1880年生まれ、1977年没。岐阜県出身。画家。 東京美術学校(現在の東京芸術大学)を首席で卒業するも、職業的な画家にはならず、筏流しなどの職業に就く。画家として本格的に活躍し始めるのは50代になってからだが、その後も寡作であった。1967年には「来客が増えると困る」という理由で文化勲章を辞退、「現代の仙人」と呼ばれた。動植物を単純ながらも味わい深い筆致で描いた作品に特徴がある。
★熊谷守一 画壇の仙人展 札幌三越、2021年11月30日(火)ー12月6日(日) (WEBサイト→) www.mitsukoshi.mistore.jp 熊谷守一は、1880年(明治12年)岐阜県恵那郡生まれ。1900年東京藝術学校(現在の東京藝術大学)を卒業。1967年には文化勲章を受けるもこれを辞退し、それ以後も世俗から離れ、一日中自宅の庭の草花や虫を眺め、97歳まで制作をつづけた「画壇の仙人」「超俗の人」でもありました。その人生は作品と同様、まさに自由であり、のびやかであったと言えるでしょう。熊谷守一の作風は「モリカズ様式」とも呼ばれ、単純な形態と色彩によって構成され、いまもって多くの…
文化の日 熊谷守一・香月泰男展 文化の日に皆様に作品をお楽しみ頂けましたら幸いです。 熊谷先生の油彩画6作品・墨彩画1作品 香月先生の油彩画8作品・パステル画1作品 を展覧予定です。 2021年10月7日から11月7日まで 柳ケ瀬画廊 岐阜県岐阜市柳ケ瀬通3-21 ☎058-262-3481 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、多くの美術館・博物館等の 臨時休館やイベントの休止、展覧会の中止や開催時期の変更、および 入館方法などが変更になっています。 状況が日々変動しているため、各施設の公式HPなどで最新の情報を ご確認ください。 ミンネ、オンラインショップ開設しました🐘#アトリエオランジェ…
たまには美しい空間で美しい絵を観て癒されよう! 本日は熊谷守一つけち記念館へ行ってきましたの備忘です。 熊谷 守一(くまがい もりかず)1880年(明治13年)4月2日、岐阜県恵那郡付知(現・中津川市付知町)生まれ富裕層の出身であるが極度の芸術家気質で貧乏生活を送る日本の美術史においてはフォービズム→作風徐々にシンプルになり→晩年は抽象絵画に接近勲三等(辞退)、文化勲章(辞退)、「画壇の仙人」と呼ばれた。 wikiより抜粋 猫お好きだったみたいです。 というか生き物全般、かな。 小さな館内は2階建。 展示室は「初期作品」「後期作品」「企画展示」の3つに分かれています。 展示室内はもちろん写真撮…
熊谷守一美術館に行ってきました。 36周年展ということでたくさんの作品をみることができました。 映画「モリのいる場所」を観てから、なんだかさらに好きになった熊谷守一さん。 樹木希林との夫婦役もなかなか味がある。 彼は岐阜県中津川出身。 私も岐阜県出身なので親近感がわく。 苦労を重ねた人生の人ですが、自然体を貫いた強い人でもある。 地位や名誉には目もくれず、自分のペースを崩さない。才能はある人なのに、お金のために何でもやる、という人ではない。 文化勲章も辞退している。 その人となりが、絵のタッチや書にもほんとうに表れているなーと思う。 ほんわかした気分になれる。 きっと純粋で子供の心をもった温か…
金沢 晴れ、雲が多めの一日で、週末はいい天気になりそうです。 生誕140周年 熊谷守一展 -わたしはわたし-2021年2月11日(木) ― 2021年3月14日(日)、ぜひ見に行きたい(笑)【撮影場所 石川県立美術館:2021年02月21日 DSC-RX100M3】 【石川県立美術館HP引用】単純な形態と明快な色彩によって構成される『モリカズ様式』で人々を魅了し続ける画人・熊谷守一(1880~1977)。「画壇の仙人」、「超俗の人」など、世俗から離れたイメージで世に紹介されている熊谷は、明治・大正・昭和を貫く97年の生涯と70年を超える画業を全うしました。 本展では熊谷がどのような人生を歩み、…
