本多忠勝

本多忠勝

(社会)
ほんだただかつ

戦国武将(1548年〜1610年)。本多平八郎。幼名鍋之助。
徳川家臣。徳川四天王*1。徳川十六神将。伊勢桑名藩祖。
13歳の時の初陣(大高城兵粮入れ)から関ヶ原の戦いまで、生涯57度の戦いにおいて傷一つ負わなかったといわれる猛将。
蜻蛉切(とんぼきり)と呼ばれる槍と、鹿角脇立兜(かづのわきだてかぶと)がトレードマーク。
父は本多忠高。子に稲姫(真田信之室)、本多忠政、本多忠朝らがある。

「日ノ本の張翼徳」(姉川の合戦後に、織田信長)
「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」(一言坂の戦いの殿軍での奮戦を評して、武田信玄近習・小杉左近)
「花実兼備の武士」(織田信長)
「日本第一古今独歩の勇士」(豊臣秀吉)
「この度、万死の境を免れることができたのは、ひとえにお前の力である。正に八幡大菩薩がお前を遣わして儂を助けてくれたとしか思えぬ」(伊賀越えの後、徳川家康)

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