十月二十四日早朝六時、富士川で源平の矢合せと決まる。その前夜である。 決戦を控えて緊張した平家の侍どもが、対岸の源氏の陣を見渡した。 野に火が上り、海に浮び、河に灯《うつ》る。おびただしい火の大群である。 これらはいずれも合戦におびえた伊豆、駿河の人民百姓が野に隠れ、船で逃げ、 炊事した火であったが、夜対岸から見れば陣営の遠火《とおび》とも見える。 驚くべき大軍じゃ、野も山も河も源氏の勢で埋められたるぞ、 とその狼狽《ろうばい》は一方でない。 おののき恐れる心を押さえて、不安の夢をむさぼっていた夜半、 富士川より突如大音響がひびいた。 雷にもまた大風に似た恐ろしい響が平家陣を一度に揺り起した。…