→茶道
湯を沸かし茶を点てて飲むことそれ自体の総称。 日本の代表的な伝統芸能であり総合芸術。
最も古い文献では陸羽(〜804)が書いた『茶経』より茶の記述は始まる。 鎌倉時代、栄西禅師により「茶」が日本に紹介され、 禅宗の一様式「茶礼」として日本に根付く。
今回も大覚寺「大華道祭」です。 勅使門と桜 宸殿内のいけばな展示 宸殿内のいけばな展示2 大沢池 日本最古の人工の林泉 池にも展示がありました。 天神島から名古曽橋を渡ってやって来たのは 名古曽の滝跡 離宮嵯峨院時代の滝殿庭園内に設けられたもの。 藤原公任が「滝の音はたえて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ」と詠んだ(百人一首 55番) 公任の時代には既に滝は枯れていたようで、その音はもう聞こえないけれど、その名声だけは今だに人々の間で語り継がれているといった内容。 片桐石州の名杓にもその名を残しています。 「名宝展」も拝見しましたが、源氏の重宝と称された「膝丸」の姿はありませんでした…
今回の旅は出雲大社参拝以降はわりとざっくりで、立ち寄る街こそ決めていましたが、そこでどこを見て歩くのかはその時の気分でと思っていました。地図を見ながら、ひたすらぶらぶら。 最近は京都旅でも同じようにぶらぶらと街の雰囲気を楽しみながら街歩きすることが増えましたが、松江でも同じようにとにかく歩きました。市内観光に便利な「ぐるっと松江レイクラインバス」、松江城を囲む堀川の遊覧船など、足となる交通機関はあるのですが、今回は松江駅から松江城に行く際に一度市営バスに乗っただけで、後は地図を見ながら丸々一日中歩いての観光でした。前回投稿した『喫茶きはる』を出た後、さてお次はどこへ行こうか…たまたま近くに不昧…
茶道 裏千家 千 玄室さんの平和への願い!「一碗からピースフルネス」。ここに本物の日本の伝統、日本人の品性、日本の文化の普遍性を見る思いがします。茶の湯の心の中に流れる平和の精神。これこそが「近隣の国民の幸福と悲しみを自分のことのように感じることができる」(ゲーテ)日本のこころです。 現代は、民族間・国家間の憎悪や利害から戦争が繰り返されています。ガザの惨状のニュースを見ると、その残虐さに言葉を失います。 黒柳徹子さんもそのことを訴えているのをテレビで拝見しました。はてなブログの記事の中においても、ガザの惨状に対する同じ訴えを拝読しています。同じ思いをわたしもずっと感じてきましたし、わたしの身…
(約1900文字・購読時間3分0秒) 近代に入り、茶の湯の世界には従来の武家や公家とは異なる新しい数寄者たちが登場した。彼らは明治維新後の急激な社会変化の中で、茶の湯に革新的な変化をもたらし、現代につながる茶道の基盤を形成した。 明治期の産業革命により台頭した新興財閥の当主たちは、茶の湯を通じて文化的権威を獲得しようとした。三井家の三井高棟、住友家の住友友純、そして関西の実業家である野村徳七(得庵)や松永安左エ門(耳庵)などが代表的な存在である。 これらの新興数寄者の特徴は、従来の家元制度による段階的な修業過程を経ることなく、経済力を背景に短期間で茶の湯の世界に参入したことである。彼らは優れた…
「新春茶会」という大寄せの茶会があった。濃茶席の担当としてお手伝いをしてきた。大寄せの茶会は薄茶席のみ、ということが多いので、大勢の前で濃茶の点前をする機会はなかなかない。年に一度の良い機会である。 コロナ禍で、大寄せの茶会に参加する人数も随分と減った。以前は一席八十名は座れるか、というような会場で開催されていたが、コロナ禍以後に再開された際には、一席四十名程度の規模の会場に変わった。 濃茶は、数名で一碗を飲み回すものだ。コロナ禍以降は「各服点」と言って、一人に一碗ずつ出される形になった。最近の入門者にとっては、それが当たり前となり、飲み回す、という経験すらない。今年の新春茶会では、濃茶の飲み…
