フルッサーもまた先の著作のなかで、動物賭博とサッカーのブラジルにおける親縁性を示唆しながら、賭け籤(くじ)の購入に列をなす民衆の姿に、ある種の啓示を見ようとしている。一目で貧しい労働者たちとその家族だとわかる男、女、子供たちが、あたかもパンか配給食品のために列をなしているかのようなその光景が、じつは賭けのためであると知ったとき、観察者はなんと考えるだろうか。フルッサーはじつにスリリングにこう書いている。 これらの人々が勝負に勝つことを期待して賭けているのだという考えは誤りである。むしろ正反対に、彼らは勝つことを期待してはいない。彼らはただ、勝利や成功という結果を、不可測の領域に投げ出しておきた…