京の都・邪道を行く

2006-12-14 京都国際マンガミュージアム

 今朝、化粧しながらテレビ見てたら、「京都国際マンガミュージアム」http://www.kyotomm.com/の紹介していましてね。へーっ、こんなんできたんやーって見入ってたのです。

 もともと京都にある京都精華大学って学校にはマンガ学科があるのは知ってたんですけどね。竹宮恵子とかが講師してて。そこの図書館はかなりマンガが充実してるとは聞いてましたのよ。

 ほんで今度新しく、その精華大学と文化庁京都市によって「国際マンガミュージアム」が、昔の小学校の校舎を利用して作られたそうな。京都の昔の小学校の校舎ってのは、デザインがなかなかよくていろんなことに利用されているのですよね。

 テレビ見てたら、入館料払えば相当な数のマンガが読み放題で、研究室とか資料室もあって、いろんなマンガ雑誌の創刊号とかも所蔵してあるらしい。だから本当に「マンガという文化」の資料館であり記念館らしいのね。ちなみに館長は養老孟司先生。

 特別展示(今は世界のマンガ展)とかシンポジウム(次回のゲストは諸星大二郎先生)も開かれるみたいですの。

 京都にこういうのが出来たのはいいんだけど、足踏み入れちゃうと出てこれなくなりそうでかなわんなぁ。うわっ、でも行きたいっ。500円で一日読み放題だしよっ。

 そういいつつ現在、私は、ほとんとマンガを読まないし、今のマンガは知らないのですよ。なんでなんだろう。手を出したらキリがなくて時間を食われるのが嫌とかもあるんだけど。大体、読書自体、京都日本史の本以外はあんまり読まなくて本屋の新刊本コーナーなどにも行かなくなった。

 私の家は仕事の関係で(本屋ではないのですが)メジャーなマンガ雑誌(ジャンプとか、マガジンとか、チャンピオンとか、りぼんなかよし、そういう系)が置いてあったので、かなり小さい頃からマンガを読むのが習慣だったんですね。つっても、私と弟だけか。妹達は読まなかったなあ。で、親戚のお姉さんが相当なマンガコレクターで、彼女の家には「マンガ部屋」というものがあって部屋の壁一面の本棚にマンガがあったのです。そこに出入りして全部読んだなぁ。ベルばらとか、デビルマンもあったし、ドカベンとか、パタリロとか、ガラスの仮面とか、ジャンル無茶苦茶だけど、有名なのは、ほとんどあったんじゃないかな。その親戚のお姉さんは後に上京してアニメーターになった。もう亡くなられたんだけど。当時は私は小学生だったし、そういう言葉もなかったんだけど、彼女は「オタク」だったんでしょうね。

 今思うと、マンガに関してはエライ恵まれた状況にいたのですね。今更ながら。

 弟は絵の道目指してたし私もある時までは漫画家になりたいとかぼんやり思ってたなぁ。だからと言って何もしてないのですが。昔から女体の絵しか描かなかったけどよ、、、。知り合いに頼まれてパンフレットとかのイラストとかはよく描いていたのですけどね。

 でも、いつのまにか、ほとんとマンガを読まなくなった。理由は自分でもよくわからんが。読めばおもしろいと思うんがだ探さなくなったな。その場にあれば読むって程度かなぁ。

 しかし改めて思うと、子供の頃はホンマにマンガに恵まれてたなぁ。特に私は外で人と遊ぶのが嫌いな暗いガキだったので(今でもそうなんだけど)マンガばっかり読んでたなぁ。


 そういえば先日、同業の新人の娘と話をしてて、歴史の勉強は、どうすればいいのかと聞かれたのですよ。私なんかガイドとしてはホンマにキャリアも無くって駄目駄目で(そのことでこの秋相当まいったよ)人にアドバイスとか出来る立場ではないんですけどね。いえ、これは謙遜してるんじゃなくってマジに。

