文字らしい文字、立派な文字というものが、あるのだろうか。あるような気がしている。ただし巧い拙いとは少し違うような気がする。美しい醜いとも違う気がする。丁寧な文字か粗雑な文字かなんぞは、初めから論外だけれども。 明治の元勲と称ばれる政治家・政商らの書や書簡を評した、榊莫山の言葉が残っている。巧い、平凡、下手、貧相、字になってない、などなど、忌憚なく評されてあって痛快だ。評価の基準も分れ目も、むろん私には解らない。ただ在世中の業績や、巷間伝えられる人柄や伝記的事実とは一致しない場合がしばしばで、面白いもんだなあと記憶している。 榊莫山は伊賀の人だ。大正十五年(1926)生れだから学徒出陣兵として徴…