稲尾和久

(スポーツ)
いなおかずひさ

プロ野球選手(投手)・指導者・解説者。通称「鉄腕」。
右投右打。背番号は24番。

最強野武士軍団、西鉄ライオンズを、中西太、豊田泰光らと共に支えた大エース。
1958年日本シリーズで初の三連敗から四連勝を演じた立役者。
特に、日本シリーズ第五戦では史上初のサヨナラホームランを放ち、このとき「神様、仏様、稲尾様」とまで呼ばれた。このときの活躍により、『鉄腕投手 稲尾物語*1』という本人出演の映画にまでなった。
また、1961年には78試合に登板、42勝という記録を打ちたてた。

神様、仏様、稲尾様―私の履歴書 (日経ビジネス人文庫)

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1969年、現役引退。背番号24番は永久欠番となる*2
1970年、西鉄ライオンズの監督に就任。太平洋クラブライオンズとなる1973年まで務める。
1983年、福岡市への球団誘致計画の一環として、ロッテオリオンズの監督に就任。1986年まで務める。この間に村田兆治を日曜日に固定させるローテーションを組む。
1993年、野球殿堂入り。

晩年はマスターズリーグ・福岡ドンタクズ監督、RKB毎日放送野球解説者を務めた。

2007年11月13日、悪性腫瘍のため福岡市内の病院で逝去。享年70歳。

*1:http://www.jmdb.ne.jp/1959/ci001360.htm

*2:太平洋クラブへの球団身売りにより一度は失効。なお、1973年まで監督として背番号24を着用した。後身の埼玉西武ライオンズが2012年に再度永久欠番に指定。

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