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September 29(Thu), 2016

謝罪15:24 謝罪文を含むブックマーク

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謝罪文。

stap細胞事件」、及び「hpvワクチン問題」、「きのこ組」告訴問題など関連して、片瀬久美子氏に対して、誹謗中傷する記事を、ブログTwitterFacebookメルマガに投稿しましたが、このような投稿は、法的に違法になるものであり、ここに、深く反省し、謝罪すると同時に、今後、片瀬氏を誹謗中傷するような記事は書かないことをお約束します。また、片瀬氏に関するこれまでの私の投稿は、違法となるものであるため、私の投稿を転載し、掲載し続けている方は削除していただきますよう、お願い申しあげます。以上、よろしくお願いします。(山崎行太郎)

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December 26(Wed), 2012

政党助成金について 06:21 政党助成金についてを含むブックマーク


≪ また、13年1月1日現在で支給される政党助成金の扱いも、ポイントになる。年内に党が分裂、衆議院9、参議院8の計17議員の15人が新党を結成すれば、未来の党に残る議員は亀井と阿部だけになる。亀井の去就は判らないが、2名の政党助成金は支払われない。以下の基準から行けば、年内に分裂、新党立ち上げが可能なら、小沢系議員たちの政党助成金の対象政党となれる。

 政党交付金の交付要件:助成金の半分は1月1日を基準とし翌2日か ら起算し15日以内に、総務省に届け出た政党の所属議員数の割合に応じて配分され(議員数割)、もう半分は直近の国政選挙の得票率(衆議院総選挙と過去2回の参議院通常選挙)に応じて各政党に配分される(得票数割)。

 民主主義国家の公党が独善専横人事をすることは、あり得ない。特に政党交付金と云う制度がある限り、ここで嘉田が頑強に党の権力を握ろうとする姿勢は、助成金の権利を小沢系議員の頭数を目当てに我がものにしようと企んでいる、と解釈されても文句は言えなくなる。あれだけの大惨敗をして、退陣するそぶりも見せず、人事も独占しようと云うのだから、かなりおかしい。このような態度が表面化した事で、未来の党は更なるダメージを受けてしまった。

 仮に、小沢系議員との接点、妥協を求めるのなら、亀井静香共同代表、幹事長鈴木克昌程度の案を出すべきで、自ら党の分裂を誘っている感がある。彼女が暗に何度も口にした“仕掛け”がこんな下品なものとは、お釈迦様でも気がつくまい(笑)。しかし、決断時期は迫っているのだろう、8億の選挙資金が入手できるかどうかの瀬戸際だ。上記の交付金要件を読む限り、年明け早々の分裂結党も可能なようだが、詳細は判らない。いずれにせよ、嘉田が阿部共同代表に固執するなら、党は速攻溶解する。 どうも理解しにくいご仁を小沢一郎も選択したものである。少々、筆者も小沢の選択には怪訝さを隠せない。

 

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December 15(Sat), 2012 このエントリーを含むブックマーク







山崎行太郎

拝啓

毎日ブログを、楽しく拝見しています。アメリカによる日本人の資産強奪は、私達の暮らしを日に日に追いつめていますね。

私自身、小さな会社を経営していますが、特に大震災後は売上低迷に苦しみ、従業員の給料を払うと自分の分はなかなか捻出できません。実際にここ3ヶ月もまったく無給で、主人の給料だけを頼りに、家族4人が生きています。そんな貧乏な中でも、自分のへそくりから「それでも私は小沢一郎を断固支持する」を買いました。毎日死ぬほど働いているので、なかなか時間が取れませんが、少しずつ頷きながら読み進めています。

さて、今回の選挙ですが、どうも公正に開票されたとは言い難い、と直感しています。自分の望む結果にならなかったからではなく、投票日に「珍しく投票所に列ができている」など、これまでには聞かなかった情報が、ネット上では飛び交っていました。それに脱原発に積極的だった人々は、皆投票に行っている筈です。福島原発事故後、原子力放射能アレルギーになっている人は少なくありません。そういった人達は、必ず投票に行って、意思表示している筈なのです。

なのに、あの自民党の圧勝ぶりは、どう考えても不自然です。大手マスゴミは、まるで事前から結果を知っていたかのような報道をしていましたが、その通りになりすぎていて、かえって不自然さを感じるのです。

私の選挙区でも、未来の党議員(木村たけつかさん)は健闘していました。三宅雪子さん始め、他の小選挙区で敗れた未来の党候補の得票数を見ると、事前の盛り上がりからは想像もできないほどの少ない数になっています。あんな筈がないのに、というほど少ない数になっています。(大体野田が、三宅さんのトリプルスコアの得票など得られる状況でしたしょうか?おかしすぎます。本当に投票に行った千葉4区の人々に聞いたら、違う結果が出るのでは?と思います。)

証拠を出せと言われたら、何もありません。しかし、前回の(菅を選んだ)民主党党首選挙あたりから、アメリカは露骨に日本国内のあらゆる選挙に「手を入れて」、不正に結果を操作しています。

3年前の衆議院選挙で、民衆をコントロールしきれず、当時の小沢一郎率いる民主党を大勝させた失敗(?)を繰り返さぬよう、あらゆる手を使い、日本を思うがままにコントロールするために

万全の体制を整えているのです。

多くの投票所で終了時間を繰り上げるのはまだかわいいもので、長野では選択肢に未来の党がない、という恣意的な操作もされています。それ以上に、得票数が異常に自民党に偏っているのには、何か「わけ」があるのだと思います。

売国大王・小泉が郵政民営化選挙で大勝した時は、電通経由でゴールドマンサックスから流れた「宣伝費」が5000万も投入されており、選挙前から大勝する匂いがありました。今回は、そうしたことも一切ありません。

第一、この3年間で自民党が国民のためにした「良い事」は何1つないのに、いくらなんでもこれほどの票が偏って入るでしょうか?一体日本の選挙管理委員会は、本当は誰によって「管理」されているのか、わかったものではありません。

私のような一庶民には、この巨大な不正を暴いたり、公の場へ証拠を突きつけることもできません。ですが、日本を見捨てぬ「見えない力」があるならば、日本再生のこの最後のチャンスに、真実を照らし出してくれないものか、と願っています。

今回の選挙は、決して「国民の選択」などではありません。米国の選択です。


dokuhebinikidokuhebiniki 2012/12/27 06:17 ≪ また、13年1月1日現在で支給される政党助成金の扱いも、ポイントになる。年内に党が分裂、衆議院9、参議院8の計17議員の15人が新党を結成すれば、未来の党に残る議員は亀井と阿部だけになる。亀井の去就は判らないが、2名の政党に助成金は支払われない。以下の基準から行けば、年内に分裂、新党立ち上げが可能なら、小沢系議員たちの政党は助成金の対象政党となれる。

 政党交付金の交付要件:助成金の半分は1月1日を基準とし翌2日か ら起算し15日以内に、総務省に届け出た政党の所属議員数の割合に応じて配分され(議員数割)、もう半分は直近の国政選挙の得票率(衆議院総選挙と過去2回の参議院通常選挙)に応じて各政党に配分される(得票数割)。

 民主主義国家の公党が独善専横人事をすることは、あり得ない。特に政党交付金と云う制度がある限り、ここで嘉田が頑強に党の権力を握ろうとする姿勢は、助成金の権利を小沢系議員の頭数を目当てに我がものにしようと企んでいる、と解釈されても文句は言えなくなる。あれだけの大惨敗をして、退陣するそぶりも見せず、人事も独占しようと云うのだから、かなりおかしい。このような態度が表面化した事で、未来の党は更なるダメージを受けてしまった。

 仮に、小沢系議員との接点、妥協を求めるのなら、亀井静香共同代表、幹事長鈴木克昌程度の案を出すべきで、自ら党の分裂を誘っている感がある。彼女が暗に何度も口にした“仕掛け”がこんな下品なものとは、お釈迦様でも気がつくまい(笑)。しかし、決断時期は迫っているのだろう、8億の選挙資金が入手できるかどうかの瀬戸際だ。上記の交付金要件を読む限り、年明け早々の分裂結党も可能なようだが、詳細は判らない。いずれにせよ、嘉田が阿部共同代表に固執するなら、党は速攻溶解する。 どうも理解しにくいご仁を小沢一郎も選択したものである。少々、筆者も小沢の選択には怪訝さを隠せない。

 

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December 12(Wed), 2012 アメリカが日本を、取り戻す。 このエントリーを含むブックマーク

山崎行太郎インタビュー アメリカが「日本を取り戻す」!

―― この号が発売される頃には、安倍・自民中心の政権が発足していると目されています。少し気が早いですが、発足する第二次安倍政権の性格、そしてこの政権が抱える問題点をお伺いしたい。

山崎 相反するようなことを言うが、安倍政権下においては、「従米」派と「反米」派それぞれがその限界を露呈することになるだろう。そしてその原因は同じであって、それは思索の不在なのだ。日本人とは何者であって、何者になりゆこうとしているのか。根源的に日本人とは、日本国家とは何かと問いただすことがないために、ある者は従米に走り、ある者は安易な反米に走る。

―― 少し唐突に聞こえるご発言です。順を追ってご説明願いたい。まず、「従米」派の限界が露呈するとはどういうことですか。

山崎 安倍・自民党政権政権に復帰するだろうが、金融緩和TPP参加と、アメリカの要求するままに政策を進めていくことを選挙中にも公言している。実際、総理になる前に安倍氏は「総理になったらまっさきに訪米して首脳会談を行いたい」と打診したそうだ。民主党が壊した日米同盟を復旧するとのことだが、かつて安倍氏総理だった時に「戦後レジュームからの脱却」を掲げていた。「戦後レジューム」とは、GHQ占領下において、日本国憲法はじめ、日本の自主独立を封じるような体制であり、そこから脱却するということは、アメリカからの自立、同盟を維持するにしても対等な同盟関係構築のことのはずだ。

 ところが、安倍総裁は「国防軍の創立」など威勢の良いことは言っているが、現在のような、自衛隊米軍の指揮下に入っているような状況で国防軍としたところで、それはアメリカの指示のまま、自衛隊が世界各地に出かけていってアメリカの若者の代わりに、日本の若者に死んでいただきます、と言っているに等しい。

 経済にしても、金融緩和を訴えているが、その内容を吟味すれば、要するに日本国民の財布に手を突っ込んで、それでもってアメリカ国債を買い支えます、と宣言しているようなものだ。当然アメリカからの覚えはめでたいだろうが、問題は、このような売国的政策を掲げているにもかかわらず、前の民主党が悪かったからというだけの理由で、また自民党政権を与えてしまう世論であり、世論を善導すべき知識人の不在だ。

―― とはいえ、民主党はあまりに国民を裏切りすぎ、その怨嗟が民主党の壊滅的状況を招いた。自業自得といえばそれまでですが。

山崎 私は死人の墓の上で踊る趣味はないので、死んだ人たち、つまり、落選したり引退に追い込まれた人たちのことをここではあげつらわない。死屍累々で踊る場所はたくさんあろうが、そこで踊るのは上品ではない。民主党の死者たちは死者としてふさわしい礼儀をもって見送るべきだ。

 大事なのは、民主党であろうが自民党であろうが、アメリカにとっては関係ないということだ。アメリカは日本の政権与党がどこだろうが、アメリカ国益を押し付けてくる。そして、歴代の政権はそれを呑んできた。その中には、臥薪嘗胆の思いを込めて苦渋を飲んだ政権もあろうし、自分が何をやっているのかわからずに飲み込んだ白痴的政権もあった。いずれにせよ、アメリカの意図に従い、逆らえずにいたという政治的現実、これこそが「戦後レジューム」だ。これはアメリカが特別に悪いのではなく、国家とは本質的に自らの国益を最大化するためにありとあらゆる手段を講じるものなのだ。

ところが、安倍氏の言う「戦後レジューム」はせいぜい「東京裁判史観」や「日教組批判」で、日本の自立自尊にまで思いが至る知的能力が欠けている。

「日本を取り戻す」、それが自民党選挙公報だったが、ここには主語が抜けている。主語がなくても文脈の中から主語が察知されるというのは日本語の麗しい文化だが、同時にそれは、「政治的曖昧さ」の温床となる。確かに「自民党が日本を取り戻す」と言えば、「日本は自民党の所有物ではない」と反発を受けるだろう。おそらく、「日本が民主党のせいで本来の日本のあり方でなくなってしまったので、本来の日本の姿を取り戻す」というような印象を与えることを期待してこのキャッチコピーを作ったのだろうが、その実態は全く違う。安倍氏が言っているのは、「アメリカが『日本を取り戻す』」という、対米屈従外交宣言なのだ。鳩山由紀夫氏のような、ちょっと頭のおかしい人が普天間基地辺野古移設反対と言い出して日米関係がおかしくなる状態はこりごりだから、アメリカの言うとおりに日本政治を動かす「優等生」を日本の首相にしましょうということだ。

―― なるほど、「アメリカが日本を取り戻す」。安倍新政権は「戦後レジュームを脱却」するどころか、GHQ占領下のように、「戦後レジューム」をさらに強化して、絶対に脱却できない方向にいくわけですね。

山崎 馬鹿が権力を握ると国民は必ず不幸になるのだ。安倍氏は純朴に「戦後レジュームからの脱却」と念仏のように唱えているが、それが本質的に何を意味しているか、自分が何を言っているのか、理解できる能力がない。せめて周囲のブレーンがしっかりしていればいいのに、どうやら、このブレーンたちも能力的にお粗末極まる。だから竹中平蔵をブレーンに持つ「維新の会」との連携などと言い出し、結局、アメリカ一人勝ちを目論む新自由主義者にいいようにされる。竹中氏ほどの「お勉強がよくできる頭のいい売国奴」であれば、10分もあれば安倍氏とその取り巻きを洗脳できるだろう。

