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ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2015-10-31

第二回データサイエンティスト協会シンポジウムのお知らせ

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Leica M7, F1.4, 50mm Summilux, RDPIII @Oxford, UK


来月13日(金)にデータサイエンティスト協会、年に一度の第二回シンポジウムが行われます。


事務局に聞いてみたところ、こちら、なんとまだ枠があるようなので、驚きつつ、ご案内させていただいている次第です。

http://www.datascientist.or.jp/symp/2015/


基調講演では情報処理学会会長、NII国立情報学研究所)所長の喜連川先生にお話いただくことに加え、今、話題の人工知能の第一人者、松尾豊先生にもお話いただきます。


加えて、データサイエンティストのスキル要件をデータサイエンス力、データエンジニアリング力、およびビジネス力 (business problem solving) の3つの広がりそれぞれについて、詳細な100以上の詳細かつ具体的なスキルチェック項目を初めてここで発表します。こちらは文科省の方からも待ちわびられている内容で、このまま国の高等教育などにも大きく反映されていく予定です。


その他にも自動運転ロボットで注目を集めるZMPの谷口社長、ITで日本の交通を変える日本交通の川鍋会長など充実したスピーカーが出られます。(ほかまだまだいらっしゃいますが詳しくはウェブサイトをご確認ください。Track AとBがあります。


これだけの内容でありながら、非営利団体一般社団法人)なのでコストで提供しており2万円とほかの類似イベントよりかなりお得なのですが、なんと次の特別紹介コードを入力いただけると4千円安く1万6千円で懇親会まで参加できます。(学生の方はわずか5千円。)*1


割引コード: SHOUKAI01


ご興味のある方は是非空きのあるうちに以下の公式ウェブサイトからお申し込み頂ければ幸いです。


http://www.datascientist.or.jp/symp/2015/

(誤入力をされた場合、返金対応が出来ないそうなのでそこはご留意ください。)


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本シンポジウムでは、上述の通り、データの力を解き放つために必要なスキルをサイエンス、エンジニアリング、ビジネスの3領域いずれもチェックリストとして相当丁寧に可視化したものを発表します。


データプロフェッショナルに求められる像が明確になることで、多くの人のキャリア形成や採用のお役に立つことを願っています。通常の情報処理技術者でも情報科学研究者でもコンサルでもない広がりが理解してもらえるかと。


感覚的には物理、科学、生物学専門家が集まって分子生物学という学問が立ち上がっていった時の話に近い気がしています。必要な知恵を持ち寄るが、力を合わせ、技を開発しないとフロンティアを切り開けない。


スキル委員会で毎週水曜の夕方エンドレスで行った(終わると大体23時過ぎ、、orz)、長く大変な検討過程で見えてきたのは、いわゆるITエンジニアの通常技術だけでは足りない、情報科学も情報系、機械学習系、データ可視化系いずれかだけでは足りない、問題解決力もコンサル的なものを超え、データ視点で持つ必要があることでした。


Palantirなどの成功を見れば分かる通り、我が国は明らかにこの領域の人材開発、事業開発においてbehindです。教育も何をどうしたら良いか見えにくい。そこに何らかの楔を打ち込められればと心から願っています。


情報科学のエッジを求められる人には物足りない内容かもしれませんが、それはWSDMなりKDDなりの場で吸収して頂ければ良い話で、この道を目指す人がどういうスキルを身に着けていくべきか可視化できればと思っています。

*1:もし取引先や販促などのためにまとまった量を購入したいということがあれば、企画委員会(c-planning@datascientist.or.jp)まで、ご相談いただければ、何らかの対応をしてくれるかと思います。

2015-10-18

ヨーロッパは旧世界ではなく新世界だった

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Leica M7, F1.4, 50mm Summilux, RDPIII @Lake District, England, UK


昨夜、パラパラと見ているとNature発の目を疑うようなニュースが飛び込んできた。


”The earliest unequivocally modern humans in southern China” Nature (2015) doi:10.1038/nature15696


ヨーロッパには現生人類(ホモ・サピエンスクロマニヨン人)は4万5千年年前までいなかったことが知られているが、アジア(今の中国南部)には少なくとも8万年前、もしかすると12万年前にすでに疑いようもなく現生人類といいきれる人間たちががいたというのだ。


