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Rays Of Gravity

2015-12-17

My Private Best 30 Discs 2015

2015年は世界の現実がより峻厳になってゆく中で、カルチャーの強度をもう一度、見直し、古典を捲りながら、同時に、そこへアクセスできる権利が誰もが持てるようになっている”よう”で、「都市(中心部)」はよりヴァーチャルに、排除のための第三者の壁を設定していくような錯視性も憶え、そこで意味を持つ音楽の内奥によりドリーミーに、ロマンティックなものを求めたような気がします。政治、経済、環境、民族間問題、エネルギー、資源…未来への課題群が増えるばかりでしたが、シビアな状況にはシリアスなものというのも留保するとしまして、やはり「合わせ鏡」として、分かりやすく、刺激的で盛り上がる音楽は、「解り難い、現実の多様性」への理解幅を狭めてしまう可能性があるからで、刹那を縁取るといいますより、国境を越えやすくなった分だけ、漂白された問いではなく、国境を越えたあとを夢想させるような先の、鉄条網の前で響く音楽の意味を考えました。要は、サステナビリティのための答えを考えるための問いを作る段階。

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そうなってきますと、自然と音が持つ”発語の可能性”といいますより、”再想、対話の可能性”に連結する感情の内側には、新しいノスタルジア人工知能が発展し、テクノロジーが極度に人間の肉体性をときに奪う中での創造/想像性を刺激し、宥める、そんな緻密な音楽が適応するものが多く、その音楽の中で、十二分にこれからの「春」の季節の芽吹き、春を越えての行列の中で迷わない術に意味を馳せるという所作が出てきました。

この三十枚は、アクチュアルな意味で、何らかの古典の再解釈を挑んだり、それぞれにキャリアを重ね、行きついた闊達さ、現代音楽的要素を組み込んだオルタナティヴ・ミュージック、ポップな無国籍性を含んだものを選びましたのも、まだ終わり切れない2015年がその先にも続いてゆく“続き”のための文脈がありました。2015年の同時代性を帯びながら、ずっと再発見されるだろう何かとしましても。

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マックス・リヒターは、8時間の睡眠をテーマにしたアンビエント・ミュージックでもない、悠遠な作品を作り、ザ・イノセンス・ミッションは変わらず、音楽の躍動感、ポップネスを提示してみせ、デデマウスはこれまでと違うファンタジーに新たな物語を仮託し、ヒオール・クロニックは静謐な荘厳さを音像化したり、と馴染みのアーティストたちの充実に加え、ゼンカーブラザーズ、ハイク・サリュなどの気鋭のこれからも楽しみです。無論、ベテラン勢のブラーウィルコ佐野元春などはまだまだ円熟ではない、鋭さがあったのも頼もしかったです。現実を抱え込みすぎたのならば、音楽の向こう側に想いを馳せてみる―そんな時間を敢えて取ってみますと、新たなパースペクティヴが拓けるかも、という願いも込めまして。より、反動の反動が生まれてくるうねりを感じながら。

1,Max Richter『Sleep』

Sleep

Sleep



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2,Musette『Cosmic Serenade』

A Cosmic Serenade [Analog]

A Cosmic Serenade [Analog]




3,Owiny Sigoma Band『Nyanza』




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4,Floating Points『Elaenia』
5,Zenker Brothers『Immersion』


6,ダニエル・クオン『ノーツ』
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7,Nujabes Fea. Shing02『Luv(sic) Hexalogy』
8,The Innocence Mission『Hello I Feel The Same』

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9,Julia Holter『Have You In My Wildness』
10,De De Mouse『farewell holidays!』

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11,Father John Misty『I Love You Honeybear』
12,Hior Chronik『Taking The Veil
13,Foals『What Went Down』
14, Kendrick Lamar『To Pimp A Butterfly』
15,Battles『La Di Da Di』

16,Olafur Arnalds & Alice Sara Otto『The Chopin Project』
17,Nils Frahm『Screws』
18,Blur『The Magic Whip』
19,Leon Bridges『Coming Home』

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20.Haiku Salut『Etch And Etch Deep』

21,本日休演『けむをまけ』
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22,WilcoStar Wars
23,Marina Fages『Dibujo de Rayo』
24,高橋徹也『The Endless Summer』
25,Masayoshi Fujita『Apologues』


26,星野源『Yellow Dancer』
27,佐野元春&ザ・コヨーテ・バンド『Blood Moon』
28,Unknown Mortal Orchestra『Multi-Love』

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29,Elintseeker『Geography Of The Heart』
30,Swinging Popsicleflow

