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ハーマン・メルヴィル

読書

ハーマン・メルヴィル

はーまんめるう゛ぃる

ハーマン・メルヴィル(Herman Melville, 1819-1891)

小説家詩人

 1819年8月1日、ニューヨークの裕福な名家に生まれる。11歳の時に貿易商の父の店が傾き、母の実家を頼ってニューヨークを去るも、13歳の時に多額の負債を残して父が死去、学校を辞めて働き始める。18の時には恐慌の折に兄の店が倒産、小学校の教員などになるも家計はどうしようもなく破綻しており、1841年1月3日(21歳)の時ついに捕鯨船アクシュネット号に乗り、一船員としてニューベッドフォードから航海に出る。船長の横暴に耐えかねて、一年半の航海を経て立ち寄った南太平洋マルケサス諸島にて仲間とともに脱走、人喰い人種(と当時信じられていた)タイピー族の部落に保護され三週間ほどの期間を彼らと過ごす。タイピー族の元を去った後、別の捕鯨船に乗り込みタヒチに行くが、タヒチ英国領事館に船長反逆罪で逮捕される。領事館を脱走し再び原住民の元に逃げ込む。数週間をそこで暮らした後、捕鯨船に拾われてハワイへ、ハワイ合衆国海軍の船に二等水兵として乗り込み、1844年10月(25歳)米国に帰還する。

 1846年2月(26歳)、タイピー族部落で暮らした体験を元に第一作『タイピー』を出版する。大好評を博すが当時の受け取られ方は、人喰い人種の中で暮らした白人の実話、あるいは南太平洋地域の観光案内というものであった。この評判はメルヴィルの作家生活にずっとつきまとうことになる。ともかくも商業的成功をおさめたため、1847年3月(27歳)、今度はタヒチでの体験を元にして次作『オムー』出版。こちらもよく売れる。この年に結婚する。

 1849年、第三作『マーディ』出版。これまでの二作と同じような調子で小説は始まるのだが、途中からうって変わっていつのまにか哲学談義のような様相を呈し始める。前二作は小説ではあるものの、当時は実話と受け止めた人もいるようにそれなりリアリスティックなつくりになっているのだが、この小説は中途からほとんどファンタジーになってしまう。前二作と同じようなものを期待していた当時の読者たちには受け入れられず大不評となる。あわててこの年の年末から翌年頭にかけて第四作『レッドバーン』第五作『ホワイト・ジャケット』を発表する。

 1850年匿名で評論「ホーソーンとその苔」を発表*1。この年に先輩作家であるナサニエル・ホーソーンホーソン)の知遇を得る。以降二人の交流は続く。なおバイセクシュアルであるメルヴィルは、このホーソーンに片思いをしていたようだという研究は多い。

 1851年10月(32歳)、『白鯨』発表。当時の読者たちにはまったく受け入れられない。翌年には『ピエール』を出版するも、「あの『タイピー』で名を売った小説家メルヴィルは完全に駄目になってしまった」「気が狂ってしまった」というような評価を受ける。もはや長編は世間では受け入れられない作家になってしまったという本人の絶望と、周囲の勧めにより、しばらく短編小説を書き綴る。この時期に「バートルビー」「イスラエル・ポッター」「乙女の地獄」「ベニート・セレーノ」などの非常に優れた短編群が書かれている。

 1856年(37歳)これら短編を一冊にまとめ『ピアザ物語』出版。翌年、久しぶりの長編『詐欺師』を発表するもまったく世に受け入れられなかった。もしこの作品が理解されなければ筆を折る、と述べていた通りこれを最後についに小説家として作品を発表するのを止めてしまう。40歳から詩作を始め、57歳の時には長編詩『クラレル』を自費出版する。これは友人に配ったりした程度で実際に書店店頭に並んだりしたわけではない。その後、イギリスなどでは細々と読まれていたものの、世間では完全に忘れられた作家となったまま暮らし、1891年9月28日、72歳という長寿で死去する。死の直前、秀作『ビリー・バッド?』を書き残しており、死後に出版されることになる。

 『詐欺師』以降筆を折ってしまったメルヴィルは世間では完全に忘れられた作家となってしまう。イギリスの大学教授などの読書サークルでは細々と読まれていたものの、アメリカでは何十年間も誰も知らない作家であった。それが死後31年、筆を折ってからは66年という時を経て1922年、この読書サークルの教授の一人レイモンド・ウィーヴァーによって作品が記念刊行という形で復刊される*2。これによってメルヴィルの再評価に火がつく。今日では世界を代表する大小説家の一人と数えられており、影響を与えた作家は内外に数知れない。現在のアメリカでは高校の国語の教科書などで誰しも必ず読まされる、国を代表する作家とされている。

*1:彼の尊敬する二人の作家、ホーソーンシェイクスピアについて賛辞を贈りつつ、いろいろなことを述べている。読み物としても非常に面白い評論なのだが、二人の先輩作家に対して彼が語っていることは、どちらかと言えば、メルヴィル自身についての方がより当てはまる。ほとんど自分自身について語った評論として読めてしまう

*2:この折にメルヴィルの使用していた仕事机から『ビリー・バッド?』が発掘され出版されることになる