深川の朝は、潮の香りとともに始まりやす。 小名木川の水面に、秋の陽がちらちらと揺れて、材木の影が長く伸びる。遠くで船頭の声が響き、軒先の猫が背を丸めてあくびをする。深川黒江町の仕舞屋にも、そんな静けさが一瞬だけ訪れやした。 けれども、今朝ばかりは違いやした。早朝から、黒江町の仕舞屋は戦場のような忙しさに包まれていたのでございますぇ。 あっしのお勤めは、昼八つ(午後二時頃)から深川元町にある料亭『桂川』での生糸問屋の寄合。大元は駿河屋長右衛門様という生糸問屋の総元詰めで、夏の暑さで蚕の育ちが悪く、糸が織れぬという深刻な相談事でございやす。芸者の唄や舞いで、男たちの重い心をどう和らげるか──胡蝶の…