 京都奈良は勿論なんだけど、やっぱり案内業してて「歴史」ってのは避けて通れないものなので、苦手な人はホンマ難儀してるみたいやし。

 だからと言って、興味や基本的な知識のない人がいきなり歴史がどうのこうの勉強しても頭に入りにくいし、テキストの字面をなぞるだけでは、語ることができない。しかも年配のお客さんなんかは、絶対にワシらより「歴史」詳しいわけなんですよ。受けてきた教育が違うし大河ドラマとか見てるしよ。だから難しいんですよね、そういう人相手に「歴史」を語るのは。

 ほんで、マンガ読めばいいみたいなことを私は、その娘に言ったんですよ。マンガの方が頭に入りやすいし、小説より短時間で読めるからって。ベテランの人は眉を潜める邪道勉強方かも知れないけどさ。マンガを馬鹿にする人は、するからね。ちなみに私の最初の男もマンガ嫌いだった。子供の読むモンだからって。てめぇの思考回路や社会性の無さの方がガキやっちゅうねん、と、今なら思うけどよ。

 勧めたのは、

 山岸涼子の「日出処の天子」。

 聖徳太子ゲイだけど(笑)、基本的な仏教伝来辺りから蘇我物部の抗争、蘇我氏のポジションと推古女帝あたりまでの基本的な歴史の流れは忠実だから、それが頭に入ると奈良法隆寺、飛鳥周辺の案内は強くなると思う。ほんで山岸涼子先生のマンガはその他にも古事記を題材にしたモノが多いですしね。やはり古事記っていうのは基本的におさえるべきモンやから。

 私も法隆寺行く度に、「聖徳太子ゲイ説」とか言いたくなってね、、、言いませんけどね、、、、でも行く度に考えてますよ。

 もともとこのマンガ自体が山岸先生が梅原猛の画期的な法隆寺論「隠された十字架」を読んで描かれたものらしいですね。「隠された十字架」は、そうと知る以前に読んでたんですけど。「法隆寺聖徳太子怨霊の為に作られた鎮魂の寺である」という説なんです。その根拠も述べてあるし、「日出処の天子」とセットで読むと、おもしろさが増します。



 里中満智子の「天上の虹」。

 大化の改心で蘇我氏を滅ぼした天智天皇中大兄皇子)の娘であり、天武天皇(大海人皇子)の后である持統天皇が主人公なので、奈良薬師寺やら大和三山、あと滋賀県大津(ここは天智帝が都を開いた場所)、あと滋賀県の蒲生野(天武帝と額田王の相聞歌の場所)、京都山科(天智帝陵がある)そうだ、大津皇子とかも出てくるから奈良二上山とか、活用できる場所は、かなり多いのです。


 大和和紀の「あさきゆめみし」。

 源氏物語がかなり忠実に描かれてるから、京都紫野の紫式部の墓、滋賀石山寺紫式部源氏の構想を練った場所)、舞台となった京都御所宇治十帖の舞台となった京都府宇治市、「明石の巻」の舞台となった兵庫県明石とか。

 

 上記のマンガは、ガイド業の役に立つよーってお姉さんは、偉そうに、その娘に教えたわけです。で、上記のマンガなんか、かなりメジャー処だと思ってたんだけど、その娘(20代半ば)は全然聞いたことがないようでした。そういうもんなのか。まあ私も最近のマンガ知らんし、知っても消化できねーけどよ。

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2006-12-12 届けたい京都がある

なんとか観光シーズンも落ち着いて一息ということですが、全然更新してないので、京都のお気に入りの老舗(以前書いたのとダブるんですが)いろいろ紹介しときます。


 本田味噌の一わん味噌汁http://www.honda-miso.co.jp/order/order2.html

 これは一人分の味噌とダシと具が最中の中に入っていて熱湯をかけて食べる要するにインスタント味噌汁なんですよ。お手軽だから私はいつも常備しています。

 この本田味噌さんというお店は江戸時代から続く所謂「京都の老舗」の味噌屋さんです。こちらのお店が「美味しいお味噌を手軽に味わって貰おう」と考案されたのがこの一碗味噌汁なんでございますよ。「老舗」だけど値段も全然高価じゃない。金運の無さと男運の無さだけは自慢できる私が常備してるくらいやからね!(自分で言ってて哀しくなります)


 

