見しは無く 有るは悲しき 世のはてを そむきしかひも なくなくぞふる 悲しみにくれた藤壺の宮の歌🪷 〜お連れ添い申した桐壺院は亡くなられ、 生きておいでの方は 悲しいお身の上の世の末を 出家した甲斐もないまま わたしは泣きの涙で暮らしています 【第12帖 須磨 すま】 「こういたしました意外な罪に問われますことになりましても、 私は良心に思い合わされることが一つございまして 空恐ろしく存じます。 私はどうなりましても東宮が御無事に即位あそばせば 私は満足いたします」 とだけ言った。 それは真実の告白であった。 宮も皆わかっておいでになることであったから 源氏のこの言葉で大きな衝動をお受けになっ…