―― 新政権が「従米売国」に行く事はよくわかりました。それでは、「反米」派も限界が露呈するとはどういうことでしょうか。

山崎 今、元外務省で元イラン大使だった孫崎享さんの「戦後史の正体」という本がベストセラーらしいですね。こういう本によって、確かに、とりわけネット上ではアメリカによって葬られていった日本の愛国政治家たちがいた、という言論は広まった。田中角栄の系譜で、直近では鈴木宗男氏、小沢一郎氏が不可解極まる政治謀略に巻き込まれた。とりわけ最高裁までが小沢氏の政治的抹殺に関与したのではないかという問題については拙著『最高裁の罠』(弊社刊)を読んでいただきたいのですが、こうした愛国政治家マスコミと政治権力によって放逐されてきた、そういう認識はずいぶん広がってきた。

 しかし、それだけではダメなのだ。私はサルトルはほとんど評価していないが、彼もひとつ正しいことを言った。アンガージュマン、「政治参加」あるいは「社会に積極的に関わっていくこと」だ。

 サルトルが考えたのは、人間の本質を自分の内に求めるのではなく、自分という存在そのものを社会の中での関係性で捉えるということだ。自分とは何者か、そんなことをいつまでも考えていたって仕方がない。自分とは親子関係、友人関係、社会関係の中から作られるものであって、自分を変えたいのならば、その「自分」を構成している関係そのものを変えることから始まらねばならず、それはすなわち政治参加なのだ。

 安保闘争に参加していた年代の人ならば懐かしく、セピア色の思い出として見えてくる議論かも知れないが、ここで言いたいのは、社会運動、政治運動は必ず死ぬが、思想は決して死なないということだ。政治参加という思想自体は今も生きており、今、活き活きと活動することを要求している。たとえば、政党が信用出来ないし政治家は保身のためにころころ政党を移動するから、これまた信用出来ない、というたぐいの政治不信が横行している。しかし、それならば、政党でもなく政治家としての綺麗事でもなく、立候補者そのものの人間性を見抜き、その人間性に惚れ込み、応援をするという政治参加こそが大事になってくる。

 実際、私は小沢一郎という政治家に惚れ込んでいるから断固支持しているし、今回の選挙では小沢系の、ある候補者を応援し、その人の選挙活動に協力してビラまきまでした。これは、一人の人間として一人の人間を信用するという決断であり、その結果たとえ裏切られたとしても、それは私に人を見る目がなかったというだけのことだ。応援したという行為の結果は自らが引き受けることになる。

 選挙の時になってぼんやりと候補者を眺めて、口当たりのいいことを言っているからというだけの理由で、人間そのものを見定めず投票して、それで裏切られたら「政治家なんて信用出来ない、わたしたちはひどく裏切られた」などと言っているのは、甘えにすぎない。

 ところが、今、孫崎氏の著書などを読んで「アメリカけしからん」と思うような人たちは、そのために何か行動するだろうか。たとえば、本気で脱米自立を訴えている候補者のために、応援に行ったり、ボランティアに駆けつけたりするだろうか。日常の仕事が忙しくてそんなこともかなわないならば、百円なり千円なり、これぞと思う候補者のために募金をするだろうか。

 結局、行動をともわない思いは妄想でありその場の思いつきであり、本質的思索ではないのだ。

 そもそも、私は孫崎氏の著作自体に対して、懐疑的だ。確かに表向きは「反米」で、有馬哲夫氏や*****氏やら、アメリカ公文書館で公開された文書を調べた先行研究をいいとこ取りで取り込んで、「反米」のオーラを出しているが、その実、結局、中国には尖閣は譲り渡して、世界政治をかき乱す張本人のイランと仲良くせよという、実態は親中・親イラン言論だ。こんな本質的に売国的書物をありがっているようでいいのか。

 結局、今は偽者の時代なのだ。「反米」と言ったところで、それは一過性の気分に過ぎない。「中国尖閣を取りに来た!けしからん!」と言っていたのが180度転換して名詞を取り替えただけで、「アメリカ沖縄をいいようにしている!けしからん!」と、外部的刺激に反応しているだけで、それは受動的なもので、日本の自主独立を目指す能動的なものではない。

 結局、「脱米自立」「日本の自主独立」のためには、「日本は独立戦争を戦うんだ」という自覚には至らない。

―― ようやく、冒頭のお話の言わんとするところが見えてきた気がします。結局、新安倍政権アメリカにいいようにされるし、一方、政治参加なきネット言論は当然政治に影響を与えないから、ほんとうの意味での「戦後レジュームの脱却」はいずれにせよ不可能なのですね。

山崎 このままだとそうだろう。結局、人間というのは生活に流される。そりゃそうですよ、生活しなければならないんですから。だから税金は少ない方がいいし、政府が金をばらまいてくれた方がいい。それが理想だろう。

 でも現実はそうは言ってられない。少子高齢化は進む一方で、税収は少なくなる一方、社会保障という名の老人増加問題に対処しなければならないし、老人に「お前ら今すぐに死ね」と言うのが一番簡単だけれどもそう言ってしまえば票が取れない。かといって、若者たちに真正直に「お前ら、投票してくれる老人が楽しく暮らすためにてめえら投票しない馬鹿な若者の給料から年金を差っ引くから、てめえら若者は苦しんで死ね」と本当のことを言うわけにもいかない。まさにゴルディアスの結び目のような難問に、日本政治は直面しているわけだ。だが、老人が栄えたら、国は滅ぶだけだ。

―― しかし、「日本に生まれてよかった」と言って死んでいく人がいなければ、その背中を見ている若者は、特に能力のある若者はさっさと日本を見捨てるのではないですか。

山崎 それが、日本自体がアイデンティティー・クライシスに陥っているということなのだ。

 自民党の「日本を取り戻す」を私は揶揄して「アメリカが『日本を取り戻す』」と言ったが、それでは、日本人が「日本を取り戻す」とはどういうことなのか。そもそも「日本」とは何か。われわれは「日本」というものを知っているつもりで言論を展開しているが、本当にそれはなにかわかっているのか。日本とはいつから日本なのか。それは伊邪那岐伊邪那美が天の沼矛でもってかき回してオンゴロを作った時からなのか、それとも神武東征の時なのか。

 根源的に問うべきは、われわれはなぜ、どのようにして、今あるようなわれわれであるのか、これである。

 『古事記』では死神と化した伊邪那美が「一日に千人の人間を殺す」と宣言した時、伊邪那岐は「ならばこちらは一日に千五百人産もう」と宣言し、ここに、日本社会の根源的命題である「人口増加」という枠組みが示された。ところが、現代、戦乱や疫病のためでなく、『古事記』以来の、人口の自然減少、すなわち少子高齢化という事態が発生した。

 この問題に対して移民だの少子高齢化対策などと表面的な議論がされているが、これは実は『古事記』成立以来の、日本文明の根本的な構造転換にわれわれが直面しているということなのだ。

 確かに、能力のある人間は世界で活躍し、己の能力がどこまで世界で通用するか挑戦すればいい。しかし、国家というものが自分の財産を守ってくれるだけの存在と勘違いして、日本が守ってくれないならば海外に脱出するなどという認識であるとしたら、それは日本のみならず、自分という存在すらも理解していないということだ。そんな人間はどこに行っても通用しない。

―― 国際政治の荒波にもまれ、国内政治は乱脈を極める現代ほど、われわれは何者であって、何を目指すのかが根源的に問われている時代はない。

山崎 政局に影響を与える存在として、たとえば、ナベツネ読売新聞社長や、同じように間もなく死ぬから名前を記憶する必要もない経団連会長がいるが、彼らは自分が何を求めているのか、本質的にわかっていないのだ。

 彼らは人間が生まれて死ぬという本質的空虚さに気づかず、あるいは目を背けて、その空虚をただ紙幣を増やすことで埋めようとする。憐れむべき空虚な魂だ。もちろん、生きるためには金が必要だ。だが何かのために生きるのであり、金は手段であり目的ではない。その「何か」の存在そのものを見失っていること、それが戦後日本人の悲劇の根底なのだ。

―― 今回の選挙では、争点は曖昧になり、日本という国家そのものが問われることはなかった。

山崎 問題は、現代は、根源的思索がない時代だということだ。書店に行ってみれば、ありとあらゆる問題に対しての「答え」が、たとえば新書の形でたくさん出ている。だいたい、山手線を半周している間に読みきれる薄っぺらの内容で、それで何事かについて理解できた気がしてしまう。

 現代日本人ほど、ありとあらゆることを知っている、あるいは知りうる環境にある人間は歴史上、いまい。同時に、現代日本人ほど、知的貧困にさらされている人間は、歴史上、いまい。

 なぜなら、知とは知識ではなく知恵のことであり、現代日本人は知識は豊富だが、それが何を意味するか、その知識をどのように使えばいいのかという知恵がないのだ。

 それは、Que sais je?(私は何を知っているのか)と問いかけたモンテーニュ、あるいはソクラテスの知恵がないということだ。われわれは何かを知っている気になっているが、本当にそれが何であるか知っているのだろうか、と、自らを反省するという知恵を忘れてしまった。知識の海に溺れてしまっている。

 小林秀雄は敗戦の色濃い中、『無常といふこと』の中で、「現代人には、鎌倉時代の何処かのなま女房ほどにも、無常といふ事がわかつてゐない」とさらりと書いた。

 無常とは、『平家物語』のような「すべてはうつろいゆく」というような感傷的なものではない。自分とは何者かがわからない、なんで存在しているのかもわからない、にも関わらず生きていかねばならないという痛切な苦しみの叫び声のことだ。それは無明と言ってもいい。

 結局、今回の選挙は、本質的な日本政治の転換点とはならないだろう。なぜなら、そこには日本とは何かという根源的思考までさかのぼった政治思想が完全に不在だったからだ。

 思想なき政治はすぐに破綻する。だから、2013年には、安倍氏内閣総辞職するか、7月頃に衆参同時選挙となるか、いずれにせよ、短命政権となろう。

次の総選挙こそ、日本国民全員が、「どのような日本をわれわれは欲するのか」という、根源的問いをつきつけられることになるだろう。

dokuhebinikidokuhebiniki 2012/12/15 12:39
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December 01(Sat), 2012 このエントリーを含むブックマーク



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November 20(Tue), 2012 このエントリーを含むブックマーク

シロアリ演説

2009年8月15日野田佳彦大阪街頭演説

http://www.youtube.com/watch?v=y-oG4PEPeGo

2009年7月14日の衆議院本会議での野田佳彦氏演説

http://www.youtube.com/watch?v=-3wVwe8a_8c


野田首相 さっそく詐称発覚! 「父親は陸自精鋭部隊」は真っ赤なウソ!?

(日刊ゲンダイ2011/9/3)

http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-3732.html

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October 30(Tue), 2012 2010-9-14代表選の日の出来事 このエントリーを含むブックマーク


民主党代表選】菅直人陣営選対本部長の江田五月参院議長、鈴木議員の事件に触れ、「政治とカネ」問題を抱える小沢氏をあてこすり

1 :春デブリφ ★:2010/09/09(木) 10:22:03 ID:???0

民主代表選:小沢氏「菅氏を重要閣僚に」 菅氏巻き返しへ

 民主党代表選(14日投開票)は8日、菅直人首相小沢一郎幹事長の両陣営が国

議員票の上積みに向け多数派工作を激化させた。小沢氏は、首相に就任した場合、菅

氏を要職で起用する考えを表明。国債増発による財政出動に前向きな考えを示し、挙党

態勢や経済対策で踏み込んだ。一方、国会議員票の追い上げを図る菅氏は緊急集会に1

21人(陣営発表)を集めて気勢を上げ、自ら新人議員の支持獲得に動いた。

 党員・サポーター票の劣勢を国会議員票で補いたい小沢氏は8日、代表選出馬の旗印

としてきた「挙党態勢」の人事に踏み込んだ。

(中略)

 この日、小沢氏と親しい鈴木宗男衆院議員新党大地代表)の上告棄却が波紋を広げ

た。小沢氏を支持する三井辨雄国対委員長代理は記者団に「小沢氏を応援してもらって

いたので影響が大きい。なぜ(最高裁の上告棄却が)この時期なのか非常に不思議に思

う」と語った。

 菅陣営の集会では、選対本部長を務める江田五月参院議長が鈴木議員の事件に触れ

政治とカネの問題は過去の問題ではない。卒業するためにどういう選択があるか。答

えは一つ、菅直人だ」と「政治とカネ」問題を抱える小沢氏をあてこすった。

■ソース(毎日新聞)(中略部分はソースで)【須藤孝、田中成之】

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100909k0000m010094000c.html

総レス数 37

dokuhebinikidokuhebiniki 2012/10/30 20:35

【佐藤優の眼光紙背】なぜ最高裁はこのタイミングで鈴木宗男衆議院議員 の上告を棄却したか?
2010年09月08日16時14分

 9月8日午後、7日付で最高裁判所第一小法廷が鈴木宗男衆議院外務委員長(新党大地代表)の上告を棄却した。鈴木氏の弁護人は異議を申し立る意向を表明しているが、過去の例でこの種の異議が認められたことはない。近く懲役2年の実刑が確定し、鈴木氏は刑務所に収監される。