 「自分達の作る良いモノを手軽に味わっていただくために。」

 この姿勢が好きなんですよ。「京都の老舗」って、だけで、ちょっと引いちゃうとこありません?貧乏性の私だけ?「京都の老舗の味噌」を、一袋いきなり買うのは躊躇するけど、この一碗味噌汁なら普段料理する習慣の無い人でもお手軽に味わえる。

 これは、このお店が「届けよう」と、しているからです。永きに渡って作り続けてきた自信のあるモノを、できるだけ多くの人に届けようとしている姿勢ですよね。現実問題、そうしないと生き残っていけないと思うんです、今の世の中では。

 うちらは老舗どすので、お客さんを選びますという姿勢では生き残っていけないし、質の良いモノを作っているのだから、宣伝しなくても客が来るとかいう考えは傲慢だと思う。それが良いモノがどうかは客が決めるモノなんだから。良いものだからこそ作り手に敬意を払う。それが作り手と客の正しい関係だと思う。


 だって、知らないもの。いくら良いモノを作っていようが、マニアックにその世界の情報を集めている人しか知らなくて、その人達にだけ要求されて褒められてるのって、すげぇー世界が狭いし広がりが無いし作る側として面白くないことやと思うのです。それで満足ですと言われれば、それまでなのですが。

 でも「良いモノ」を作ったからこそ、自信があるからこそ、いろんな人に味わって貰いたい、普段老舗の味噌を「絶対高価だろう」と敬遠する人達にこそ、味わって「美味しい」と言って貰いたいというのは、作る人間の全うで正しい欲望だと私は思うのです。

 それが「届ける」ことだと思う。

 京都ってところは、まあ、そら、いろんなことをやっていて、それを「商売上手」だとか「金儲けが上手い」とか、そういう良くないニュアンスで批評する人も少なくない。確かにそういう部分はあります。お寺の拝観料の高さとか駐車料金の高さとかアタマくるもん。高くてマズい店(観光客向けにね)も非常に多い。

 ただ「金儲けが上手い」とか「宣伝上手」とか、そういう捕らえ方も出来るけれども、「届けようとしている」部分もあると思うのです。

 「良いモノ」だから「自信のあるモノ」だから、いろんな人に届けたい。それには、どうすればいいかと手段を考える。それは、「宣伝」という言葉で片付けるのとはまた違う「作り手の。まっとうな欲望」が存在すると思うのです。

 いくつか紹介しておきますね。そういう例を。って、私が勝手にそう解釈してるだけなんですけどね。


京豆腐藤野http://www.kyotofu.co.jp/top.html

 ここの豆乳のケーキ類とかは激美味。これが豆乳??って思う濃厚さです。あと豆乳ドーナツとか豆乳ソフトクリーム。今は知らないけど、以前はバレンタインにピンクのハート型豆腐売り出してました。若い女の娘に豆腐ファンを確実に増やしていると思う。東京にも支店あり。



清水七味屋本舗http://www.shichimiya.co.jp/

 七味の風味が素晴らしいのは間違いないのですが(ここも老舗なんだけどお値段が非常にお手ごろなのですね)七味入りのチーズとか、七味屋ベビースターラーメンとか、七味屋ポテトチップスとか出てる。HPでいろんなレシピ載ってて参考になります。



京漬物 西利http://www.nishiri.co.jp/

 いろんな漬物があるのですが、ここの西本願寺前の本店では団体客なら漬物の試食にワインと用意してくれるのです。無料ですよ。団体客のみだと思うけれども。ワインと共に味わって「京都の漬物」の幅の広さと深みを味わって頂きたいとのことです。


 食べ物以外では今、古い着物の生地を利用してアクセサリーなどもあちこちで売ってるのですが、和ちりめんを使ったアクセサリーとか小物など、とにかくちりめん尽くしのこんな店があります。


ちりめん細工館http://www.chirimenzaikukan.com/

 すげぇー可愛いんですよ。ちりめんって、こんなに魅力的な素材だったのかと再発見。今ならクリスマスグッズ売ってます。ちりめん細工の。


 お寺に行って目に付くのが「お寺グッズ」。その寺のオリジナル香とか、仏像とかのクリアファイルとかストラップとか。三十三間堂の「風神雷神」グッズなんて、めっちゃカッコよかったです。あと、比叡山の元三大師の護符もhttp://www.to-ku.co.jp/_osanpo/ganzandaishiとか、、好き、、、なんかこのキャラが凄く好きなの、一目惚れ。部屋に貼らねば。


