一章 夕凪の座敷、朧月の気配 夕刻の深川尾上町、小料理屋『夕凪』の二階座敷に上がると、霜月の夜気がふわりと漂っておりやした。障子を少し開けてみれば、大川の流れが静かに月を映し、川面がゆらりと揺れている。夜の帳はすっかり降りているというのに、どこかやわらかな光があたりを包んでいる。「今宵は朧月夜でござんすねぇ……」あっしは、そっと窓の外を指し示した。錦秋の名残が空に溶け、月は霞に包まれ、まるで夢と現の境目のような風情。霜月の冷たさの中に、ほんのりとした温もりが混じる、不思議な夜でございます。今宵のあっしは、黒地に赤い南天の散らし柄の鬼ちりめん。帯は銀地の紅葉唐草、帯留めには白瑪瑙の月輪を添えてお…