「名優・山崎努が主演を務め、『横道世之介』などの沖田修一と『キツツキと雨』以来に組んだドラマ。亡くなるまでのおよそ30年にわたり、庭の動植物を観察して描き続けた洋画家・熊谷守一をモデルに、晩年のある夏の1日を描く。山崎に熊谷のことを聞き、老画家を主人公にしたオリジナルストーリーを作り上げた沖田の脚本と演出、自身が敬愛する画家にふんする山崎の演技に期待が高まる」シネマトゥデイ 樹木希林・山崎努というキャスティングで期待しすぎました。 あったかホームコメディです。 悪くはないっていう感じですかね~(笑)。 それでは・・・・。 2017年 99分
その人の存在を初めて知ったのは いつのことだっただろうか。 一目みた瞬間に思ったのは リアル仙人 ▶︎ 熊谷守一(1976年/96歳のころ) 出 典;『熊谷守一画文集 ひとりたのしむ』(求龍堂刊) しかしその見た目以上に その人の描く独特なタッチの絵 かわいいモチーフの数々に 不思議と心強く惹かれ たちまちのうちにファンになった。 その人の名は「熊谷守一」 丸善創業者・早矢仕有的先生と同じ 岐阜県中津川市出身の画家だった。 ▶︎ 熊谷守一(1880〜1977) 出 典;東京国立近代美術館公式ホームページ 明治13年(1880年) 4月2日 岐阜県恵那郡付地村(現;岐阜県中津川市付地村)の 裕福…
先日、豊島区立熊谷守一美術館に行ってきました。電車の乗り継ぎ途中で寄れる、と思って機会を伺っていたのです。きっかけは別の記事に書きますが、久々に良い時間を過ごしました。決して大きなサイズの絵ではないのに、そこに佇む構図、線が素晴らしくて何度も観てしまう。描かれている虫・動物が愛おしくなる。市販されている画集の評判が高いのも納得。熊谷守一の猫作者:熊谷 守一発売日: 2004/09/01メディア: 単行本写真は美術館の外壁だが、美術館の展示を観た後だと、いっそう嬉しくなってしまう。漫画の聖地、トキワ荘も近く、ついでの楽しみもあるのでまた行きたい。近隣駅の商店街が鄙びた感じで、そこをブラブラしなが…
美術館や旅先で買ったポストカードを気分で替えて飾っている。 このパターンが気に入って、随分長いこと変えていない 熊谷守一さんのポストカード。 旅気分にちょっとでもなりたいと、以前は海外風景のものが多かったけど、今は"ほとけさま"と猫。 ピカソ、シャガール、ジャンコクトーだったり、ルーシーリー、 相田みつをさんだったりと、まあいろんな人や作品がこの家にいますが、 なかなか出てこない人もいます。 ところで昔、心理学を学んでいたときに、コラージュ療法という心理療法を勉強したことがありました。 気になった記事や写真をひたすら紙にぺたぺた貼っていくというような。 それが心の内側の現れなんです。 飾るもの…
熊谷守一の猫 作者:熊谷 守一 求龍堂 Amazon いやもう、ファンシーなのだ。 紛れもなく、背景には日本家屋の和室が浮かんでくるのだが、それらを一切捨象して、三毛だの白だの黒だの。そして、目玉は何故か緑だったりするのだ。
もっと知りたい熊谷守一 ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション) 作者:池田 良平,蔵屋 美香 東京美術 Amazon 青木繫とは同級。 樺太調査隊の記録係。馬と親しむ。 故郷の中津川で無為に5年を過ごす。 赤い輪郭線をもつモリカズ様式が確立されたのは75歳のとき。 裸婦には目鼻が無い。顔を描かないのは情が移るから。 裏表紙の蝉の絵は、裸婦の腋の下に見えて仕方がない。
『巨人 出口王仁三郎』(天声社)を読んだ。 出口 王仁三郎(でぐち おにさぶろう、1871年8月27日(明治4年旧7月12日) - 1948年(昭和23年)1月19日)は、新宗教「大本」の二大教祖の一人。肩書きは「教主輔」、尊称は「聖師」。 出口王仁三郎は戦前の最大の宗教団体「大本教」の聖祖だ。大本教の本拠地は二つある。その一つが京都の丹波地方の亀岡市である。この丹波からは、弓削道鏡、足利尊氏、明智光秀、出口王仁三郎が出ている。これは逆賊の系譜だ。この地は反体制の大物がでる。 大本教については、梅棹忠夫が中央公論に書いた「大本」という論文がある。梅棹は「日本探検」で取り上げている。日本が生んだ…
