一つ前に書いた天満菜(大阪しろ菜)を絶滅危惧種に追いやった白菜だが、意外なことに、日本にやってきたのはキャベツ(=明治元年渡来)よりも後である。 明治8年(1875)、名古屋で開かれた国際博覧会に中国の「山東白菜」が出品された。これを愛知県がもらい受けて栽培されるようになる。 白菜といえば鍋物に欠かせないのだが、意外なことに当時は鍋物にして食べられていない。例によって御浸し、和え物、漬物が主だった。 この山東白菜は、今でいう「山東菜」で、完全に結球しない半結球白菜だった。鍋にするには柔らかすぎるし、ボリュームもなかった。 この山東白菜の球をより大きくしようと、愛知県が改良を始めるがうまくいかな…