個人または個体・個物に備わった、そのもの特有の性質。個人性。パーソナリティー。個人を個人たらしめる特徴のこと。
日本では往々にして肯定的な意味で用いられるが、本来は存在する上での差異を指して居るだけに、必ずしも有益であったりするものばかりではない。近年では、身体障害者の身体的特徴や精神障害者の症状をも、その人の個性であるという考え方も生まれている。
いわゆるADHDであったり、ASD、HSPなどが話題に上げられているのをよく見るが、その際に用いられるのが「〇〇は個性です」のような定型文。もちろん、そういった精神疾患者に「あなたは病気です」とはっきり言えというわけではないのだが、個性というのもまたどうかと思う。当事者からすれば、そんな不便な個性ならなくていいとしか言いようがない。凹凸がある分、その凸を個性と言いたいのだろうけど、凹の部分のマイナスが大きすぎて、凸のプラスでは賄えない。 今あげたのはADHDであったりLD、ASDに多く見られるが、SADならどうだろうか。社会において不安を感じ、人前で話せなかったり、電車に乗ることへの恐怖だった…
こんにちは。 津田哲です。本日紹介する格言はこちら! 『We forfeit three-fourths of ourselves in order to be like other people.』 (他の人と同じようになろうとして、自分自身の4分の3を失う。) アルトゥル・ショーペンハウアー(1788-1860) アルトゥル・ショーペンハウアー ショーペンハウアーは【意志】について深く追求し、その概念を説きました。 人間には「盲目的な生への意志」が働いており、 生存への意欲が絶えず働き、 目的を達成しても新たな目的が現れるため、 人は苦悩を覚えるという考え方です。 この意志を中心とした哲学…
グループの人数が多いと、 メンバーの個性を際立たせることで活躍の場を広げやすくなります。 演劇や服飾デザインなど、他の分野にも手を出しているメンバーがいると、 音楽以外の分野にも手を広げられます。 それを音楽にも呼び込めるのです。 趣味や好物なども、親しみやすさにもつながるでしょう。 気に入った飲食店の紹介、ブログや出版なども使えます。 ともかくも活躍する場が増えるほど、ファンとの接点が広がるのです。 「多人数だと、発信できる個性や才能、趣味の幅が広がり、露出を増やしやすくなります」とエイベックスの人は、話していました。 SNSで本人が自分の個人的見解な情報を発信できることが、 その背景にある…
感想を聞くと、まず以前より声量が出てきた、またはついてきたというのが多いです。 まず声そのものが表に表出されて表現なのだということを実感していただき、自分なりの個性を、オリジナルを磨き続けて欲しいと思います。 レッスンの始めに必ず、ブレスの練習をしていますが時間が経って、元に戻ってしまう人、より深く息が吸えるようになった人、逆に吐けるようになった人と、本当にさまざまです。必ず自主的にレッスン以外の時間でも自分に課題問題点を見つけて上達して欲しいと思います。 上達に終わりはないのですが、よい練習が今日はできたと振り返って実感できるようトレーニングをしていきましょう。
トライアスリート屋根屋、常滑は屋根誠の瓦葺き師・竹内です。 現場で作業しているときや、何でもない日常でブログのネタを思いつき、思いついたときは「あー、これはいいネタだなー!」と、帰ってから書くのが楽しみだったりするのですが、いざ帰り、PCの前に座ると「忘れた…」ということがざらにあります。実際に今回のブログはそれをきっかけに書いています。 ブログのネタをメモする理由。 ネタを思いついたとき、僕は可能な限り、スマホにメモするようにしています。ネタのきっかけが大きな出来事であれば、その出来事を忘れないので、ネタとしても忘れにくいし、忘れたとしてもすぐに思い出せるのですが、ネタを思いつくときというの…
声や歌には、これまで生きてきたことが染みついていますので、それをレッスンでは外して臨むことです。 なぜ、声楽の経験者をここのトレーナーにするのかというと、好き嫌いで判断してはいけないからです。 発声は、発声だけで優れているかどうか、しっかりと、その後の可能性、個性までみて、判断しなければいけません。 そこで根本的に変わるのは体です。役者や声楽家は5年10年やっていると、ベテランの役者だ、声楽家だ、と声でわかります。 しかし、ポップスのヴォーカルはなかなかわかりません。歌ってもわからない場合が多いです。―そういうことでは、真のヴォイストレーニングは成り立ちようがないのです。 「自分は若くしてプロ…
日本では、周りと違ったことをすることに抵抗があると感じる人が多いです。みんなと同じ選択をすることが多いので、日本は同調圧力が強い国だと言われています。しかし僕は、そうでもないんじゃないかと思っていますし、そうやって先入観を植え付けたいだけなんじゃないかと思います。「日本人は同調圧力が強いから。」と広告宣伝のように至る所で言うことで、何かあるときには「同調するべき。」と思うようにしているのではないでしょうか。 同調圧力は日本特有のものではないことが、コロナの時にわかりました。欧米では、国は強制していないことを、教会が強制して、一定の条件を満たしていないと教会に入れないというルールがあったそうです…
今年も もうすぐやって来ます 「さくら」の季節です 気温の変化に翻弄されながらも その時は必ずやって来ます 待ち遠しいです 何に惹かれてるんでしょうか? どうしてみんなが来る年も来る年も その時を待つのでしょうか? 桜にはそれだけの力があります 惹き付け魅了する力です だからたくさんの人が魅了されています 楽曲にも 「桜」 「さくら」 「サクラ」 「SAKURA」 たくさんあります 感じたままにオリジナリティを伝えようと 人とは違う何かを伝えようと それぞれに自分が感じたままに表現されています 「写真」 「料理」 「華道」 「お餅」 「デザイン」 あらゆるもののモチーフとしても君臨しています …
最近では、自由や個性というのもが尊重されるような時代になりました。 以前のブログの中で、「ルールが存在するから自由にできる」という記事を書きました。 koji-temanagement.com 野村監督も自由について著書の中で持論を述べています 今回は野村監督の考えをもとに、自由について考えてみたいと思います 自由とは?個性とは? 不自由な人とは? まとめ 自由とは?個性とは? 皆さんは自由や個性をどう考えていますか? 何かあれば自由や個性という言葉で片付けていませんか? 野村監督は「単なるわがままや、自分勝手を自由や個性と誤解している人間が非常に多くなっている」と述べています。 また、「自由…
自分自身の個性を消してしまうことで、普通というものになるのかもしれない。 By erasing their own individuality, they may become ordinary people.