○「館蔵 春の優品展 吉祥の美」(五島美術館) (会期:2022年4月2日(土)〜5月8日(日)) ○「収蔵コレクション展「京を彩る舞妓たち」」(長谷川町子美術館) ○「企画展「町子かぶき迷作集」」(長谷川町子記念館) (会期:2022年4月23日(土)~7月24日(日)) ○「金子國義-美しき日々」(Bunkamura Gallery) (会期:2022年4月27日(水)~5月11日(水)) ○「内海聖史展 Coriolis -コリオリ-」(Bunkamura Box Gallery) (会期:2022年4月27日(水)~5月5日(木・祝)) ○「ボテロ展 ふくよかな魔法」(Bunkamur…
久しぶり図書館映画会へ。コロナ禍の影響で日曜日が空いたので、月2回上映している図書館の映画会に行くことができた。 夫婦の日常を淡々と描いている中に、熊谷守一の素朴な簡潔な作品を彷彿とさせる 2013年の作品、中村航の同名小説を関ジャニ∞の大倉忠義主演、恋愛ドラマ 余命短いヒロインとの気持ちが理解できず、題名のように泣くことは・・・
福沢諭吉。司馬遼太郎。吉田茂。岡本太郎。長谷川町子。古賀政男。朝倉文夫。杉原千畝。森鴎外。会津八一。坪内逍遥。松本清張。遠藤周作。宮沢賢治。澤田美喜。山田かまち。寺山修司。石ノ森章太郎。渋沢栄一。横山大観。羽仁もと子。武者小路実篤。正岡子規。太宰治。河井寛次郎。小泉八雲。安岡正篤。夏目漱石。川田龍吉。林芙美子。手塚治虫。牧野富太郎。吉行淳之介。白洲次郎・正子。吉川英治。原三渓。西村京太郎。渡辺淳一。平櫛田中。中川一郎。賀川豊彦。西田幾多郎。水木しげる。川喜多長政・かしこ。小林一三。相田みつを。高田屋嘉兵衛。大岡信。土屋文明。阿久悠。大宅壮一。北原照久。塙保己一。嘉納治五郎。菊池寛。伊丹十三。安…
先日、書道仲間と神保町の古本屋さん巡りをしました。 久々すぎて、しかも興味深い本の山で テンションが上がり、なりふり構わずワゴンの中を漁ることに… 今回は中国の書家の本と、平安かなの本、会津八一さんの本を。 題字が「天半朱霞」。 帰って調べたら「てんぱんしゅか」と読み、「めでたいことのきざし」という意味だそう。 意味も分からず買って、 意味を知ってからくじ引きに当たったような気分になった単純な私です。 熊谷守一さんのでっかい本も欲しかったけど、またの機会に…
石巻市にある「石ノ森萬画館」に行ってきた。旧北上川の中州にある。以下ホームページから。 この企画をしていた石ノ森章太郎は1998年に60歳で亡くなったが計画は続いた。2001年に開館したが、10年後の大震災で1階部分の展示はすべて流失した。しかし、避難行動が早く、人的被害は皆無だった。その後、多くのファンに後押しされ、翌年の11月に再開館して今に至る。 この中州(中瀬と呼ばれる)にはかつて映画館があって、小野寺少年は登米郡中田町石森の自宅から自転車で3時間かけて映画を見に来たという逸話がある。 (なお自分は「石森章太郎」の名で描かれた作品になじんでいるので、「石ノ森章太郎」という名は居心地が悪…
山陰本線で京都から亀岡へ。10時に到着。 駅前で石田梅岩の銅像が出迎えてくれた。梅岩は江戸時代の思想家で、いわゆる石門心学の開祖だ。長く商家働いたこともあり商人の職分を明確に説明をした人である。45歳から自宅で講義を行い士農工商の身分はなく誰でも受け入れた。最盛期には門弟は400人に達した。 亀山城に歩いて向かう。この城は明智光秀のつくった廃城である。光秀を打ち破った秀吉が重視した。その後家康がこの城を整備している。明治時代に入っては愛情となった。1919年大正8年に宗教団体の「大本」の出口王仁三郎が購入し、大本の本拠地として整備をした。世界宗教の要素が強かったため大本は政府から危険視され、2…