 最高裁判所は最高政治裁判所でもある。それは、2002年に鈴木宗男追放キャンペーンの中心に立った竹内行夫外務事務次官(当時)が現在、最高裁判所裁判官をつとめている事実からも明白だ。所属する小法廷が異なるなどということは、本質的問題でない。司法試験にも合格していないので、法曹資格ももたず、かつ極めて政治的動きをする人物を行政機関である外務省から受けいれている最高裁判所という組織自体が、「司法権の独立」という名目からかけ離れた組織だということを筆者は指摘しているのだ。

 このタイミングで最高裁判所の司法官僚が鈴木氏の上告棄却を決定したことは、きわめて合理的だ。それには2つの理由がある。

 第1の理由は、9月10日に大阪地方裁判所で行われる村木厚子元厚生労働省局長の裁刑事判で、無罪判決が予想されているからだ。そうなれば特捜検察は正義の味方であるという神話が裁判所によって覆される。当然、世論の特捜検察の取り調べに対する疑念と批判がかつてなく強まる。そうなると、「国策捜査」によって事件が作られたという鈴木氏の主張を完全に無視することができなくなる。

 第2の理由は9月14日の民主党代表選挙で小沢一郎前幹事長が当選する可能性があるからだ。最高裁判所の司法官僚にとっては、これも頭痛の種だ。小沢氏は鈴木氏の政治的能力を高く評価している。そもそも鈴木氏を衆議院外務委員長に抜擢したのは小沢氏だ。小沢政権になれば鈴木氏が政府の要職に就くなど、政治的影響力が高まるのは必至だ。そうすれば排除が困難になる。

 この結果にいちばん喜んでいるのは外務官僚だ。鈴木氏が収監されることにより外交機密費(報償費)の不正使用や、外交秘密文書の破棄に対する責任を追及する政治家がいなくなると外務官僚はほっとしている。しかし安心するのはまだ早い。鈴木氏は小沢氏に外務官僚に関するヤバイ情報をすべて引き継いでいるはずだからだ。

 いずれにせよ、今回、最高裁判所が鈴木氏の上告を棄却したことは、普通の国民の目には見えにくいが、「誰が日本国家を支配するか」を巡って、資格試験に合格したエリート官僚と国民によって選ばれた国会議員の間で展開されている熾烈な権力闘争を反映したものだ。(2010年9月8日脱稿)

■関連記事
・【佐藤優の眼光紙背】村木厚子元厚生労働省局長に対する無罪判決
・【佐藤優の眼光紙背】鈴木宗男氏の控訴棄却
・【佐藤優の眼光紙背】有罪が確定した佐藤優を国会に参考人として招致せよ
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■プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・元外交官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「特捜神話の終焉」、「誰が日本を支配するのか!?検察と正義の巻」、「誰が日本を支配するのか!?政治とメディアの巻」、「誰が日本を支配するのか!?沖縄と国家統合の巻」など。

dokuhebinikidokuhebiniki 2012/10/31 09:57 10月31日 最高裁は、何故予定を早めて「代表選投票日に小沢起訴議決」をしたのか?

 <2010年9月8日大手6紙が「議決は10月末になる」と一斉報道したのに、6日後の9月14日議決はありえない>
 2010年9月8日の6紙の一斉報道を見てもらおう。
 9月8日付大手6紙新聞報道.pdf
 どの新聞も、「審査補助員がやっと決まった。これから審査が本格的に始まり、議決は10月末になる」と報道した。
 ところが、検察審査会は、10月4日「9月14日、代表選投票直前に起訴議決した」と発表した。
 「9月8日に審議が始まった」としながら、6日後に起訴議決したということなのだから、「起訴議決」発表そのものがインチキということは明白だ。
 検察審査員がいたら、こんなことは発表できない。
 どう考えても審査員はいないし、審査会議は開かれていない。議決書だけを作成し発表したとしか考えられない。架空議決というやつだ。
 「検察が捏造報告書を提出したため、検察審査員がそれに誘導されて起訴議決の判断をした」という司法専門家がいるが、6日間で、素人11人に事件の全貌を理解させ、誘導したとするのは到底無理な話だ。
 検察審査員がいたとしたら、どんなに手なずけてもいつかばらしてしまうだろう。最高裁はそのような危険な手は選ばない。
 最高裁は、当初から「10月末に架空議決をすること」に決めていた。
 ところが、9月8日〜14日の間で急遽議決時期を早めることにした。
 民主党幹部から「9月14日までに起訴議決しておいてほしい」と頼まれたのだろう。
 通常なら断るであろうが、最高裁には断れない事情があった。

 <最高裁は、「香川事件」もみ消しで、仙谷元官房長官ら民主党幹部に借りがあった>
 「香川事件」と「民主党幹部による香川事件もみ消し」のあらまし
 2008年3月、社団法人民事法情報センター(法務省所管)が、理事会での承認も取らずに無利子・無担保・無期限で1500万円を理事長である香川保一に貸し付けた。また同時に理事長に対する報酬をも理事会に無承認で改定し、月額50万円から月額100万円に増額した。
 
 香川保一理事長は、法務省の官房長や民事局の局長、札幌高裁、名古屋高裁の裁判所長官など歴任し、最高裁判事となる。1993年勲一等瑞宝賞。退任後、弁護士事務所を開設しながら、民事法情報センター理事長を務めていた。
 2010年4月13日、民主党による「事業仕分け」の事前調査で、この事実が発覚。
 さらに、民事法情報センター敷地内に、香川の弁護士事務所が設置されている点も明らかにされた。
 2010年4月15日、問題が明るみになったことから、香川は全額を返金した。
 2010年4月16日、衆議院法務委員会の審議ではこれらの点が問題視され、法務大臣千葉景子は「民事法情報センターの存続について検討する」と答弁した。
 2010年5月8日、社員総会を開き、社団法人「民事法情報センター」の解散を決定。
 香川の同法人の私物化はこれに止まらなかった。自分の弁護士事務所経費、人件費のつけ回しなど、帳簿を精査されないように慌てて法人解散を決定したといわれる。
 この事件が、民主党の事業仕分けの事前審査で明るみに出てから、法人の解散決定まで24日しか掛かっていない。しかもこの間にゴールデンウイークを挟んでいるので、実質10日あまりで解散決定をしたことになる。
 多数の有料会員や利用者を無視して突如事業を中止して解散したのは、かなりの暴挙と言われた。この解散以降、記者クラブメディアはまるで箝口令が敷かれたようにこの事件から手を引いた。
 当時の千葉景子法務大臣はこの事件を不問に付したのみならず、この事件が明るみに出た途端に、なぜかこの法人を解散させた。ここで仙谷、千葉は法務省、最高裁に大きな貸しを作った。

 <2010年9月8日〜9月14日、民主党幹部が"代表選挙前の小沢起訴議決"を依頼し、最高裁が了承した?>
 依頼ルートは、仙谷元官房長官→江田五月議員→竹崎博充最高裁長官→最高裁事務総局→検察審査会事務局か? 
 なお、江田五月議員と竹崎博充最高裁長官とは、小中高そして東大法学部の同窓、そして2人とも裁判官の道に進んだ。二人は昵懇の仲だ。
 2人が民主党と最高裁事務総局との仲介をしたということだろう。
 最高裁事務総局は、民主党幹部に借りがあるため断れなかったのだろう。
 どうせ起訴議決するのだから、それを早くしてもばれるとは思っていなかったのだろう。
 
 最高裁事務総局の判断は甘かった。
 審査会議を開いていないのに開いたとするのは、無理がある。
 架空議決はいずればれる。
2012年10月31日

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October 29(Mon), 2012 竹崎博允最高裁長官と江田五月民主党議員 このエントリーを含むブックマーク

最高裁長官の竹崎博允は、伏魔殿、最高裁事務総局のもとトップ

2012-05-16 | 小沢一郎

47ニュース より

http://www.47news.jp/CN/200810/CN2008102801000993.html


過去の記事より

最高裁長官に竹崎博允氏 裁判員制度で異例抜てき

2008/10/28 23:59 【共同通信


 竹崎博允

 島田仁郎最高裁長官(69)が(2008年)11月21日に定年退官するのに伴い、

後任の第17代長官に竹崎博允(たけさき・ひろのぶ)東京高裁長官(64)が就任する人事が28日までに固まった。

麻生太郎首相が島田長官と面会して意見を聴いた上で、31日にも閣議で正式に決定する見込み。

 最高裁判事からの“昇進”ではなく、14人いる判事を一挙に追い越しての長官就任で、

1960年に第3代長官になった横田喜三郎氏以来の異例の抜てきとなる。

 任期は定年(70歳)の2014年7月までで、

来年5月の開始を控えた裁判員制度づくりに関与し、

司法行政の経験も豊富な竹崎氏に長期間の運営を任せ、

新制度の定着を図ることが最適と判断したとみられる。

 最高裁長官の交代は06年10月以来、約2年ぶり。

裁判官出身の長官就任は9人連続となる。

 竹崎氏は岡山県出身で、東大卒業後、1969年に判事補に任官。

主に刑事裁判東京地裁などで担当した。

最高裁総務局第1課長や東京高裁事務局長、名古屋高裁長官などを歴任し、昨年2月から東京高裁長官を務めていた。

 88年には陪審制度の調査研究のため、最高裁から米国派遣された。

司法制度改革審議会による裁判員制度導入の提言から04年5月の裁判員法成立までの過程で、最高裁の経理局長や事務総長として主導的な役割を果たした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【私のコメント】

日本の裁判所を実質的に動かしているのは、最高裁事務総局である。

最高裁の奥まったところにある影の存在、伏魔殿である。

彼がそのトップである最高裁事務総長の座にあったのは、2002〜2006年まで。ほぼ小泉政権下と重なる。

この影の存在が最高裁長官という表に出てきた。

彼が最高裁長官に就任したのが2008.11月、

その4ヶ月後には小沢氏秘書の逮捕劇(2009.3月)が始まり、

そして小沢一郎に対する検察審査会の強制起訴(2010.10月)が行われた。

検察審査会の議決が法的強制力を持つという現在の検察審査会法の改正は、

2004年に行われ、2009.5月より施行された。

2004年と言えば、竹崎博允最高裁事務総局のトップの時であり、

2009.5月は彼が最高裁長官に就任して半年後である。

そして2010.10月には、小沢一郎に対する検察審査会の強制起訴が行われた。

翌年2011.1〜9月までの法務大臣は反小沢で知られる江田五月である。

江田五月竹崎博允は同郷(岡山)であり、小・中・高校の同窓であり、東大法学部まで一緒である。

これで行政面と司法面の両方から小沢攻撃を仕掛ける体制が整った。

こういう中で2011.9月には登石郁朗裁判長によって小沢元秘書3人に『推認』判決が言い渡された。『推認』によるデタラメな有罪判決である。

彼の権力の基盤は、アメリカ派遣されたことがあるところから、アメリカとのパイプにある。

アメリカのエージェントとして出世階段を上ってきた男である。

彼が最高裁事務総局のトップとして采配を振るったのは、小泉政権という親米政権の庇護の元である。

そして民主党の勢いが強まると、対米自立を唱える小沢一郎に対して、姑息な司法的手段で小沢一郎の追い落としに最高裁長官として荷担したのだ。



(竹崎博允最高裁長官と江田五月民主党議員)

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dokuhebinikidokuhebiniki 2012/10/30 02:28

元裁判官が語る最高裁事務総局に支配されている日本の裁判官の実態!(?)   
2012/4/30(月) 午後 6:33政治政党、団体





杉並からの情報発信です

政治、経済、金融、教育、社会問題、国際情勢など、日々変化する様々な問題を取り上げて発信したいと思います。


2012-04-30 13:08:22 | 政治・社会

(竹崎博允最高裁長官と江田五月民主党議員)

[裁判官の独立]は日本国憲法第76条第3項に以下のように規定されています。

?すべての裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び
法律にのみ拘束される。

4月26日東京地裁大善文雄裁判長は[小沢裁判]一審判決で[限りなく黒い無
罪判決]を出しましたが、大善裁判長ら3名の裁判官が憲法に規定され た[裁
判官の独立]によってこの判決を出したとは到底思えません。何故ならば日本の
裁判官3000名は、昇格、転勤の人事権を独占する最高裁事務 総局に実質的
に支配されているからです。

裁判官歴22年の生田暉雄弁護士は2年前の講演会で[最高裁事務総局に支配さ
れている裁判官の実態]を語っておられます。以下の【該当記事】をお読みく
ださい。最高裁事務総局に支配されている日本の裁判官の実態がよくわかります。

【該当記事】

■ 元裁判官が証言する日本の裁判所と裁判官の暗黒の実態 (1/3)
2011-01-22

http://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/b23963d9be86f7de98fed32f7ee53c87

元裁判官が証言する日本の裁判所と裁判官の暗黒の実態 (1/3)

■ 元裁判官が証言する日本の裁判所と裁判官の暗黒の実態 (2/3)
2011-01-22  

http://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/a1172ed1c5b17bc3c4b2cfe0381879b9

元裁判官が証言する日本の裁判所と裁判官の暗黒の実態 (2/3)

■ 元裁判官が証言する日本の裁判所と裁判官の暗黒の実態 (3/3)
2011-01-22

http://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/2ea1f984527370603967ad9348da63a7

元裁判官が証言する日本の裁判所と裁判官の暗黒の実態 (3/3)

▲生田暉雄弁護士が語る最高裁事務総局に支配されている日本の裁判官の実態!

