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Flying to Wake Island 岡和田晃公式サイト このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-08-12

迷惑行為を行う「書肆ブン」にご注意を!

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<本エントリ末尾の追記もご覧ください>

 皆さまに注意喚起を兼ねて、お知らせをいたします。

 この「書肆ブン」というアカウントが、私によくわからない罵詈雑言を投げかけています。このアカウントは、私の知り合いの女性のところに、面識がない(ネット上でのやりとりもない)にもかかわらず、いきなり「きみは詩人になりたいんじゃないか、電話をくれ」、「●●さんに会え」といった内容の――あるいは、その女性の友人への中傷なども含む――執拗かつ一方的で、馴れ馴れしく意味不明なメッセージを送り続ける迷惑行為を繰り返していました。

 累計メッセージは数十通に及ぶようです。女性の方は、ほぼ返事をしていないにも関わらず、それが止まらない。

 恐怖を感じた女性から相談を受け、ハラスメントやDVの被害者救援に関わった経験のある私が、「当人が嫌がっていることはやめなさい」という旨を連絡したところ、「了解しました」という旨の返事がありました。その後、様子を見ていたところ、案の定、貼り付けたツィートのような罵詈雑言が飛んできた次第です。

 被害者へのメッセージは保存してありますので、悪化する可能性があれば、しかるべき措置も検討します。

2018.08.13追記;

 本エントリに関しまして、「書肆ブン」(大谷良太氏)のご友人である、詩人の久谷雉氏から連絡を受けました。

 久谷氏は大谷氏と本件に関してやりとりを行い、大谷氏も問題ある行為だったと納得されたようで、「被害者女性と岡和田にはもう関わらないようにする、申し訳ない」という旨の謝罪を、久谷氏経由で頂戴しました。実際、上記リンク先の暴言ツィートも削除されています。

 謝罪に関しては受け入れる構えですが、念のため、しばらく様子を見たいと考えています。

2018-08-03

 これまで判明したエラッタ(誤植修正)を以下に示します。まことに申し訳ございません。

「TH(トーキング・ヘッズ叢書)No.73、75」掲載「山野浩一とその時代」エラッタ

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「TH(トーキング・ヘッズ叢書)No.73」掲載「山野浩一とその時代(3)」エラッタ

※本文、「菅秀実」と「菅秀美」で揺れていますが、「菅秀実」が正しい表記です。

「TH(トーキング・ヘッズ叢書)No.75」掲載「山野浩一とその時代(4)」エラッタ

・P.229、4段目

※『平凡社大百科事典』からの引用につき、最初の「2」(丸に2)を削除

・P.231、2段目

×人間中心主義を軽やかに配し

○人間中心主義を軽やかに排し

「北海道新聞」2018年6月17日掲載『近現代アイヌ文学史論』書評のエラッタ

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×近代アイヌ文学の嚆矢(こうし)として語られる山辺安之助の『あいぬ物語』(1913年)が25年、浅田幸政によりエスペラント語へ訳されていたと知った。

○近代アイヌ文学の先駆作として知られる武隈徳三郎『アイヌ物語』(1918年)が25年、浅田幸政によりエスペラント語へ訳されていたと知った。

2018-07-25

 「図書新聞」連載の文芸時評、ここ半年ばかり、Twitterのみで取り上げた作品リストを公開できておりませんでしたが、ようやくまとめることができました。

 「図書新聞」2018年1月20日号に「〈世界内戦〉の文芸時評 第三五回 拡張現実を過去にも適用する、「弱い」インターフェイス」が掲載

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 「図書新聞」2018年1月20日号に「〈世界内戦〉の文芸時評 第三五回 拡張現実を過去にも適用する、「弱い」インターフェイス」が掲載されました。今回は前置きなしで以下の作品――たくさんあります――を取り上げました。

・小山田浩子「家グモ」(「文學界」)

・小山鉄郎「又吉直樹論――創造と破壊の神々」(「文學界」)

・藤崎彩織(SEKAI NO OWARIのキーボード)『ふたご』(文藝春秋)

・宮内悠介「ディレイ・エフェクト」(「たべるのがおそい」)

