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ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Being between Neuroscience and Marketing このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2008-11-28

宮崎駿さんの言葉

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Leica M7, 90mm Tele-Elmarit F2.8, RDPIII @Grand Canyon, AZ


いまブクマでトップを走っている宮崎駿さんの言葉がすばらしい。あとで振り返れるよう、心にしみた言葉を少し残しておきたい。


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自分たちは、悪人をやっつければ世界が平和になるという映画は作りません。、、、「あらゆる問題は自分の内面や自分の属する社会や家族の中にもある」ということをいつも踏まえて映画を作らなければいけないと思っています。、、、「自分の愛する街や愛する国が世界にとって良くないものになるという可能性をいつも持っているんだ」ということを、私たちはこの前の戦争の結果から学んだのですから、学んだことを忘れてはいけない

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私たちにとっていつも考えなければならないのは、日本の社会であり、日本にいる子どもたちであり、周りの子どもたちです。それをもっと徹底することによって、世界に通用するぐらいなある種の普遍性にたどり着けたら素晴らしい。

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甲冑魚というのは私が子どものころ、とてもドキドキした記憶があるんです。だからデボン紀にしたのです。

、、、結局「楽園というものは自分の幼年時代にしかない、幼年時代の記憶の中にだけあるんだ」

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現実の世界を追いかけていくうちに映画が複雑になってしまったのです。、、、(分かりやすい作品は)DVDにもなっていませんし、一切外に出ていない


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少しずつ変えていっても、現代の文明の終焉までに滑り込みセーフになるのかどうか、私はあまり自信がありません。ただ個人的には、自分と自分の周辺に関しては最大限の努力をしていくつもりです。


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8歳の少年は悲劇的にならざるを得ないものを強く持っている、、、知らなければいけないことが山ほどありすぎ、身に付けなければいけない力はあまりにも足りなくて……つまり女の子たちとは違うのです。少女というのは現実の世にいますから、極めて自信たっぷりに生きていますけど、男の子たちはちょっと違うのだと思います。、、、その年齢の少年たちは実に簡単に世の中のワナに引っかかるのです。つまらないカードを集めたり、つまらないラジコンの車に夢中になったり、あっというまに商業主義のえじきになってしまって、なかなか心の中を知ることができないのです。

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アニメーションを作るのは個人的な努力だけではなくて、本当に面倒臭い仕事をいっぱいやらないといけないのです。、、、「みんなでやってよかった」というものを探す責任を私は背負ってアニメーションスタジオにいます


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お金集めは鈴木(敏夫)プロデューサーがやってくれるので何の心配もいりません。つまり、自分の才能の不足に苦しむのだと思います。

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「商業的に成功することは、大して意味がないんだ」と本当は思っています。仕事を続けるために一定の商業的な成果を上げなければなりませんが、それは目的ではありません。、、、ですから私たちは「30年はお客さんに見捨てられない映画を作りたい、それができたら素晴らしい」と思っています。


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——宮崎さんの映画を見た子どもは将来どんな仕事を選ぶでしょうか?

宮崎 普通の人になってもらえればいいと思います。


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現在の賢人。その言葉が読み終わったときに心に浮かんだ。心なしか涙ぐんだ。

「現実は矛盾の束」というのは開高健さんの素晴らしい喝破だが、それを包含した厚みと深さのある言葉に打たれた。


さあ仕事にいかなければ!皆さんにとって素晴らしい金曜、そして週末になりますように!

2008-11-27

渡米して最初に思ったこと(6) - 幸せとは?

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Leica M7, 50mm C-Sonnar F1.5 @Mother Farm, Chiba


日本では勝つという言葉が意味していることは非常に狭いけれど、アメリカ人が使うwinという言葉の意味は非常に広い。Are you winning?と毎日言っている、かつて僕のチームメンバーがいたけれど(外人)それは何というか「うまくやってる?」位の意味で、方向や内容までは規定しない。だから、百人いればそれだけのwinningな状態があるという意味ではアメリカはいいところだと思う。


何かはっきりした方向に向かっているということ(トラブルはあっても前進しているということ)が幸せな状態だと思う。辛いことを乗り越えているのが一番生きている実感のある充実した瞬間だと僕は信じている。



(Summer 1997)


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ps. この一連の11年あまり前の稿はこれで終わりです。一週間以上の長きに渡り、お付き合いいただきありがとうございました。


上の記事も含めて、今から見るとかなりこっぱずかしいものがありますが、まあこういう日々があって今があるということで、基本的に手を入れずに出しました。


今からでももちろん構いませんので、何か気になったエントリにでもコメントなど書いて頂けたりするととってもうれしいです。


ではでは!

2008-11-25

ニコン用ツァイス到来!

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Leica M7, 50mm Planar F2.0 @Meguro, Tokyo


長らく懸案だった、ニコン用のカールツァイスを入手した。標準派の僕なので、当然のように50mm Planar F1.4をゲット。当然中古である。マップ(カメラ)にいけば新同品(新品同様の品)が、二割(=一万円)引きなんだから、もう当たり前のようにこれを店頭で指差す。(笑)


その場で、もしカメラをお持ちでしたらどうぞお付けください、といつもの科白。では、とおもむろにカバンより持ち出す。「おっ、F2ですね」と言われ、まんざらでもない僕。(バカですねぇ)


私が小学生になったぐらいのときに生まれたこのカメラ(F2:1974年製)を入手して以来、10本は撮ったと思うが、明らかに今までサブのサブのような扱いだった。ライカのように軽快ではないということもあるが、入手したときについていたニッコール(レンズ)のデザインが僕的に刺さらなかったというのもある。なんというか究極のメカニカルニコン*1であるF2の風格にどうもこのレンズが付いていっていない、と本能的に思っていた部分もある。


もともとコンタックスで写真を始めたということもあり、ツァイスのレンズの独特のこってりとした色乗りが好き。初めてニコンマウントのツァイスが出るというニュースを、アサヒカメラか、カメラマガジンで見て以来、とても付けてみたいと一方で思っていた。


それが遂にかなった。久しぶりにカメラとかレンズを買って高揚してしまった。そのような時は毎度枕元において、サワサワしながら、眠る。この日も同様。子供ですねぇ、とか言われそうだが、男の趣味など、どんなに金がかかろうが基本的に子供の頃の遊びの延長である。(、、、この辺り女性読者のためにちょっと力説!笑)


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お店の場面に戻る。


で、付けてみると、これがもうすごいのだ。ニッコールの時に感じていた違和感が一瞬で吹っ飛ぶ。このレンズはこのカメラのために生まれて来た。いや、このカメラはこのレンズと出会うために生まれて来たのではないかと思うほどの、一体感なのだ。金属製アルマイトの吸い付くような質感。ヘリコイドを動かす、リングの刻みの美しさ。距離目盛りのところの赤字、、、全てが調和して、一瞬で恋におちた二人にまいり、そのまま支払って出てくる。NikonCarl Zeissという、冷戦時代の東西間の恋のような、何とも言えずやばい出会いであるが、まあこういうのが健全で財布の中で完結する辺り、すてきな出会いと言えよう。:)


なぜこれがこんなに美しく一体化しているのかと、なかば怪訝に思い、なかば恍惚を感じ、ヘリコイドをまわしながら階段を下りる。階段の途中で、下から上がってくるお客とすれ違う。当たり前のようにこの組み合わせに向けて、メタボな私の手にあるこの二人(F2+ 50mm Planar)にちらっと、しかし確かに力強く向けられた視線を感じ、また何とも言えず、心の中でニヤニヤ、いや、ホンワカ、そして恍惚。


この連休、紅葉でも見に、東北の方でも行こうかと思っていたが、会津若松の辺りで天気予報を見たときの気温が二度!というのに恐れをなし、やめてしまったので、まあ僕としては外に出るお金が浮いたので、その別投資という感じ。(という言い訳。)


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店を出てから、酩酊状態のまま帰宅。


休み中、とりあえず、子供を中心に2本ほど撮る。仕上がりが楽しみだ。


このF2、ピント位置のクセが今ひとつ読み切れていないので、ちゃんと撮れているか気がかりだが、構えているととりあえず何かすごいものが撮れる感じがしてしまうのが、名機の名機たる所以(ゆえん)。何か上がって来たところで、またこのブログでシェアしたいと思う。(久々のカメラバカ記事になってしまいましたね!)



