元禄16年4月5日。竹腰伝治郎傳(守役)大田文右衛門組足軽丹羽九太夫子に丹羽半六という町人がいた。龍泉寺を参り、酒に酔っぱらってしまう。申刻(午後3時)前に帰途につくが、大曽根坂下辻井辺りで脇差が抜け落ちた。急いで差そうとして腹を突いてしまい、さらにその上に倒れて死んでしまう。碓氷清左衛門馬医弟子の吉渥権九郎弟の浪人がいた。近頃、御園で小声で両替すると言いながら中へと入った。銭800文を袖に入れた。中から見ていてこれを咎めると、両替するのだと逆らってきた。町奉行へ連絡すると、足軽がやってきて捕まえて牢に入る。後に追放する。少し前、博奕の取り調べがあり、御器所村龍興寺の弟子2人が逐電する。御器所…