・マルセル・シュオッブ「眠れる都」(西崎憲訳、「たべるのがおそい」)。

・沼田真佑「夭折の女子の顔」(「すばる」)

・国分拓「ノモレ 第一部 救世主の山へ」(「新潮」)

・古川日出男「おおきな森」(「群像」)

・ケン・セント・アンドレ「グリフィン・フェザーズ」(柘植めぐみ訳、「トンネル・ザ・トロール・マガジン」Vol.3、4)

・河粼秋子「南北海鳥異聞」(「小説すばる」)

・宮澤隆義「必然性の転移――三島由紀夫と武田泰淳」(「群像」一七年一二月号)

・浜崎洋介「観念的な、あまりに観念的な――戦後批評の「弱さ」について」(「すばる」)

・テッサ・モーリス-スズキ「アジア太平洋戦争における日本軍と連合国軍の「慰安婦」(『慰安婦問題の境界を越えて』(寿郎社))

・デボラ・E・リップシュタット×木村草太「否定論者を否定するには」(「すばる」)

・高行健「日本の読者へ いまこそ文芸復興を!」(関根謙訳、「三田文學」)

・劉暁波による妻・劉霞との往復詩編(訳 劉燕子、「三田文學」)

・笙野頼子「九月の白い薔薇――ヘイトカウンター」(「群像」)

・土橋芳美『痛みのペンリウク 囚われのアイヌ人骨』(草風館)

・植木哲也『新版 学問の暴力 アイヌ墓地はなぜあばかれたか』(春風社)

・山本貴光『文学問題(F+f)+』(幻戯書房)

・宇波彰『ラカン的思考』(作品社)

・山口直孝+橋本あゆみ+石橋正孝編『歴史の総合者として 大西巨人未刊行批評集成』(幻戯書房)

 また、小山田浩子「穴」、小松左京「地には平和を」『果てしなき流れの果に』、クァンタン(カンタン)・メイヤスー、高野秀行『巨流アマゾンを遡れ』、小島信夫「アメリカン・スクール」、大城立裕「カクテル・パーティー」、ジョン・バンヴィル『無限』等に言及。

「図書新聞」2018年2月17日号に、「〈世界内戦〉下の文芸時評 第三六回 「敵」としての文芸時評宣言」が掲載

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 「図書新聞」2018年2月17日号に、「〈世界内戦〉下の文芸時評 第三六回 「敵」としての文芸時評宣言」が掲載。連載3年目の最終回です。今回は、1990年代〜2000年代の福田和也の言説、そして西部邁の「自裁」や、山口敬之・三橋貴明らの性暴力を批判しつつ、以下の作品に触れています。

・福田和也『ヨーロッパの死 未完連載集』(青土社)

・綿野恵太「「右」に侵食される「左」――安倍政権という「あいまいなリベラル」」(「読書人」)、「原子力の神 吉本隆明の宮沢賢治(1)」(「メタポゾン」)ほか

・大西巨人「八つの消滅」(「メタポゾン」)

・東條慎生「「露骨な野蠻」と「優生學」」(「メタポゾン」)

・『柄谷行人書評集』(読書人)

・「文芸記者匿名座談会 2017年の収穫と2018年の展望」(「文學界」)

・近本洋一「意味の在処――丹下健三と日本近代」(すばるクリティーク賞受賞作)

・神谷光信『ポストコロニアル的視座より見た遠藤周作文学の研究―村松剛・辻邦生との比較において明らかにされた、異文化受容と対決の諸相―』(関西学院大学出版会)

・谷崎由依「追悼 赤染晶子 また会いたい」(「新潮」)

・蜷川泰司『スピノザの秋』(河出書房新社)

・マイケル・M・クルーン『ゲームライフ ぼくは黎明期のゲームに大事なことを教わった』(武藤陽生訳、みすず書房)

・瀬川深「主なき楽土」(「すばる」)

・芳川泰久「蛇淵まで」(「文學界」)

・四元康祐「奥の細道・前立腺」(「群像」)

・青木淳悟「水戸黄門は見た」(「群像」)

・吉田知子「カミノエ」(「しししし」)

