河口慧海

(一般)
かわぐちえかい

1866‐1945。大阪府堺生まれ。仏教学者、探検家。
23歳で上京し、井上円了の哲学館(東洋大学の前身)で、哲学・宗教を学、東京本所の五百羅漢字の住職となる。
仏教の原典を求めることを志し、まずインドに渡りインド在住のチベット人にチベット語を学ぶ。その後、単身、ヒマラヤ側から苦心惨憺のすえ、1899年、当時鎖国政策をとっていたチベットに密入国する。が、2年後に日本人であることが露見しラサを退去する。
1903年帰国し、チベット旅行談を新聞に連載。1904年『西蔵旅行記』(現在は『チベット旅行記』と表記)上下巻を出版。
その後も中国、インド、ネパール、チベットを訪れ、チベット一切経など貴重な資料を持ち帰る。
1921年僧籍を離れ、「在家仏教」を起こす。晩年は「チベット語辞典」の編纂にあたるぶ。

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