一時期、頻繁に『うちの地元も終わりだ』という内容を此処に縦糸として残していたが、最近は時間がないので日記が疎かになっているだけであって無事な訳ではない。この半年・一年の間にも憂いと戸惑いは底なしに拡がっている。むしろ加速している。 父親がパーキンソン病の進行で施設に入ってしまい半空き家、その玄関先で植木をさわっていると中国語らしき電話の声。その包囲は段々と狭まってきていたが、ついに古い区画の最深部にまで外国籍の浸潤が達したということだ。斜め向かいの借家に4月から中国人が入居を始めた。 5,6年くらい前までは鍵も掛けずに出歩いていたような家の周辺、その近隣の路地をどのような人物が歩くようになって…