・藤井貞和「「よく聞きなさい。すぐにここを出るのです。」――最後に語る神話」(「三田文學」)

 その他、ヘルマン・ブロッホ『ウェルギリウスの死』、マルグリット・ユルスナール『ハドリアヌス帝の回想』、近藤洋一『愛の徴(しるし)―天国の方角―』、C・S・ルイス『愛とアレゴリー』、神谷光信『マダム・プアゾン』、『評伝鷲巣繁男』などにも言及しました。

「図書新聞」の2018年3月17日号に「〈世界内戦〉下の文芸時評 第三七回 「制度」を強化させるための批評とは異なる道筋」が掲載

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 「図書新聞」の2018年3月17日号に「〈世界内戦〉下の文芸時評 第三七回 「制度」を強化させるための批評とは異なる道筋」が掲載されています。今回は文芸時評に期待される文壇的な役割と三浦瑠麗の「スリーパーセル」発言を批判しつつ、以下の作品を取り上げています。

・ブレイディみかこの新連載「ブロークン・ブリテンに聞け Listen to Broken Britain」(「群像」)

・黄英治「墓守り」(「労働者文学」)

・田中創「偽装のライン」(労働者文学賞佳作)

・筒井康隆「ダークナイト・ミッドナイト」(「文學界」)および「白笑疑」(「新潮」)

・宮内勝典の新連載「二千億の果実」(「文藝」)

・高原到「「日本近代文学」の敗戦――「夏の花」と『黒い雨』のはざまで」(「群像」)

・山城むつみ「カイセイエ――向井豊昭と鳩沢佐美夫」(「すばる」)

・石原千秋の文芸時評「五輪は敗者のためにある」(「産経新聞」)

 その他、大江健三郎『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』、ポール・ギルロイ『ブラック・アトランティック』、柄谷行人『日本近代文学の起源』、亀井秀雄『感性の変革』、川口隆行『原爆文学という問題領域(プロブレマティーク)』、向井豊昭「脱殻(カイセイエ)」についても言及いたしました。

「図書新聞」2018年4月21日号に、私の連載「〈世界内戦〉下の文芸時評 第三八回 「ボヴァリー夫人は私だ」と言うために」」が掲載

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 「図書新聞」2018年4月21日号に、私の連載「〈世界内戦〉下の文芸時評 第三八回 「ボヴァリー夫人は私だ」と言うために」」が掲載。今回は政治とネトウヨ、極右メディアの野合による科研費バッシングへのカウンター言説を構築し、ハラスメントと戦う牟田和恵を評価。さらには、以下の作品を取り上げています。

・笙野頼子「「フェミニズム」から遠く離れて」(北原みのり責任編集『日本のフェミニズム』、河出書房新社)

・市原佐都子「マミトの天使」(「悲劇喜劇」)

・樺山三英「団地妻B」(「すばる)

・樺山三英「団地の文学史」(「層 映像と表現」)

 今回は言及作品数を絞って(読んだ冊数自体は変わりませんが」、あえて議論を掘り下げました。もう、連載も4年目ですからね。

 その他、名前が出てくるのは、クロード・シモン、ナタリー・サロート、トーマス・ベルンハルト、蓮實重彦『凡庸さについてお話させていただきます』、『「ボヴァリー夫人」』論、フェデリコ・フェリーニ『道化師』、原武史『滝山コミューン1974』、山野浩一『花と機械とゲシタルト』など。

 また、これは同号の別記事ですが、草場純さんによる『日本伝承遊び事典』(黎明書房)の書評「一般的な遊びを通時的に見ることができる」を監修いたしました。草場純さんの遊び観が、よくわかる批評になっています。

「図書新聞」2018年5月19日号に「〈世界内戦〉下の文芸時評 第三九回 収容所のエクリチュールという「路地」」が掲載

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 「図書新聞」2018年5月19日号に「〈世界内戦〉下の文芸時評 第三九回 収容所のエクリチュールという「路地」」が掲載されます。今回は、東日本入国管理センターというインド人の自死を招いた「収容所」、ヴェトナム人技能実習生に除染作業をさせたことを批判、以下の作品を論じています。