 それとシーズンオフの企画として今現在、嵐山花灯路なんてのもやってます。http://www.hanatouro.jp/

 3月には東山でやるみたい。夏は高台寺http://www.kodaiji.com/で夜間クラッシックのミニコンサートやってて、(拝観料のみです)ライトアップされたお庭を見ながら生演奏を聴くのは良かったですよ。高台寺は、いろんな企画をやるのでHPはマメにチェックします。


 こういう「届けようとする」ことを、宣伝とか金儲けって捉えると(確かにそうなんだけど、でも大切なことなのは間違いない)いやらしく聞こえる時もあるんですが、問題は「下品」にならないように「届けようとする」ことだと思うんですね。要するにホンマに品性の問題だと思う。あくまで「良さ」を失わず、媚びず、へつらわず、いろんな人に届けようとすること。媚びず良さを失わず誇りを持ったまま、それが出来るかどうか、それが「品性」だと思うのです。

 

 つまりは馬鹿高い値段を、ここぞと言うばかりに付けるのは「下品」だと思う。安くすればいいというものじゃないけど、誰にでも手の届く範囲で良いモノを届けること。


 それは、どんな商売でも一緒じゃないかしらねぇと思うのでありました。

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2006-11-23 大原

 大原三千院紅葉は、まさに太平記のフレーズ「紅葉の錦、着て帰る」でした。

 大原というところは好きな場所です。京都の山の中の静かな場所ですが、本当に京都らしい場所がここに残っていると思えます。大原といえば「京都〜♪大原三千院〜恋に破れた女が一人〜♪」とデューク・エイセスが歌っているのはご存知の方も多いと思います。

 また大原といえば、寂光院というお寺があります。このお寺は「平家物語」のラストシーンの「大原御幸」の舞台ともなっております。「大原御幸」、そして「平家物語」、これについては、また改めてきちんと書きたいと思います。「平家物語」って、すさまじく、いい話です。

平家物語」は仏教文学だと言われますが、この物語全体に流れるのは仏教の説く「無常感」です。まさに諸行無常

 仏教では「人は何故苦しむのか」ということを常に考えております。なんで苦しむんでしょうね。それは苦しみたいから苦しんでいるんでしょう。困ったもんですね。

 私は特定の宗教信仰してはいないのですが、思想としての仏教に非常に興味があります。時間が出来たら、もっと仏教について学びたいという気持ちが日に日に強くなっております。

 「人はなぜ苦しむのか」

 苦しまなくていいことで苦しんでいる時があります。自分で自分を追い詰めてしまったり。しかし私は、もう、そういう苦行のような人生を送りたくはないのです。

 どうしたら、苦しまずに生きていけるか。まず、それを第一に考えていたい。

 世の中にはマイナスの波動を出す人やモノが溢れています。若い子が、あんなに簡単に自殺するのは、世の中に「生きていたって、何もいいことないよ。」というマイナスの波動を出すものが溢れているので、心が弱くなってしまった時に、そっちの世界に引きずられてしまうからではないのでしょうか。

 辛いことや哀しいことに遭遇するのなんて当たり前の話です。絶望なんて、しょっちゅうします。生きているのが嫌になるのなんて、本当にしょっちゅう。それは皆、そうなんじゃないでしょうか。正常な神経を持っている人間ならば、誰でも。

 友人が「世の中には強い人なんていない。居るとすればそれは、鈍い人だ」と名言を吐きましたが、まさにその通りだと思います。

 

