「日本書紀」などに登場する人物。土師氏の祖とされる。 天穂日命の14世の子孫であると伝えられる出雲国の勇士で、垂仁天皇の命により当麻蹴速と角力(相撲)をとるために出雲国より召喚され、蹴速と互いに蹴り合った末にその腰を踏み折って勝ち、蹴速が持っていた大和国当麻の地(現在の奈良県葛城市當麻)を与えられるとともに、以後垂仁天皇に仕えたと言われている人物である。
俳振歴歩のひろです。 古代ヤマト発祥の地を訪ねた後、ゆるやかな坂道を少し登っていくと相撲神社があります。そう言えば、巻向駅を出てすぐに「相撲神社」の看板がありました。この道は真っ直ぐ穴師山に繋がっていて、その途中に相撲神社があります。行ってみましょう。 見えてきました相撲神社の鳥居です。隣には「祭神野見宿禰公」と書かれた石碑もあります。ここは野見宿禰と当麻蹶速が垂仁天皇の勅命で日本最初の天覧相撲が催された場所と言われています。『日本書紀』にも纏向珠城宮近くで二人が相撲を取ったことが記されています。 相撲神社の鳥居をくぐったすぐ右手には力士像が建っていて、その先にブルーシートのかかった土俵があり…
あー(棒 本日はココカラ 最近たまに降りる事がある鶯谷から、いい天気だ勝負しがいあり そういやふりゅーガチャだかくじだか出ますなあもうデロリアン もお腹一杯だが。 本日 は両国方面なのでいつもだと上野寄りで行くが今日は案件一件だし で時間に余裕を持たせて東方面てけとぅーに歩いてます するとここらへんか かっぱばし。 目の前にコーヒー系のお店 これは沼です(棒 ほうちょうもメチャクチャいいここはずっと居れる危険(笑) 即通過 そのまま行くと浅草か またざんまい(笑) 嫌いじゃない。 こっちも同じスタートやんか(笑) いや しかし平日でこれもう絶対ここ無理笑 即通過からのここから先はまたそんな人い…
成務天皇の話の前に、先日出雲の地を訪れましたので、そこで感じたことや、野見宿禰に関して語りたいと思います。 野見宿禰と熊野大社 ブログ【第二次モノノベ東征】で出てきた、最後の東出雲王の大田彦(後の野見宿禰)は、田和山神殿(松江市乃白町)を物部軍の田道間守(たじまもり=当麻蹴速 たいまのけはや)によって攻略されその後、物部十千根(もののべとちね)率いる攻撃軍本体が、東出雲王宮(現在の神魂神社(かもすじんじゃ))を攻めるとの噂を聞いて出雲軍の解散宣言をし、敗戦処理を大夫のホヒ家の日狭(ひさ)にまかせ、親族とともに南の熊野(松江市八雲町熊野)に逃げたということです。 そして、出雲王国の支配権を物部政…
すまきとすまりんがやってきたのは 島根県にある出雲大社 有名な観光地だけあって 門前町はお土産物屋や食べ物屋で賑わっていました 出雲は "ぜんざい発祥の地" とされます 門前にある 老舗の「坂根屋」 ぜんざいの語源は 出雲国神事に使われた神在(じんざい)餅が由来と言われます お土産も買って帰りました(*^^*) ※お店のかたの許可を得て撮影させていただいてます こちらは「おつまみ研究所大社門前ラボ &日本ぜんざい学会壱号店」 そして こちらは「出雲ぜんざい本舗」 ※以上は 過去何回か訪れた時にいただいたものです! 一度に食べたわけではありません(笑) 「出雲ぜんざい本舗」では お店の中に「稲佐…
物事の真実(レンコンなりの解釈) セカンドライフを始めて慣れてきたレンコンですが、歴史の真実を妄想し、調査している段階です。今現在のレンコンが信じる歴史の真実を不定期に発信したいと思います。よろしければレンコンの妄想にお付き合い下さい。今回は、大宰府天満宮をリサーチします。 太宰府天満宮 919年に創建された菅原道真を祭神として祀る天満宮です。 京都の北野天満宮とともに全国天満宮の総本社で、菅原道真公の霊廟として篤く信仰されています。 菅原道真は、5歳で和歌を11歳で漢詩が詠める天才で、学者としても政治家としても卓越した力を持ち、33歳で学者としての最高位の「文章博士」に任じられました。 宇多…
