大墓公阿弖流為(たものきみあてるい)
胆沢地方に勢力をもつ蝦夷の首領であり、盤具公母礼(いわぐのきみもれ)らとともに、桓武朝より派遣された朝廷軍と戦った。
789年(延暦8年)には、紀古佐美率いる5万余の軍勢に対し壊滅的な打撃を与えた。(巣伏の戦い)
802年(延暦21年)征夷大将軍坂上田村麻呂の前に、ついに投降し都に連行された。
田村麻呂の助命嘆願も及ばず、河内国杜山において処刑された。
2001年、アテルイ没後1200年記念事業の一環として、JR東日本では水沢駅〜盛岡駅を走る快速列車に「アテルイ」を与えた。今も、1日1本、平日朝の通勤時間に運行される。