 弱い人間が、どうすれば苦しまずに生きていけるか。いや、苦しまずに生きていくのは無理だ。だからその苦しみを、どうするか、です。

 さて、どうするか。

 とりあえず、私は仕事仕事で自分が思うより疲れているようなのです。しかも慣れない状況に居るので。

 今とにかくしたいことは、本が読みたい、映画が見たい、旅行がしたい。心の栄養が欲しい。書きたいことだって、たくさんあるのに、行きたい場所だって、たくさんあるのに。

 しかしこんな状況もあとちょっと。紅葉の盛りが終われば生活も落ち着くと思う。

 しかし追い詰められていいこともあるのです。本当に自分の望むものが見えてくる。切羽詰んないと、わかんないこともある。

 世の中には、まだまだ楽しいことはたくさんあるんだから、ここで死んでたまるかってんだよ。クソみてぇな、マイナス波動だしまくりの腐った世界を、生きのびて笑って踏み潰してやれ。

 これから出会える、全ての快楽の為に、生きのびろ。

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2006-10-31 観光シーズン突入

 な、わけでして、連日本業に勤しんでいろんなところに言っているのですが。

 こういう「観光」仕事をしていてなんなんですが、お寺というところは「観光」に行くところではないと思います。

 そういうことは、薄々とわかっていたことですが、「観光」仕事をしている自分に大いなる矛盾を感じていまして、なんか、自分の「仕事」は間違っているんじゃないかという思いが日々強くなっております。

 お寺というところは本来は、ゾロゾロと騒がしいお子様達や、写真を撮るためだけに、「有名な場所にとりあえず来た」そして、「文句を言いたい」人達の来るところじゃない。

 救いを得る為に人が訪れる「信仰」の場所だと思うのです。

 最近わりと、滋賀県の山の中にあるような寺に行ったりもするのですが、滋賀県の寺はいいよ!

 観光地化されてないからね。

 来月は紅葉シーズンで人だらけの異常な状態の京都に行く機会が多くなりそうだけど、ますます京都を嫌いになってしまいそうだ。

 そんなわけで、最近ますます「出家」を考えるわたくし。いや、根性無しだから実際はできないけど、自分はどうなりたいのかと考えたときに、私は「西行」になりたいという結論に達したわけです。

 しかし、「西行」になりたくても、そうなれなかった高杉晋作が、自らを「東行」と称したように、私も「東行」にならざるを得ないのかなぁと思うと、なんかちょっとちょっとね。

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2006-10-14 神護寺の参道ライトアップ

 前回のシリーズ、ほっといてなんですが。

 今月22日まで、高雄神護寺が夜の参道ライトアップhttp://www.kyo-takao.com/lightup/index.htmlしています。

 神護寺の境内には入れません。暗いし。

高雄の駐車場から清滝川のとこまでの参道の灯篭に夜の18時から灯りがつけられて、緑の高雄紅葉が灯篭の明かりに映えて、いいです。

 清滝川沿いで、ミニコンサートしてます。和楽器の。勿論無料。


 灯篭の明かりにぼんやりと照らされた参道と、青い紅葉と、琴や尺八の響き。すげぇいいっすよ。

 そういえば、目の前に、熟年不倫(おそらく)カップルが手をつないでラブラブで歩いてたな。

 でも、なんだか、そのカップルが、なんかホンマにラブラブムードでね、いわくつきのカップルっぽいとは思いつつ、「恋してる!」って、雰囲気がちょっと羨ましかったですわ。人から見れば、どうであれ、とても幸せそうで。

 美しい景色を好きな人と共有してる幸せって、雰囲気でね。

 一人であちこち行くのも好きだけど、そうして同じ感覚を持った人と、美しい景色を共有するというのもいいんじゃないかと思いました。あたりまえのことか、、、


 と、いうわけで、高雄の参道ライトアップは、とてもお勧めなのですが、、、、、



 残念だったのは。

 近くにあるホテルの送迎のマイクロバスの行き来するエンジン音がうるさかったこと。そのホテルの人が客を誘導する声がうるさかったこと。ツアー客のオバサンの笑い声がうるさかったこと。どうして目の前で音楽が演奏されてて、何人もがそれに聴きいって、音楽と川の流れと幻想的な光景に酔おうとしているのに、その場でくっちゃべって下品な笑い声たてるかね。

 だから団体客は嫌いなんだ、とか言うと、私の仕事は成立しないわけだが。

「和の心」というのは、「静寂」さじゃないでしょうか。

 そうして、私は、やっぱり人嫌いになる。

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