ではなぜヨーロッパにいなかったのかというと、ヨーロッパにはネアンデルタールたちが大量に住んでいて入れなかったのではないかという。


え”っ??じゃないだろうか。


そう我々現代人の先祖は長い間、はじめに生まれたアフリカだけにいたのではなく(ヨーロッパにはいろうとして失敗して諦めていただけでなく)、東に伸びるアジア、そして多分南北アメリカには、ヨーロッパ入植の何万年も昔からいたのだ*1。何万年というのは、キリストが生まれてから今までの期間の少なくとも20倍、4万年以上という話だ。


ヨーロッパ中心主義的な物の見方から始まった人類学はもうコペルニクス的な展開を今迫られている。僕のざっくりとした人類史の理解の変遷はこんな感じだ。


  1. 〜20世紀前半:人類は北アフリカ〜ヨーロッパかアジアの何処かで生まれた(同時並行的にに生まれた可能性もある)。4万年ぐらい前までは旧人(ネアンデルタール)がいて、そこから更に進化した新人(クロマニヨン)に置き換わっていった。なので文明もその辺を中心に生まれた
  2. 20世紀後半〜:現生人類は同時多発したのではなく、約15万年前にアフリカで生まれて他の大陸に広がった(出アフリカ)。ネアンデルタールはじめ、他にも10種類以上の人類がいたが、基本数万年前までに滅んだ。南北アメリカにも5万年前ぐらいには到着した。
  3. 21世紀初頭~:2の理解に修正。現生人類は純血ではなく、アフリカ以外の土地ではネアンデルタールの血が数%混じっている。特にアボリジニーではちょっと高め。デニソワ人の血も東南アジア周辺ではそれなりに入っている。インドネシアにも背が低い人類(フローレス人)がいたが1.3万年前ぐらいに滅んだ。
  4. 2015年10月(今ココ):アフリカを出た現生人類たちは一番近くのヨーロッパには入れなくて右(東側)に進路を取り、10万年ぐらい前にはアジアに到着した。一部は南北アメリカにも行った。主として現生人類はアフリカとアジアにしかおらず、ヨーロッパはネアンデルタールの国の時代が長く続いた。4万年ぐらい前に氷河期か何かのせいでネアンデルタールがほぼ消滅に近づいた頃(もしかしたらハイパー化した現生人類に滅ぼされた結果)、現生人類はヨーロッパにもまとまって住むようになった

もうほとんど100年ぐらい前とあべこべの世界観といえる。科学というのは本当に面白い。


こうであれば、なぜ僕が子供の頃(35年ぐらい前)は旧人(ネアンデルタール)と新人(クロマニヨン)というふうに教えられたのか、そのころ旧人の何処かから新人が生まれてきて置き換わった的な言説があったのかもよく分かる。そもそも人類学が始まった頃、ヨーロッパでは古い現生人類の化石が見つからなかったからだ。なので旧人から新人が進化したと考えざるを得なかったのだろう。


この辺の話は本当に不思議でわけがわからなかったが、僕がおとなになって今に至る過程の中で、実際には現生人類(ホモ・サピエンス)はネアンデルタールと平行して生きていたことがどんどん明らかになっていった。どうやって住み分けていたのかとかというのは、ずっとなんだかよくわからなくて不思議だったが、ようやく大筋で紐解けた感じがする。*2


また、なぜ世界がこのような人口分布になっているのかもこれが背景であればもっとよく分かる。


僕が高校生の頃、学校でもらった地図帳を授業も聞かずに見ていて(笑)最も驚いたことの一つは1000年前も2000年前も、もっと前も人口の地理的な分布を見るとアジアとアフリカで半分を越していたということだった。何が起こってこんなにアフリカとアジアばかり人がいるんだろうとずっと思っていたが、これが背景であればもっとよく分かる。


『銃・病原菌・鉄』にあるような、植物種も含めた土地の豊かさの問題でこれが起きているとばかりずっと思っていたが(相変わらず大切な理由であることは間違いないが)、必ずしもそうばかりとはいえないということだ。



そしてこれを俯瞰してわかるのは、実はヨーロッパは旧世界でも何でもなくて、長い(現生)人類史で見ると、むしろ最後の最後に住んだ新世界であるということだ。そしてNative American以外にとっては(近代)アメリカがさらなる新世界であったといえる。本当の原点はアフリカ。旧世界はアフリカ、アジア、南北アメリカ。新世界がヨーロッパと中東*3。新世界2がヨーロッパ人が移住したあとのアメリカ。文字がない(?)時代に失われてしまった過去の歴史を誰かぜひ紐解いて欲しいと思う。