・馬場彩香「「お金」と生きる――あるベトナム人技能実習生の語りから――」(「語りの地平 ライフストーリー研究」)

・新井かおり「アイヌ近現代史の諸断層――貝沢正の未発表原稿に見る幼年期の記憶を中心に――」(「語りの地平」)

・駱英詩集『文革記憶――現代民謡』(竹内新訳、思潮社)

・山本貴光「季評 文態百版」(「文藝」)

・ドン・デリーロ「痒み」(都甲幸治訳、「新潮」二〇一八年四月号)

・陣野俊史「泥海」(「文藝」)

・横田創『落しもの』(書肆汽水域)

・片岡大右「薔薇色をどうするか」への序説――モノクロームの世界のなかの金井美恵子」(「早稲田文学」)

 その他、木村友祐「国際救援センター(八潮)壁の向こうへ」、野田サトル『ゴールデンカムイ』、小川哲『ゲームの王国』、樺山三英「団地妻B」、J・G・バラード『クラッシュ』、横田創『(世界記録)』、『裸のカフェ』、『埋葬』などにも触れています。

「図書新聞」の2018年6月23日号に、「〈世界内戦〉下の文芸時評 第四〇回 「天皇」と「アメリカ」の狭間を埋める歴史」が掲載

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 「図書新聞」の2018年6月23日号に、「〈世界内戦〉下の文芸時評 第四〇回 「天皇」と「アメリカ」の狭間を埋める歴史」が掲載されました。今回は、「“セクハラ罪”という罪は存在しない」という閣議決定を批判しつつ、以下の作品を取り上げています。

・倉橋耕平『歴史修正主義とサブカルチャー 90年代保守言説のメディア文化』(青弓社)

・白井聡『国体論 菊と星条旗』(集英社新書)

・佐藤泉『一九五〇年代、批評の政治学』(中央公論新社)

・ブレイディみかこ×松尾匡×北田暁大『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』(亜紀書房)

・浅木原忍+大森滋樹/葉音+谷口文威+柄刀一+松本寛大/司会・諸岡卓真「座談会 ミステリと評論の間」(『日本探偵小説を知る 一五〇年の愉楽』、北海道大学出版会)

・池田純一「映画から動画へ――「スター・ウォーズ」の40年史」(「新潮」)

・古川日出男『ミライミライ』(新潮社)

・古川日出男×佐々木敦「エクストリームなミライへ」(「新潮」二〇一八年四月号)

・高山羽根子「オブジェクタム」(「小説トリッパー」)

・小暮夕紀子「タイガー理髪店心中」(林芙美子文学賞受賞作、「小説トリッパー」)

・絹谷朱美「光路」(林芙美子文学賞佳作、「小説トリッパー」)

・佐藤述人「ツキヒツジの夜になる」(三田文學新人賞受賞作)

・桜井晴也「くだけちるかもしれないと思った音」(「三田文學」)

・春見朔子「転写か翻訳」(「すばる」)

・谷崎由依「藁の王」(「新潮」)

・谷崎由依「遠の眠りの」(「すばる」)

・勝又泰洋「ラウィーニアの物語は終わらない――『ラウィーニア』と『アエネーイス』をめぐる試論」(「ユリイカ 特集 アーシュラ・K・ル=グウィンの世界――1929-2018」)

 その他、マイクル・スタックポールの『スター・ウォーズ』小説、フレイザー『金枝篇』初版などについても触れました。

「図書新聞」2018年7月14日号に、「〈世界内戦〉下の文芸時評 第41回 反ポリティカル・コレクトネスの終焉」が掲載

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 「図書新聞」2018年7月14日号に、「〈世界内戦〉下の文芸時評 第四一回 反ポリティカル・コレクトネスの終焉」が掲載されました。今回は大きく紙幅を割いて早大セクハラ問題と北条裕子「美しい顔」問題を論じています。紙媒体での文芸記事では早い方かと思います。その他の言及作品は以下。

・古川真人「窓」(「新朝」)

・神谷光信『遠藤周作とフランツ・ファノン』(デザインエッグ社)