2015-10-05

come out diversity,

この三年くらい、亡命を考えることがよくあった。「亡命を企てることがよくあった」というと、全くニュアンスが変わってくるので留意の上、どこからというと、日本という「国(nation)」から「単位(unit)」へというレベルで、何だ、日本には居る訳でしょう、というのは先刻承知の上で、時差ボケが「一気」に同時代感覚になったというのが大きく、自分は日本の80年代後半からのバブルも知らないくせに、00年代半ばくらいに異国のバブルを異国で知って、これはアカデミックバジェットが取れるぞ、と当時、今も恩師の方と話をしたくらいなので、おそらく、年齢的に「ポスト団塊ジュニア世代って割が合わないよね。」と言われるほどの感じはなく(「割が合う」ほどの割を食っていないからでもあり、割合的に数としては厳しいなくらいで。)自分の場合は、1999年からの20代くらいが全くもって景気が悪かった。とはいえ、たまたま居た組織では羽振り良かったり、歓楽街を知ったりできたので、そういう「景気の悪さ」とはまだ無縁で、周りも「30代に入って結婚だね。」派と、「堅実に今から子供の教育を。」派、「うちらの50年後なんてやばいでしょう。だから、年金払っても無意味だよね。」派と、が鬩ぎ合いながら、ときは“失われた10年”の延長線、9.11のあの憎悪がどこから来たのか、多角的な民族的対話が求められる、という書割のニュースのように、まだグローバル化に牧歌的に居られたころ。中国を厭っていた父含め、なにかと中国に行きだした00年代というのは、道路工事だらけで、トイレも整備されてなくて、空気も悪くて、本当にいい加減で、物騒な生暖かさがあって、「楽園」みたいだなーと、実際、桂林というあの水墨画のような川下りの旅の帰りのフライトでRIP SLYMEの「Galaxy」聴いて、「凄い良い!」と感動して、即買ったのが2004年のことで、何とも早10年。ノスタルジアはレタルギア(嗜眠症)的に、部分をチョイスしてしまうので、“昔は良かった主義”は苦手で、"未来は明るい"掛け声はもっと苦手で、現状をどうロールしてゆくか、に照準を合わせた方がクールに楽しめる日々の行間が増えるのにというのは思っていたものの、2010年あたりから日々の行間の詰まり方が自身の物差しより巷間の方がマッドになってゆくような気配があり、そのときに、「TwitterFacebook楽しいなぁ」とドーパミンが出ていたのは、選好曲線の中でまだ言葉が活きていたからかもしれず、ネタがベタになって、ベタがメタになって、ワンフレーズ・ポリティクスにひねりがなくなり、有吉弘行さん辺りの「あだ名」が亡きナンシー関女史の消しゴム版画の一言を指す批評性を持ち出すようになってから、平和(大文字的な文脈じゃなく)性を持った「正論」の意味がどこか、「斜から構えた偽悪を是としましょう」になった気がして、「実はあの人、良い人らしいよ。」というのは本音と建前で云えば、朝飯前の寝息に近い訳ですから、寝息をメディアが立てているあいだに、物騒と殺伐とファンファーレは鳴り響き、アベノミクスといういまだしっくりこないスローガンがまかり通り、オバマはレーム・ダックになったとかどうとか、北京ダックの店には行列ができて、尚且つ、SNSは恒常化し、動画配信の名の露出過度な「自意識」がひたすら被験者を試すという臨床例が大学によくあった少しあやしいバイト掲示板に貼られなくとも、自然と増えていった。うちに、天変地異人災から情報過多、インフレが寧ろ、「静粛に、厳密に」人たちの背筋をただした倫理を戒めていった結果、無事に各自に番号が振られるようになった2015年秋。多くの「昭和」が消え、「平成」の名残もじわじわと淘汰されていきながら、パラレルにレクイエムを捧げすぎて、不謹慎ながら誰が生きているのか、むしろわからなくなる―それは自分がそういう事が起きるからでもあり、そこのTLはどれくらいの速度で消費されるのだろうか、というのは眩暈をおぼえるくらい、残酷でもあります。

色々あって、生物多様性サステナビリティ工学についてシフトしてゆくようになったのも、時差ボケから「覚めてきた」ら、自分が搭乗していた飛行機が欠陥品だった、そもそも、欠陥品として乗ってくださいと指示されていたものを巨像(虚像)動くまで待つ、のような経済誌の見出しに倣い、構えていたら、本当にじわじわとブラック企業ならぬ、ブラック・スワンは筋肥大していって、このまんまじゃ危ないよ、というコンセンサスを異なるフィールドや異国から得るようになった。だって、「将来の夢は」の問いに「年収1,000万稼ぐことです」は答えじゃなく、「その1,000万で何するの」に「さらに、倍にします」っていうのは仕事という目的論が梯子外しをされた手段としての本当のバブルになってきたのが島国・日本の極北だなと想いもするものの、目先の生活維持は大切、でも、割引率の概念もより大切となると、循環型社会をどう今からスキーム形成してゆくか、を模索する方が利が上がってくる。新世界は要らない。旧態資源をどう再配分して、刷新させて、ウェルカム・ボードにできる限りの多様な人を呼び込むか、そこを目指すための過程での時差ボケが解消されたとしたら、悪くない。のかも、と。