なんというかあまりにも愉快だ。そういう新しい土地に入っていったヨーロッパ人の先祖になった連中たちが、まるで今の企業におけるスタートアップのように過去のしがらみを捨てて、本来あるべき姿を追求した。そうするとナイルとか、メソポタミアのいわゆるヨーロッパ系の文明が生まれた。(おそらくインダス文明もそれの一つ)


古い慣習とか仕組みに縛られないアタッカーは強い。気がついたら、彼らは文化的な中心の一つとなり、China, Indiaで生まれた文明を追い越し、支配的な地位を確立。世界に出ていき、頑張ったら今のような力学図になった。そうとも捉えられるのではないだろうか。*4


なんてことをたくさん考えさせてくれて本当に楽しい週末の楽しみネタになった。


このような驚異的な発見をしてくれた中国、UK、スペイン、アメリカの共同チームの皆さんに感謝したい。


しかしなんでこれほど驚くほどの発見が我が国の主要ニュースにほぼ全く流れていないのだろう、、、不思議だ。*5




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★本エントリに関連する雑誌


デニソワ人発見の話がかなりこってり(オススメ)

南アフリカの洞窟で最近大量に見つかった頭は猿人で身体はホモ属にかなり近いという人類の話。謎だらけだけれどとても面白い。


(注:僕は人類学を正式に学んだ人間ではないので、多分に誤解、想像を含んでいます。以上はあくまで僕の執筆段階での理解であり、事実関連については何もかもを鵜呑みにされず、ご自分でお調べ、ご確認ください。あと、詳しい方がムキになるのはナシでおねがいします。そんな大人げない人はいくら何でもいないと思いますが、一応念のため。笑)

*1南米に5万年前に人がいたという話はブログを書き始めた頃の次のエントリ(オリジナルを書いたのは2000年の夏!)をご参照されたし。http://d.hatena.ne.jp/kaz_ataka/20080801/1217542375

*2:途中、シベリアの南西で見つかったデニソワ人とかまだ??なものもある。

*3:このNature論文で知ったがLevantというらしい

*4:実際には偶然とか色んな物が絡んでいて簡単には説明できないだろうが、頭の体操としては面白い。

*5:少なくともこの執筆段階でほぼ全くニュース的な話題にはなっていない。

2015-10-11

AIはproblem solvingマシンではない


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Leica M7, 50mm/F1.4 Summilux, RDPIII @UC Berkeley


この夏の研究のように書いていたDiamondハーバードビジネスレビュー(DHBR)2015年 11 月号への寄稿論文がようやく昨日発売になった。「人工知能はビジネスをどう変えるか」というタイトルだ。


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NewsPicksのコメント欄*1にも書いたが、この論文のきっかけは7月末のバケーション前日に編集長の岩佐氏が突然相談があると言っていらしたことから始まっている。「いまディープラーニングなどAI周りで起こっている本当のこと、そしてそのビジネスとマネジメントについての意味合いについてまとめてもらえないか」という話だった。


実はその1-2カ月前に、私の前職の恩師の一人であり、東大EMP(executive management program)の責任者でもある横山禎徳さんにもAIという言葉がなんというかhypeになっているが、本当のところAIは何ができて何ができないのか、ということについて数時間、うまいワイン数本とともにガン詰めされたこともあった。


その後に、陸上の為末大さんと対談することがあり*2、そこでもAIには何ができて、何ができないのかという話が大きな話題の一つになった。仕事がAIによってなくなるとかなくならないという話が随分と話題に上がっているせいもあったと思う。


そういう前置きがあったこともあり、お話が来た時は、とんでもないテーマだと思う一方、これは自分が書かなければ、誰も書かないない内容なんだろうなとも思った。(実際、発売前日の金曜日に編集長にお聞きしたのは、僕が受けなければ、この内容は代替の人が全く見当たらず落とすつもりであったということだった。)


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とんでもないと思ったのは、このテーマはそもそも(1)編集長も含めた、ほとんどの世の中の人が誤解していること、ディープラーニング(深層学習/DL)への幻想を紐解くところから始まる必要がある。なおかつ(2)今起こっている変化のすさまじさとAIがおこなっている取り組みの本当の広がりを整理しなければいけない。それでありながら、(3)AIと我々の知覚そして知性との対比を行うという荒業が必要。その上で、(4)ビジネス全体、マネジメント全体に対して意味合いを考える、という深淵かつ広大なものであったからだ。