生田暉雄氏のプロフィール

・1970年  裁判官任官
・1987年  大阪高等裁判所判事
・1992年  退官(裁判官歴22年)
・同年、弁護士登録(香川県弁護士会所属)
・現在…裁判は主権実現の手段であるとの考えのもとに、東京、宇都宮、愛媛の
教科書裁判に関与している。また、最高裁の「やらせタウ ンミーティング」違
法訴訟、国民投票法違憲訴訟を提訴すべく、準備中

生田暉雄弁護の重要な発言を箇条書きしました。

?裁判官の日常生活

それで裁判官になって、22年間で7箇所転勤しているわけです。3年に1回の
転勤ということです。裁判官の生活はどんなものかといいますと高松家 裁へ
行ったのが47歳のときです。このとき、所長と上席には黒塗りの車が配車され
るんです。 だから、裁判所と官舎の往復は車に乗ってくださいと言われるんで
す。車に乗って5分か6分ぐらいの距離なのですが、車に乗ってくれと。よその
部の裁判官の 顔を見るというのは、たまたまトイレで顔を合わせるぐらいで、
普段の行き来はありません。月1回ぐらいに 判例研究会という、裁判官全員が
集まる会があり、顔を合わせるのはそのときぐらいです。それ以外は、よその部
に遊びに行ったりもしません。自分の部、裁判 官4人構成の部の隣に書記官、
事務官という10人前後の人数がおる部屋があって、それが一体となっていると
いうことです。

?裁判官の市民生活

それから、裁判官の市民生活ということですが、裁判官はほかの国の裁判官と
違って、市民的自由というのは一切ありません。フランスや ドイツは労働組合
を結成できるとなっていまして、実際にも組合を結成していますが、日本ではそ
ういうことはありえません。

?自分は偉いんだという意識は人一倍強くて権力意識なんかも非常に強い

宇和島市始まって以来の騏麟児、秀才だというので東大、司法試験現役で通っ
て、裁判官になってきている人。そういうふうな、もう勉強については無 茶苦
茶よくできる。だけど、勉強以外はあまり得意ではないという人が多いです。そ
れから法律家としても、裁判官としては務まるけれども、検事のよ うな仕事は
できないし、もちろん弁護士にもなれない。裁判官以外にはなれない。だけれど
も、自分は偉いんだという意識は人一倍強くて、権力意識な んかも非常に強
い。いっしょに裁判をやっていましても、裁判長とかほかの陪席の方にも出てき
た人にも、社会的地位が上の人には、つまり強い者には 弱くて、弱い者に対し
ては非常に強圧的に出ていく。

?最高裁は裁判官に憲法違反の統制をしている

裁判官というのは、みんな自分は勉強ができると、人よりも落ちると言われるこ
とに一番弱い体質なんです。比べられて落ちると言われる ことにです。 そうい
うことから、これを逆手にとれば、一番裁判官をうまく統制できるということに
なります。現在、最高裁は裁判官に憲法違反の統制をしています。それは どう
いうことでやるかといいますと、裁判官になって20年目までは、月給はみんな
平等に上がっていきます。20年目までが4号と いうところです。 21年目に
4号から3号になるかどうかということで、ふるいにかけられるわけです。3号
にならないと裁判長にもなれません。それから、4号から3号になる 給料差で
すが、これはだいたい2000年、平成12年の基準でいきますと、4号俸の月
額が90万6000 円、3号俸になる と106万9000円で、16万
3000円差があります。毎月で16万3000円違って、これがボーナスや諸
手当、給料の1割がつく大都市手当、それらを 合わせると、だいたい年間で
500万円の差になる。結構大きいんですよ。だけど、その給料差だけじゃなし
に、相手は3号になったのに、会合の座席 でいえば、自分を飛び越して上座に
行っちゃったのに、自分は 行っていないとい う、こういう屈辱感みたいなもの
も大きいんですよね。そういうことで、非常に3号にみんななりたくて仕方がな
い、21年目ぐらいからは。

?検事の要求と違う判決は出さない

だけど最高裁は、どういう要件があれば3号になって、どういう要件がなければ
3号にならないかという基準を明らかにしないのです。だから、こうい う行動
をとっていたら、最高裁は自分を嫌わないだろうかとか、最高裁に評価されるん
じゃないかということを非常に気にして生活や判決もします。だ から、まず考
えられるのは、組合関係の判決なんかで、検事と違うような判決を出せば、まず
最高裁からもにらまれるであろうということ は、推測は立ちますから、検事の
要求と違うような判決は、まず出さないと思います。裁判官としてはまず出さない。

?ヒラメ裁判官が多い理由

そういう最高裁が何を考えているのかという、上ばかりを見るというので、「ヒ
ラメ裁判官」といわれています。ヒラメというのは海底で砂 の中にうずくまっ
て、目だけを上に上げて生活しているらしいのですが、そういう上ばかり見てい
るというので、ヒラメ裁判官という。そういうことです。給料をそういうふうに
餌にする。それで3号にならないと、2号にもならない、1号にもならない。1
号にならないと所長にもなれないということです。1号と4号とでは、 月にし
て30万円 以上の差がありますから、これが年間になって、諸手当、ボーナス
から全部含めますと、1000万ぐらいの差になってくる。それから、退職金も
全部そういう ことで計算されてきますから、生涯所得では相当の差になってく
るということです。みんな3号、2号、1号に早くなりたいということで、最高
裁のほ うばかりを向いて仕事をする。

?検事の出す白白調書を信用するのは給料差別による餌があるからです

20年、30年経ってから、あの自白調書はおかしいと、えん罪であったという
のが出てくることがあるが、これはある意味では分かりきっていながら も、自
白調書を信用して有罪の判決を出しているわけなんです。検事の出す白白調書を
信用していくというのは、こういう給料差別による餌があるから です。

?その出世を妨げたくないというのもあって憲法違反というのは合議で言わな
かったのです

私も何とか人よりも早くというか、それぐらい裁判官でまともにやっていきたい
という気もあったわけですから、特に私は高裁へ入ったのが、同期のみ んなよ
りもかなり早いのです。それはどういうことかというと、当時、3回目に徳島地
裁へ行った。ところが徳島地裁では、その前にラジオ商事件と か、森永ドライ
砒 素ミルクの事件なんかがあって、ほかの事件が全部止まって、ロッカーに何
本ももうほとんど判決を書くだけの事件がたまっているのです。それで、生田
君、君 はこれを全部処理してから転勤してくれと言われて、当時は極めてまじ
めですから、言われたことはそのとおり受けてやるということで、 土日にほか
の裁判官がテニスする中でも、私は運動服に着替えていって、古い記録を、ほこ
りだらけの記録をひっくり返して、ほとんど転勤までに処理していっ た。そう
いう処理能力が買われて、高裁に行ったんじゃないかなと思います。それから、
できるだけ自分の良心に反することはしまいと思っていたので すが、いまでも
はっきりと覚えているのは、徳島から尼崎支部へ行 きまして、ここで、公職選
挙法の戸別訪問が憲法違反かどうかという有名な事件がかかっていました。それ
で、私はどういうことを結論にすべきか非常に迷った のですが、私自身の保身
も働き、それと支部長が裁判長で、尼崎の支部長というのは順当にいけば、次、
所長に出られるのです。その出世を妨げたくな いというのもあって、憲法違反
というのは合議で言わなかったのです。それで、あとでその支部長、裁判長か
ら、生田君が憲法違反を言い出したらどう しようかと思って、困っていたけれ
ども、生田君は言わない でくれたから、私も所長になれると喜んでくれた。そ
れで、その人は所長で出て行ったのです。そういうふうな妥協もあって、高裁の
判事になっていったんじゃ ないかなと。だから、かなり自分としては忸怩たる
ものがあるわけなんですよ。
(つづく)

dokuhebinikidokuhebiniki 2012/10/30 02:54 竹粼 博允(たけさき ひろのぶ、1944年7月8日 - )は日本の裁判官。現在最高裁判所長官(第17代)。
目次 [非表示]
1 人物
2 経歴
3 関与した最高裁判決
4 脚注
5 外部リンク
人物 [編集]

岡山県出身。主に刑事裁判畑を歩む。最高裁判所事務総局勤務も長く、司法行政経験が豊富である。最高裁判事を経験せずに就任した最高裁長官は横田喜三郎以来48年ぶりであり、任期は2014年7月7日までになる見込みである。第二小法廷所属[1]。
香川県選挙管理委員会委員長で百十四銀行会長の竹粼克彦は兄。2009年の第45回衆議院議員総選挙の「一票の格差」訴訟では、克彦が被告である選挙管理委員会の代表者であることから、回避を行った[2]。
小学校(岡山市立弘西小学校(現・岡山市立岡山中央小学校))、中学校(岡山市立旭中学校(現岡山市立岡山中央中学校))、高校(県立岡山朝日高校)とも法務大臣江田五月と同じである[3]。東京大学法学部にも江田に3年遅れて入学したものの、江田が一旦退学したのち再入学をしたため、江田より1年遅れての卒業となった。
1988年に、陪審制度研究のため、当時の最高裁長官矢口洪一の命をうけ特別研究員としてアメリカへ派遣され、帰国後の報告書は陪審制度を徹底的に批判するものだったが、裁判員法成立後は裁判員制度を利用することで司法に国民の信頼をつなぎとめようと考えるようになった[4]。2008年11月17日、前任の最高裁長官である島田仁郎は、自身の退任記者会見において竹粼を評して「彼を思うと坂本龍馬が浮かぶ。先を見通す力が抜群に優れている。」と述べた[5]。2008年11月25日の就任記者会見で、最高裁判事を経ずに長官に就任したことから小法廷での審理にも関与したいと述べ[6]、2009年3月9日、福島県青少年保護育成条例違反被告事件で裁判長として上告棄却判決を言い渡した[7]。
趣味は園芸と音楽鑑賞。以前は渓流釣りも趣味としていた[8]。
経歴 [編集]

1963年 岡山県立岡山朝日高等学校卒業
1966年 司法試験合格
1967年 東京大学法学部卒業
1967年 司法修習生
1969年 東京地方裁判所判事補
1970年 コロンビア大学ロースクール留学(LLM)
1972年 広島地方裁判所判事補
1974年 司法研修所付
1977年 鹿児島地方・家庭裁判所名瀬支部判事補
1978年 東京地方裁判所判事補
1979年 東京地方裁判所判事
1981年 司法研修所教官
1982年 最高裁判所総務局第二課長兼第三課長
1984年 最高裁判所総務局第一課長兼制度調査室長
1988年 東京地方裁判所判事
1990年 東京高等裁判所事務局長
1993年 東京高等裁判所判事
1994年 東京地方裁判所判事部総括
1997年 最高裁判所経理局長
2002年 最高裁判所事務総長
2006年 名古屋高等裁判所長官
2007年 東京高等裁判所長官
2008年11月25日 第17代最高裁判所長官就任
2009年8月30日 第45回総選挙と同時に行われた第21回最高裁判所裁判官国民審査の投票の結果、罷免を可としない(無印)が62,754,264票、罷免を可とする(×印)が4,184,902票となり信任
関与した最高裁判決 [編集]

平成21年3月9日第2小法廷判決
福島県内に設置されたDVD等の販売機が、監視カメラで撮影した客の画像を監視センターに送信し、監視員がモニターでこれを監視する等の機能を備えていても、対面販売の実質を有しているということはできず、福島県青少年健全育成条例16条1項にいう「自動販売機」に該当するとし、また、有害図書類の自動販売機への収納を禁止し、その違反を処罰する福島県青少年健全育成条例の規定は憲法21条1項、22条1項、31条に違反しないとして、同条例所定の有害図書類であるDVD1枚を販売目的で収納した行為を有罪とした高裁判決を維持した(全員一致、裁判長)。
平成21年4月24日第2小法廷判決
仮処分命令における保全すべき権利が、本案訴訟の判決において、当該仮処分命令の発令時から存在しなかったものと判断され、このことが事情の変更に当たるとして当該仮処分命令を取り消す旨の決定が確定した場合には、当該仮処分命令を受けた債務者は、その保全執行としてされた間接強制決定に基づき取り立てられた金銭につき、債権者に対して不当利得返還請求をすることができるとして、高裁判決の判断を正当として是認した(全員一致、裁判長)。
平成23年11月16日大法廷判決
覚醒剤取締法違反事件の上告審判決で、裁判員制度が憲法に違反するかどうかについて、「憲法上、国民の司法参加が禁じられていると解すべき理由はない」として合憲と判断した(全員一致、裁判長)[9]。
平成24年9月7日第2小法廷判決
被告の前科を示して犯人だと立証することが許されるかどうかについて、「前科に顕著な特徴があり、起訴事実と相当程度の類似が認められた場合にのみ許される」との初判断を示した(全員一致、裁判長)。
脚注 [編集]

^ 最高裁判所の裁判官
^ 最高裁長官、審理外れる 1票高松訴訟に実兄関係 共同通信 2010年9月15日
^ eda-jp.com。江田が3学年上になる。
^ 山口進『脱官僚か、プロの誇りか。裁判員制度の陰に、2人の最高裁長官の「思想的対立」があった』朝日新聞グローブ
^ 47news.jp
^ http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/198910
^ 最高裁第二小法廷判決平成21年3月9日。なお最高裁判所裁判事務処理規則第3条により、最高裁判所長官が小法廷に出席する場合は、常に裁判長となる。
^ courts.go.jp
^ “裁判員制度は「合憲」 最高裁大法廷が初判断”. The chugoku Shinbun ONLINE (中国新聞社). (2011年11月16日) 2011年11月16日閲覧。
外部リンク [編集]