埼玉古墳群がある埼玉県行田市の隣の羽生市と出雲の関連を考えていきます。 羽生市とは? 埼玉県の北東部に位置する羽生市(はにゅうし)は人口5万人が暮らしています。 Wikipediaより 律令制の時代には埼玉(さきたま)郡に位置していた地域です。 羽生の地名の由来 埼玉県立さきたま史跡の博物館 撮影 羽生(はにゅう)という地名の由来は埴輪(はにわ)であるとする説があります。 古代、陶器の材料となる粘り気のある粘土質の赤土のことを「はに」といった。この「はに」で作ったのが古墳の副葬品である埴輪(はにわ)である。そして、「はに」には「埴」という漢字をあて、「はに」のとれる場所を「はにふ(埴生)」と呼…
相撲の発祥地といえば、東京両国の回向院や野見宿禰(のみのすくね)神社を思い浮かべますが奈良にもあります。 近鉄の当麻寺/當麻寺(たいまでら)駅から徒歩5分、奈良葛城市出身で相撲の開祖と伝わる當麻蹶速(たいまのけはや)を顕彰する資料館「相撲館けはや座」があります。 相撲館けはや座 所有資料が約1万3千点、土俵あり。 なぜか白鵬推しの資料館って印象。 相撲発祥伝承の地:腰折田公園 相撲館けはや座から北へ2km先に腰折田公園という相撲発祥伝承の地があります。 當麻蹶速と野見宿禰が力比べをを行ったとされます。 場所がかなり不便なため、相撲がよっぽど好きでないと厳しい。
ここでは古代における旧約聖書、古代朝鮮(高句麗、耽羅国)、日本書紀といった神話に隠された秘密のベールを「相撲」をキーとしそのナゾを解き明かしていく。 結果として次のことがわかる1.旧約聖書、古代朝鮮、日本書紀において相撲にまつわる共通点がある2.野見宿禰は出雲と関りを持つ、末裔の土師氏は奈良の当麻に土地を持つ3.大和国に関する大王(天皇)の古墳建造に土師氏が関わった 次の流れで紹介する。・古代ユダヤ民族の歴史・旧約聖書のヤコブと天使の格闘(相撲)・高句麗の始祖・朱蒙・耽羅国(済州島)の三姓神話・日本書紀における相撲・野見宿禰と相撲・當麻蹶速・まとめ ■古代ユダヤ民族の歴史古代のユダヤ民族の歴史…
我が国最古の天覧相撲の記録は、日本書紀によると、第11代垂仁天皇の御前での大和の當麻蹶速 (たいまのけはや) と出雲の野見宿禰 (のみのすくね) のとりくみとなる。 もっともこの時代の捔力 (すまひ)、現代の角力 (すもう) とは少々異なっている。 なにしろ野見宿禰は、敗れた當麻蹶速の腰骨を踏み折ったというのだから、いまならさしずめデスマッチのレスリングといったところか。 また、そのとりくみの日が「垂仁天皇7年7月7日」とされているなど、相撲が七夕を中心とした一連の行事のひとつであったとも考えられている。 へえ、野見宿禰って出雲のヒトなんだね。 そうなんだ。ただ、山陰の出雲国とする説と、大和国…
はじめに 学術論文のようなテーマになってしまいましたね😀日本書紀 #垂仁天皇 #野見宿禰 のよく知られた話から、#宝来山古墳 が垂仁天皇陵ならば、太陽方位を共有する#富雄丸山古墳 の被葬者は!? 目次 奈良盆地北西の「トミ」伝承地エリア 「トミ」に関連する史跡 野見宿禰と垂仁天皇 富雄丸山古墳と宝来山古墳(垂仁天皇陵)の太陽方位の共有(同伴性) 2月16日追記 本文 奈良盆地北西の「トミ」伝承地エリア 富雄丸山古墳(古墳時代前期末、西暦紀元四百年前後)から、大陸も含めて他に類例がなく銅鏡としては世界最大の盾形銅鏡と、同じく世界最大2.37㍍の蛇行剣が出土したニュースに触れて、 ヤマトの古代豪族…