平安の色香──平安女性と和歌の織り成す心の風景 多紀理 序章:やまとごころの結晶としての和歌 和歌は、古代日本において最も端的に感情を凝縮し、ひとの心の襞を言の葉に託した表現である。その最盛ともいえる時代を迎えたのが、平安中期から後期にかけての王朝社会であった。とりわけ、女性たちにとって和歌は、単なる詠歌の技法ではなく、社会的存在としての自己の証明、さらには魂の調べを交感する唯一の手段であった。男たちが公的文書や儀式によって権威を表わすのに対し、女たちは私的空間において和歌という極めて精緻な表現により、自らの感性と知を編みあげていった。 平安女性にとって、和歌はことばの装いであると同時に、心の…