朝早めに起き、昨日に引き続き池袋方面に。午前中はIKEBUSのアトカルツアー。花見ツアーという謳い文句だったのですが、桜が開花せずキャンセルが連発してしまったそう。気がつけば、東回りの時同様、今回も参加者は自分一人です。寂しくないといえば嘘になりますが、大変気楽ではあります。 熊谷守一美術館が祝日でも、月曜は休館日だったのだけは完全に想定外。それでも、自由学園明日館→目白庭園→金剛院(マンガ地蔵)→トキワ荘マンガミュージアムというルートで回らせてもらいました。 マンガミュージアムの1階では、特別展として鉄腕アトムの最初のアニメにフォーカスした展示が開催されていました。放送時のセル画や絵コンテな…
カラー図版48点に著者ハンス・K・レーテルによる図版解説と序文がついた大判の画集。油彩だけでなく木版画やリトグラフなどの作品にも目配せがされているカンディンスキーの画業全般の概要を知ることができる一冊。全油彩点数1180点から見れば、参照用のモノクロ図版を含めてでもほんの一部にしかすぎないのかもしれないが見応えも読み応えも十分にある。時間と空間を超えた童話的性格とかパウル・クレーとの関係とかアーノルト・ベックリンからの影響とかカンディンスキーの発言の引用とか情報として価値の高いものが多く、また画家として大きくスタイルを変えていったカンディンスキーの歩みを図版からだけでも確認することができるので…
地元で指折りの販売実績を誇る美術商さんが時折、「いい○○が入ったから見においで」と呼んでくれる。 お陰で岸田劉生の珍品や小山敬三の名品、熊谷守一のタブローなどを実見でき、眼福にあずかっている。 その品々、昨日仕入れた品物でも、もう買い手がついていて、驚かされる。そういう時の美術商さんのセリフが冒頭の一句である。品物を見ると同時に、かねて欲しがっているお客の顔が自然と目に浮かぶ、というのである。 孫子の「勝兵は先ず勝ちて、しかる後に戦いを求む」を美術の世界で実践している風があって、見事である。
ある日の街歩き#173 初めて池袋のメトロポリタン口なる出口で降り、初めて自由学園明日館に逝く。 西池袋2丁目界隈は昔のブクロって感じで、ゴミゴミしていて自動車が動きづらそうで悪くはない。で、婦人の友社ってこんなとこにあったん?? いやもう、自由学園+羽仁もと子のオーラが半端ないわ。ウィキで見たら110年続いてるみたいですわ。 んで、あまりにも有名なこの建物。ここに至るまでに、やたらと看板が目立つんだが、ちょうど101年目なのだな。 もちろん、入場料払う気もないので、講堂とともにパシャリで充分やろ。この辺は、小市民がこういうロイド・ライト建築みたいなんを模して住宅を建てている感じが見え見えなの…
孤高の画家として知られる熊谷守一さんは、我が出身高校の偉大なる先輩のひとりです。お父上は初代岐阜市長で衆議院議員も務めた熊谷孫六郎です。昭和天皇が「これはどこの子供の絵ですか?」とお尋ねになったことは今も語り草となっているエピソードです。蟻や猫といった身近な生き物の姿を極限まで簡略化して描く独特のスタイルが陛下をしてそう言わしめたのでしょう。逆に言えば、子供のような無垢な観察力で描く対象の本質を見事に捉えていたことになります。画壇の評価など一切頓着することなく、文化勲章さえ辞退した熊谷画伯の生き方に心打たれます。最近、高校の同級生とLINE会話中に熊谷守一と次女榧さんに言及したところ、ふたりを…
自分をじっくり省みる気持ちがあれば、「知識」なんて必要ない。いや、むしろ邪魔になる。《現代に生きる私たちは、「自分とは何か」を知ろうとするとき、 多くの情報を集めようとしがちです。/しかし、 こうした道は、西田のいう「垂直的に深める」 ことではなく「水平的」に拡散していくことです。 西田は、さまざまな書籍や情報を水平に集めて自分に「ついて」知ろうとするのではなく、 自分「を」垂直的に深く見つめる道を読者の前に開こうとしているのです。》(84-85p) その思索の成果が的を得たものであればあるほど多くの人を惹きつけ、その解釈講釈も山を成す。その思索そのものに触れる前に、解釈講釈の山に怖気づき、そ…