2015-09-06

weather jamming

クロスオーバーとして、「気候変動の適解」について話し、考える機会が出てくる。年々、季節の機微、気象の奇妙さ、という個別の内在感覚論からマクロなレベルで人間社会の警鐘のひとつとして自然がおかしくなってきているというものまで。時間差で訪れる秋待ちの熱帯夜、冬の寒冷に靡きながら考えるに、おそらく、具体的な気温や湿度で「何か」を語っても、意味がないということで、それらの一要素がシステムの中で人為的に制御できるのか、しかなく、そのシステムが過去からの膨大なデータによる予防線に伴う命題設定としたならば、よくある「気象データだけ見れば、今夜は雨から、もしくは“雪になる可能性”が高い。」という際の雨と雪の差は生活者からすれば、雲泥の気象状態といえるものの、分析し、予報する側も幾ら見識が高まり、ビッグ・データを用いても、読み取れない閾値が拡がっていることでもある。バタフライ・エフェクトみたく、中国黄砂渦巻く内地で蝶のほんの羽根のはためきで、遥か海を越えた北米大陸で竜巻が起こるなんて所作は、SF的でさえないのかもしれない。狭い日本でも地域が離れたら、竜巻や豪雨が起き、まったく無風で快晴の場もある、そんなケースも当たり前に散見できるようになってきたが、部分、断片性の問題ではなく、とても大規模な可逆不可性を帯びていたりする。アフリカインド南アジアでの熱帯地域が大きく気候変動したときに崩れる、シリアスな生態系への影響や食糧を築きあげる農業への影響など、包含視座を持って、では、何が、というのはもう進んでいる研究のひとつとして。

ただ、条件付けとしても、気候変動や地球温暖化という大文字もショートカット惹句になるので、幾つものモデルをリファレンスしたりしないといけない。有名どころの“DICEモデル”であったり、評価モデルから遠因への統合接線を敷き、同時に、石炭、石油、天然ガスを主とした化石燃料炭素燃料により排出される“二酸化炭素”が主因に置かれているが、その二酸化炭素温室効果ガスとして置換過程のショートカットはまた限界があることも考える。排出された二酸化炭素が増え、温室効果ガス大気中に長期「滞留」したらどうなるのか、滞留するほどに高まった濃度が水陸の温度上昇をもたらすのはわかるが、そこからどこまで派生してゆくのかとなると、人為的な文明活動の抑制だけでフィードバック効果の多寡ははかられなくもなる。ほんの未来に向けた環境意識へのフロー作成が「気づき、政策立案、部門選好」の通り一辺倒ではなく、経済学の概念「割引」に則って、現在財と将来財を比較検討し、時間価値との選好率を汲み取らないと、など対峙していると、二酸化炭素の対処プログラムとしての極度な森林プロジェクトやらラックナーの人工樹木辺りの題目が自然と目に飛び込んでくる。スーパー・ファーミングも精緻にそうなるが、新たな農園都市作成、という段階でのバジェットと外部要因が変容しているなかで、そのままで推進できる余白は今現在では“絞られる”はずなのだが、当時のまま、計画通り、アプローチは始まっている。でも、現場セクターでの人材も知財も明らかに不足し、情報は非対称化し続けている。代替リソースを探す手間も省かれたままに、というのが難渋なところで、というところで、気象工学分野の充実など世界的潮流として今後、増えていくのはいいような気がする。人文科学社会科学分野の日本に限られたガラパゴス的削減とは全く別枠に。

2015-08-30

序)京都音楽博覧会2015−クールの予兆

1)

早いもので、京都音楽博覧会2015 in 梅小路公園も今回の開催で9年目を迎えるという。もはや、日本の夏だけに問わず、一年中、各地域で欠かせなくなったあまたのフェスやイヴェントと比してみるに、やはりその都度の重みと彩味、独自のテーマがあらわれるというのは、魅力のひとつかもしれないと痛感する。

JR京都駅から歩いて15分ほどの市民の憩いの梅小路公園をベースに用いて行なう大規模な音楽イヴェント。周辺環境への配慮のため、音量は絞って行なうのは当初から変わらない。出店と、京都の町そのものがバックスクリーン、そして、リニューアルのため、今夏に一旦、閉鎖されるものの、蒸気機関車館や蒸気機関車の汽笛、走行音だった頃からすると、今は公園の中にも幼児玩具などが増え、華やかになり、2012年からは京都水族館ができ、より賑やかになった。その分だけ、ライヴのタイムテーブル、その前後も難渋な条件性をクリアランスしないといけないことが多々出てくる。京都水族館のショーの時間は音を出さないなど、当世はネットの発展や個々意見の即座の反応が見えてしまうのもあり、リスク・ヘッジが当然となっている。

