案内板の表示に従い、浄水場から上大市五丁目と段上町八丁目の境の住宅の密集した狭い道を南に400mほど行くと、そこで新幹線の高架橋を越える。 嘗てここに百間樋石橋があったというが、石橋も百間樋(ひゃっけんび)灌漑用水も、何れも今は何も無い。 因みに百間樋灌漑用水は、永禄3(1560)年に造られ、西宮の田畑を潤してきた人口の農業用水路のことである。 武庫川対岸の村(現尼崎市)との水争いが元で造られた。 旧街道筋には、百間樋石橋の他にも石橋が有ったらしいが、昭和46(1971)年の道路工事で川は埋め立てられ、暗渠となり、往古の石橋はすべて無くなってしまった。 新幹線側道の一本南の通りが旧道で、道なり…