(1)自体が誤解に満ちて整理されておらず(業界の人はわからない人は流石にいないと思ってか、あるいは確信犯的に説明しない)、(2)もガサツでほとんどまともに整理されていない(業界の人は自分の取り組みには詳しいが、俯瞰して一般人に分かる言葉で話してくれない)。


(3)に至っては、世にあるのは、機械学習(Machine learning: ML)およびその一種のDL、人工知能(AI)側からの知見のみが広がっていて、ほとんどの人には全く手がかりがない。本来、脳神経科学認知科学も分かる人が知覚と知性の広がりとの対比をしなければいけないが、そちら側の人はML/AIがよくわからないのでコメントしない。また、「知覚と知性についての広がり」についてそもそも体系的に整理した人などそもそもいない。


いわんや(4)については、そもそもビジネスやマネジメントを俯瞰するような能力を持った人が、AI・脳神経科学を合わせた意味合いを議論することなど普通不可能で(そもそも議論できるほどよくわかっていない)、部分的に仕事がなくなるんだろう的な論説があるだけ、というのがこれまでだったからだ。


正直、編集長自身もこのテーマの本当の奥深さを僕に相談された時は理解されていなかったと思う。あいにく、自分はこれらのすべての領域にそれなり以上に深く関わってきたために、瞬時に上の広がりを認識し、やりますともやりませんとも言わず、持ち帰りそのままバケーションに入った。


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僕はもともと知覚(perception)に興味があり、脳神経科学全般の体系的な訓練を受け、研究し、かたやビジネスではある種 perception technologyというべき消費者マーケティングに出会い、人のものの感じ方とニーズの生まれ方について長年取り組んできた。現職に来てからは、もともとの市場インサイト、インテリジェンス的な活動に加えて、直接的にもマネジメントとしてもビッグデータやデータを利活用したR&D的な取り組みに深く関わってきた。(実は社内で基礎研究を行う研究所長を担っていた時期もある。)


なんというか、そういう経験の集大成的な論考になるんだなと直感した。


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このテーマはそもそもAIと騒がれている現在のブームの本質が単に機械学習だとか深層学習(ディープラーニング)といった情報科学(データサイエンス)の話ではないことから始まる。これらのキカイに学習させるための手法は、たしかに大切だが、データが大量にないとそもそも始まらない。(上の1の話だ)


僕の周りでも笑い話が一つある。ディープラーニングについての話を耳にした人が、あるこういうデータサイエンス系の人のところに来て、「鳥の鳴き声をディープラーニングを使ってどの鳥なのかわかるようにしたいんですが」といって来たという。


「了解です。ではまずは各鳥の鳴き声をとりあえず五万回ずつ録音したものを用意してください。オスメスだとか、状況などの属性データも一緒に。そうすれば手伝いますよ」


こう答えたら、その相談にやってきた人はディープラーニングが魔法の箱か何かだと思っていたらしく、うなだれて帰っていったらしい。


より深くはDHBRの論考を見てもらえればと思うが、軽く数万のパラメータを扱う深層学習は当然の事ながら数百、数千のデータでは教育できない。膨大なデータ(ビッグデータ)があることによって初めてファンクションする。そしてそのためには、極めて高速な計算環境が必要だ。この3つを分けて考えているあたりに現在の世の中の危なっかしさがある。*3


しかもこのことから分かる通り、どんな用途に対しても動くAIなるものは普通存在しえない。十分に速い計算環境に対し、特定の用途に合わせて、必要な情報科学*4を実装し、大量のデータで教育をすることで特定用途のために使えるAIになるからだ。このことぐらいはもう高校生以上の人たちには教える時代になったのではないかと思う。(p.46 図表1)


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(2)もちゃんとやる必要があった。人工知能は万能みたいに思われている人たちに対して、いま、最先端の世界で何が起きていて、どういう広がりで急速に用途が広がっていっているのか、その整理をする必要があるとかねがね考えていたからだ。(p.47 図表2)