そんななか、隣接する京都水族館との兼ね合いで、京都水族館京都音楽博覧会の打ち上げ兼特別配信を行なう。もちろん、9年目にして初めての試みだが、こういう緩やかな連携は微笑ましく、それは水族館サイド、音博サイド、お互いが共存共生のために合意、理解を示すべく道を切り拓いてきたからこそ、なし得たことなのかもしれないが、京都音楽博覧会の長く異端な路を振り返ると、またひとつ感慨深くなる。

2)

雨に降られた初年度のやや厳しい表情と、世界の音楽をショーケース的にではなく、エクスポとして楽しんでもらいたいという熱量と観客側の温度差がやや乖離していたように思えたときから、回を重ね、ロック・ポップスの枠を越え、日本でもなかなかフェスには出ない人たちが参加するようになり、世界の色んな国からも思わぬアーティスト、バンドが来て、また、くるり・ザ・セッションという名義で現くるりメンバー、過去のくるりメンバーとライヴを行なったもの、ひとりジャンボリーといった弾き語りで自分の曲やカバー曲を披露する、といった、その時だけの企画やカバーセッションなども現場における何よりの楽しみが伝播していったのだろう、「秋の京都音楽博覧会はまったり大人も子供も楽しめるし、いい。」、「夜7時に終わって、そこから食べたり、散歩もできるし、京都観光と絡めて行こう」、「ここでしかない柔らかい雰囲気が好きで、各地域、遠方から来ている」といった声が増えていった。くるりが地道にコツコツと築き上げてきた大切な博覧会は、みんなのものになっていき、京都でさえ急速に進むフラット化の波に頑なな京都“らしさ”でもてなす。だから、チケットを持っていなくても、タオル片手に外でボーっと聞いている風景も、親子が子供を遊具で遊ばせながら、「これ、お母さんが好きな曲よ」と子供に振り向かせている風景も心地良く排除されず、ひとつの秋の情景に溶ける。なにひとつ弾き合わないように。

京都の持つ伝統的な文化の深さ、根本のエネルギーに極度に振り回されないように、同時にそれらを内面から書き換え、リブートしている節さえ伺える稀有なスタンスを保つ博覧会が今年、魅せようとするひとつは「クール」と言えるかもしれない。いや、「クール」とは違うのじゃないか、という言葉もすぐに出るだろう。主催者たるくるりは、いつもこのイヴェントに向けて、ある程度のヒントを出す。それは、実際のラインアップの発表であったり、作品のリリースそのものであったり、特別編成のメンバーであったり。今回でいえば、ラインナップとともに、「ふたつの世界」というシングルがその謎解きのひとつになるだろうか。

ふたつの世界 (初回限定盤)

ふたつの世界 (初回限定盤)



忘れないで
生まれ変わる時が来ても
心がちょっと近づいても

交わらないふたつの世界
輪廻の輪の向こう
回る回る 記憶をつなぐ
また会う日まで
(「ふたつの世界」)

くるりの曲の中でいえば、「さよならリグレット」辺りのチェンバーポップに、近年の「ロックンロールハネムーン」みたくユーフォリックな煌めきを合わせた、ポップに転がる切ないかわいらしさを持つ曲。そして、往年のXTCから受け継いだメロディー・センス、同じく、マッドな領域にいるほどに冴えているブライアン・ウィルソンヴァン・ダイク・パークスの轍を継ぎ、大瀧詠一山下達郎的な行間を通じて、日本における変わりゆくインディーシティ・ポップの地割れの点を穿つような要素が色濃く明射する―くるりたる由縁があちこちに溢れている。また、歌詞の間に漂うのは岸田繁が敬愛する奥田民生香りを孕み、シンプルがゆえに、言葉そのものに聴き手が傷つけられることなく、想いを託せる優しい余白が用意されている。くるり史上初のアニメとのタイアップというのもあるのだろうが、「輪廻」という今までにないフレーズもうまくハマっている。当該シングルは、初回限定盤には、進行形で行なわれているくるりの過去のアルバムの再現ライヴ・プロジェクト『NOW AND THEN』の一部もボーナス・ディスクとして付く。ただ、意義深いのはヴァージョン違いたる「ふたつの世界」(Bebop Ver.)だろう。

ビ・バップ(Bebop)。主に、チャーリー・パーカーディジー・ガレスピーからなった非常に高度な演奏技術に基づいた音楽で革新的だったが、大事なのは「調性」を揺らがそうとしていたところだ、とここでは置く。だからこそ、マイルス・デイビスがいわゆる9重奏団で挑んだ『Birth Of Cool』での音像は即興と編曲の調性を保ち、高尚な分かりやすさを持つのも道理で、ビ・バップから、クールへ、と断線、または反動の文脈を敷くのではなく、モダン・ジャズの歴史の変わり目の必然的な豊饒たる収穫のひとつなのだろうと思う。ビ・バップで踊れる人と、クールで聴き入った人、モダン・ジャズの豊かな潮流の下、交差する場所は対照的なようで、とても近い。

