Красная площадь(露)、Red Square(英)。 ロシアの首都モスクワのクレムリンに隣接する、約700メートル×130メートルの広場。ロシア語で「赤(красный)」は「美しい(красивый)」に通じ、「赤」と言っても共産主義とは関係のない命名である。
お題「もっと早くやっておけばよかったと思う事」 ロシア、ウクライナ、ウズベキスタンの食品たち ロシアとその近隣国の食料品を販売する「赤の広場」(ヴィクトリアショップの実店舗)が6月末日をもって閉店すると知りました。ロシアのウクライナ侵攻が始まった時、このお店に対する嫌がらせ(看板を壊す、など)がニュースになりました。ご存じの方もいらっしゃると思います。ロシアの食料品店ですがここのオーナーはウクライナの方だということもその時、報道されました。働いている方も様々な国籍とのこと。 毎度のことながら大人げない行動をする人たちに呆れたことを思い出しました。 今回その通販ショップでお買い物をしました。自分…
皆さま、こんにちは。 en.kremlin.ru では。
どっちがどういった意図でやったにせよこの戦争は更にエスカレートするだろう 困ったもんだ 停戦どころの話じゃない 本当に何十年も続ける気かこんな時は何を考え何をすればいいのか どうする家康
1147年にスーズダリ公が宴会を催したのがモスクワの最初の記録。 15世紀の半ばにモスクワ大公国の首都となった。 要塞を意味するクレムリンを中心に街が発展した。 雨の赤の広場から、大統領府とレーニン廟が見えている。 レーニン廟への見学は国立歴史博物館から入る。 左は国立歴史博物館。赤煉瓦に白い屋根がちょっとかわいい。 ロシア最大級の博物館である。 古代の部族時代から現代にいたるまでの収蔵物がある。 聖ワシリイ寺院の横にあるスパスカヤ塔。 これはいいと思う写真はなぜか残っていない。 物はなんとかなるけど、思い出はとっておかないと・・・ 取り返しがつかない。 写真洗浄ボランティアの大切さがわかる。…
今朝教えていただいた、禅の言葉。 胡来胡現:漢来漢現胡来れば胡現ず : 漢来れば漢現ずこきたればこげんず:かんきたればかんげんず『正法眼蔵』「古鏡」の巻 の言葉。 胡というのは、胡人。ウイグル、モンゴル、トルコ系など中国から見て西の人。中国から見れば、自分たちの土地にやってくる異邦人。 漢というのは、漢人。中国の人。 春秋時代などは、漢人と胡人で、政権が交代したり、三つの国を作ったり、南北で国を分けたりした。 古鏡は、胡人がくれば、胡人を映す。漢人がくれば、漢人を映す。ただ、さっと姿を映すのであって、鏡は何も考えない。そのままの姿が映る。そこに、むさくるしいとか、野蛮だとか、賢いとか、そんなも…
2022.03.14 今日もお昼にマッタリとパブロに起こされました。 いつの間にか、どちらか早く起きた方が 相手を起こすシステムになってるらしいです わたしは夜にアルコール飲むと眠剤と重なってこうなる。 よい子は真似しないようにね 夕方の職員の祈り会にこのあいだ食べてとても美味しかった ミカンのはるかを持って行こうと思ってたのに、 Yさんからメールが来て中止。 とうとうウチでもクラスター出て患者さんに広まったようです。 師長、感染患者さんの隔離に大忙し。 陰謀論の過激な団体に加わってしまったTさんが以前発熱して 自宅待機してからかなりたってるし (勿論PCR拒否、コロナがホントだったら 患者さ…
「銀座に赤の広場が出来たよー」と訳のわからないことを言う夫。 どうやら、ロシアのものを取り扱うお店が出来たようです🇷🇺マトリョーシカ見たいな!とお出かけのついでに立ち寄ってみた時のこと(10月に訪問)。 マトリョーシカやあちらのピンバッジ、好きなんです😊 ロシアンショップ「赤の広場」 「赤の広場」は、ロシアやその周辺国のアイテムを扱っているヴィクトリアショップ(Victoria Foods Market)が運営する店舗。 住所は銀座ですが、私の感覚だと京橋かな。京橋公園からも歩いていける距離にありました。 いざ、入店。 ※店内の写真は控えます。 それほど広くはないお店ですが、ロシアンアイテムが…
前回からのつづき。 ロシアの政治の中枢、クレムリン。 外国語をカタカナ表記するのはあまり好みではないが、ロシア語での発音は“クリェームリ”のほうが近い。 大クレムリン宮殿 赤の広場とレーニン廟 ドーム天井の建物が大統領官邸。 大統領がいるときは国旗が掲揚されるそうだから、この写真を撮ったとき、プーチン大統領は官邸の中にいたようだ。 赤い服の白髪の女性の向こうにあるのが「レーニン廟」で、ソ連の最高指導者レーニンが永久保存されている。中は真っ暗で、レーニンが眠っているところだけが煌々と照らされていた。軍の兵隊が何人も警備で取り囲むその真ん中に、確かにレーニンが寝ていた。 写真の右端にはソ連の象徴、…
モスクワ「赤の広場」に建つ「聖ワシリー大聖堂」。(1990年1月16日撮影) ソ連(正式名:ソビエト社会主義共和国連邦)が崩壊して30年。第一次世界大戦のさなかの1917年に、食糧難から労働者・農民・兵士が武装ほう起して帝政ロシアを倒したロシア革命をきっかけに、世界で初めてできた社会主義国でした。 ソ連が消滅する1年前の1990年1月13日から17日まで、自民党のソ連訪問団に同行して、日航特別機でモスクワに行きました。 あの時、15の共和国からできていたソ連が間もなく解体するなどとは想像もしていませんでした。ふつうの旅行者の感覚で撮影した当時のモスクワの写真をアップしました。 目次 凍てつくモ…
旅の原点について語りたい。ソビエト連邦が崩壊し、ロシアになったころ。モスクワとレニングラード(現在のサンクトペテルブルグ)を訪れた。当時の赤の広場。あいにくの雨。冷たい雨だったと思う。ゴールデンウィークの頃に行ったが、まだ寒かった。まだ自由に旅をするのは難しくて、手配旅行だったと思う。ある大学のドミートリーに宿泊させてもらった。学生の頃にロシア経済について調べたことがあり、興味を持っていた。ソウルオリンピック(古い!)でのソ連の選手の活躍を見ていた。勝利への執念みたいなものを感じて、どうしてそこまで?と思った。第二外国語でロシア語を選択した学生時代。専門科目より熱心に勉強していたと思う。中国人…