「ああー、ふぅ・・・・・・」 仕事場から家に帰った俺は、クローゼットの前でネクタイを緩めた。途端に、まるで深呼吸をするかのような深いため息が漏れた。 人によって違うのだろうが、俺にとって「ようやくホッとできるぞ」と実感する瞬間は、ネクタイを外すこの時なのだ。 それは、仕事で疲れた体を家に帰って休めることができるという、単純で肉体的な意味合いではない。余所行きの自分で過ごしてきた時間が終わって、この瞬間からやっと本来の自分に戻れるという、もっと本質的で精神的なことだ。 そうだ。外での自分は本来の自分ではない。人付き合いの苦手な俺が、社会の中で生きていくために創り出した仮の姿だ。もちろん、スーツや…