昨年の京都音博はレポートで、サロン性をベースに書いたが、今年の京都音楽博覧会多面的な意味で、クールが要所で感じられるのではないか、と思っている。

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3)

くるりは、元来のオリジナル・メンバーの岸田繁佐藤征史、とともに、母体へ配慮しつつ動いているファンファン、と個々が多面的な活動を行ないながら、「くるり」として集まったとき、サポート・メンバーとの時おりの関係性含め、日本のみならず、世界の街を渡り歩く楽団のようである。キャリアも長くなり、ささやかな機微で表情を変えてしまう曲をあまた持っているバンドだからこそ、アレンジメントを変えたり、サウンド・チェックでサラッと過去の佳曲をフルで歌ったり、その中で醸される空気感はますます、ワン・アンド・オンリーのものになっているが、いつか、ザ・フーを観たときも思ったが、キース・ムーンは居なくとも、メンバーは老いていても、ピート・タウンゼントのあのウィンドミルには胸打たれたり、全体のグルーヴは枯れていなかった。メンバー変遷、音楽性の変化を経て、円熟味も出てきながら、「それでもなお、くるりは、より、くるりである」という記号性ではなく、強度が増していると感じるのは岸田繁佐藤征史のオリジナル・メンバーが居るから、だけ(それはかなり大きいのも確かだが)の問題でもない気がしている。

岸田繁は旅というモティーフに、人生や音楽、文化の結い目を見出す、気付きを持つような旨を取材などで云う。実際に足を運んでの旅、五感を働かせての旅だけじゃなく、脳内で無限に広がる道をイマジネーションで追ってゆく旅…幾つもの旅の過程で、くるりはそのバンド名に反転適合してゆくように、芳醇に記名的で、生物たるヒトの温度や知性、グルーヴを、音楽を通じて、届けようとし、難しくならざる素材を多少、噛み砕いてアウトプットしているように見えながらも、そこに幾つもの先達の歴史へのオマージュ、フレーズを寄せ、気負わない言葉で爆ぜ合わせている力学原理が来る者拒まず、有機的に外へと拓かれているのがいいのだと思う。例えば、「ばらの花」、「ロックンロール」、「東京」…、多くの人に愛される曲の幾つかはもはや、街の中で仮想化された繊細ですこしブルーな自意識の束に向けた伝承歌として根付いている気がするのもそうで、生きている場は違えど、普遍的な迷い、揺らぎ、葛藤、割り切れなさ、それでも続く毎日に平等に感情が機能する訳はなく、「大きく、明朗で饒舌な歌」が誰もの心を救うばかりじゃない。

その、くるりの“クール”な感性がいつになく明瞭化されている9回目の京都音楽博覧会は、高野寛indigo la End、Cosmo Sheldrake、八代亜紀、Antonio Loureiro、ましまろ、そして、木村カエラの参加も正式に決まった。パッと目につくのは、indigo la End八代亜紀木村カエラだろうか。

indigo la End川谷絵音が率いるギターロック・バンド。ディーセントなメロディー・センスと艶やかな日本語詩で紡ぎあげる新しい時代のラブソングへの視程を持った逞しさがあり、フロントマンが別途、ゲスの極み乙女。というまたユニークなバンドを担っているというのも面白く、今現在のユース・ロック・カルチャーで欠かせない存在であるのはどちらとも間違いないといえる。

Indigo la End『雫に恋して』
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八代亜紀演歌のあの人でしょう、というイメージより、或る人は2012年の小西康陽プロデュースのスタンダード・ナンバーのジャズ・カバーアルバム『夜のアルバム』での再評価で知った、とか、いや、2013年のラウド・パークでの現れ方が、という方も居るだろう。元々、タモリが言うところの“ジャズな人”だったゆえに、パブリック・イメージより元来の奔放な八代亜紀に回帰しているような最近の流れでの京都音楽博覧会への初登場とは興味深い。過去でも、小田和正があの澄んだ声を京都タワーに引っ掛けるように響かせるだけで、会場の雰囲気は一変し、石川さゆりは「天城越え」でのぼりつめるように歌い上げるさまに京都の空に静謐に泪雨を誘っていたからして、八代亜紀の今回のステージも特別な何かになるだろうと思う。