ps.あまりにも幸せ感が高いので、せっかく予約を入れた5D MarkIIを買うかどうかかなり怪しくなってきました。恐らく上の新真打ちの写りを見て、決まるのではないかと思います。



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*1:高速シャッターだが電池不要。植村直己さんの数々の探検を共にしたほどの強靭さを誇る名機である。NASAはこれをベースにした特注カメラにより、数多くの宇宙ミッションの歴史的な写真を撮影

2008-11-24

渡米して最初に思ったこと(5) - 夢の大切さ

先週まで載せていた11年前のメモの続きです。このシリーズ、間もなく終了です。


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Leica M7, 50mm Summicron F2.0, Fortia SP @目黒東京


アメリカに来てから、こちらのスポーツ選手のインタビューを聞くと、いつも彼らが例外なく自分の考えを持って自分の足で立っていることが分かる。やはり人間として自立しているんだと思う。誰か(コーチとか)になだめすかされてやっているんではなくて、自分の意志で選んだ道を自分の内面から自分を押す力でやっているから、当然「自分を支える考え」というのを持っているんだと思う。


また、アメリカでは、「医者になるわけでもなく、弁護士になるわけでもない、そんな夢を子供達に与えよう」というようなポスターまでいっぱい貼って、スポーツ選手が色んなところに積極的に子供に夢を与えるための活動をしている。これは彼らの本心だと思う。日本の清原のように小金を持ってしまったために自分を見失い、銀座で姉ちゃんを引っかけているような奴には出来ないだろう。初心をもっと大切にして欲しい。なぜ清原にみんな希望を持つかというと、彼が高校を出てドラフトの結果、巨人に入れなかったときのあの涙があるからなのに。あいつはわかっていない*1


夢を与えていかないと、アメリカではまともに成長出来ない子どもが多くいるからだ、というねじれた見方もある。しかし、本来人間は目指す方向に向かって歩こうとする生命であって、これは非常にまともなことであると思う。更にいえば、アメリカは一人一人独立した個人の社会だから、どんなに恵まれた人でも、自分の意志と生きたい方向(夢)がなくなると生きていけないことがクリアになる。


かたや、「子どもに夢を与える」なんて言葉、日本であんまり聞かない。それほど日本の子供は恵まれた環境にいるという人もいるかも知れない。しかし、本当にそうか?ある意味で日本ほど夢のない国はない。ほとんどの人が、そこそこの人生しか送らない*2。野望は国の規制に打ち砕かれ、外圧のみが変え得るようなそんながんじがらめの社会。異常に画一的な目標しか子供にはなく(東大に行く、医者になる、官僚になるなど)*3、覇気のない大人が大手町を歩いている。アメリカで Harvard college, Yale college卒というのは確かにエリートの象徴ではあるけれど、みんなそれを目指しているわけでは全然ない*4。J.D. (law school出), M.D. (medical school出)というのも同じ。


日本では夢を持っている人がいなさすぎるから、誰も語らないのが実態ではないか?誰も自分の生きたかったように生きようとしていない。自分の夢に自分の人生を賭けない。夢があるかどうかすら分からない。


日本では誰もエキサイティングな人生を望んでいないのかもしれない。20歳そこそこの人間が「やりたいことがないからとりあえず商社にいく。」と言ったり、人生の目標で「東京郊外の一戸建て」をあげるのは非常に気持が悪いし異常なこと。ブルーハーツの詩のように「生まれたからには生きてやる。」という考えがない。これは、悲しい。生きてきたからにはうきうきしていたい。生きてきたという実感のない毎日なんてつまんない、そうは思わないのだろうか。


なんていうかパワーがなくなってしまうと、悲しい。いわゆる生き生きしているという顔があるけれど、ぼくはいつもああいうvividな人でありたいと思っている。人間らしく、悲しんで、楽しんで、痛がって、気持ちよくなって、、、そういう生きている自分でありたい。



(Summer 1997)


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*1:この辺り1997年という時代を表しています。:)ちなみに僕は清原と同学年で、桑田も含めて特別な思いがあります。

*2:この状況は、この数年後におこるネットバブルによって多少変わったようだ。

*3:この辺りはこのメモを書いた当時10代であった現在の20代の人に話を聞いてみたい

*4:但し、大統領を目指すのであれば、どん底からの叩き上げ(=アメリカンドリームの体現者)でなければ、このいずれかの大学に undergraduateか、law school辺りでからんでおいた方が良い。ビル・クリントンはこの両方を満たす稀な事例。

2008-11-23

どうにもならないことはどうなってもいいこと

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Leica M7, 50mm C-Sonnar F1.5 @Mother Farm, Chiba


最近の僕のブログの悩み*1は、書いてみたいことが次から次へと頭に浮かんで来て、そのくせ書く時間が全然ないこと。

下書きのタイトルとかをぼそっと書いて残せることが分かってから、このところ残しているとあっという間に20ぐらいを超してしまった。生活か,仕事の方で整理しきれていないのかもしれない。


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こんな時、僕がいつも立ち返るのはブルハのあの名ゼリフ。


「どうにもならないことなんて 、どうなってもいいこと」


本物の名言。至言。金言


大体世の中や、仕事の環境で騒がれていることなんて、実際に自分なり、なんなりに当てはめて考えてみると、大体はどうでも良いこと。あまりにもくだらないことばかり聞いていると、そういう感性が鈍るので気をつけないといけない。意味のないことは意味がないと言わないといけないのに、耐えている人が多すぎる、、、なんて言っている暇があれば、自分の生活をリストラしなければ!


そもそも6月までブログのブの字も自分の生活にはなかった訳だし。:)


ということでこの週末は休憩!


皆さんよいお休みを!!!



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*1:悩んでいる訳ではありません!(笑)『悩まない.悩んでいる暇があれば考える』のエントリを参照

2008-11-21

渡米して最初に思ったこと(4) - 石橋を叩けば渡れない

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Leica M7, 50mm Summilux F1.4, PN400N @Santa Monica, CA


勇気


勇気がなかなか持てなくて、そしてこの責任を恐れて人は本当の自由を得られない。どうして自分のままでいちゃだめなのだろう。人が自分のことどう見たっていいんじゃないか。僕が学生の頃、仲良かったアメリカ人のジャーナリストが教えてくれた言葉で、


Those who dance are thought crazy by those who do not hear the music.

(踊っている人だって、頭がおかしく見える。音楽が聞こえない人から見たら。)


というのがある。本当にそうだと思う。自分は自分の踊りを踊ればいい。ファインマンの本のタイトル(邦題「困ります、ファインマンさん」)にもなっている彼が最愛の最初の奥さん(結核?で若くして死んでしまった)から言われた、


What do you care what other people think?

(人が何をどう思っていようと、それがどうしたっていうの?)


というのも同じことを言っていると思う。彼は感じやすい青年だったけれど、この言葉を聞いて強くなったと言われている。


あまり先のこと考えてもしょうがない。初代南極越冬隊長、西堀栄三郎先生の名著に『石橋を叩けば渡れない』というのがあって、そこで氏は、


「勇気が自信に先行し、経験が勇気を作ります」


という素晴らしいことを述べている。よく分からないのが分かるほど悩んだら、もう飛んでみるしかないことは多い。飛んでしまったら、それが良かったと思えるように頑張ればいい。僕はいつもそうだし、人間先のことがすべて分かるほど賢くない。どういうリスクがあるかを考えるのは大切だけれど、出てしまったあとは自分の創意工夫で乗り越えて行くしかないのが、人生なんじゃないだろうか。


勢いを大切にしつつ思慮深くなりたいものだ。でも勇気のない人にはなりたくない。殆どの人にとって、大人になると言うのはrisk-averse*1になることだから。そうやって飛べなくなることを思慮深くなると言っているのでは意味がないではないか。



(Summer 1997)


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*1:臆病、リスク回避指向

2008-11-20

渡米して最初に思ったこと(3) - 若さとリスク

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Leica M3, 50mm Summicron F2.0 @Bali, Indonesia


若さ


若者にはリスクがないという人がいる。確かに、持っているもの(主として家族と地位)の大きさからみたら大人の決断におけるリスクの方が若いときのそれに比べ、大きく見えるかも知れない。しかし、残された人生の長さとそこに与える影響を考えると若いときの方が、どうなるか分からない度合いが高く、リスクは大きいのではないか。若いだけに取り返しがつかないほど人生が変わってしまうと言うことがあり得る。


