく普通の仏教徒であった。 特に法事などの仏事に関しては非常に大事にしていた。
 これを疎かにすると家が傾くと本当に信じているようだった。集り坊主の丁度いいお客様であった。
 所詮はレジャーでしかないのにーこれは私の主観。
・お金に関して父なりの金銭哲学があった。
   ー何を奇麗事を言っても、お金に関しては赤裸々な欲がある。
   ーあまりに露骨の欲の塊が金、それをちゃんと見据えろ。
   ー金は仕事の楽しみのカス、自分でその楽しみを見つけるべし。
・若い時に肋膜炎になり、戦争に行かないですんだ。
 これがコンプレックスと幸運の両方で人生観の背後にあったようだ。
・どちらかというと、母が男のように芯の強いところがあり、逆に父はシャイなところがあった。
・母から聞いた話だが、人間的に面白いエピソードがある。
 戦前に一年に一商売をすると、一年間一家が生活できるだけの利益があったという。その商売が成立
すると50銭ー今でいうと5000?10000円の硬貨を耳に挟んで、嬉しそうに一人で夜食事に行ったという。
 ー5円なら解るが,50銭というところが自分に似ている。