最高裁判所の裁判官

dokuhebinikidokuhebiniki 2012/10/30 03:08 江田 五月(えだ さつき、1941年(昭和16年)5月22日 - )は、日本の政治家。民主党所属の参議院議員(4期)。民主党最高顧問。弁護士(登録番号:15935)。
参議院議長(第27代)、科学技術庁長官(第50代)、法務大臣(第87代)、環境大臣(第16代)、衆議院議員(4期)、社会民主連合代表、社会市民連合代表、日本新党副代表、民主党参議院議員会長などを歴任。
父は日本社会党委員長代行を務めた元衆議院議員の江田三郎。
目次 [非表示]
1 経歴
1.1 生い立ちと裁判官時代
1.2 国会議員へ
1.3 社民連時代
1.4 日本新党→新進党→知事選挙落選
1.5 民主党時代
1.5.1 参議院議長として
1.5.2 参院議長退任後
2 人物
3 著書
4 脚注
5 関連項目
6 外部リンク
経歴 [編集]

生い立ちと裁判官時代 [編集]
岡山県上道郡財田村長岡に生まれる。岡山県立岡山朝日高等学校卒業後、東京大学に入学する。
東大教養学部自治会委員長時代、大学管理制度改革に反発し、全学ストを決行。このストを指揮したため、責任を取る形で退学処分が下った[1]。翌年、学生運動からの絶縁を宣言し、東京大学に復学。法学部で丸山眞男の薫陶を受け、吉野作造の研究に従事しながら法律を勉強し、東大在学中の1965年に司法試験に合格した(全受験者中席次は10番)。
東大卒業後、司法研修所入所。司法修習第20期の同期には横路孝弘、高村正彦、神崎武法、村井敏邦らがいる。司法修習を経て、裁判官の道を選択し、東京、千葉、横浜各地方裁判所で判事補を務めた。その後オックスフォード大学大学院に留学し修士課程を修了した。
国会議員へ [編集]
1977年5月に父・江田三郎が急逝。江田三郎は1977年3月に日本社会党を離党し、菅直人、安東仁兵衛らを誘って社会市民連合を結党したばかりだった。三郎は当時落選中で、第11回参議院議員通常選挙に出馬する腹積もりであったが、公示日直前の5月22日に急逝した。そのため五月が代わりに担ぎ出され、社会市民連合公認で全国区から出馬し、参院議員に初当選する。なお、当時の公設秘書は後に暗殺される石井紘基であった。
社民連時代 [編集]
1978年、社会党を離党し社会クラブを結成していた田英夫、楢崎弥之助、秦豊らが加わり、社会民主連合(以下社民連)を結党。社民連の代表には田が就任し、江田は副代表に就任した。
1983年、第13回参議院議員通常選挙には出馬せず、同年12月の第37回衆議院議員総選挙に旧岡山県第1区から社民連公認で出馬し、衆院に鞍替えした。
1985年には社民連代表に就任した。代表を務めた社民連は自由民主党一党の保守政権に代わる野党連合政権の樹立を志向し、社民連を結節点にした社会・民社3党の「ブリッジ会派」構想や、公明党を加えた「社公民連合政権」構想を唱えたが、1986年の衆参同日選挙で自民党が304議席を獲得して圧勝したため、連合政権構想は遂に陽の目を見ないまま終わった。
「学園浸透スパイ団事件」も参照
1989年、在日韓国人政治犯29名の釈放の嘆願書に署名。その中に、北朝鮮による日本人拉致の実行犯であり、北朝鮮の工作員だった辛光洙ら10名が含まれており、江田は自身のホームページ上においても「1989年に128人の国会議員で、政治犯として韓国に拘束されていた在日韓国人19名の釈放要求の署名をしたが、その中に拉致犯人がいたことは、当時知らなかった。不明を恥じ、被害者の方々にお詫びする。私としてもさらに検証するつもりだ」と言及している[2]。なお、辛光洙事件そのものは辛が摘発された1985年にはすでに「日本人を北朝鮮に拉致、韓国、工作員ら3人拘束」(『朝日新聞』1985年6月28日付夕刊)と辛光洙の名前が拉致容疑者として報道されていた。また、1988年3月26日の参議院予算委員会において警察庁警備局長の城内康光は、辛光洙について「不法に侵入した北朝鮮の工作員であろう」と答弁していた。
1992年、自民党内では羽田孜、小沢一郎らを中心に改革フォーラム21が結成されたほか、大前研一の平成維新の会、細川護煕の日本新党が相次いで誕生。江田は政策集団シリウスを結成し、社会党右派も巻き込んだ改革派勢力の結集を図る(社会党内でも赤松広隆ら、若手改革派の台頭の兆しが見え始めていた)[3]。
1993年、第40回衆議院議員総選挙では、自民党を離党した羽田孜・小沢一郎らの新生党、武村正義・田中秀征・鳩山由紀夫ら新党さきがけ、細川護煕・小池百合子ら日本新党が大きく議席数を伸ばし、「新党ブーム」が巻き起こる。結果、自民党の議席は過半数を割り込み、宮澤喜一首相は退陣に追い込まれた。宮澤内閣の退陣により、非自民非共産8党派による細川内閣が誕生し、江田は科学技術庁長官に就任した。
日本新党→新進党→知事選挙落選 [編集]
1994年、社民連が解党し、江田、阿部昭吾は日本新党に入党。同党副代表に就任する。しかし、同年4月に細川首相は8ヶ月で辞意を表明し、続く羽田内閣も社会党の連立離脱によって少数与党に転落し、6月に64日で退陣に追い込まれた。同年末、新進党結党に参加する。
1996年、岡山県知事選挙出馬のため衆院議員を辞職し、新進党を離党。知事選では同じ岡山選出の加藤六月元農林水産大臣や、新進党を支持する創価学会からも支援を受けたものの、東大の後輩である自民党推薦の元建設官僚・石井正弘に敗れた。選挙後は新進党に復党せず、弁護士を経て民主党に入党。
民主党時代 [編集]
1998年、第18回参議院議員通常選挙に岡山県選挙区から民主党公認で出馬し、2年ぶりに国政復帰を果たした。2003年の衆議院東京都第6区補欠選挙では、新人の元NHKアナウンサー・小宮山洋子の選挙対策副本部長を務める(選対本部長は羽田孜)。なおこの補欠選挙は、かつて江田の秘書だった石井紘基の死去に伴うものだった。2004年、改選議席数が2から1に改められた岡山県選挙区で再選を果たす。
参議院議長として [編集]
2007年、第21回参議院議員通常選挙で民主党が大幅に議席を増やし、与党は参院では過半数を割り込んだ。そのため、8月の臨時国会で全会一致で参議院議長に選出される(副議長は山東昭子)。野党から参議院議長が選出されるのは1955年の自民党結党以来初めての出来事であった。
2007年8月30日に日本記者クラブで行った講演で、衆議院議決法案を参議院が修正か否決(または60日間未議決)しても衆議院で再議決できるとする日本国憲法第59条第4項について、「例外中の例外の規定だ」と述べた[4]。
2007年11月30日、額賀福志郎の山田洋行事件に関して民主党が野党単独で証人喚問を議決したことについて「円満にできるように取り計らってもらえないか」と慎重な対応を呼びかけた[5]。
2008年1月、ガソリン国会で暫定税率問題で与党の2ヶ月延長法案(ブリッジ法案)を巡って国会が空転した際、河野洋平衆議院議長と連名で斡旋案を提示。斡旋案には年度内に予算及び歳入法案の徹底した審議を行い年度内に一定の結論を得ることで与野党が合意すること、それにより与党はブリッジ法案を取り下げることが規定されていた。これに与野党が合意したため、与党はブリッジ法案は取り下げた。
2008年1月8日に来日したアメリカ合衆国のマイク・ホンダ下院議員に、民主党の神本美恵子、水岡俊一、日本共産党の紙智子、仁比聡平らとともに面会。ホンダが従軍慰安婦問題に関して日本政府に公式な謝罪を要求するアメリカ合衆国下院121号決議の提出を主導し、下院で議決させたことに対し、謝意を表明した。これに対しホンダは「従軍慰安婦の問題で日本人に罪を認めさせるのは、とても難しい課題だが、みなさんとセイムなハート(同じ気持ち)だ」と応じた。なお、アメリカ合衆国下院121号決議に関しては、真偽の疑わしい慰安婦募集に関する日本政府の関与や日本軍の強制を否定する立場から、民主党の河村たかし、渡辺周らをはじめ超党派の国会議員や保守系言論人らが批判し、「ワシントン・ポスト」に決議の撤回を求める全面広告を掲載している。
2009年9月30日、自身の政治団体がキャバクラなど風俗営業の店を利用した時に生じた支払いを政治資金から支出していたことが明らかになった[6][7]。キャバクラなど11店舗に5年間で240万円を支払い、飲食代を政治活動費として政治資金収支報告書に計上していた[8]。事務所は秘書が後援者たちとともに飲食を共にしたことを認めているが、自身の関与については否定している[6][7]。
2010年7月の第22回参議院議員通常選挙では、参院議長ながら民主党公認で岡山県選挙区から出馬し、当選。通常、中立性を守るために衆参両院の正副議長は所属する会派から離脱するのが1971年以降からの慣例であり、会派を離脱している議長が政党の公認を受けて参院選の選挙区(旧地方区)に出馬するのは1971年以降では初の出来事であった[9]。参院選後、参院議長を退任(後任は西岡武夫)。
参院議長退任後 [編集]
議長を退任後、民主党最高顧問、倫理委員長に就任した。
2011年1月14日、菅再改造内閣で法務大臣に就任し、18年ぶりに2度目の入閣を果たす。三権の長である国会の議長経験者の入閣は、第2次田中角榮改造内閣で法務大臣に就任した中村梅吉元衆議院議長以来、実に38年ぶりの出来事であった[10]。1月14日、法相就任時の記者会見において「死刑というのはいろんな欠陥を抱えた刑罰だ。国民世論や世界の大きな流れも考え、政治家として判断すべきものだ」「もともと人間はいつかは命を失う存在だ。そう(執行を)急ぐことはないじゃないかという気はする」などと述べたが[11][リンク切れ][12]、1月26日のインタビューで「欠陥というとちょっと言葉がきつすぎるので訂正したい」と撤回。その上で「どんな命も大切にということが世の中になければ、温かい人間社会はできない。そういう意味で、取り返しのつかない死刑にどう向き合うかは本当に悩ましい」と述べた[13]。なお、江田は在任中、一度も死刑執行の署名はしなかった。
法相就任まもない2011年1月18日、2009年夏の衆院選で掲げたマニフェストの見直しを民主党が表明したことに関し、江田は記者会見で「(あのマニフェストは)われわれが政権にいないときに、霞が関(の官僚)が民主党には十分な情報を提供しない中で、『心眼で見るとこうじゃないか』ということで作った部分がある」と発言した[14][15]。またそれに続けて「実現するには、いろんな隠れた障害があった。実際に政権を担当して、いろんなことが分かってきている。世の中の状況の変化もあり、マニフェストについて一度きっちりと点検をし、より成熟させる部分があればそうしていく」と発言した[15]。マニフェスト見直しの背景として、政権交代前に民主党は「天下りの斡旋を全面禁止して特別会計・独立行政法人・公益法人の仕事を徹底的に見直す[16]」「国家公務員の総人件費2割削減[16]」「ひもつき補助金廃止[16]」「衆議院の比例代表定数を80削減[16]」などの行政改革と予算の組み換えによって16.8兆円の新しい財源を生み出すとしていたが[16]、そのあてが外れ、このままあのマニフェストを掲げていたのでは2012年度の予算が組めなくなるという事情があった[14]。そのような状況でなされたこの「心眼マニフェスト発言」に対し、産経新聞は江田の発言を「釈明」とし[14]、「官僚が手取り足取り教えてくれないからテキトーにつくったでは、政治主導の看板が泣く[14]」「ご都合主義ここに極まれり[14]」と批判した。
大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件の反省に立って作られた法相の諮問機関である「検察の在り方検討会議」は、警察・検察官による被疑者取り調べの可視化(録画・録音)[17]について「直ちに充分な検討を行う場を設け、検討を開始するべきである」との表現にとどめていたが、江田は2011年4月8日、地検特捜部による容疑者取り調べ時の可視化試行を笠間治雄検事総長に指示した[18]。指示を受けた笠間検事総長は、録音・録画の試行を実施した。8月8日、江田は可視化の範囲を裁判員裁判のすべての対象事件に拡大するよう指示した[17][19]。
2011年年6月27日より松本龍環境大臣が同内閣において東日本大震災復興対策担当大臣に専任大臣として就任したため、後任の環境大臣を兼務した。同年9月、野田内閣発足に伴い退任。民主党最高顧問に再び就任した。10月21日に行われた参議院憲法審査会の会長選挙では22票を獲得したが、23票を獲得した自民党の小坂憲次に敗れた[20]。
人物 [編集]

2004年に世間を騒がせた年金未納問題では、科学技術庁長官を務めていた間に未納期間があったことが発覚した。菅直人によるとこれは社会保険事務所の間違いによるもので、後に未加入期間は解消されたという[21]。
趣味は古式泳法、書道。号は水月。
公益財団法人日中友好会館の会長を務め親中派として知られる[22]。
2002年に鈴木宗男事件が発覚した時は「利権政治の代表的存在[23]」「金にまつわる黒いうわさの人[24]」と鈴木宗男に批判的なコメントを発表したが、一方で2010年9月に民主党が告発に賛成した偽証罪を含めた4つの罪で鈴木宗男の実刑が確定した時は「魅力的なキャラクターで北の大地の輿望を担い、民主党会派に所属して活動しており、(実刑確定による国会議員失職は)残念な結果[25]」と鈴木宗男の議員失職を惜しむコメントを発表した。
社会市民連合時代からの菅直人の盟友であり、現在も菅グループの世話人を務めている。
著書 [編集]