またちょっと違う意味で、若者はリスクを考えずに行動するから、大きな失敗や痛手は若いときが圧倒的に多い。でもその失敗は社会が寛容する(たぶんアメリカでは歓迎する)。だからわりと好きに出来るとも言える。


ただ、この若さを持った人間は一体何人いるんだろうか。日本においては小学生でさえもこの若さをもっていないのではないかと思ったりもする。こういう若さと言うより人間としての強さを持っている人はそういない。本当の意味のタフさであると思う。ただ、その存在確率は若い人の中では非常に高いはずだし、そうでなくてはいけないと思う。



(Summer 1997)

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2008-11-19

渡米して最初に思ったこと(2) - 決断と日本人の甘え

前エントリの続きです)

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Leica M3, 50mm Summilux F1.4 @旭山動物園北海道


決断


多くの人は、自分は決断なんてしてきたつもりはない、という。でももう大きな判断はしているはずだ。今はそこまで思わないだけで、きっとあれが大きな分岐点だったんだなあというのが出てくる。(あるいは分岐点を作らなかったのはあの時のタイミングだというのが出てくる)


また親からの金をもらって生きているから自分には自由がないという人も学生の時は多かった。そうだろうか。今やっていること、今決めていることはすべて自分に降り懸かってくる。自分の人生に明らかに影響させている。つまり責任を持っている。認識してないだけで。自分の人生は全部自分が選んできた行動の結果というのは大げさかもしれないけれど、僕はそう思っている。


例えば、突き詰めてしまえば自分で学費を稼ぐことも出来るわけで、自分で奴隷の自由を選択してるだけで単に甘えていると言える。そこを意識せずに選んでいるのも自分なんだということを分かっていない。親に頼らないように行く、と決めるのも自分の決断だし、限られた自由の中で判断すると決めているのも自分だし、限られた自由の中で方向を定めているのも自分である。


やりたいもの、欲しいものに優先順位をつける作業、常にそれが生きることにおける決断じゃないかと思う。プライオリティを考えない人生なんて暴走しているだけじゃないかとも言える。ゴールが必ずしも見えている必要はなくても、(普通は見えない)その局面局面でベストな判断をしていくことが大切だと思う。打つべき手が分からなくても、どこがバンカーかを理解してそこにだけは行かないようにする事が大切なんだと思う。


まあ、それが調節できないのも若さの特徴(特権ではない)ではあるけれど。最近はそこまで考えを回さないと痛い目に遭うと言うことがだんだん身にしみて分かってきて気を付けるようになってきた。



日本人の甘え


What do you want? と聞かれて答えられない人が日本で多いのは、そもそも何も考えていないというか、自分が何を欲しているのか考えてることをして来なかったからではないだろうか。だとすると非常に悲しい人生である。


日本では明らかに個人であることと、その人が才能があったり特異であるということを否定しようというベクトルが大きく働く。だからといってそれが日本だけの問題であるとは言えない。どんな社会でも他の人と違うルールでいきるのは大変なことだから。無理解と戦わないと行けない。とはいっても、みんなに理解してもらうことを放棄してしまえば済むことだが。


甘えといえば甘えでもある。みんな楽だから選んでいる。変な圧力を感じながら生きたくないということに尽きるのではないか。



(Summer 1997) 

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2008-11-17

渡米して最初に思ったこと(1) - 自由の本質、、、at your own risk (人のせいにしない)

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Contax T2, 38mm Sonnar F2.8 @New Haven, CT (ちょうどアメリカに行って間もない頃の写真です)


週末メールフォルダーを整理していたら、思いがけず、自分がアメリカに旅立って間もなくという11年あまりまえの夏の日の思いを綴ったメモが出て来た。


当時ブログなどなく、何しろインターネット人口が日本全体で、今の15分の一、まだ五百万程度という時代だったということもあり(家ではほぼ100% dial-up:速い人で56kの時代)、友人、知人でネットのメールアドレスを持つ人にメルマガ的に配信していたものだ。


何通にも渡って、日本をほとんど永遠のつもりで飛び出*1、感じたことを綴っているのを見て、何とも気恥ずかしく、しかし、心を再び新たにさせられた。こういう効果があるから、写真もこんな日記のようなものも価値があることが分かる。


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で、そのメモの話。


そのメモを見ていて気付くのは、とにもかくにもアメリカの自由とその裏側にある厳しさ、突き放したようなドライさに自分がうたれていたことだ。そこに日本との根本的な違いを感じ、また、アメリカに来たことの価値と、覚悟を感じていたことが分かる。コメントを挟みつつ紹介したい。


こっちに来て車に乗ってみるだけで、at your own riskというのを実感する。死にたければ死ねばいいし、人に迷惑を掛けるな。ルールを守るのは取り締まられるからではなく、自分が死にたくないし、嫌な目に遭いたくないからというのが徹底している。一人一人の個人の自由(権利)と責任が日本とは比較にならないほど強い。これが社会のすべての面で効いてきている。基本的な価値観が日本とはあまりにも違うので殆どの人は戸惑うと思う。僕はとても気持ちがいい。甘えに満ちたあの日本の感覚が全くないから。


これは今でもアメリカに行くたびに感じること。そしてアメリカに到着し、クルマに乗った瞬間に深く実感することでもある。

まだ20代で、仕事を四年半ほどもして、でもこんなところできれいにまとまっちゃダメだ、と思って、そこまで積み上げて来たものを全てご破算にして、やって来たときの文章なので、その辺りの、不安と気負いを共に感じる。


日本においては「(あなたの状況や気持ち、何故そうなったのかという理由や背景が)わかる、わかる」という感覚の共有度の高さが仲の良さの指標になっている。非常に同質な部分を大切にしている。同質性が人と人のつながりの接着作用を担っている。それに対して、アメリカでは人と自分が違うのは当たり前だから、むしろ自分にないものを求めて付き合っている部分が多いのではないかと推測される。この辺は、これからの経験で要検証だけど。


よく日本である議論に「個人の自由」は同時に「個人の責任(義務)」を意味するのに、なんだか個人の権利だけが妙に主張されて、責任(義務)が取り残されている、というのがある。僕はこの議論で出てくる責任という言葉が悪いと思う。実際は自分の決断したことの結果の持つリスクを考えて行動しているか?ということに尽きる。行動の結果うまれるいいことだけが自分のもので、悪いことは人のせい、運が悪かったでは、虫が良すぎる。世の中/人生をなめるな!と思う。多くの人が他人まかせで生きていて、自分でリスクを取って行動しない。実際は自分の行動に繋がる決断のすべてが、賭であって、そのリスクも果実も自分が採るんだという認識がない。非常に自分の人生に対して適当だし、無責任な態度だ。もっと人生に対してcommitしろといいたい。人に考えさせるな、人の意見を自分の判断代わりに聞くな、自分の人生を人におぶらせるな、と言いたい。もっと日本人、あるいは日本を構成する人全体がmatureになって欲しい。


何を引き受けたら自由を持てるかというと、僕は(自分が何かを決めているときに)決断をしているという認識、決断をする勇気、決断をしたことを引き受ける責任感だと思う。この三つのすべてが日本の社会では大きく欠落している。そうして周りのなんとなくこれだよね、という価値観に引きずられて、それに流されることがbest decisionだと思っている。言い換えれば、集団の嗜好の最大公約数を基に判断している。だから、画一化するし、みんな同じ人生を歩きたがるし、結果エキサイティングな人生にならない。みんなリスクとってよ。土井先生の甘えの社会は変わっていない。


世の中に対して言いたい放題だが(笑)、まあこの辺りは若さということでご寛容いただきたく、、、リスク論については、だいぶこの10年あまりで日本も変わって来たのかな?

ただ大胆にリスクをとって人のとらない道を選ぼうとしない、自分に自信のある若者が、より素敵な未来に対して大きく賭ける人がいそうでいないのは今も同じ(そもそもそれだけ深い自信のある人がいない?)。ネットバブルのようなこととか、外資ブームとかで一斉に動く人が東大京大生といえども多いのを見ているとまだ根が変わっていないことがわかる。この辺りは、ココまでのエントリ、たとえば『青年よ、狭き門より入れ』辺りを読んで頂いた方にはある程度同感して頂けるのでは?