僕の周りには幸い詳しい人、専門家が多いが、彼らは頭が良すぎて普通の人に自分たちが思っていることをうまく伝えられない。その橋渡しも含めて、自分が俯瞰して感じている広がりと、その意味合いをなんとか伝えようと努力した。これまでにないすっきりとした整理を行ったので、一定の成功をしたように思うが、判断は読者の皆様に任せたいと思う。


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(3)は真のチャレンジの一つだった。そもそもAIについて僕ら(この領域の内側にいる人)からすると当たり前、空気のように思っているが、一般の人(外の人)がわかっていないことを整理する必要がある。これを課題解決プロセスの全体に置くとどのような意味合いがあるか、それをさらに俯瞰すると、どういうことが浮かび上がるかをそこでは議論している。(p.50 図表3)


これを見ると明らかにわかるのは、AIはproblem solving machineではないということだ。AIが広がると仕事がなくなるとか、仕事が劇的に楽になると思って期待している人がこの世に多くいるが、残念ながらそんな都合のいい話はない。なにしろ、AIは課題解決において最も大切な能力であるイシューを見極める力、構造化する力がないのだ。課題をフレームする力も、人に伝える力もない。実際にはAIは人間を代替するのではなく、人間を幅広くアシストする存在になる。


ここではさらに、知覚と知性の広がりをフレームワーク化する、その中でAIの現状を人間と対比するという大きなチャレンジに取り組んだ(p.52 図表4)。もしかすると世界初かもしれない。


脳神経科学をおこなっている人であれば自明で、それ以外の人にとってはほぼ全く認識されていないことだが、我々の脳神経系のほとんどは実は思考とか高度な知性というより、知覚そのものと体を動かすことに使われている。そもそも1000億と言われる脳の神経細胞ニューロン)の8割は小脳に存在する。大脳皮質もほとんどが感覚処理と運動に使われている。その下の視床(thalamus)は知覚のゲートウェイだ。


そういうことも踏まえ、知覚についても脳神経科学的にもほぼ正しく、それでいて、人間の知的活動の本質的なポイントも外さないようなフレームワーク化と、その上での評価を試みた。実はこの図表づくりに最も時間をかけたが、一定の成功を収めたことを祈る。


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(4)はチャレンジ以上のチャレンジというか、(3)までの議論自体がないないづくしで大変だったが、もう二踏ん張りした。編集長からはビジネス自体がどう変わるか、あと、ハーバード・ビジネス・レビューなのでマネジメントへの意味合いを是非書いて欲しいと言われたからだ。


ビジネスの方の意味合い自体がかなり興味深いものであるとは思っていたが、世の中的には上の感情的、妄想的な仕事の喪失論(本質的には間違っている)以上の議論が殆ど行われていない。そこに何らかの知的な楔を打ち込めればと思って努力した。なんとなく感覚で思われていることの中で本当に起きると思われることをかなりストレッチして書いた。


マネジメントについて書くのは、更に無謀感があったが、長年トップマネジメントコンサルタントとして働き、自分自身がそれなりの規模の会社の経営に関わっている以上、逃げられないと思って踏ん張って書いた。かなり大胆だと思うことも書いたが、今の主要なmarket cap上位の会社がどのような位置づけにあってどのような方向性を目指していこうとしているのか、我々の社会がどのような方向に進もうとしているのかについても一定の方向性を打ち出せたのではないかと思う。


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以上、長くなったが、このDHBRでの論考発表にあたってのあとがきとして書いてみた。


本当に文字通り、仕事の合間を縫って、渾身で書きおろしました。ご興味を持っていただいた方は、ぜひ手にとって読んでいただければ幸いです。そしてブログでもFacebookでもTwitterでも良いので、ご感想などお聞かせいただければ本当にうれしいです。


これほどの充実感のある仕事を依頼していただいた岩佐編集長に感謝をささげつつ。


良い夏でした。



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★本エントリに関連する書物

ご紹介した論文はここに掲載されています。


こちらには昨年ビッグデータとマーケットリサーチとの使い分けについてまとめた論文を寄稿しました。

*1https://newspicks.com/news/1197124/

*2:NewsPicks上の関連記事は、https://newspicks.com/news/1137152/body/

*3ブクマコメントを見て誤解がないように補足。Pre-trainしているのであればその事前訓練に必要なデータ量も含めて考える必要がある。

*4:機械学習や深層学習以外にもコンピュータに言語を扱わせるための自然言語処理、あるいは画像処理するためのコンピュータビジョンなど