『出発のためのメモランダム』毎日新聞社
『国会議員』 講談社現代新書
脚注 [編集]

^ 全学自治会中央委員会議長だった今井澄(のち民主党参院議員)も退学処分、副委員長の中島義雄は一年間の停学処分を受けた。
^ 江田五月のショートコメント 2002年
^ グループの名称は父・三郎が第2次人民戦線事件に関与して服役中、面会に訪れた妻・光子にかけた言葉「シリウスは見えるか」に由来する。シリウスは夜明けの訪れを意味する。
^ 日本記者クラブでの講演公式サイト 2007年8月30日
^ 額賀財務相の証人喚問、中止が決定日テレNEWS24 2007年11月30日
^ a b 民主5議員団体:「行きたいという後援者がいて…」 毎日新聞 2009年9月30日 [リンク切れ]
^ a b 民主5議員団体:クラブ、キャバクラ…政治活動費で飲食 毎日新聞 2009年9月30日 [リンク切れ]
^ “政治活動でキャバクラ利用 江田議長ら民主5議員団体”. 47NEWS/共同通信. (2009年9月30日) 2012年6月14日閲覧。
^ 1971年の議長会派離脱慣例化以降で現職参議院議長が参院選の選挙区(旧地方区)に立候補した例は1977年の河野謙三(神奈川県)、1980年の安井謙(東京都)、1989年の土屋義彦(埼玉県)、1998年の斎藤十朗(三重県)があるが、いずれも無所属候補として立候補し当選をしている。なお、比例区(旧全国区)では1983年の徳永正利が自由民主党の名簿第1位に搭載され、当選している。
^ 日本国憲法下における衆議院議長経験者の閣僚就任は大野伴睦(1953年3月14日議長退任・1954年1月14日北海道開発庁長官就任)、松永東(1955年1月24日議長退任・1957年7月10日文部大臣就任)、益谷秀次(1958年4月25日議長退任・1959年6月18日副総理就任)、中村梅吉(1973年5月29日議長退任・1973年11月25日法務大臣就任)の4例がある。
^ 死刑「欠陥抱えた刑罰」=世論踏まえ執行判断−江田法相時事ドットコム 2011年1月15日
^ YOMIURIONLINE2011年1月14日
^ asahi.com2011年1月26日
^ a b c d e 阿比留瑠比 (2011年1月22日). “「マニフェスト詐欺」の反省を示せ”. 産経新聞 2012年6月14日閲覧。
^ a b “江田法相「マニフェストは(野党時に)心眼で作った」見直しへ”. 産経新聞(ウェブ魚拓). (2011年1月18日) 2012年6月14日閲覧。
^ a b c d e 民主党 (2009年07月27日(2011年06月28日)). “民主党の政権政策Manifesto2009”. 2012年6月14日閲覧。
^ a b 中日新聞2011年9月25日
^ 東洋経済オンライン2011年4月11日
^ 共同通信2011年8月8日
^ 時事ドットコム2011年10月21日
^ 私の年金未加入問題について民主党 2004年5月17日
^ 会長あいさつ公益財団法人日中友好会館
^ 鈴木宗男議員逮捕について(談話)
^ 参議院本会議2002年7月31日
^ 江田五月 メールマガジン第995号
関連項目 [編集]

民主党国会議員一覧
民主党の閣僚経験者一覧
外部リンク [編集]

公式ウェブサイト
民主党岡山県総支部連合会
議会
先代:
扇千景 参議院議長
第27代:2007年 - 2010年 次代:
西岡武夫
先代:
朝日俊弘 参議院懲罰委員長
2006年 - 2007年 次代:
中曽根弘文
先代:
広中和歌子 参議院国家基本政策委員長
第4代:2002年- 2003年 次代:
角田義一
官職
先代:
松本龍 環境大臣
第16代:2011年 次代:
細野豪志
先代:
仙谷由人 法務大臣
第87代:2011年 次代:
平岡秀夫
先代:
渡辺省一 科学技術庁長官
第50代:1993年 - 1994年 次代:
羽田孜(事務取扱)
党職
先代:
藁科満治 民主党参議院議員会長
第6代:2004年 - 2006年 次代:
輿石東
先代:
田英夫 社会民主連合代表
第2代:1985年 - 1994年 次代:
解散
先代:
江田三郎 社会市民連合代表
第2代:1977年 - 1978年 次代:
解散
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表・話・編・歴
歴代の法務大臣

dokuhebinikidokuhebiniki 2012/10/30 13:20 東京第五検察審査会(以下、第五検審)、小沢事件を2回審査し、それぞれ「起訴相当」の議決をして強制起訴へと持ち込んだ検察審査会である。これから書くのはその第五検審にメスを入れ、解体、腑分し、その暗部を白日の下に晒そうというものである。
まず、はじめに小沢事件が第五検審で審査に至った背景はどのようなものであったか、時系列で見て行くことにする。

外為法違反事件から始まった小沢事件
平成21年1月14日、西松建設の元海外担当副社長らが1億円の裏金を海外から持ち帰ったとされた外為法違反事件を発端に一連の小沢事件は始まった。東京地検は総額10億円と言われる裏金の政治家ルートの調査を始める。しかし、思うような成果は上がらない。そこで東京地検は西松建設の2つの政治団体、「新政治問題研究会(平成7年11月設立)」と「未来産業研究会(平成11年6月設立)」に目を付ける。この2つの団体は実体がなく西松建設のダミー団体であり、これらの団体の政治献金は西松建設による迂回献金で政治資金規正法に違反するという見立てである。

2つの政治団体は、平成18年の解散までに、会費と資金集めパーティーであわせて約5億9千万円を集め、約4億7千万円を政界に流したとされる。収支報告書では小沢一郎が3,100万円、自民党では、尾身幸次元財務相が2,080万円、加藤紘一元幹事長が1,400万円、森喜朗元首相500万円などとなっている。
東京地検は3月3日、衆議院議員選挙を半年後に控えていた民主党代表の小沢一郎の公設第一秘書、大久保隆規を西松建設社長とともに逮捕する。これがいわゆる「西松建設事件」である。

見え隠れする事件の政治的側面
この「西松建設事件」について3月5日、漆間巌官房副長官が記者団との懇談の席でオフレコであったが「自民側は立件出来ない」と語り、それが報道されてしまう。もともと、麻生内閣が官房副長官に漆間を起用した理由は警察OBであり、現役警官からの情報が得られ、小沢一郎民主党代表の持病である狭心症の状態や、民主党大物議員石井一のマルチ商法スキャンダルを調査させるという目的であったことが取りざたされていた。

この発言を受け、3月10日、民主党の西岡武夫参院議院運営委員長が「党執行部と相談した上で樋渡利秋検事総長の証人喚問を考えたい」とコメントする。すかさず、3月13日、森英介法相が「検察官を証人として国会に出頭させることは、検察官の独立性と公正性の保持の観点から悪影響を及ぼす」として反対を表明するなど応酬があった。 

実はこの森法相、のちに平野元参議院議員によって次のような話が暴露される。上杉隆の「ニュースの真相」に出演した22年5月18日、平野元議員が、5月13日に数人の財界人から呼ばれ話をしたがその席で、財界人の一人が、森大臣が酒の席で「大久保逮捕は自分が指示してやらせた」と言ったのを聞いたというのである。このあまりの爆弾発言に司会の上杉隆がドギマギしている様子がそのまま流れている。

政治的・社会的影響が大きい案件は検事総長、東京高検検事長、東京地検検事正らが一同に会する「検察首脳会議」を開催するのが慣例になっていたが捜査当局はこれを無視し、秘書逮捕に突入したとされるが、法務大臣による指揮権発動であれば、これらの経緯がすんなり理解できる。この後、3月24日、大久保秘書と西松建設社長は起訴される。

これと前後して、大阪地検では「凛の会」の障害者団体の証明に、虚偽の証明書が使用されたとして6月14日、村木 厚子社会・援護局障害保健福祉部企画課長(当時)を虚偽公文書作成、同行使容疑で逮捕する。民主党の政治家、石井一が口添えをしたとされたが、その日は千葉でゴルフをしていたと自分の手帳を基に証言、石井は難を逃れる。このため、検察は石井のマルチ商法スキャンダルへの糸口を失うこととなる。

この2つの事件は衆議院選挙を控えて、東京の小沢、大阪の石井で国民の支持が高まりつつあった民主党を潰すための国策捜査であったという見方がある。「村木事件」で逮捕された大阪地検の大坪元特捜部長が、民主党が政権を取りそうになった頃、最高検の幹部がその大坪に「最高裁幹部と民主党潰しを画策している。大阪特捜部は石井一議員周辺を捜査する。東京特捜部には小沢氏を捜査させるが、起訴は難しいから、最高裁が検察審査会を利用して起訴する」と話したことが知られている。

この「西松建設事件」により、小沢一郎は5月11日、民主党代表を辞任、後任に鳩山由紀夫が就任する。しかし、その検察の思惑にもかかわらず、8月30日、第45回衆議院議員選挙で民主党は308議席を獲得して圧勝、9月16日には鳩山総理・小沢幹事長の民主党政権が誕生する。自民党は181議席を失い、1955年の結党以来はじめて衆議院第一党から転落することとなった。

民主党政権が樹立されたことにより、検察は追い込まれ、より一層、危機感を持つ。総務省の鈴木康雄次官が更迭され、国土交通省では本保芳明観光庁長官が民間人と交代させられる。小沢一郎が検事総長の人事に介入してくることを恐れたのである。のちの小沢裁判で証人に立った前田元検事は東京地検に応援に行った捜査初日に主任検事から「この件は特捜部と小沢の全面戦争だ。小沢をあげられなければ、(特捜部は)負けだ」と言われたと証言している。

「陸山会事件」による検察の再始動
その後、しばらく動きのなかった東京地検が11月4日、市民団体「世論を正す会」が起こした小沢一郎秘書3人に対する政治資金規正法違反容疑の告発をきっかけに再び動き出す。小沢一郎の資金管理団体である「陸山会」が東京都世田谷の土地を16年に購入した際、実際は10月に購入したものを登記せず、翌年1月に登記し、政治収支報告書に虚偽記載(期ズレ)したというものである(「陸山会事件」)。この市民団体「世論を正す会」についてはまったく実体が分かっていないが、この告発を受け、東京地検は22年1月15日、石川知裕衆議院議員と池田私設秘書を逮捕(「陸山会事件」)する。しかし、このとき、検察は重大な危機に直面していたのである。

「西松建設事件」の消滅
2日前の1月13日、「西松建設事件」の第2回公判で、西松建設元総務部長が「(献金していた)当時は、政治団体がダミーとは全く思っていなかった」と証言したのである。政治団体についても「OBがやっていて、届け出もしている、と被告に説明したと思う」と述べ、西松と政治団体の関係を質問した裁判官に「事務所も会社とは別に借りて、資金も別だった」と証言したのである。しかも、この証人は検察側証人であったので検察の狼狽ぶりはいかばかりであったろう。このまま無罪となり、政権交代前の不当逮捕を糾弾されるのを恐れた検察は、虚偽記載の範囲に同じ平成16年の「陸山会」における虚偽記載のものを入れるよう申立てる。いわゆる「訴因変更」である。

「訴因変更」とは、起訴状に訴因として書かれているもの以外では被告人を有罪にすることはできない。このため、当初の訴因では有罪が見込めないとき、検察は訴因の変更を求める場合がある。ただし、いかなる変更も許されるわけではない。裁判所は検察官の訴因変更が公訴の同一性を有すると認められる範囲においてのみ変更を許している。ただ裁判員制度の導入から公判前整理手続きを行うため、この訴因変更は認められにくくなっている。このケースでは同じ平成16年の政治収支報告書の虚偽記入という罪において一部は大久保被告の単独犯、一部は秘書3人の共犯というちぐはぐな構図になってしまったが、1月21日、東京地裁はこの訴因変更を認める裁定をしている。1月16日の大久保秘書の逮捕はこの訴因変更に合わせた急遽の再逮捕であったため、石川氏らの逮捕と1日ずれてしまっている。 

検察と協働する怪しい市民団体
続いて、別の市民団体「真実を求める会」が陸山会による土地購入の虚偽記載に関与した容疑で小沢一郎を告発する。小沢一郎に対するこの告発こそが、のちに小沢一郎を法廷の場に立たせるものであった。東京地検は3人の秘書の逮捕にあわせ、小沢にも任意の事情聴取を要請しており、小沢もこれを了承していたが、突然の告発により、その任意の聴取が被告発人としての聴取にすり替わってしまった。

告発は受理されない場合や受理されても捜査開始が半年から1年後となる場合もあるが、これが任意聴取の2日前に出され、それが即座に正式受理されていることから「真実を求める会」と検察の連携プレーだったと言われている。小沢一郎を告発した「真実を求める会」について、代表者は元産経新聞のジャーナリストで山際澄夫と言われているが、「世論を正す会」と同じく実体は不明である。この2つの市民団体は告発の手際の良さや検察の受理のスピードなど、どちらも検察との深い関係が疑われるが、まず秘書を逮捕することでマスコミを煽り、次の小沢一郎に対する告発が自然なものに見えるよう、周到に計画されていたのではないだろうか。