このときもそうだったが、リスクをとらないと面白い人生も多くを得る人生もないなというのは、今になって同世代から見ると逸脱した選択ばかり繰り返して来た僕としては思う。ぜひ若い人たちには(僕の世代に対しても)、そして自分に対しても自分に賭けることを続けてもらいたいなとは思う。


で、続くのが、まさに最近の大統領選と、総裁選、そして総選挙のことを言っているのかと見まがおうかという感じのリーダー論。


日本のような集団判断の中で生きていれば、自分に責任があるとは思えなくなるし、あまり考えなくても誰かが考えるから楽と言えば楽。でも、必ずその判断を集団としてしなければならなくて、誰かがコミットする必要がある。その辺がババの引き合いみたくなっていて大変醜い。こういう勇気を取って引っ張っていくリーダーシップに全く敬意を払わないのはこの問題の象徴だと思う。従って、日本では人の意見をうまく集めてきて、公約数を作るのがうまい人が人の上に立つことが多く、アメリカでは原爆のボタンを預けてもいいほどのコミットメントと責任感がある人が国のリーダーとして求められる。派閥の長じゃアメリカじゃ食っていけんよ。まあvice-versaだが。


なかなかいいことを言っている(笑)。この辺は今もほとんど変わっていないようだ。

今になってみて見ると、日本がなぜこんなリーダーシップで動いているのか、その良さも必然性もある程度は分かるが、このときの僕はかなりフラストレートしていたことが分かる。今でもあまりウェットなのは好きではないが、このいいっぷりが何とも言えず、可笑しい。


この上で、この一本目の稿の結論的な部分に入る。


とはいうものの、やはり人間というのは自由な状態を怖いと思っているし、コミットしすぎるのはなるべく避けたいというrisk-averseな面を本質的に持っている。それを深く掘り下げて指摘した最初の本の一つである『自由からの逃走』はもっと若者達に読まれるべきではないかと思っている。これを青春時代に読むと読まないでは、何か大きく違うはずだ。


ここで引用しているフロムの本は、僕が10代の頃読みふけった青春の書の一つ。この本は僕も久しく読んでいないが、また読んでどう感じるか見てみたい。もし読んでいない人がいればぜひこれはオススメだ。


日本では大学のサークルでめちゃくちゃ高いお揃いのジャージを作るなど同質性の強調に非常に金を掛けている。一方アメリカでそういう学生はまずみない。この同質性への執着が日本の活力を削り取っている可能性は高い。しかしながらよく言われるように、異質なものを受けとめる寛容性を持たないのが問題と言うよりも、本質は無責任さというか、甘えに満ちた生き方だとおもう。リスクを認識しろ、平和ぼけはもうやめろ、自分で考えろ、というところか。

この辺りは、だいぶ変わって来たのかナ?ただ昨日の夜、渋谷のマチで見ている限り、トレンドははるかにワイルドであるものの、やっぱり同じ格好をしている人が主なのは、なんというか『ユニフォーム文化』が相変わらず強いのではないかと思う。


結局のところ、自由とは「どういう判断をして、どういう向きのベクトルへ向かって行動しても良い」ということだと思う。それには常にリスクが付いて回るし、それを認識せず行動するのは単なる無謀さと言わざるを得ないし、自分のやることに対する責任感のない無責任な行動とも言える。リスクを認識し、それをも引き受ける勇気を持って行動したときにはじめて人は本当の自由を得たと言える。


若さというのはこのリスクが怖くないということでもある。だから大きな一歩を踏み出せるし、時には大きな飛躍を生み出せたりもする。その反面大きな失敗も起こるし、それが許される時期でもある。この時期に正しくリスクと責任を認識した上での自由を得られず、得ようともしない日本の状況は大きな問題だと思う。


殆どの人はセックスがテーマだとしか思っていないマンガに「ゴールデンボーイ」というのがある。これは、かつてBe Freeを描いた人の作品で、現在もスーパージャンプか何かに連載中だけど、人の欲望というものを的確に捉えている。また、主人公(大江金太郎という)は一つ一つ自分の足で立って悩みながらも物事を判断して成長していくある種のビルドゥングスロマンでもある。非常に非日本的で、日本の仕組みとの戦いのようなものが大きなテーマになっている。これは僕の好きなマンガの一つでもあるけれど、現在若者に大変人気のあるマンガでもある。それはこの人の画風が今風であるだけでなく、自由や自分の判断から逃げたがる人間の本質をテーマにしているからではないかと僕は睨んでいる。一度、読者諸兄姉も機会があれば読んでみるとよいのでは。マンガとしても面白いし、少なくとも僕にはためになるマンガだ。


というようなことを(考えていることのほんの一部ではあるが)考える。


何とも言えず気恥ずかしいが、この若さがあって、今があるんだと思うと、このときの思いは大切にしなければ、とも思う。また、自由とかat your own riskという側面に関しては、そうとう力強い「気付き」があったんだなあと思う。


こういう深い自分への方向性を与えるから異質との邂逅、出会いを避けてはいけないなと思う。行き詰まったときには、まず自分を出て外に触れてみたい。発明王豊田佐吉翁の「障子を開けよ。外は広い」もこの精神だろう。


この間からのエントリの延長で、留学などのことでパーソナルな相談などにのることが何度かあったので、たまには、こんなエントリもいいかなと思い、ちょっといくつかのその当時のメモを出来たら載せていこうと思います。



ps. 週末一度as isでアップしましたが、恥ずかしすぎておろしてしまいました。ただ、一気に多くの人が見に来ていることが分かり、再アップしました。恥ずかしすぎる気持ちになったらまたおろすかもしれませんが、ご了承ください。(明朝、皆さんのリアクションをふまえて判断します。)


ps2. 背景説明としては、上にもありますが、四年半ほどプロフェッショナルファームでかなり徹底的にしごかれたあと、再度サイエンスに戻って、学位を取りに米国に移ったときのことです。アメリカのresearch universityの自然科学分野には修士課程というものはほぼ全く存在しないので、Ph.D. programに入る当時のものです。



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*1:この辺りは、MBA留学の人とか、ポスドクで来ている人とはかなり異なる覚悟、、、師匠の大石先生 [現かずさDNA研究所所長] からも、本当にサイエンスで身を立てようと思うなら、先生ご自身の実体験から、親の死に会えないぐらいのつもりで行けと言われたものだ

2008-11-15

ピカソは本当に天才か?

f:id:kaz_ataka:20081115105214j:image

Leica M7, 50mm Summilux F1.4, Neopan400


今、僕のおしごと生活圏の港区では、ピカソがホットだ。


サントリー美術館でも、国立新美術館でもやっている。タイトルもやたら仰々しく、一つは

「巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡」

もう一つは、

「巨匠ピカソ 魂のポートレート」


、、、関西人ではないが、ホント、なんやねんという感じ。(主催の朝日新聞の体質、あるいはクセ?)

やたらめたら大きなポスターが至るところに張ってある。


子供のころは科学者でなければ、絵描きになろうと思っていたぐらいなので、絵はかなり好きなのだが(おそらくその吐き出し口として今も写真を撮っているのではないかと自分では思う)、僕はこれまで一度もピカソの絵からいわゆる「天才」というものを感じたことがない。これは僕だけなのだろうか。


ピカソの晩年のデッサンは好きなものがいくつかあり、いまもレプリカが部屋に一つあったりするのだが、それとこの巨匠、天才論というのは別で、本当のところ、みんなはどう思っているんだろうと、よく思う。


私の敬愛する開高健さんもかつてルーブルプラドを中心に回りめぐっていたころ、ピカソの絵にはなぜか何も引っかかることがないというエッセイを確か書いていたと記憶するが*1、それからかなりの年月がたち、確かに僕も生でいろんな名画と呼ばれるものとか有名な画家の絵を見るようになって、かなり実感を持って同意する。


コネティカットにいたころ、比較的近かったのでMet(メトロポリタン美術館)やMOMA(近代美術館)には、それなりの回数行き、大学も結構な美術館を持っていたので、それもよく行っていた。ボストンのMOFA(Museum of Fine Arts)も初めての渡米時以来何度か行き、いったいどこでどの絵を見たのかはあまり定かではないが、ピカソはそれなりの数を生で見てきた。


で、いつ見ても確かにうまいと思うのだが、僕の心にこれだけみても何も引っかからないのが不思議と気になっている。


ゴッホの空気に満ちた生命を捉えた絵はいつ見ても胸をつかまれる思いがするし、MOFAの誇るサージェントの絵は、まるで自分が10代で「ドルジェル泊の舞踏会」的な危険な恋をしているかのような気持ちにさせてくれる。モジリアーニの悲哀と達観、苦しみと愛が入り混じった絵には、通り過ぎようとしても自分を引き戻す力を感じざるを得ないことが多い。

