茶人 幼名:与四郎 正親町天皇より千姓を許されて、千宗易を名乗る。 天正13年、禁中小御所での茶会にて天皇に茶を献じ、利休居士の号を贈られ千利休となる。 珠光、紹鴎に学び草庵の侘び茶を大成、 天下一の茶道名人として全国にその名を馳せる。
天正19年2月28日、秀吉の命により切腹 辞世 「人世七十 力圍希咄 吾這宝剣 祖仏と共に殺す 堤ぐる我が得具足の1つ太刀 今この時ぞ天に抛」
暑いっすね💦💦💦さて、遅ればせながら、「へうげもの」をU-NEXTで見終えまして、マンガ版とはまたちがった終わりかたをしていたものですから、それはそれでよかったと思われ候 そこで、個人的に頭のなかを整えたくなりまして、CoPilot(akaアクちゃん)との対話をとおして気づきを得られましたので、今回はそんなことをつらつらと綴ってみようと思います 「へうげもの」に登場する三茶人(*)の話をアクちゃんとしておりましたら、「利休・織部・丿貫のどれに自分が近いと思うか」という話題になり、「利休の完璧主義的なまでの徹底した真面目さには凛とした清潔感を感じるし、織部のクリエイティビティには嫉妬するくらい憧…
ランキング参加中歴史 戦国時代に、こんな男がいました 千利休の「黒」:美の独裁者 師か、物か——古田織部の葛藤 利休の最期——黒の終焉、織部の覚醒 「へうげもの」とはどんな作品? あなたは、どちらの欲を選びますか? 01 戦国時代に、こんな男がいました 刀を振るうより、茶器に目が奪われる。命がけの戦場より、美しいものが怖い。 「へうげもの」は、そんな男の物語です。主人公は古田織部(ふるたおりべ)。織田信長・豊臣秀吉に仕えた、れっきとした戦国武将です。それでも彼の頭の中には、いつだって「物」があります。 出世したい。手柄を立てたい。それでも、あの茶碗が、どうしても気になってしまう。 「これは『出…
2021年に千利休が主人公(あるいは重要人物)の本の感想記事を3本書いてた。 今年の大河ドラマ、豊臣兄弟!の放送が進むにつれて、利休が気になりすぎてきた。 この記事をかいている2026年4月時点で、まだキャストは公開されていない。 というか、「豊臣兄弟」ですよ、利休が絡まないわけない。 堺の豪商枠で、今井宗久 津田宗及もすでに登場しているのに、こんなの絶対大サプライズの予感!!なんだか焦らされまくっている!! どうする?!渡辺謙とかだったら?! そいえば近年だと「首」の岸部一徳がほんとに理想通りで腰ぬかしました。 youtu.be そんな気持ちで、過去の自分の利休本感想記事を読み返したら、当時…
ベランダの鉢植えの利休梅が、ぽつぽつと白い花を付け始めました。 先週の季節はずれの暖かさに誘われて、開花の時期を少し早めたようです。この鉢は、一昨年、妻が退院して一緒に散歩ができるようになったころ、近くの神社でたまたま開かれていた植木市で求めたものです。そのときはまだ五十センチほどの苗木でした。 木の背丈が伸びてきたので大きめの鉢に植え替えましたが、それがよくなかったのか、去年は花を咲かせませんでした。今年はどうなることかと、少し気を揉んでいたところです。二、三日前、こぼれるように膨らみはじめた花びらは、柔らかな白いかたまりのように見えました。 今日あらためて眺めると、五弁の姿がようやく輪郭を…
一雨ごとに、暖かくなっていく気がする。 春の気配というものでしょうか? 2月は、お茶の話が気になった。 2月28日に、千利休の命日法要があると知った。 利休が自ら上層を完成させた大徳寺の三門「金毛閣」では、 かつて秀吉の怒りを買い、 利休切腹のきっかけとなった(諸説あります)「利休像」が、 安置されている。 利休は1591年に亡くなっているから、 400年以上置いてあることになる。 その利休像は、史上初めて、寺の外部に持ち出して修理を施すそうだ。 今回の法要はそれにあわせた法要で茶道三千家が、献茶する。 とても静かで厳かなのでしょうね。 想像しただけで、ピリッとする。 一方、よく利用するスーパ…