「水谷建設事件」を捏造するマスコミ
秘書3人を逮捕した直後の1月27日、TBSの「朝ズバ」が今度は「水谷建設による石川議員への裏金、5,000万円の受け渡しを目撃した男性が核心証言」との報道を開始する(「水谷建設事件」)。しかし、目撃男性は石川議員を長身といい、人目に付く全日空ホテルの喫茶店で紙袋に入った現金5,000万円の受け渡しを目撃と言っていたことから、すぐ、その証言のいかがわしさが指摘された。

後から日刊ゲンダイがこの人物にインタビューした2月6日の記事には、16年10月15日に見たのかの質問に「だいたい5,6年前のことを覚えている人はいないでしょう。1週間前の夕食さえ覚えていないのに」と答え、石川議員を本当にホテルで見たのかとの質問には「(別の)グランドパレスホテルで見たことがある」と答え、5,000万円を見たわけでもなかったことが書かれている。

もともと、この10月15日の5,000万円の金の受け渡しは、その金が陸山会による土地購入資金の一部になったという検察の見立てであったが、検察はこの「水谷建設」の裏金によって石川議員を立件し逮捕することはなかった。結局、マスコミがこの捏造報道で世間を煽っただけであった。この水谷建設の事件は西松建設における検察の大失態を隠ぺいするため、慌てて検察がリークしたやらせであったと思われる。その検察の思惑通り、世間ではこの西松建設事件の消滅を知る者はほとんどいなかった。

また、先の「陸山会事件」にしても収支報告書に4億円といった高額の金が飛び交うものであったが、そもそもこの事件は政治資金収支報告書に記載された時期がズレているだけで、東京地検が自ら手を出して捜査できるようなしろものではなかった。怪しい市民団体の告発の手助けにより、はじめて検察が捜査して秘書を強引に逮捕、起訴することが出来たのである。

検察審査会の組織改正と選定くじソフトの導入
一方、検察審査会の動きに目をやると平成21年4月1日、全国の検察審査会の組織改正があり、東京では第一から第六までの審査会が設置される。このとき新設された第五検審で小沢案件は審査されるようになる。また、平成21年5月21日、検察審査会改正法が施行され、2回の起訴相当議決で自動的に強制起訴されるようになった。この改正法により2回の「起訴相当」議決を受けた小沢は強制起訴されることになる。また同じ5月に審査員選定くじソフトが全国の検察審査会に導入され、運用されるようになった。

小沢事件に関わった審査員は1回目が平成21年第4群(任期21年11月〜22年4月末)と平成22年第1群(同22年2月〜7月末)、2回目は平成22年第2群(同22年5月〜10月末)と平成22年第3群(同22年8月〜23年1月末)(7月期については第1群が審査)で全てこの選定くじソフトによって選ばれている。この選定くじソフトは森ゆうこ参議院議員が実際の選定くじソフトを使って動作テストを行っているが、欠陥だらけのソフトであることが分かっている。仕様では暗号化された選挙人名簿しか読み込めないようになっているが、外部からエクセルデータなどで直接、名簿を登録することが出来る上、審査員を恣意的に選べることが明らかになっている。

最高検の幹部が大坪元特捜部長に「最高裁が検察審査会を利用して小沢を起訴する」と話した時期は民主党がまだ政権を取っていない時期(衆議院議員選挙は8月30日)である。一方、小沢案件を審査する最初の審査員、平成21年第4群が選ばれたのは9月25日であった。はたして、この審査員の選定に小沢一郎の起訴をもくろんでいる最高裁の意思が働くことはなかったのだろうか。

検察審査会へ持ち込まれた小沢事件
「陸山会事件」の捜査の結果、検察は2月4日、秘書3人を起訴するが、小沢一郎については嫌疑不十分で不起訴とする。これを受け、小沢一郎の告発者である「真実を求める会」が不起訴を不服として第五検審に申立てる。不起訴に対する不服申し立ては誰にでも出来るものではなく、申立権を有する者しか出来ない。告発者はこの申立権を有するのである。そして、この不服申立ては2月12日に受理される。

この2月は一回目の2つの群の審査員が揃う月である。まさに検察審査会の体制が整ったとき、検察はタイミングを図ったように不起訴の決定をしたのである。もともと不起訴をこの時期に合わせるように逆算して市民団体に告発をさせたとも考えられ、11月まで検察が動かなかったのはそのタイミングをじっと待っていたからではないだろうか。

コラム「佐藤優の眼光紙背」に「特捜検察の預言」という22年4月28日の記事がある。2月1日に石川氏を取り調べた吉田副部長が「小沢先生が不起訴になっても、検察審査会がある。そして、2回起訴相当になる。今度は弁護士によって、国民によって小沢先生は断罪される」と石川氏に語ったということが書かれてある。
3月9日、小沢一郎に対する「政治と金」の大バッシングの報道の真っただ中でこの小沢一郎の審査は始まり、その検察の預言通りに話は展開していくのである。
 

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コメント
 
01. 2012年10月14日 23:51:47 : X3KuYBbemw

>>。ヨ最高裁幹部と民主党潰しを画策している。」
最高裁幹部とはだれであろう。
当時はまだ民主党は政権を取っていなかった。
それを阻止しようと考える麻生自民党。
その手先として動こうと話し合ったのは、山崎事務総局長と竹崎最高裁長官ではなかっただろうか。

最高裁事務総局長
2009-01-26〜2012-03-26
山崎敏充

*最高裁長官
2008-11-25〜
竹崎博允

竹崎長官は麻生内閣から異例の抜擢で採用されている。


       ==============


ひょう吉の疑問
http://blog.goo.ne.jp/akiko_019/e/6586243801f6ef32dd19433141dc626b
2008/10/28 23:59 【共同通信】

 竹崎博允氏

 島田仁郎最高裁長官(69)が11月21日に定年退官するのに伴い、
後任の第17代長官に竹崎博允(たけさき・ひろのぶ)東京高裁長官(64)が就任する人事が28日までに固まった。
麻生太郎首相が島田長官と面会して意見を聴いた上で、31日にも閣議で正式に決定する見込み。

 最高裁判事からの“昇進”ではなく、14人いる判事を一挙に追い越しての長官就任で、
1960年に第3代長官になった横田喜三郎氏以来の異例の抜てきとなる。

 任期は定年(70歳)の2014年7月までで、
来年5月の開始を控えた裁判員制度づくりに関与し、
司法行政の経験も豊富な竹崎氏に長期間の運営を任せ、
新制度の定着を図ることが最適と判断したとみられる。

 最高裁長官の交代は06年10月以来、約2年ぶり。
裁判官出身の長官就任は9人連続となる。

 竹崎氏は岡山県出身で、東大卒業後、1969年に判事補に任官。
主に刑事裁判を東京地裁などで担当した。
最高裁総務局第1課長や東京高裁事務局長、名古屋高裁長官などを歴任し、昨年2月から東京高裁長官を務めていた。

 88年には陪審制度の調査研究のため、最高裁から米国に派遣された。
司法制度改革審議会による裁判員制度導入の提言から04年5月の裁判員法成立までの過程で、最高裁の経理局長や事務総長として主導的な役割を果たした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【私のコメント】

日本の裁判所を実質的に動かしているのは、最高裁事務総局である。
最高裁の奥まったところにある影の存在、伏魔殿である。
彼がそのトップである最高裁事務総長の座にあったのは、2002〜2006年まで。ほぼ小泉政権下と重なる。
この影の存在が最高裁長官という表に出てきた。

彼が最高裁長官に就任したのが2008.11月、
その4ヶ月後には小沢氏秘書の逮捕劇(2009.3月)が始まり、
そして小沢一郎に対する検察審査会の強制起訴(2010.10月)が行われた。

検察審査会の議決が法的強制力を持つという現在の検察審査会法の改正は、
2004年に行われ、2009.5月より施行された。
2004年と言えば、竹崎博允が最高裁事務総局のトップの時であり、
2009.5月は彼が最高裁長官に就任して半年後である。
そして2010.10月には、小沢一郎に対する検察審査会の強制起訴が行われた。

翌年2011.1〜9月までの法務大臣は反小沢で知られる江田五月である。
江田五月と竹崎博允は同郷(岡山)であり、小・中・高校の同窓であり、東大法学部まで一緒である。
これで行政面と司法面の両方から小沢攻撃を仕掛ける体制が整った。
こういう中で2011.9月には登石郁朗裁判長によって小沢元秘書3人に『推認』判決が言い渡された。『推認』によるデタラメな有罪判決である。

彼の権力の基盤は、アメリカに派遣されたことがあるところから、アメリカとのパイプにある。
アメリカのエージェントとして出世階段を上ってきた男である。
彼が最高裁事務総局のトップとして采配を振るったのは、小泉政権という親米政権の庇護の元である。

そして民主党の勢いが強まると、対米自立を唱える小沢一郎に対して、姑息な司法的手段で小沢一郎の追い落としに最高裁長官として荷担したのだ。



02. カッサンドラ 2012年10月15日 10:59:47 : Ais6UB4YIFV7c : glttGIfJko
01さんへ
>これで行政面と司法面の両方から小沢攻撃を仕掛ける体制が整った。
司法と行政のトップの思惑が一致したとき、この「謀略装置」のスイッチが入れられるという考え方は同感です。 片方だけでは完遂はできないでしょう。
ただし、検察審査会法改正が小沢氏個人を標的としただけのものだったかは疑問に感じています。 もしかすると、政敵すべて葬ることが可能な法改正だったかもしれないし、あるいは単純に司法改革の一環として検察の起訴権独占に風穴をあける目的だっただけのものかもしれない可能性は残ります。

私見とすれば、「司法改革を目的としてだけ、審査会法の改正が行なわれた」という考えは、眉唾だと思っています。
例えば、和モガ氏のいう「審査員選定ソフトの手入力機能」の追加などは、選定を機械的に行なっている限りは不必要な機能なのです。 こういう「恣意的に変更を行なえる機能」が付いているということは、検察審査会法の陰で何かが行なわれている可能性は否定できません。

しかし、「司法と行政のトップの思惑」を一致させるためには、さらにその上の何かがいるということでしょうか?  私も孫崎亨さんの本は読みました。


03. のぼっさん 2012年10月15日 11:59:09 : fkt3FbbrckgTg : zIigRWnvPo
小澤一郎抹殺の司法官僚、検察官僚、行政官僚、既得権益、マスコミのスクラムによる工作は、石川議員ほか三名の秘書を有罪判決にした「大善推認判決」でほぼ成功したかに見えたが、石川議員の取り調べ録音から一挙に検察、裁判所の犯罪が
顕在化し、さらに八木啓代さんたち市民の活動により、検察の検察審査会誘導の
ねつ造報告書がネットに流出したので、一般の国民のまえに検察のねつ造が曝された。
ここにきて「小澤悪徳政治家」の印象が逆転し「検察と裁判所、マスコミの犯罪」が
顕在化してきた。とくに記者クラブへの官房機密費による情報操作のからくりの実態をジャーナリストの上杉隆さんが明らかにしており、さらに311以降、原発報道におけるマスコミのインチキ大本営発表報道が国民に曝され、政府、マスコミへの
信頼が一挙に崩れて来た。
今官邸をとりまく原発再稼働の「市民デモ」の実態は普通の国民が真実を知ってしまった怒りの表れであり、管政権、野田政権の官僚主導のシロアリ集団のやりたい放題の政治を看過することができない怒りです。
マスコミの堕落はさらにひどい、真実を報道する能力がなくなり、官僚の広報機関に成り下がっており、国民を愚弄する、愚民化を煽っており、ネット市民はもう
騙されない、自立、自ら行動する初めての「民主主義」を体験し始めています。
今度の選挙は日本で初めて自立した国民が政治行動を起こす革命選挙となるように
今各地でじわじわとうごめき始めています。
国民の生活が第一の小澤さんに期待sする声を風として起こそうではありませんか。
ここまで腐ったマスコミ、テレビ新聞は捨てて、ネットで集まり、シロアリ既得権益の権力を打ち滅ぼそうではないか。
特別会計の闇も深い、震災復興予算も特別会計の闇の中で官僚は税金の好き放題の
無駄使いで、消費税も使い放題が予測される。
まず特別会計の闇、予算に群がるシロアリ退治、既得権益打破の決め手は「規制撤廃」です。
権力の基本はこの規制にあり官僚行政権力温存の源です。
小澤さんの政策はこの規制撤廃、自立と共生が基本であり、自分の国は自分で守る、国家の安全保障をアメリカにたのむ、この異常状態の改善こそ、日本人の自立ですが、けつの穴の毛までアメリカに抜かれている日本の現状の改革は一筋縄ではいきません。
沖縄の基地問題も基本はアメリカ依存の安全保障を堅持する既得権益シロアリの
政策に任せてきた国民の責任です。
今からでも遅くない、今こそ、自主独立、有事駐留の政策を国家ビジョンとして
立案、憲法改正もこのビジョンを掲げて国民の意思を将来に向ける活力してほしい。
国家予算も将来への投資として果敢に投入したい、ダムや港、道路、新幹線など
コンクリートに集中するのではなく、医薬品の開発、農業の再生への施策、医療投資と高齢化への恐れでなく健康で長生きの施策は老人の介護福祉ではなく、老人の雇用継続こそ医療費削減、税収アップの施策となる。
小澤首相実現こそ、日本再生の切り札であり、既得権益、シロアリ退治にいまこそ
国民は目を覚ませ。
正義の味方、巨悪を眠らさない特捜検察、公正の館裁判所は実は「巨悪の温床」
「犯罪の元締め」であったと言う、パンドラの箱は開けられた。
腐ったこの組織の一掃にはまさにねつ造で座敷牢に入れられた小澤復権こそ
白馬の王子、月光仮面への期待です。


04. カッサンドラ 2012年10月15日 12:01:39 : Ais6UB4YIFV7c : gVjL3ax6tQ
和モガ氏の投稿を読んで感じることは、「役人が仕切ってる」にしてはえらくスピーディーに事が運んでいたなということである。 
>告発は受理されない場合や受理されても捜査開始が半年から1年後となる場合もあるが、これが任意聴取の2日前に出され、それが即座に正式受理されていることから・・・・・
これなど最たるものであろう。 そのうえ役人でない検察審査会までもが、2回目の議決を予定より1ヶ月も早い9月中に出している。 小沢氏の起訴ということで皆張り切っていたのか?