絵ではないが、ロダンの手はどれを見ても目が離せなくなる。才気走ってはいるがコクトーのなんとも言えず甘いけれども、何か真実を捉えたデッサンも自分を強引な力で捕まえて放さなくなったことが何度かある。


しかし、何点見てもピカソの絵には、そういうものを感じない。通りがかっても、ふうんで終わってしまう。なぜか。


青の時代の絵は(上の展示会のポスターも多くがこれ)、うまいと思うし、時にそのころの彼の気持ちをしみじみ感じるが、でもゆり戻されるような力を感じることはまずない。なぜか。

そしてこれが何か本質的なものを意味している気がしてならない。Artistとしての才能は素晴らしいものがあると思うが、本物の名作に必ずある、凄まじいまでの何か生きること、世の中に対する洞察、衒いのない真剣味がなぜか僕には感じられない。僕はそのような自分だけの世の中の解釈を通じて見える真実を残すことがArtの、Artistの本質なのかなと思うので、なおさらそう思う。


パブロ・ピカソは名前がいい。

娘も有名だ。

いろんな絵も描いた。

人としても面白い。

しかも生存中から超が付くほど有名だった。

、、、こういったことが天才という名声につながっているだけなのかもしれない。そして生存中からして有名であった、名声、マネタイズに成功してしまった、ということが彼の絵の、妙なすっきり感と、読後感のなさを生み出しているのかもしれない。世界で一番絵を描いた人の一人だということも確かどこかで聞いたことがあるが、この辺も効いているのかもしれない。しかしそれにしても若いときの陰鬱さ(「青」)の時代ですらそうだということが僕にはまだ解せない。


ちょっと誰か本当にピカソの絵が心から離れないという人がいるのなら、教えてほしい。それがいったいどんなところの、何なのかを。こんなに僕の心に引っ掛かりがない、心に訴えない絵がどうしてこれほどの名声につながるのだろう?


かつては単に自分の経験が足りないだけなのかもしれないと思っていたが、大半の名声を持つ人の作品の何かが自分の心に何らかの引っかかりを、衝撃を確かに残した今、この歳になって更にしみじみ思う。モネであれ、モンドリアンであれ、自分の心を掴んで離さない絵は必ずといっていいほどあるのだけれど、、、。


そんなことを、毎日ピカソの大きな絵のポスターを街で見かけるたびに思う。


腰が痛いからなのかしら。(笑)


皆さんよい週末を! 僕は腰のMRIをとってもらおうと思います。

そして、もし暇があればどこかでピカソを見て来てもう一度考えたいと思います。でも、人が多そうなので、平日のどこかがいいかナ?(昨日サントリー美術館の方にちょっとだけ寄ろうかと思ったのだけれど、何だか派手な有名人D氏が女の人と入っていったので、急に萎えてしまいました。笑、、、D氏がちょっとO脚気味だったのが、新鮮でした。)



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*1:読んだのがもう20年ほど前なので記憶が若干うつろ。本エントリはそのオマージュでもある。

2008-11-10

悩まない。悩んでいる暇があれば考える

f:id:kaz_ataka:20081111225350j:image

Leica M7, 90mm Tele-Elmarit F2.8, PN400N @Santa Monica, CA


これはだいぶ以前からの僕の仕事上の信念。

kaz_atakaの教えの1(イチ)と呼んでいる。


多くの人は悩むことに時間を使いすぎている。そして悩んだことを仕事をしたと思ってしまう。でもこれは僕は大きな無駄だと思っている。

考えることと、悩むことは違う。全く違う。僕はそう思っているのだが、なかなか分かってもらえない。


僕が一緒に働く若い人にいつも言っているのは大体こういうこと。

「悩んでいると気付いたら、すぐに休め」

「10分以上(君のbrilliantな頭で)真剣に考えても埒(らち)が明かないときは、もう考える筋がないのだから、そのことについて考えるのは一度やめたほうが良い。それはもう悩んでいる可能性が高い」

「悩んでいるかどうかも分からないのであれば、もう悩んでいる可能性が高いのでやっぱり休んだほうが良い」


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考えると悩むって、それぞれどういう意味だと思いますか?

僕の理解では、

「悩む」というのは、答えが出ないという前提のもとに考えるふりをすること。

「考える」というのは、答えが出るという前提のもとに、建設的に考えを組み上げること。整理すること。


似ているような顔をしているが全く違う。

「悩む」というのはつまり、いくらやっても徒労感、変な自己満足しか残らない活動なのだ。そしてアウトプットが出ない人に限って、この悩む時間が長い。だからこいつ悩んでいるな、と思うといつもこう言ってる。


「悩んでいるぐらいなら女の子(男の子)と遊びにいくなり、映画でも見て来た方がまだまし。何も思いつかないなら、ナンパでもしてきてはどうか。ナンパ100人してうまく行けば楽しいし、全部ダメだとしても何か悟るだけまだまし。」(笑)


僕はパーソナルなこと、つまり恋人とか家族みたいな、もう答えが出るとか出ないとかというよりも「向かい合い続けることが意味があること」以外は、一切悩むことは意味がないと思っている。(それでも悩むのが人間であるし、そういう人は嫌いではないのだが、その人間らしさについての考察については省く。笑)


特に仕事(研究を含む)において、悩むというのはばかげたことだ。仕事は何かを生み出すためにあるものであり、変化を生まないと分かっている活動に時間を使うのはばかげている。

が、これを明確に意識していないと、すぐに悩んでいることを考えていると勘違いしてしまう。だから、僕と一緒に仕事をする若い人には、「とにかくもう悩んでいると気付いたらすぐに休む、悩んでいる自分をすぐに察知できるようになろう」と言っている。


暴論に聞こえますか?(笑)


見ていると、大体、この教えの本当の意味が分かって、実践に入るのに一年ぐらいかかるようだ。でもあるところで、みんな吹っ切れて「ようやくkaz_atakaの教えが分かるようになりました」とうれしそうにいうようになると、大体professional problem solverとして一皮向けた状態になっている。そして、何を習ったよりもこれが一番深い教えでした、と言うことが多い。


悩んだり、考えたりする対象がないような仕事をしている人にはちょっと関係のないことだけれど、知的生産に関わっている人にはかなりクリティカルなことではないかと思っている。


なんだか、腰が痛くて仕事できないでいるのだけれど、これは悩んでも考えてもしょうがない課題。とにかく早く直すしかない。この明瞭さが大切、、、なんて思っていたらこんなことを書いてしまいました。


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というような僕の基本的な考えについても、ちょっとずつ書いていけたらと思う。

異論、反論、オブジェクション(©筑紫哲也さん)色々あると思うけれど、それは承知。がんがん書き込んでみてください。



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ps. これまで、沢山頂いたみなさまの声に少しでもお応えできればと思い、一冊の本をまとめました。(2010.11.24発売予定)知的生産に本格的にご興味のある方は、どうぞ!

内容については、次のエントリをご覧頂ければと思います。


イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」



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腰を痛めてしまいました。

ほとんど原因不明ですが、腰を痛めてしまいました。立っているのもつらい状況。

しばらく休養に励みたいと思います。

添付はサンタモニカのまぶしい日差しの中で遊ぶ子供たち。

早くこんな感じの元気になりたい。

f:id:kaz_ataka:20081111225351j:image

Leica M7, 90mm Tele-Elmarit F2.8, PN400N @Santa Monica, CA


ps. といってもこれだけで今週というのは、せっかく来て頂いた皆様に申し訳ないので、今日うめきながら書いたのを一つだけこのあとで上げておきます。

2008-11-08

オバマ次期大統領 : 地元シカゴのリアクション

f:id:kaz_ataka:20081111225352j:image

Leica M7, 50mm Summilux F1.4, PN400N @Santa Monica, CA


オバマ次期大統領の地元、シカゴにすむ友人から素晴らしい速報を頂きました。生々しさが下手に触ると失われてしまうと思うので、as isでシェアします。すーさんありがとう!