・大田陵史「地下鉄クエスト」(「たべるのがおそい」)

・村上春樹「三つの短い話」(「文學界」)

・松浦寿輝「途中の茶店の怪あるいは秋の川辺の葦原になぜいきなり断崖が現出するのか」(「文學界」)

・野村喜和夫『骨なしオデュッセイア』(幻戯書房)

2018-07-24

2018年6月の仕事

| 2018年6月の仕事を含むブックマーク 2018年6月の仕事のブックマークコメント

・【イベント】「『アドバンスト・ファイティング・ファンタジー第二版』のゲームマスター」、2018年6月2日(第11回TRPG文華祭、主催:TRPG文華館、鳳明館森川別館)

・【イベント】「ゲスト・トークショー出演」、2018年6月2日(第11回TRPG文華祭、主催:TRPG文華館、鳳明館森川別館)

・【イベント】「『エクリプス・フェイズ』のゲームマスター」、2018年6月3日(第11回TRPG文華祭、主催:TRPG文華館、鳳明館森川別館)

・【大学講義】「東海大学文芸創作学科 【幻想文学・ゲーム論】第8回」(2018年6月6日)

・【大学講義】「東海大学文芸創作学科 【SF論】第8回」(2018年6月6日)

・【批評】「ヴィクトリア朝精神史の表層と深層を同時に追究 吸血鬼ドラキュラと切り裂きジャックを壮大に組み合わせた「コンセンサス・ワールド」――キム・ニューマン『ドラキュラ紀元一八八八』書評」(「図書新聞」2018年6月16日号)

・【大学講義】「東海大学文芸創作学科 【幻想文学・ゲーム論】第9回」(2018年6月13日)

・【大学講義】「東海大学文芸創作学科 【SF論】第9回」(2018年6月13日)

・【イベント】「『パラノイア【ハイプログラマーズ】」のゲームマスター(2018年6月14日、コンセプトワークショップ)

・【共著】【批評】「『プリズナーNo.6』の解釈学」(尾之上浩司編『『プリズナーNo.6』完全読本』、洋泉社、2018年6月)

・【監修】朱鷺田祐介・岡和田晃・待兼音二郎「『エクリプス・フェイズ』入門シナリオ&運用ガイド「モーツァルト・プロトコル」(「Role&Roll」Vol.165、新紀元社)

・【監修】待兼音二郎・見田航介「戦鎚傭兵団の中世“非”幻想事典」の第45回「中世のG7? 群雄割拠の神聖ローマ帝国」(「Role&Roll」Vol.165、新紀元社)

・【批評】「黙殺された作品 網羅的に論評 須田茂『近現代アイヌ文学史論』書評」(「北海道新聞」2018年6月17日号)

・【批評】「〈世界内戦〉下の文芸時評 第四〇回 「天皇」と「アメリカ」の狭間を埋める歴史」(「図書新聞」2018年6月23日号)

・【紹介】「月刊アナログゲーム情報書籍「Role & Roll」Vol.164「『エクリプス・フェイズ』入門シナリオ&運用ガイド 天王星系の粘液ゾンビ」」(「SF Prologue Wave」2018年5月20日号)

・【出演】「東海大学文化社会学部2018年度パンフレット」

・【大学講義】「東海大学文芸創作学科 【幻想文学・ゲーム論】第10回」(2018年6月20日)

・【大学講義】「東海大学文芸創作学科 【SF論】第10回」(2018年6月20日)

・【紹介】「山野浩一氏追悼パネル」(「週刊読書人」2018年6月29日号)

2018-06-21

「ゲンロン8 ゲームの時代」の間違いの指摘

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 「ゲンロン8 ゲームの時代」、少なくとも、冒頭部の共同討議「メディアミックスからパチンコへ」は無理のある内容です。それについて、具体的な指摘を求める声がありましたので、以下、クリティカルなものに絞ってまとめました。公正を期すため、この原稿は「ゲンロン友の会公式アカウント」(https://twitter.com/genroninfo)にも送ります。



