最近テレビの日曜討論会や国会周辺での様相からも改憲について考えるのを避けてはいられないなと感じています。歴史の流れの中の、ほんの粒子に過ぎない自分は一体何を思考し、なにを思想としたものか戸惑っています。あの15年戦争を少しは知っている最後の世代としてなにを自分なりの営為とするのでしょう。フレイル期のふらついてふるえてる老いぼれが、如何に考えを残せるのでしょう。因みに加藤周一は護憲に対して「そこに一種の倫理的意味がある」と晩年言い切っていました。世界を充分に知っていた彼の言葉が深く語られている気がします。以前に書評載っていた作家の生涯である『美しい人―佐多稲子の昭和』(佐久間文子著 芸術新聞社出…