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(以下引用)


オバマの件、その通り!ブログでコメントできればよかったんですけど、はてなユーザーではないのでメールで(笑)。


わたしね、シカゴで地元在住じゃないですか。すごかったですよ。シカゴ市内のグラントパークには10万人が集まり、翌日のシカゴ・トリビューンは売り切れ!シカゴ・トリビューン本社には新聞をまとめ買いする人が並びましたもん。私は昨日、ドラッグストアチェーンのCVSで「We have Wed’s Chicago Sun-Time! It’s just 50 cents!」ってのをみつけて、買いました(笑)。ちなみに、新聞販売店は「すでにオバマは経済の向上に貢献したよ」と笑ってました。選挙当日はObama Rallyの影響で電車が止まるかも、とか、通行止めになるかも、で、結構みんな午後3時くらいには帰宅。


で、どーしてもkaz_atakaさんに伝えたかったことはね、オバマ自身のコメントではなくて、翌日のコメンテーターの話。その人がね、

朝、子供たちが「オバマ大統領に会いに行こうよ、オバマ大統領に会いたいよ!」って言うんだ。だから「今日は無理だよ」というと、本当に悲しそうな顔をして、「オバマ大統領に会いたいよ。。」ってね。子供たちが心から会いたい、と思う人が大統領になること、そしてそういう人を選ぶことができるこの国の環境を私は心から誇りに思うよ。

って。なんかねー、ガツーン!と、やられた感じでした。子供たちが大統領に会いたいって心から思うって、すごいことですよね。日本で麻生さんに会いたい小学生がいますか!?国のトップ、企業のトップの資質というか、リーダーシップの本質を思い知らされた感じです。


それにMartin Luther King IIIもテレビに出てて「お父さんもきっとこれを見て喜んでいる」という話をしていましたが、暗殺から50年たっていない間にこの変化を実現する国って、やっぱりすごいと思いました。この変化に対する受容性というか、これがこの国の強さなんだなあ、と。


他にもね、黒人さんのコメンテーターが

今日から、僕の子供たちが「大きくなったら大統領になりたい!」と言っても、心から、彼らにウソをつかずに「そうだね、がんばればなれるよ!」といえることがうれしい。

って。泣けちゃいます。ほんとにすごい国だなあ、と、久しぶりに思いました。

この時期にシカゴの住人でいられたことはすごいことだなあ、と実感です。。。。


では!

すー*1


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いかがでしたか?


僕は政治関連のことで、今回、ほとんど初めて涙ぐんでしまいました。

少しでもこんな子供や若い人の希望になる生き方をしたいと思いました。


Hope above was of some inspiration to you too!



本ブログ内の関連記事


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*1:ちなみにすーさんはシカゴで知財弁護士をされています。彼女のブログページへのリンクはココ

2008-11-07

三連休促進、はんたい!

f:id:kaz_ataka:20080426225532j:image

Contax T2, 38mm Sonnar F2.8, RDPIII @沖縄西表島


法律が変わって、祝日のあるたびに、何でも三連休になってからとても苦労している。

四日しかない週があまりにも多く、辟易する。9回あると思って戦っていた野球の試合がいきなり7回裏で終わってしまうような感じ。(笑)


僕は仕事が好きなのだ。そして五日間を起承転結的に進めること、次の週に向けて勢いと達成感を埋め込みつつ週を上げるというのが非常に楽しい。その僕にとって、四日というかなり崩れたリズムで楽しく働き抜くことはかなり厳しい。仕事の日々はどうしても何割かの事務的なことが税金的に発生するから、たった二割の仕事時間の減少が、著しく落ち着いて考える時間を奪い取る。

仮にどうしようもなく発生する事務処理、つなぎ込み的な会議、調整が実量で週1.5日あるとしよう、これは週4日になっても当然ほとんど減ることはない。とするとウィークデイが5日の場合、3.5日ある生産に向けられる時間が、週4日しかない場合、2.5日になってしまう。なんと、3割減だ。リズムが崩れて8がけぐらいの生産性だとすると、更にこれは悪化し、実質週わずか2日、4割以上短い時間で作業することになってしまう。


週の中日に祝日が来る際には、週5日あるとする生活を前提でまわすので、休みの前とあとにうまく凝縮した時間を埋め込むと、それほどリズムも崩れずにまわすことが出来る。メールぐらいであれば間の休みにこなすことも出来る。

また大きな問題を考えているときは間の休みも含めて、五日間ぶっ続けで考え続けることも出来る。結構、入り組んだ問題、バランスが難しい問題は頭のどこかに転がしておいた方が良いことは多い。暇なときに表からだけでなく、裏からとか下からとか何気なく見ているとクッと前に進むことを経験されたことのある人は多いのではないかナ?


かたや週4日しかない場合、元々異様に休みの多い国なのに、同じリズムでまわすことは不可能。連休中に、1日だけ仕事の予備活動をするのは、家族メンテの視点からも至難の業。僕もいざ連続の休みになるともともとメリハリがクリアな人間なので、仕事の本なんて1行も見たくない。

仕事について考えると、いや1日は仕事に使わなきゃと思うだけで、疲れが抜けなくなってしまう。

だから本当に四日分しか働けず、上の効果で生産量ががた落ち。結果、仕事モードの頭で仮に連続で考えられるのは四日が限度。このタイプの思索にもかなり悪影響が出ている気がする。


僕のような人が他にもいるような気がしてならない。


どうしてこんな決まりを作ってしまうんだろう?そんなことより1年に1回でもいいから、長期的なバケーションを家族と取れる国になってほしい。メリハリがないとひとの調子が落ちるのは自明なのに、どうしてずるずるとやることばかりに逃げるんだろう?


この国の妙に生産性が低く感じる原因の一つは、こんなところ、あるいはこんな方針を導入する判断をしてしまうところに、あるのではないかと僕は思う。


ちょっとおこってマス!プンプン。:)



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2008-11-06

Obama, you did it!

f:id:kaz_ataka:20070701124605j:image

Leica M7, 50mm Planar F2.0 @Singapore


このような歴史的な瞬間に立ちあえるとは何たる幸運。


20万票以上も票で勝ちながら、母校Yaleの選挙区で1割も票を取れなかったブッシュに、その弟が知事をやっているフロリダの怪しげな投票紙と、裁判所で負けたゴアの無念から八年。


本当に長かった。


同盟国日本の隣であることを全く無視して、北朝鮮悪の枢軸国(Axis of Evil)扱いし、しかも枢軸国というのは日本、ドイツイタリアが先の大戦で呼ばれていた名前ということを無視し、平然と言ってのける無謀なブッシュ。案の定、その暴言からまもなくテポドン日本海に打ち込まれたときのかなしさ。


Chimp, Bush (チンパンジー、ブッシュ)といくら叫んでも大統領は大統領。ここまで混乱した世界をどのように作ることが出来るのか、というほどの状況でバトンを渡される方もたまらないと思うが、しかし落ちるところまで落ちた状況である以上、必ず今よりは良くなる。そういう意味ではマケインでも良かったのかもしれないが、カリズマの質が違いすぎる。


どれほど優勢と伝えられても、最後の最後まで、信じることが出来なかった。たった今、CNNのライブを聴いていても信じられないが、これはどうも間違いなく本当だ。


先ほどから、ケーブルで色々チャンネルを変えて見ているが、アフリカも、ヨーロッパも、アジアも、中東も喜んでいる。これは本当に久しく見られなかった光景ではないだろうか*1


このネット化された世界において、アメリカの大統領は、世界のリーダーそのものだ。なぜそのような人物をたった三億人の国で選ぶのか、そういう気持ちがうねりのように広がる中、世界のユニオン、団結を、あるいは融合を象徴する人物が立つ。しかも驚くほど若い。歴史上トップスリーに入るのではないかと思う。(手元に数字がないが、ケネディクリントンとほとんど同じはず。)


彼の雄弁、希望に満ちた強いトーン、笑顔、そして数えられないほどの危険にさらされながらも力強く立ち続けた彼の意志の強さを讃えたい。この男なら次を任せられると、アメリカが人種の壁を越えて選んだ。本当にすばらしいことだ。


彼の政治的な方針は、かなりバランスの取れたいかにもリベラルというもののように見えるが、この多極化が進む世界において、それは日本にとってかなり強い自立を迫るものになる可能性が高いだろう。しかし、それは本来あるべき流れであり、日本の大人化への通り道であると考えた方が良いだろう。今は予見を捨て、平らかに見守りたい。


最も有名な黒人指導者の一人、ジェシー・ジャクソンが、今、画面の中で涙を流しながら、語っている。言葉にならない喜び、自分が死ぬまでに見ることが出来ないのではないかと思っていた風景を見ている喜び、そしてアメリカが初めて数百年に及ぶ奴隷制度のしがらみを越えて一つになった喜び、立とうとしても立てなかったこれまでの苦しみ、それらのすべてが伝わってくる。

莫大な負の遺産を逆にテコにして、立っていってほしい。

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今また、Barackが画面に出てスピーチが一部映った。

なんと強い意志に満ちた、希望を感じさせる顔、そして声だろう。文字通りアフリカ人の父を持ち、白人の母、アジアで育ち、本土で教育を受けた。こんなアメリカそのもののような、初めての真にグローバルな人を代表に選ぶことが出来たアメリカ人、、、本当に良かった。マケインに投票した人すら、多くはこのアメリカの選択を結局誇りに思うことだろう。


CHANGE!