 株式会社ゲンロン御中


 岡和田晃と申します。 「ゲンロン8 ゲームの時代」所収の共同討議の具体的な間違い、代表的なものを指摘します。

 「出版とゲームが交差したJRPG」(https://genron-tomonokai.com/genron8sp/no1/)の章で、東浩紀氏は、「なぜ北米ではJRPGのような「物語的」で「文学的」なゲームが生み出されなかったのか(……)日本のメディアミックスはそもそもが出版社が主導です。メディアミックスがゲームのコンテンツを支配していたというのは、つまりある時期まで「出版の想像力」がコンテンツを支配していたということです。(……)けれどそんな環境は北米にはなかった。」と述べています。

 これは明確な間違いです。

 そもそも、世界初のRPGであり、『ウルティマ』や『ウィザードリィ』等のコンピュータRPGへ規範を提供した『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の発売元・TSR社は、「JRPG」の誕生のはるか前から、ゲームを出版という形で提示していました。

 それ以前、シミュレーション・ウォーゲームも多くは出版という形で流通しており、そのようなスタイルが定着していました。

 英語圏のSF文壇やファンダムとも、長らく相互に影響関係があります。

 『ドラゴンランス』をはじめ、小説などとの自覚的連動も早い段階から進められており、「そんな環境は北米にはなかった」という断言には、控えめに言っても無理があります。もちろん、TSR社だけではなく、世界で2番めのRPG『トンネルズ&トロールズ』を出したフライング・バッファロー社をはじめ、多くの他社が同様の試みを行っております。

 ゆえに、そもそも北米で作られた段階からRPGは「物語的」で「文学的」な作品が多数あります。そして、こうした試みは、コンピュータRPGの歴史を語るうえで切り離すことはできません。

 以上は、私自身が「SFマガジン」2018年6月号(早川書房)の「『恐怖の墓所』のその先へ」などの原稿で長らく書いてきたことでもありますが、公正を期すため、拙稿以外の代表的な典拠を以下にあげます。英語文献・日本語文献を双方提示します。

・Appelcline,Shannon 『Designers & Dragons』(Evil Hat Productions,2015)

・Peterson,Jon『Playing at the World』(Unreason Press,2012)

・Schick, Lawrence『Heroic Worlds』(Prometheus Books,1991)

・高梨俊一ほか『パラノイア非史1984-2016 および パラノイアに至るRPG の歴史 1974-1984』(CompNodes、2016)

・マイケル・ウィットワー『最初のRPGを作った男 ゲイリー・ガイギャックス』(ボーンデジタル、邦訳2016)

・ブラッド・キングほか『ダンジョンズ&ドリーマーズ』(ソフトバンククリエイティブ、邦訳2003)

・多摩豊『次世代RPGはこーなる!』(電撃ゲーム文庫、1995)

 北米におけるゲーム出版史を無視し、「JRPGは純粋なゲーム史から出てきたものではなく、ゲームと出版が交差する場所から生まれたハイブリッドなジャンル」と言い張ることはできません。

 そもそも「JRPG」に限らず、「RPG」自体のルーツが「ゲームと出版が交差する場所から生れたハイブリッドなジャンル」だからです。

 このように歴史的前提が間違っているにも関わらず、「今日の共同討議の結論は出た気がするな(笑)」と話を進めるため、以後、「JRPG」に関する東氏のコメントが、少なからず見当外れなものになっています。

 「テーブルトークRPG」と「文学」や他メディアとの関係史を綴り、また関連した翻訳・創作・批評に携わる者として、学術や社会批評の装いをもった商業媒体で上記のような事実誤認が流布されるのは看過できず、具体的な指摘とさせていただきました。


 2018年6月21日 岡和田晃


※2018年6月23日 一部の誤記を訂正しました。また、ピンと来ない方のために解説しますと、今回「ゲンロン8」の共同討議で東浩紀氏が述べていたことは、「夏目漱石の小説はイギリス文学に影響を受けていない。イギリスに出版環境がなく「文学」と呼べるほどの小説も生まれなかった。文学は日本で発展して、価値を得た」みたいなレベルです。さらに言えば、見る人が見ればわかると思いますが、「TRPG業界人が身内を守るためになんか言っている」というアングルを作られないため、言及文献を調整しています。