八代亜紀『You’d Be So Nice To Come Home To』
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木村カエラは2012年に出ており、そこでもくるり「奇跡」を本当に美しい歌唱で披露し、自らの代表曲のひとつ「Butterfly」も鮮やかだった。また、モードも変わってきているだけに、どういったパフォーマンスをするのか、期待が募る。更に、高野寛といった大御所がサラッと入ってくるのがこの京都音博の醍醐味だろう。高野寛というアーティストが切り拓いてきた偉業を数え上げられないが、私的には純然とひねくれたマッドなポップ・マエストロとして2009年の『Rainbow Magic』前後の熱量の高さに魅かれてしまう。最後、日本勢のましまろ。真城めぐみ、真島正利からなるユニット。これは何も言うことはないだろう。きっと素晴らしいものを見せてくれると思う。

海外勢は、極端に言えば、メトロポリタンな二人で、Cosmo Sheldrake(コスモ・シェルドレイク)は若干25歳のロンドンをベースに多岐に活動しているが、サウンド・アート作家としての側面に強く感応できるものがある。今年のEP『Pelicans We』はパナマ運河カナダ熱帯雨林などのフィールド・レコーディングを行ない、トイ・ポップ調にリリカルなものに昇華させた。Antonio Loureiro(アントニオ・ロウレイロ)は、ブラジルサンパウロ出身。ミナスの気鋭。日本へも来日しながら、アート・リンゼイなどともライヴ共演するなど、多面的な可能性を持つマルチな才能を持つ。マルチアングルという意味では、昨年もアルゼンチンのトミ・レブレロから松尾芭蕉の侘び寂びが国境を越えて力強く聞こえてきたり、サム・リーの巧みな伝統楽器の使い方はまさに、そのとおりだった。マルチアングルで見通す海外勢の二人と、日本勢のクールネスが混じり合う場所が京都というのはとても分かりやすく、今年のラインナップは高い求心性を持つ気がする。

Cosmo Sheldrake『Tardigrade Song』
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Antonio Loureiro『Lindeza』
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4)

さて、数多のランキングをザッピングせずとも分かるとおり、日本への異国からの観光者数は増えている。
訪日客、年2000万人ペース 定番観光に満足せず  :日本経済新聞
それは上記記事のように、また、規制緩和のみならず、LCCや簡易なパック、ネットを介したコスト・パフォーマンスのいいモデルなどが市井を刺激し、同時に、「国境を越える」ことは然程、難渋なことではないという意識を持った人が出てきた証左なのかもしれない。いつかのグローバリゼーションでは、どんな国のどんな場所でも、英語、クイーンズでもアメリカンでも一通り話せておくべきだという風潮があったものの、タブレット端末で明確に移置を指し示しながら、スロベキア語で大阪天王寺あたりに行きたいという旅人の話を聞いた時、ようやく、狷介固陋な“べき論”もグローバリゼーションという大文字も細分化、分割化されてゆくような気がした身としては、京都がどこまで世界の中でエッジ化した観光都市なのかというと、首肯できにくい部分は正直、ある。観光施策は素晴らしいと思う。ホスピタリティーも日進月歩で上がり、多面的に間口が広くなるものの、携えてきた伝承性と新しい文法を噛み合わす際の成長痛といおうか、軋む音がそこここから聞こえてくるときがある。

5)

延々と続くような成長痛も或る時期を越えれば、馴染むようになる。馴染めば、保守化する。保守化することは悪いわけではないが、このたびの京都音楽博覧会はこれまでの京都音楽博覧会らしい色を深めつつ、凛然と新たな試みが要所で伺え、頼もしく、その通奏低音として聴こえてくる音風景が既に楽しみになる。京都を越えて、京都を内包して、秋の一場面を縁取り、どんな新しい言語に変換されるのだろうか、と。

称賛として、来し方が何よりもジャズな、ロック・バンドたるくるりが開くcool(head,but warm heart)なこれまでの歩みと更新を止揚するような9度目となる京都音楽博覧会に期待したい。

2015-08-25

above floated karma

落語とは、人間の業の肯定である。」というのは故・五代目立川談志の有名な言だが、昔から色んな演題を聞き、寄席にも足を運んでいたものの、そこで描かれる人物は巧妙に狡猾だったり、間抜けだったり、ときにいい加減で、どうしようもなかったり、とつまり、今の人間の生態と変わらない、ありのままゆえの生きる業(ごう)が絡み合って一つの活き活きとした情景を浮かび上がらせる。ベースは、飲む・打つ・買うといった大衆生活のテーゼ普遍的に、可笑しみと艶っぽさを誘う。番頭、丁稚、夫婦、親子、長屋暮らし、お酒、博打、お茶屋遊びでのひと騒動、軽く“あの世を覗いてみる”所作、当世では言語そのものが禁句、廃語とは言わないが、文化的な倫理配慮の問題などで使えなくなっている言葉の膨らみが実のところ、良いサゲを生んでゆく。同じ演題でも表情のある噺家によってイメージする風景が変わってくるのもいい。名人と呼ばれる人じゃなくても、この演題はこの人が、というのはあるもので、そこもいいな、とつくづく思う。