We really needed this sort of symbolic change, symbolic leader, and symbolic moment.


アメリカへの信頼が戻っていく、それを実感できる日が来るのがとても楽しみだ。それと共に、オバマが凶弾などで倒れないことを深く祈りたい。


Barack, all my friends in the U.S.,

CONGRATULATIONS!!


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*1:Natureも先週のトップページで明確にオバマを推すと、表明した。サイエンスの世界にとっても歴史的な一歩だ。

2008-11-05

「第三の波」の終焉、、、ガンバレ日本!

f:id:kaz_ataka:20070304195628j:image

Leica M7, 50mm Planar F2.0, Fortia SP @東京銀座


この間、スペイン在住のmadickenさんからコメントを頂いて、日本の豊かさについて時折つらつら考えている。

正直、今、日本がこうなっているのは、madickenさんの書かれている通り、負けたというより、自滅に近いと僕も思う。この度のリーマンの騒ぎで、アメリカが手を打ったスピードは日本のおよそ20倍速というようなもので、株相場は未だに全く回復していないけれど、日本もこのぐらい速やかに膿出しすれば、失われた15年?は5年ぐらいですんだのではないかと思ったりもする。

健全な間接金融が機能しなかったために、また病んだ産業セクター(金融、不動産)の膿(うみ)を出さなかったために、その「土」の上で育つはずの多くのクリエーター型の事業が育つことが出来なかった。WiiDSを生み出し、ゴールドマンサックスを越える一人当たり利益を誇る任天堂が、日本企業であるのはほとんど奇跡的な僥倖と言える。


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前に少し書いた通り、僕はもうトフラーのいうところの第三の波すらほとんど終わってしまったと思っている。それぞれの波について、トフラーの見立てを簡単に復習しておくと、

第一の波、、、農業革命。一粒の米が秋になると300粒に増やす方法を知った。

第二の波、、、産業革命。組織化、分業化による大量生産が生まれた。

第三の波、、、脱産業化社会。すなわち情報化革命(トフラーの言葉ではないが彼も使用)。生産ではなく、情報を持つ人に価値が移った。

という感じ。これについては、大筋として極めて正しいと思う。詳しくは原書を読まれたし。


で、なぜ上のように思うかというと、こんな感じ。


第一の波は、はじめはエジプト支那*1の歴代王朝の巨大な権力統制型の農法だった。そして今、もう土地が安いところで、集権的な農業をやっているところにかなう方法はない。アメリカのコーンフィールドしかり、ブラジルサトウキビ園しかり。


第二の波は、この10年来、完全に中国に中心はシフト。服であろうが、iPodであろうが、Nikeの靴ですら今や中国製だ。次第にこの中国もインドに呑まれていくと思われるが、いずれにしても我々いわゆるOECD諸国がリードをとることは、非常に付加価値の高い高級品以外ではもう困難だと思われる。


第三の波こそが、少なくとも僕が小学校に入った頃からこの30年あまりの世の中の付加価値の中心であったと思われるが、このど真ん中に生きて来た、古くは弁護士、医者、会計士、最近であればSEとか、経営コンサルタントと呼ばれる人たちの行ってきたことの大半は、IT革命とともに葬り去られつつある。

それは僕もそれに類する仕事に久しく関わって来ただけに切実に感じる。第三の波の世界での最大の付加価値は、言ってみれば情報の不均衡をうまく作り出し、それをテコにして儲ける、まあ非常にえぐい見方をすれば、それであった。実際にやっている人、経験を積んだ人しか分からないようなトリック(仕組み)が大量にあれば、それは成り立つ。


が、そのようなトリックは、古くはスプレッドシートの発明により、会計、経理的な仕事が誰にでも出来るようになり、最近では、クイッケンのようなものの発明のために、税金周りの仕事も誰にでも出来るようになった。医療だって、もう大体の症状を叩けば、今、自分におこっていることは大体わからないでもない時代になりつつある。アメリカでは既に診断系のソフトが広まりつつあるという話は時折、耳にする。日本で広まるのも時間の問題だろう。社会のシニア化で動きが見えにくくなっているが、医療費削減の折り、そもそも今の医療機関に殺到することは考えにくく、その視点でも、このトレンドは進むはずである。


コンサルタント、医者、会計士などが大切にして来た分析手法だとか、フレームワーク、バリュエーションなどの方法論は、急速に「知っていること」自体の価値はなくなってしまいつつある。実際の利用においてはかなり入り組んでいるものが多いので、未だに紙で見たぐらいでは、実際には到底使いこなせないケースが殆どだが、こういうことを広める動きが日本では激しく、世界的にもかなり急速に広まって来ているので、この流れはもう止めることは出来ない。仕事を始めて数年ぐらいの医者、会計士、弁護士、コンサルタントが価値を生み出すことは、今後加速度的に困難になるだろう。


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では次の時代では何が?というのが本当に価値のある質問だ。よく外人が言うmillion dollar question(億円価値の質問)、いや僕としてはbillion dollar question(千億価値の質問)と言いたい。そしてそれに対し、大胆な仮説を持ち、取り組んだ国だけが繁栄に向かっていくと思われる。上のどの波においても、勝者になった国や企業は昔も今も全て動きの速いところだった。


これにうまく乗れるか、反るかが勝負であり、ここで外せば日本の繁栄は何十年か考えにくくなるだろう。一方、ここで当てれば巨大な繁栄が来うる大切なときだとも言える。


そういう意味で、あれほど繁栄していたアイスランドも地に落ちた今、この現在の金融危機、不況はとてつもないチャンスであると思う。結局、日本は、明治維新にせよ、先の大戦*2の敗戦後にせよ、ありえないほどの混乱のときでしか偉大な仕組み、偉大なリーダー、偉大な企業を生み出すことがほとんど出来なかった。ある種、極度に危機感が高まったときだけ、本当の力が出る国民ということも出来る。という意味で、これからの荒れ狂う日々が、大いなる育成装置になることは十分にあり得る、むしろ中途半端な状況にならない方が、長期的にはこの国にとってとても良いことなのではないかと、個人的には平穏な日々を愛しつつも、そう思う。


心の底からそうやって危機意識がそろうことが、この国を救う、そして評論などしている暇がないほどの状況が今必要なのではないかと僕は思う。


ガンバレ日本!



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*1中国中華人民共和国の略称

*2:1941年12月12日の閣議決定による日本国としての正式名称は「大東亜戦争」。現在、太平洋戦争と呼ばれ気味だが、これは敗戦後のGHQ造語。GHQ統治下の正式呼称禁止、徹底した検閲の結果、生まれた

2008-11-04

iPhone到来

f:id:kaz_ataka:20081031000501j:image

Leica M7, 50mm C-Sonnar F1.5 @Mother Farm, Chiba


先週、お仕事端末としてiPhoneを入手した。これがないと、これからのIT・ネット上のサービスを考えるのはかなり困難、というのが表向きの理由だが(笑)、ただ単に欲しかった、と言った方がむしろ本音。


前職ではお仕事端末は日本到来以来、長らくブラックベリー(BB)だったが、これはもう真逆を言っているというぐらい全然違う端末。同じくスマートフォンと言っていること自体に違和感を感じる。ブラックベリーは言ってみれば究極の(英語)メール、スケジュール端末で、会社のノーツとシンクして、最新のメール状況、スケジュール変更にのみ特化した端末だった。ウェブ状の情報を見るのには極度に不適切で、異常に遅く、なおかつ表示も今イチだった。枯れきった技術だけで作られたウルトラリーン端末。(註:リーンとは「贅肉をそぎ落とした」というような意味の経営でしばし使われる言葉)


'94年頃、会社で配られて、等しくいやがって誰も持ち歩かなかったポケベルの進化系とも言える。当時、口の悪い僕たちは、「大体、猫の首に鈴をつけようなんて言う発想自体が間違っている」なんて良く言ったものだ。