多くの人が同じ方向へ進むとき、あえて違う道を選ぶ意味を、私たちはどこまで理解しているでしょうか。 人の行く裏に道あり花の山とは何か 「人の行く裏に道あり花の山」は、相場格言としても非常に有名な言葉で、その出典は千利休とされています。 この言葉は、多くの人が選ぶ道とは異なる選択の先にこそ、大きな価値や成果があることを示唆しています。 一般的には上の句だけが知られていますが、実はこの言葉には続きがあります。 「人の行く裏に道あり花の山、いずれを行くも散らぬ間に行け」 ここには、成功の本質が凝縮されています。それは「違う道を選ぶ勇気」と同時に、「時を読む力」が欠かせないということです。 「違う道を行…
2026年1月10日(土) やや穏やかな気温の本日、上さんと堺市の菅原神社(堺天神)に初詣。自宅から自転車で10分くらい。境内には堺戎神社もあり、ちょうど十日戎が開催されていて大変な混雑である。しかし、我々はえべっさんには用はない。天神さんの社に向かう。 この時期だけは天神さんは不人気。並ぶ必要もなく参拝。大学生の次男、高校生の三男の学問成就を祈願しておいた。 さて、ここから自転車で約5分のところに、利晶の杜(りしょうのもり)という施設がある。「利」とは千利休のこと、「晶」は与謝野晶子のことで、堺が生んだこの2人の天才を紹介する文化施設である。時間もあるので立ち寄ることにした。
西瓜に塩を掛けるのは、千利休が始めたとされる。真偽はともかく、当時は貴重だった甘い水菓子に、塩を掛ける。なかなか出来る発想ではない。しかも塩の辛さが西瓜の甘さを引き出すのだから、さすがは千利休と唸らされる。 一方、ここは北国の繁華街。毎度お馴染みの秋田・川反である。北国の冬だから当然寒いし、これから積雪も増えていくだろう。そして厳寒期になればなるほど、赤提灯の内は暖かく、熱燗が旨くなる。これぞ千利休式の繁華街の愉しみ方といえるだろう。近いうちに、夜に繰り出したい。 X100Ⅵ ブログ村ランキングに参加しています。応援クリックお願い致します。
(約1700文字・購読時間3分0秒) 「伝統」の本質とその動的性格 「伝統」という概念を考える際、多くの人は不変で固定的なものと捉えがちだが、実際の伝統は極めて動的で創造的な性格を持っている。伝統とは単なる過去の遺物ではなく、各時代の人々が主体的に選択し、再構築し、新たな意味を付与し続けてきた文化的実践の積み重ねである。 「発明された伝統」としての側面 歴史学者エリック・ホブズボームが指摘した「発明された伝統」の概念は、日本の伝統文化を理解する上で重要な視点を提供する。例えば、現在「日本の伝統」として認識されている茶道は、千利休の時代に確立された形式が、後の時代に体系化され、近世から近代にかけ…
京都市内も空いて居るやろと大徳寺へ!!仁和寺・竜安寺・金閣寺の道路も…!? 以前と違い金閣寺のバス停もガラガラ!! 何処か行きたいなぁ~・・・ 京都府は勿論周辺・・・滋賀・・・兵庫・・・奈良・・・大阪・・と近場は結構行ってきたし・・・インバウント客も減ってる筈やし京都市内の観光寺院は如何やろ!? と云う訳で・・・ 駄目元で久々に京都市内の観光寺院へ・・・取り敢えず北区辺りへ行ってみよう・・・ 天神川通りを福王子迄北上し福王子の交差点を右折・・・ 仁和寺の前を通り・・・竜安寺・・・金閣寺へ・・・多少の混み方はしているが以前のように動かないということも無い・・・ 法堂はっとう 金閣寺のバス停も混雑…