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落語に限らず、多くの体裁の整った日本語の機微とは感情や特定形質だけを指示せず、固有の伝統や大衆の中での語り草を当世に刈り取り、収めて、再び再伝承する際に、渋々排除されてしまうのは止むを得なくも、その言葉が死んだからといって、その言葉に該する事象が無くなる訳ではなく、「この健全な社会においてホームレスは居ない。」という建前の前提に、“ホームレス”という言葉の前は、その前はどうやって形容していたかと遡及してゆくと、あたかも言葉の変質によって、対象性を曖昧にせしめるような磁力を感じるとも思う。どんどん何かを説明できる言葉が増え、横文字が増え、簡略語も増える。時代の流れに任せて、それはそれでいい。分厚かったマニュアルを細心深く捲らずとも、盤石なソフト、システムで粗を周到に探してくれる。粗から零れた本質的な何かは問われぬまま、その言葉はいつの間にか、鮮度を喪ってしまう。鮮度というのに語弊があれば、博物館、資料館に収められてしまってはやはり可塑性がなくなってゆく訳で、ピン留めした知性と言葉は流動的な情報に外在化する。高速度で行き過ぎる情報が新しいのではなく、受け止めるべき、固定的と思える知、感性の方がフレキシブルで「動く」。昨日、録画しておいたドキュメンタリーは今日、もしくは一年後、見ても、「昨日の、ドキュメンタリー」で、その一日後、一年後に見た自身の知覚は明らかに、昨日とは違う。何を当たり前なことを、という議論になるかもしれないが、そこに置かれているものを見つけるか、見つけても見ぬふりするか、認知するか、認知のための理解の文脈を敷けるかというタイミングに位相が混線しているのに対し、フラット化すべきではない場合があり、そのフラット化された見出し、附箋がニュース・サイトのトップに並んでいても、恣意性が強固になっている発信サイドと、嗜好やルーティンでアクセスする受信サイドの意識はクラウドの中に巻き込まれるから、自分好みの見出し、記事、ニュースが並ぶ確率が増えれば、よりウチとソトの分線が厳然となされる。誰かにとっての宝物が誰かにとってはガラクタにしか映らなくても、ある種の感情論で否定するより、想像力良識の閾内でウチもソトも往来しやすかったはずだったのがどうにも、粗雑にウチの論理でソトを排そうとしたり、ソトの論理でウチを囲もうとする姿勢の構え方が速い。ネット上のことで片付かないのは、実際に国の中だけでなく、民族間、国家間の軋みが露顕してきているのでわかるように、分からない“から”反対する、みたいなムードさえ生まれている。ムードだから「なぜ、その具象に反対するのか」という問いには理論的な前景より感情本位の後景の方が軽やかに映る。

―クールだから、目の前の波にのってみよう。人波に参加している自分は“ウチ”にちゃんと居るから問題ない、みたいなポージングからファッショナブルな秘匿帰属のピース・サインは何を希っているのか、分からなくなるが、そこまで解ろうとせずとも『地獄八景亡者戯』のよう、此岸彼岸は鯖で中るか中らないか、河豚の肝を敢えて食べるか食べないかくらいのものとも思う。彼岸行路に提灯がともれば、懐かしい顔がちらほらと挨拶をかわし、三途の川も今や立派な豪華客船も停まっているのかもしれず、橋を渡す鬼も船賃を決めるのに難渋してそうだが、アルゴリズムが盤石に組まれて、システマティックになっているのかもしれない。もはや、「来年の話をしても鬼さえ笑ってくれない」かもしれない。この演目を聞くと想うが、生きることは大切だが、「死」が肥大し過ぎた無的な何かと考えて過ぎてしまうと、大事な生がカンナの削り粉になってしまうのも道理で、例えば、90年代後半から00年代前半の一時期の親近者の死がナラティヴの隆盛になっていたときの世界はセカイでどこか「遠かった」。遠かった分、愛しき近しい人を亡くすナラティヴがひとつの汎的装置性を帯びていたのだと思う。しかし、世界が近くなったようで、死の予感も包摂され始めてくると、初めから「死」で始まったりする。映画やアート作品でも、執拗な細部の反復とディストピアを描くことがデフォルトになってくると、現実との飛距離の分だけ強度を増すような要所もある分、「現実の方がマシだ。」となる倒錯が寧ろ、心地良くなるのは当然だろう。メタで超えられたはずの向こう側より、ベタで静的なこちら側に蹲踞しておいた方が多方面でリスク・ヘッジできる。ただ、何れにせよ―容赦なく、突然に「死」は不条理に存在体の総てを攫いもするには変わりない。誰かにとって無関心な死、誰かにとって自らの命を取られるより辛い死という場合があることほど左様に。