ただ、この現代のポケベル、BBは、確かに見るだけの価値があり、スケジュールが次から次へと変わる時、また人に合う場所がこまめに変更される時、いちいちアシスタント、秘書業務をやっている人に確認する必要が全くなくなったのはとても大きい。


一つの問題は、あまりにもスケジューリング、メール確認に特化しているために、これをもっているとメールを見ていないという状況が許されない空気が発生することで、結果、会議中であってもメールを確認して、1行ぐらいの返事をする、なんて言うのが続発する。

will get back to you soon.(すぐに折り返す)とか、

(it) should work. (多分大丈夫)とか、

i am fine w it. (僕はそれでもいいよ)とか。

ちょっと3-4人に一人ぐらいがなんやかんやで端末をチロチロ見ているのは、異様な風景で、これが一見、『生産性』を上げているように感じさせるところが何とも言えず問題。この「枯れた」技術で出来た端末が、明らかに(生産性を)上げるのは新幹線みたいな通常のネット接続、ケータイからの電話がほぼ難しいところでの連絡、確認で、それ以外のところでは、ちょっと仕事に縛られたアリみたいな生活になってしまう。これを持たされている間ずっと、エンデのモモの世界を感じさせられた。働け、そして働け、だって時間なんてないんだから、、、なんて感じ。時たま、得意気に触っている人を見ると、ちょっとかわいそうに思う。



翻って、iPhoneは全くそういう感じの端末ではない。

このiPhoneを三日ほど前に触り始めた時、何かとても懐かしい、忘れていた感覚が戻って来た気がした。しみじみとこのなめらかな感触に降れ、滑らかな、そして生き物のようなインターフェースと戯れていると、ケータイが僕の友達になったような気がした。そう、これは18年ほど前、僕が初めてマックに触れたときの感触そのものだった。


MS-DOSの黒い画面がPCというものそのものであった時代、アップルマウスフォルダー、ファイルのビジュアル表示を核とするインターフェースは革命的なものだった。いわゆるPCとは全く同じカテゴリーのものとは言いがたく、10年以上かけ離れたマシンが世の中に現れたという感じがした*1。この体験を当時共に出来た人なら、100人中98人は同意してくれるだろう。


そして学生ながら、大変なローンを組んで初めて自分のアップルが家に届いたときの感動、スタートキーを押し、立ち上がったマックから、Welcome to Macintoshの文字を見たときの感動は、一生忘れられない。、、、、今回、 iPhoneをしみじみ触っていて、思い出したのは、まさにそのときの全く新しいものに出会った感動に近い。


iPhoneのファミリー上の長であるはずの、iPodは第二世代あたりから始めてmininanoとすでに5−6台ほども買った。確かに非常に優れたインターフェースであったけれど、ずっとAppleユーザで、明日つぶれると言われていたときも、持ち金を崩して「買い支えなければ」とPowerBookを買い続けてきた僕としては(バカです)、アップルユーザだけはどんどん進化するねぇ*2、ぐらいにしか思っていなかった。形も無骨だったし、大きさも今イチだった。くるくる回すクリックホィールはたまらなく好きだったけれど、初めてマックを見た時の衝撃、未来からの使者が来た、という衝撃はなかった。


しかし、このiPhoneには明らかにそれがある。入力のクセは多少あり、まだどうやって効率的に日本語を入れたら良いのかすら良く分からないが*3、触る度に未来に触れている気がする。これはジョブスが戻って来たときに、苦渋の決断で退場させたNewtonの直系の子孫であり、初代マッキントッシュ以来のMacintoshの魂を持つAppleの純粋な子供でもある。


こんな本当の思いを捨てることなく、それを純化し、生み出し続けることのできるアップル、そしてその中心であるスティーブジョブスを心から尊敬する。そしてこの時代をともに生きることが出来る幸せをしみじみと感じる。



With my deepest appreciation,



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*1:実際、ウィンドウズがゴミ箱までコピーして、それがそれなりに使えるようになるまで10年近くかかった。そしてOS XAquaの非常に安定で、優れた、そしてJobsのいうところの「なめたくなる」ようなインターフェースが出て、ウィンドウズは追いつくことをやめたようにすら見える。

*2:ご案内の通り、しばらくの間、iPodはPC対応していなかった

*3:これはこの間まで使っていたブラックベリーも同じ、、、だから殆ど上のように英語のメールしか書かなかった

2008-11-02

Too much tips might kill you. (急いては人生を仕損じる?)

f:id:kaz_ataka:20081102215235j:image

Contax T2, 38mm Sonnar F2.8 @北海道洞爺湖


この間たくさんのブックマークを頂いてから、いったい何を自分は書いたらいいんだろうと思って少々悩んでいる。確かにあれは僕の書きたいことの一つであったのだけれど、そのブックマークに沢山のライフハックなるタグがついていることに気付き、そのタグからライフハックという言葉を知った。


あまりにもナイーブに生きて来たからか、あるいはあまりにも効率性や生産性の高い空間で生きて来たからか、あまりそういう知恵的なことを追求してこなかった気もするし、ここまで生き延びてくるためにたくさんのtips(日本語で言うと、「何か」をやるためのコツとかちょっとした知恵)を無意識に吸収して来た気もする。



僕は、自分で言うのもどうかと思うが、恐らく比較的生産性の高い方で、でも、その本質は、沢山のことを短時間に行う能力ではなく、同じ時間で意味のあることのみに活動をフォーカスする力だと思っている。僕は若かった頃(10数年前の昔)、エクセルで分析をするのが得意だったけれど、かといって叩くのが異常に早い訳ではなく、なんというか無駄なことをせずに、割と簡単なことの組み合わせでモノを整理するのが得意なだけだった。日本でマスターをとって、一度サイエンスをやめて、プロフェッショナルファームに入ってしばらくした頃だ。



悩んでいる更に若い連中に、僕が教えていたのは、


  • 例えばシート形式で使うのはやめる(1ファイル1メッセージ方式)。
  • 少しでも手を加えたら、それは違うバージョンとしてとっておく。
  • ファイル名を見ると中身と作成時間が分かるようにしておく。
  • ソルバーのような、説明が困難な方式を使わない。
  • フィードバックループが入ってくるならエクセルに固執せず専門のソフトウェアを使う、

など基本的なことばかりだった。


で、一緒に10分ぐらい僕と一緒に叩いていると、なんだ、こんな簡単なことで、うまく行くんですね、といって帰るのがほとんどだった。


長い間、問題解決を専門とするプロフェッショナルファームでも、その問題解決や、分析について教えて来たけれど、それも一番基本的なことを大切にする、それがいつも一番大切だった。



何だか、社会が生産性に追い立てられるのは分かるのだけれど、でも僕はちょっと道がずれていっているような気がしている。『生産性』をあげることの本質は、そういう本質というか一番基本的なところを明確に押さえていくことであって、そんなちょっとしたチップスを、ただただ、貯めていくようなことではないと思う。


確かに生産性の高い人は、いくつかのチップスを持っているし、自分のやり方もそれなりにあり、なおかつ、いつもちょっとずつかもしれないけれど、工夫をしている。学ぶ心も旺盛だ。だからといって、無数にチップスを集めたり、そういうことをあさることはしない。僕がこれまでサイエンスでもビジネスでも見て来た超人的な人、スーパーな人はなぜか例外なくそうだった。


ものすごいスピードでアウトプットを出したり問題解決をするけれど、それは人の10倍仕事をするからではなく、せいぜい人の2−3倍程度の仕事量だけれど、意味のないこと、意味の見えないことをしない。失敗したらそれを無駄にしない、そういうことを、無骨に繰り返している、それがそういう人に毎度繰り返し僕の見て来たことだ。



その大切なところへの徹底的なフォーカス、それがやっぱり肝であり、ちょっと僕の言葉の理解している度合いが悪いのかもしれないけれど、チップスオリエンテッド(チップス志向の)な意味でのライフハックというのはちょっとずれている気がする。本質的なライフハックならいいけれど、そこはどうかな、というところに自分としては常に立ち返りたいな、、、そんなことをちょっと、でもまじめに思う。


そしてそんな僕の思う本物の意味で読んでもらえたんだったら、あるいは色々考えてもらうきっかけになっているんだったら、それはすごくうれしいことだな、と思う。



ちょっとつぶやき系ですが、僕としてはとても大切なことだと思うので。:)


Hope you are having a great weekend!



ps. このエントリのタイトルはQueen名曲、Too Much Love Will Kill Youへのオマージュです。



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