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大化の改新

一般

大化の改新

たいかのかいしん

●645年6月に中大兄皇子中臣鎌足と共に蘇我入鹿を殺す「乙巳の変」〔イツシのヘン〕より始まる。

●この後、子を殺された蘇我蝦夷が自宅に放火して焼身自殺

●この蘇我氏打倒に始まる一連の政治改革のことを「大化の改新」(大化改新)という。

●実際、中国前漢に始まる紀年法年号としてその第1号を「大化」と定め、今日の「平成」にまで連綿と続いている*1

氏姓制度の弊を打破し、唐の律令制を基に天皇中心の中央集権国家の樹立を目指した。

*1:ただし7世紀中は元号制度は定着せず、連続しているのは701年制定の「大宝」以降。