古い道具ばかりを使っているからといって、すべてが古臭いというわけではない。茶の湯の話である。 鎌倉で楽しくやっているユク坊。 初釜という、年明け最初の茶会があった。私は半東の役を務めた。お点前を披露する役ではなく、その横で挨拶をしたり、道具の説明をしたりする役目である。正直に言えば、点前をしているほうが気は楽だ。失敗しないか、手は震えないか、と気をもみながら点前をするのだが、それほど誰も見ていない。茶席にはお菓子があるからだ。点前が始まるとお菓子が勧められる。お菓子を取り始めると、点前の方など誰も目をやらなくなる。 すやすやしているふりをするユク坊。 水屋から茶を出したり、下げたりするのも大変…
息子と、社中の点初めへ。近ごろすっかりナマイキな息子ですが、行く?ったら「行くかあ」。嫌なときは「行かない」と言うので、まんざらでないと思われます。しかも、当日の朝になって、旦那さんのふだん袴に買ったサイズがもう履けるカモと思いついて「着てみて?」と言ったら、その気。ツンツルテンになった昭和の絣の着物に、ちょっと長すぎる化繊の袴、スニーカーでスマホゲームという今どきないでたちになりました。一緒に歩くのに、ハハはどうするよ。フォーマルに無地に袋帯でもなんだか…💧 軽く小紋に、唐子が独楽回しの名古屋帯にしました。帯のたんすを開けてみてからの帯合わせですが、こういうのもアリかぁ。 乾杯をし、先生ご主…
新年最初の美術展レビューは、新春にふさわしい展覧会が三重県津市の石水博物館で1月12日まで開催中の「NIGOと半泥子」展です。 スレッドでの投稿で知った本展。裏原宿の世界へストリートカルチャーを牽引してきたNIGOが作陶の世界に足を踏み入れていたとは知らず、アメリカンカルチャーのコレクターであったことは知ってはいたものの、東の魯山人、西の半泥子とて異彩を放っていた川喜多半泥子のコレクターであったことに驚きを持ち、茶の湯の茶碗を作るきっかけとなったことにさらに驚き、久しぶりに石水博物館を訪れました。 今回の展覧会は、NIGOが愛してやまない半泥子の抹茶椀を中心に茶道具のNIGOコレクション55点…
はじめまして。 この度、gooブログから引っ越してまいりました親子と大人のための茶道教室『茶遊庵』の園田宗智 と申します。 gooブログでは20年「茶の湯徒然日記」を運営してきました。 細く長く書き綴ってきましたが、今回gooブログ閉鎖に伴い、こちらでお世話になります。 引越しが不安なので現在、アメブロさんにも同様に引越しをしております。 検索すると古い記事は2つ出てくるかもしれませんがご了承下さい。 また書式が整っておらず、読みづらいかもしれませんが、ご容赦下さい。 私は大学時代から裏千家茶道を30年以上続け、2022年からは鎌倉市大船 鎌倉芸術館にて親子と大人のための茶道教室『茶遊庵』を開…
*Click on each photo to see it in larger size. 昨日の朝日新聞くらし面「ひととき」に、還暦と同時に茶道を始めて一年が経ったと云うY.Y. さんの小稿が掲載されていた。その中の一文。(前略)茶道の世界では器の内側や、お釜で見えない炭や灰までまで美しく整えられている。一見地味だが、その隠れたオシャレは現代の「映え」とは正反対だ。 週末の、森歩きの折りの「なんちゃって野点」しか知らない私だが、見えない所にこそ気を配り、手間と時間をかけて美しく整える、これこそがお茶の道の心であり、日本と日本人の美の最たるものなのだろうと、あらためて感じ入った。 そして、Y…