芭蕉科。 学名 Musa basjoo Musa : バショウ属 basjoo : バショウ(日本名)
芭蕉布の原料。
謡曲「芭蕉」では芭蕉の木の精霊が登場。 ふるくから日本の意匠のモチーフに用いられる。
関連語 :植物
→バショウ
松尾芭蕉のこと。
裏道の墓地の前にある句碑。刻まれた文字はうっすらだが、隣に行政が設置した立て看板がありその文字を探してなぞると読み取れる。松尾芭蕉の句のようだ。 そもそも俳句には縁もない私だけど以前から気になっていたのは「はせ越」という名。「はせこし」という地域もこの近辺にもあるし読み方もわからなかった。「少し調べ初めてみると芭蕉の俳号のようで、どうやら「はせを」と読むらしい。 松尾 芭蕉(まつお ばしょう、寛永21年(月日不明)[注釈 1] - 元禄7年10月12日(1694年11月28日)[1][2])は、江戸時代前期の俳諧師。伊賀国阿拝郡(現在の三重県伊賀市)出身。幼名は金作[3]。通称は甚七郎、甚四郎…
-芭蕉の風景- 深川芭蕉の「奥の細道」の旅を辿って、今まで何か所か巡ってきました。その時の風景写真をブログに残しておくことを思い立ちました。まず初めは、仏頂禅師に参禅した芭蕉ゆかりの臨川寺や芭蕉庵のあった深川周辺の風景です。芭蕉は、延宝8年(1680)に深川に移り住んだそうです。 「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして 、旅を栖とす。」 芭蕉ゆかりの寺「臨川寺」「延宝8年(1680)深川に移り住んだ松尾芭蕉は二歳年上の仏頂禅師の人柄に感服し、足繁く参禅するようになりました。芭蕉庵と呼ばれた草庵が、臨川庵とほんの五百メートル…
金沢 曇り、雨の予報ですが、止んでいて、今朝の気温は11℃あり暖かい朝です。先週はいい天気が続ており、木曜日に「那谷寺」の紅葉を見に行きました。鎮守堂の展望台は、以前は一番上まで登れたのですが、地震の影響か登れませんでした。それでも境内の雄大な自然を一望でき、大満足でした(笑)鎮守堂からは、那谷寺の境内や周辺の美しい風景を一望することができます。特に紅葉シーズンには、鮮やかな紅葉と寺院の建物が織りなす絶景が楽しめます。鎮守堂へと続く朱色の橋「楓月橋」は、その美しい姿から多くの写真家や観光客を魅了しています。鎮守堂と楓月橋は、まるで絵画のような風景を作り出しています。芭蕉が那谷寺で詠んだ最も有名…
♯トントン トントン トントントントン トントントントン・・・・ 昭和60年ごろ、ある大学へと最寄り駅から向かう途中の道を、国文学者のF先生と歩いていた。 F「お、だいぶ出来てきましたね。あの新築の木造住宅。 大工さんの金槌で木材を張る音はリズム感があって小気味いいですねぇ・・・」 私「本格木造建築ってわけですねぇ・・・」 F「『碪打て我に聞かせよ坊が妻』っていうところですかねぇ・・・」 私「え?・・・きぬた うて?・・・・」 F「知りませんか? 芭蕉が吉野の宿坊に泊まったときに、聞こえてきた砧打ちを詠んだ句ですよ。 きぬたって石篇に甚って書いたり、石篇に占って書くんですよね。 ま、研究室へ行…
脂がのった海の幸・寒ブリで知られる、富山県氷見市の民宿に一泊しました。和室の部屋は海に面し、窓を閉めても潮騒の音が聞こえてきます。階段を降りると露天風呂。ここからも海と、海の向こうに冠雪した北アルプスを一望できました。 痛飲して畳に敷かれた布団に入り、翌朝はまだ薄暗いうちに起床。露天風呂に行くと、もう5、6人の先客がいました。目的はみんな同じです。山々の向こうから朝焼けが始まり、やがて海が輝き始める光景を、露天風呂から眺めようという魂胆です。 目前に広がるのは、古典文学の世界で代表的な歌枕の一つ、有磯海(ありそうみ)。 ところがわたしは、稜線がくっきり浮かび始めたあたりで、急いで部屋に戻りまし…
昭和60年頃の昼休み。ある大学の講師控室で、国文学者のF先生と話していた。 F「おや・・・雨音がする・・・ そうだ・・・のりも君、今日は時雨忌なのを知ってますか?」 私「え・・・しぐれ・・って・・あのつゆ時に降る雨のことじゃないんですか・・・」 F「ちがいますよ。それは五月雨で、 時雨っていうのは『秋から冬にかけて降ったり止んだりする雨』 のことを言うんで、今の時期に降る雨のことですよ。 情緒があるでしょ。 だから、よく俳句なんかの題材になるんですね」 私「はは・・・大間違いでしたね。失礼しました」 F「それでね、例えば 『旅人と我名よばれん初しぐれ』 なんて句があるんですね。誰の句だと思いま…
西洋と言えばキリスト教である。近代民主制である。市民革命である。 なるほど、分かりやすい。「世界中の人が学びなさい」ということになるわけだが、『分かりやすい』からでもあろう。 私たちが日本から一度、視点を外に運んで、そこから日本を見たらどうか。『分からない』『?』 日本語は、語彙や発音が南方系で、文法は北方系の傾向が見られるという。朝鮮語やモンゴル語は、文法は日本語に似ているという。全く個人的な感覚だが、言語を会話の聞き取りの感覚から、「強い」と「柔らかい」の二つを考えてみた。これでは非対称な表現になってしまうが、「強い」VS「弱い」と、「硬い」VS「柔らかい」では、善し悪しを感じかねないので…
A. これを造化といいます。本来の自然が内に秘めている秩序ある働きを、取り出すわけです。芭蕉が、「笈の小文」で指摘しました。
夏休みがもうすぐ終わる昼下がり、 久しぶりに、ハチヤ君と大学地下食堂で話していた。 ハ「ねぇ、のりもさん。今日は清衡の中尊寺金色堂が完成した日なんですよ」 私「え?中尊寺って、芭蕉の『あらたふと降り残してや光堂』ってやつ?」 ハ「もぉ・・・むちゃくちゃ言ってぇ・・・ あれは『五月雨を降り残してや光堂』でしょ。 『あらたふと青葉若葉の日の光』とごっちゃになってるじゃないですか」 私「はは・・ちょっとちがったか・・・ だけど、光堂自体が尊いから、 『とおとい』のがふりそそがなくてもいいってのも解釈として ちょっといけてない?」 ハ「なにを下らないことをいってんですかぁ。 でね、金色堂を含めてなんで…
ある大学の研究室に、国文学者F先生が飛びこんできた。 タオルで体を拭きながら、ソファに座って話始める。 F「ああぁ・・・ひどい目に遭った。駅から来る途中で大雨が降ってきましたよ。 傘が役に立たないくらいでしたね」 私「あれまぁ・・・大変でしたね。まさに、 『五月雨をあつめて早し最上川』 の世界ですね」 F「いやぁ、わたしとしては、 『五月雨の真っ只中でもがいてる』 っていうことですよ」 私「ははは・・・芭蕉も形無しですね」 F「ちょっと、おもしろいでしょ。 ところで、のりも君、この時期の雨を五月雨っていうのは なぜだか、知ってますか?」 私「え?たしか・・・梅雨時の6月は旧暦で5月だから 五月…