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今年の三月に亡くなられた桂米朝の有名な挿話のひとつに、四代目桂米團治の兄弟弟子で頼りにしていた矢倉悦夫こと桂米之助が亡くなった知らせを大阪のホテル・ラウンジで呑んでいたときに聞いた折、少し考え込んだような沈黙のあと、丁度、酒の肴を頼もうとしていた彼はウエイターにそのまま「サイコロステーキを。」と言った、というのがある。それだけをして、非情だとは言えない。他にも大事な弟子を師匠として先に見送ったり、ということがあったり、と、ドライで居られるためのそこで自身の引き出しは哀悼の深い意と食(生きること)への欲とは明瞭に自己鍛錬の末、為されていたのだと思う。今の若者は不甲斐ない、とか、生命力がない、とかの言説が通るのは時代背景に収斂するのではなく、生きている、生きてきた環境や周辺状況、偶さかの要素に左右されるのだと思う。先ごろ、デング熱が流行ったときに、90歳代のお婆さんの投書で「若い頃、デング熱に罹ったが、薬も何もなかったのもあったが、乗り切った。」というのを見たが、おそらく、デング熱で難渋された方は当時でも居たはずで、ただ、今みたく、迅速にディスクローズされ、不特定多数に伝播し得なかったというだけだとも思う。ダイレクトで全く知らない他者の近況がぼんやり分かるのは幸福なのかどうかは問わず、死生観の内奥とは生きてきた、感じてきた人それぞれのアンテナの差異がある。出会わなければ、知らなければ、“その死”も重くならなかったはずだとも正論としてある。しかし、誰とも交わらず、出逢わず生きる月日とはどのような重力を持つのか、も考えてしまう。もちろん、何らかの事情でそういう月日をおくる人も居る。そして、そのまま終える人も居る。断じて、無意味ではないと思う。ただ、意味のある生というのも難しい概念で、後世に名を遺す人を受け継ぐのも人だとしたならば、墓碑銘の向こう側とはやはりこちら側じゃないか、と想いさえすることがある。

涙も枯れて、時間の流れが解決する様なうねりの中で、ハタと夢で残影がよぎれば、目が覚める。

目が覚めなければ、悼みは消えるのか、といえば、消えない。これだけ時代が足早に移ろえど、日本にお盆がなくならない理由も分かる。

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それにしても、落語の奥行きはまた受け止める年齢や経験値で変わってくることを痛感する。江戸落語の人情噺、小噺、または古典もいいが、生来、上方落語の戦後からの苦難の過程、出てくる場所への想い入れ、演者の方の妙味に魅かれてしまう。五代目桂文枝、三代目桂春團治、六代目笑福亭松鶴、三代目桂米朝の所謂、四天王は物心ついたときには前世代的に当たり前のように鎮座している大御所といったイメージを持っており、やはり桂枝雀のあの魅せるための落語といえるものが最初だったといえるかもしれないが、どちらにしても、日常生活に落語は馴染み、天王寺を巡る四方山話から、噺家の方とすれ違い、場所を共にすることもあった難波心斎橋道頓堀法善寺横丁の劇場、喫茶店、飲食店。味のあるマスターやママが一座り幾らかで、多くの話をしてくれたこと。歌謡曲のロマンティシズム、昭和の時代の香り、手作りのミックスサンドなどが心身を緩やかに解し、適度な夜の帳と賑やかな外からの声、男女間の毎夜の駆け引きが五感を鎮静化させ、法善寺の水掛不動に柄杓で水を掛け、賽銭とともに願を掛けて、帰路につく時代もあった。バケツの水が少なくなっていたら、ポンプで水を入れておくのも勿論、忘れずに。美味しい珈琲をたてる喫茶店、程よく人懐っこさがあったデパート、怪しい映画館、昼から繁盛している居酒屋、軒先で摘まんだおでん串、兎角、を重ねてゆくと、興味があるものに体力が付いていかなくなってくる。その分だけ、世の流行り廃りに多少の目配せはしながら、芯たる人の業らしき何かに再度、降りてゆく感覚がある。健康であれば、それらも楽しめる。だから、健康を保持するため、病院へ行けば、何らかの病気、病気の予兆が診てもらえる。今の時代は早期発見で、かつては名前がつけられなかったような病気でも発見でき、治癒もできる可能性が高くなった。しかし、想い出すと、「夏の医者」という演題の枕で、桂米朝が藪医者の諸説に触れつつ、「寿命です。」、「手遅れやなぁ。」のどちらか二言を言われたら返す言葉がないとのくだりがあり、そういう生もまた、ひとつだという気もしないでもない。長寿の方法を考えるほどに長生きの世知辛さを想うのもまた、人間の業なのかもしれない。

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八月があと一週間ほどで鱗雲を散らせば、春夏秋冬では区切れなくなった余白を穿つ新しい月、季節が巡り来る。それだけが解っていれば、明日までそんなに遠くないようで、俟つのは悪くない。