読売ジャイアンツ・阿部監督の報道をきっかけに、AIを不安視する声がある一方、それを「人間の使い方の問題」と冷静に切り分けて考えている方もおられますね。今回の件は、AIの使い方の危うさを考える良いチャンスだと思います。 結論から言えば、本質的な危機は、AIの登場によって「人間が観測主体であることを放棄してしまうこと」にあると考えています。 AIは速く、滑らかで分かりやすい。だが、その「摩擦のない利便性」こそが、人間に「理解したつもり」を与えてしまうのです。 本来、「理解」とは思考の終着点ではなく、さらに深く考えるための暫定的な足場に過ぎません。人は「理解した」と思った瞬間に考えるのを止めます。否…