長谷川伸『沓掛時次郎 瞼の母』(ちくま文庫)。 母の子別れ、子の母捜し。 ―― 諸君ねえ、長谷川伸をご存じないでしょう。数値的根拠のないヤマ勘だけど、日本国中に長谷川伸作品を知っている人と、漱石の『坊ちゃん』を知っている人とでは、どちらが多いと思う? 答えは決ってます。長谷川伸です。 (エーッ、というどよめきが教室内に起る。) ―― 大学の塀の内、しかも文学部なんてところにいるとね、こういうことが見えなくなっちゃうんだ。 二十年以上も前の教室で、しばしば言及したもんだ。現代文学史、小説論、エンターテインメント文学論、文学概論……、勤務先の大学事情で科目名はそのつどまちまちだったが、どこかで一度…