まさか。 これら交響曲のように考えよどむことのない流れは、それぞれがバラバラに行動した結果だとは信じがたい。 やはり、「コンダクター」はいる。


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October 26(Fri), 2012 『最高裁の罠』報道ー4月26日週刊実話 このエントリーを含むブックマーク

映画グレムリンのギズモ似

被告人は鉦里な。当裁判所

は無罪という結論に至りま

した。わかりましたね」

4月26日午前10

時すぎ、

東京地裁で最も大きい脳号

法廷。資金管理団体「陸山

本この土地購入を巡り、政治

資金規正法違反(虚偽記載)

の罪に問われた小沢一郎

民主党元代表に対

し、大善文男裁判

長は念を押すように

″シロ″を宣告した。

しかし、判決の内

容は、限りなく″ク

ロ″に近い灰色だった。

「小沢氏は、普段から

政治資金の処理を秘書

に任せっきりで虚偽記

戦に至る事情を詳しく知

らないままだつたことが

幸いした。違法性をはっき

りと認識していなかつた可

能性が最後まで残ったので

す」(司法記者)

つまり小沢氏は「疑わし

きは罰せず」という″刑事

裁判の原則″だけで、紙一

重の差で有罪を逃れたのだ。

小沢氏に向けられた疑惑

を完全には払拭できないま

ま無罪を打ち出した司法

小沢グループは、その決定

に様々な圧力をかけていた

のだが、実はそれを背後で

操った黒幕がいる。

北海道出身で50

歳代のX氏という

人物です。本業

はシステムエン

ジエアで、最近

まで東京都

代田区にある

マンションの

一室で情報

セキュリテ

イー会社を

”肇えてい

たが、今

春に畳ん

で故郷金戻っています。映

画『グレムリン』に登場す

るペットのギズモに似てい

ると自覚していたようで、

会社名もそこから採用して

いました。無精ひげを生や

していましたが、永田町

は世界的バイオリニスト

葉加瀬太郎氏にもそっくり

だと評判でしたよ」(小沢

氏に近い衆院議昌

一介?ンステムエヒイ一

アに過ぎなかったX氏が、

小沢判決にまで影響を及ぼ

フィクサーになったのは

なぜか。

「彼は、防衛省歯中ではびこ

っていた談合に積極的に参

加し、各方面の有力者から

目をかけ

てもらヽつ

ようになっ

た。たとえば、

海上自衛隊による海外情報

の調査について、防衛省

X氏しか取り扱えない計画

を作って落札させています。

これがバレそうになると、

いったん大手に落札させて

下請けにX氏の会社を入れ

るとでつ便宜まで図ってい

た」(防衛省関係者)

X氏は、そこからさらに

交友の幅を広げ、霞が関

キャリア官僚にとどまらず、

こんなにかわいいが…

茎泉地検や警麹津性こ

いった捜査当局にも

々?くのコヽ不クション

を作り、夜な夜な幹部と飲

み歩くようになったという。

新聞記者からブラックジ

ャーナリストまで、マスコ

ミ関係者にも食指を動かし

ていましたからね。まさに

平成のフィクサーですよ」

全国紙社会部記者)

こんなエビソードがある。

昨年1月、返済される見込

みがないのに関連会社に5

億5000万円を貸し付け

たとして、春日電機の元社

長が会社法違反盆群型U仕)

容疑で逮捕された。

この元社長を潰そうと動

いたのがX氏だった。

理理毬屋にネタを売U込み、

警視庁捜査2課を動かした

のです。さらにTBSの記

者にも情報を流して、元社

長が逮捕される直〓刷にイン

タビューさせるよう仕向け

ました。当時のTBSが他

マスコミよりもしつこく

一万毬長を追及したのは、X

氏の入れ知恵です」(警視

庁閣堡こ

このように権謀術数に長

けたX氏が、小沢グループ

をはじめとする小沢氏の支

援者をどう操り、無罪判決

に影響を与えてきたのか。

話は、検察審査会が小沢

氏を強制起訴した翌月の2

010年H月まで遡る。当

時の参院予算委員会で、森

ゆうこ参院議員検察審査

会のあり方に次のように疑

間を投げかけた。    .

ヨ般市民からランダムで

検察審査員が選ばれる際に

使われるくじ引き式のパソ

コンソフトが、保や占藤威「

を含めて約6000万円か

かっている。専門家に調べ

てもらうと、どんなに高く

見積もっても1400万円

で、異常に高額だ』

『パソコンソフトに不備が

あり、データを書き換えて

検察審査会のメンパーを恣

意的に選べる』

この質問のなかに出てく

る、森氏が調査を依頼した

専門家こそX氏だったのだ。

「2人を接近させたのは、

X氏とかねてからの友人で、

小沢氏の知恵袋である平野

貞夫iπ参院議員“森氏は、

小沢氏をおとしめた検察

査会を徹底的に洗ってプレ

ッシャーをかけるため、平

野氏を介してX氏にアドバ

イスを求めたのです。X氏

は森氏に、発注者である最

高裁からパソコンソフトを

入手させ、細かいレポート

を作成。森氏はそれを受け

取り、X氏が挙げた疑間点

国会でそのままぶつけた

のです」(小沢グループ

馨) 悪

?

(233) (写真は石りl!知裕被告)

週刊実話

森氏は、ゴリゴリの小沢

シンパ。鶴年には小沢氏が

反対した法案の採決を阻止

しようと、スカートのスリ

ツトから太ももを大胆に露

出し、めくれたプラウスか

ら下着が見えそうになりな

がら、プロレスラーの大仁

田厚参院議員(当時)を殴

ったことで名を上げた。そ

の際、小沢氏が「我々の闘

士」と絶賛したほど忠義を

尽くした女傑である。

妄想レベルの

仮説でかく乱

X氏と森氏の″共闘″は

その後も続き、ついには「小

沢氏を強制起訴した検察

議員

江水太〓は召集され

ゆておらず、架空

森だつた」とでつ

継“レ狩に囃副電

赫見「虻““颯漱っ

則森氏は連日のよ

略ツぅ東彎獅翻膿押

難甥鍵飾即、

を続けていました。もちろ

検察審査会に実態はある

わけで、単なる嫌がらせに

近いものでした」(前出の

製〓曇著

X氏自身も精力的に動い

ていた。今年4月には、東

一尿地籍感猫番熙響室者に接触

していたのである。

「壼祭審査会が強制起訴す

る前に、特捜部副部長が1

時間以上にわたって小沢氏

を機査した結果を説明しま

したが、検察審査会のメン

パーから内容について質問

がなかったのです。X氏は、

特理部の内部からこれを聞

きつけて一特捜部による説

明を受けたというアリバイ

作りのために、知識がまっ

たくないダミーのメンバー

が集められた」という推測

を小沢氏の支援者に語り、

司法と小沢氏側の対決をあ

おっていました」(小沢グ

ループ衆院議員

X氏の裏工作は、判決

一則まで続いたという。

珂決の2週間ほど前に、

西日本選出の女性参′院議員

いわゆる″小沢ガールズ

が、ある閣僚経験者に一小

沢氏は有罪になるから離れ

ろ。さもないと次の選挙

公認しない」と言われたそ

うです。この閣僚経験者は、

最高裁幹部と小学校から東

大まで同窓の間柄で、小沢

氏とは大猿の仲。これほど

一僅度の高い有罪結尋一に焦っ

たX氏は、それを逆手にと

って判決の事前漏えいを開

題視するよう小沢グループ

に働きかけたんです」(永

田町関係者)

こうした″工作″が功を

奏し、小沢判決は玉虫色の

結末を迎えたわけだ。

「X氏と森氏を筆頭に、小

沢氏周辺からのプレッシャ

ーは生半可なものではあり

ませんでした。判決が、直

前にやっつけで無罪に変更

された印象が強いのもうな

ずけます。小沢氏がX氏の

助けを借りて、土壇場で勝

利を拾ったというのが真相

ですよ」(同)

では、X氏がここまで小

沢氏に肩入れする理由は何

か。彼を知るジャーナリス

トが解説する。

「過去の私怨ですよ。かつ

自民党の大物国会議員が、

支援企業からワイロを受け

特許庁システム開発

受注させた疑惑が浮上し、

墓曇難感捜疑陥屋革を

家宅捜索しました。この疑

惑には、″反小沢″の急先

鋒である民主党幹部も関与

の可能性が浮上していまし

た。この件で特授部のネタ

元になったのがX氏で、シ

ステム開発に絡むグループ

から外されたから裏切った

のです。ところが、特捜部

がこの話を立件しなかつた

ため、X氏が逆恨みして、

小沢氏側を通じて特捜部

攻撃しているのです」

映画鵠グレムリン』のギ

ズモは、最初はかわいいペ

ットだが、真夜中にエサを

与えると凶暴な怪物に変身

する。X氏も、最初は大入

しいシステムエンジニア

ったのだろうが、欝が関と

永田町の利権をエサに、い

つしかフイクサーに変身し

たというわけかIL。

一方、消費税政局を制し、

首相のイスに座ろうと企む

豪腕・小沢氏。″信者″ の

国会議員に加え、こんな稀

代のフィクサーまで従えた

男の夢が叶う日も、そう逮

くはなさそうだ。

国防の機密も握るP

(234

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October 22(Mon), 2012 「週刊朝日」と佐野真一 このエントリーを含むブックマーク



橋下市長vs朝日の取材拒否問題/経過

 日本維新の会代表の橋下徹大阪市長は20日、「週刊朝日」が自身の出自に関する記事の連載中止を決めたことを受け、17日から拒否していた朝日新聞の取材に応じる意向を明らかにした。ツイッターで「取材拒否問題はノーサイドだ」と投稿した。朝日新聞社の取材拒否問題をめぐる経過は次の通り。

<取材拒否問題をめぐる経過>

 ◆10月16日 「週刊朝日」で日本維新の会橋下徹代表の出自を題材にした「ハシシタ 奴の本性」の連載開始

 ◆17日午前 橋下氏が記事の内容を批判し、朝日新聞社の取材拒否を表明

 ◆17日午後 橋下氏が朝日新聞社の見解を要請

 ◆18日午前 橋下氏が記者会見で「報道の自由はあるにしても、一定のルールを超えている」と批判。朝日記者は説明の要請に応じず

 ◆18日午後 週刊朝日出版元の朝日新聞出版が「記事中に不適切な記述が複数あった」と謝罪コメントを発表

 ◆19日午後 朝日新聞出版が2回目からの掲載中止を発表。朝日新聞社も謝罪コメントを発表

 ◆20日午前 橋下氏が「取材拒否問題はノーサイド」とツイッターに投稿

(共同) [2012年10月20日11時37分]

         ☆



山口二郎北海道大学教授が東京新聞の「本音のコラム」で、「週刊朝日」に掲載された佐野眞一の緊急連載「ハシシタ/救世主衆愚の王か/橋下徹DNAをさかのぼり本性をあぶり出す」について、「大阪維新の会の主張のいいかげんさが見えてきて、ようやくこの政党に対する冷静な議論が始まろうとしたところに、差別的ルポの出現である。今まで真剣に橋下政治と対決してきた者ほど、これに対して怒っている。『週刊朝日』は傾きかけた大阪維新の会を再び勢いづけるために、この記事を載せたのかと憶測したくなるくらいである」と、本気で怒っているのは当然である。

 佐野と「週刊朝日」が異常であるのは、第1に、すでに十分に政治的な存在である橋下を、「初めに断っておけば、私はこの連載で橋下の政治手法を検証するつもりはない」と言って、政治的レベルで批判することを放棄して、「一番問題にしなければならないのは、敵対者を絶対に認めないこの男の非寛容な人格であり、その厄介な性格の根にある橋下の本性である」と宣言していることである。もちろん、一個の政治家を、その政策や政治手法についてだけではなく資質や人間性において問題にすることはあっておかしくないし、これまでもさんざん行われてきたことである。しかしその“人物論”的探究を、いきなり「橋下徹の両親や、橋下家のルーツについて、できるだけ詳しく調べあげなければならない」というところに落とし込み、父親が被差別部落出身のヤクザでシャブ漬けの挙げ句にガス管をくわえて自殺したという話から書き始めるというのは、ほとんど常軌を逸している。

 もちろん、それは事実であるのかもしれないが、父親が被差別部落出身であるから、あるいはヤクザであるから、あるいはシャブ中毒者であるから、あるいはそれで狂って自殺したような人物であるから、橋下は政治家になってはならず、総理大臣をめざしてはならないということに、どうしてなるのだろうか。「橋下市長の家族や親戚にどんな人物がいようが、またそれらの人が何をしようが、橋下氏の評価には何の関係もない」と山口が言う通りである。

 異常の第2は、その父親を語る部分で、わざわざ出身地の地名を特定して名指していることである。これは致命的とも言っていい誤りで、単に父親や橋下への差別というに止まらず、その地区に住むすべての人々に新たな差別攻撃を誘発させることを意味している─

≪続きはご購読の上、ご覧ください≫

高野孟のTHE JOURNAL』より抜粋

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