テレビ東京系 毎週木曜日 25:30〜26:00 2004年4月1日から2004年9月30日まで放送され、2005年4月7日から2005年9月29日まで放送されたバラエティ番組。
江戸・日本橋から中部山岳地帯を経由して京都・三条大橋に至る街道。五街道の一つ。 近江国草津宿から三条大橋までは東海道と重複する。 東海道五十三次に対して中山道は六十九次。山道が多く距離もやや長いが、川止めや航路区間がない分、旅は東海道より容易だったともいう。 川に橋がかかっている現代においては東海道の方が移動は容易である。 なお、「中仙道」という表記もあるが、1716年(正徳6年)に幕府によって「中山道」が正式名称として定められている。
YouTubeの朗読で、毎回寝落ちするのはなぜ? ◆坐骨神経日誌:スーパーで大して重くもないカゴを持ってレジ待ちしているだけで、なぜか腰がだる重くなるという悲しみ😿。足のしびれや痛みがマシなのは救いだけど、立ち姿だけでこれだと先が思いやられる。 【中山道・妻籠馬籠の思い出と島崎藤村『夜明け前』】 まだ体が元気に動いていた今年の春、中山道(妻籠・馬籠)を歩いてきた。 その道中で「これはいつか島崎藤村の『夜明け前』を読まなければ!」と感化されて、青空文庫でダウンロードはしたんだよね。 でも、寝ながら文庫本を持ち続けるのも、電子書籍で読むのも苦手だから、結局YouTubeの朗読に頼ることにした。 【…
中山道橋脚点検仲宿にて20260723 七月二十三日木曜日 板橋区仲宿の中山道 国道17号線 上を行く自動車専用道路の橋脚の点検 展健康を開けて この気温の中鉄のパイプ状の柱 中野ようす地獄の暑さ 20260723 上を走る
中山道・木曽路をめぐる旅情豊かな出逢い旅 木曽十一宿の宿場町、石畳の街道、重なり合う山並み、木曽路に沿って出入りする木曽川などの流れ、立ち並ぶ木曽檜(ひのき)や杉並木・・・美しく彩られた自然と歴史と文化を感じる出逢い旅です。 今回の日本一周・出逢い旅は、日本遺産ストーリーNo28 「木曽路はすべて山の中 ~山を守り 山に生きる~」の旅。 御周印は木曽福島駅前の木曽おんたけ観光局にて 古代には律令制・五畿七道の東山道、江戸時代には中山道六十九次、そのうちの「木曽十一宿」。 木曽十一宿の最北端・贄川宿を過ぎると車窓から見えてきた中山道の町並み「木曾平沢」。 木曽の豊かな森林材を活かした木曽漆器の漆…
奈良井宿から鳥居峠を越えましたが、峠までは沢沿いで結構きつい道です。随所に橋がありましたが、橋のないときはもっと難儀だっただろう。 辻まことの本で読んだのですが、できれば低いところで越えたいため、登りは沢沿いだという。峠に着いた後は見晴らしもあって明るく歩きやすい尾根を下るという。それがいつしか道として定着するんでしょうが、鳥居峠は典型的にそういう道でした。 鳥居峠から藪原宿への下りは明るい歩きやすい道でした。つまり奈良井の人が藪原へ行きたいという欲求が強かったのだろうと思います。山奥の人が町へ行きたいのであって、街の人はわざわざ山奥に行かないんですね。それを如実に感じる道でした。 ここらだと…
ハエドクソウ。 先日、馬籠宿から妻籠宿、さらに南木曽駅まで中山道を歩いたらいい感じだったので、奈良井宿から鳥居峠を越えて藪原宿へ、というのに挑戦しました。 オオヤマサギソウ。 ダイコンソウとかミズヒキとかなじみの花も多く咲いていましたが、あまり見ない花も咲いていた。 ミヤマママコナ。 距離も手ごろでいい感じでした。明るい林が多かったので、春には沢山花が咲いているだろう。 アカモノ。 鳥は少なかったが、時期が時期だから仕方ない。アカゲラ、カケス、オオルリくらいは鳴いていました。 イタチササゲ。 ガやチョウの初見もありました。 シデシャジン。 残念だったのは藪原宿。何々跡という看板はいくつもあるん…
江戸と京を繋ぐ中山道のほぼ真ん中が木曽である。その木曽十一宿のうち、信濃国の北に位置し、江戸からくると「贄川 ・奈良井 ・ 藪原 ・ 宮ノ越」と続くのが上四宿。本作は、薮原宿の名産「お六櫛」を製作する父・吾助の櫛挽きに魅了され、父の櫛挽きの技を継承しようと一途に精魂を傾ける長女・登瀬の生き方を克明に描き込んでいく。 「お六櫛という薮原名産のこの櫛は、飾り櫛とも解かし櫛とも異なり、髪や地肌の汚れを梳(くしけず)るのに用いられている。なぜ『お六櫛』と呼ばれるようになったのかは登瀬も詳しくは知らぬのだけれど、頭垢(おろこ)をとるからだとも、昔お六というおなごが頭の痛んだときにこの櫛を使ったら痛みが消…
中山道を歩くと足元に小さく可憐な花が咲いている。 ヒメヤブラン。 ヤマクルマバナ。 オオバジャノヒゲ。 これは大きなツチアケビ。立派な株がありました。
結構深山幽谷な感じで、いいです。 ここらを歩いているのは私以外はみな外国人です。 日本人は車で来てソフトクリームを食べてさっさと帰ります。 そういうものです。仕方ないです。
ここ2日ほど、激しい雨が降りました。 濃尾平野中流の美江寺宿、故玩館は、出水の影響をもろに受ける場所にあります。 いつもの、中山道脇の畑。 完全に水の中。 いつもの風景が一変しました。 年に数回、出水はあるのですが、今回はここ5年間で一番だったでしょう。 これだけ水に浸かると、土中が酸素不足になって、青枯病菌などの嫌気性細菌がばーッと増殖し、水が引いた後、野菜たちがバタバタと枯れる可能性が大きいです。 たわわに実をつけていたスモモの老木も水の中。 旧中山道の道路から30㎝ほどの高さまで水が来ています。 実は中山道、私が小学低学年くらいの時に、1mほど嵩上げされました。それまでは、これくらいの出…
今回は、岐阜県中津川市にある「中津川市中山道資料館」を訪れた際の様子をレポートします。かつて多くの旅人が行き交った中山道。その歴史や、幕末の舞台裏に触れられるスポットです。 ■中山道と「中津川」の歴史 中山道(なかせんどう)は、江戸時代の五街道の一つ。江戸の日本橋から、埼玉・群馬・長野・岐阜・滋賀を通り、京都の五条橋までを結ぶ街道である。そのほとんどが山の中を通り、沿道には69の宿場があった。 ここ中津川は、中山道を長野県から岐阜県へと進む際の最初の自治体であり、 市内には「馬籠(まごめ)」「落合」「中津川」の3つの宿場町がある。特に有名な「馬籠宿」から長野県の「妻籠宿」へ続く道は、最近では「…