かつて日本の地方行政区分だった令制国の1つ。東海道に属していた。成立当初の常陸国は現在の茨城県の西南部を除く大部分と、福島県から宮城県南部(今の常磐線沿線)にまで至る広大な国であった。後に陸奥国が設けられると常陸国の北端は菊多郡までになった。さらに718年(養老2年)に菊多郡を新設の石城国に編入し、西南部を除いた茨城県に相当する範囲となった。
北斗七星の破軍星は『戦勝のシンボル』として戦国武将などからも崇拝されてきた。 アルカイドに対応し、別名・剣先星とも。 『破軍星を背に戦えば必ず勝つ』 常陸国の七つ名神大社を北斗七星と見立てると、アルカイド・破軍星にあたる神社は『鹿島神宮』となる。 鹿島神宮の祭神はタケミカヅチ。 神話で、オオクニヌシに国譲りを迫り、成功させた神である。 古事記での国譲りでの描写で、「砂浜に剣の柄を突き刺し、剣先に胡坐をかいて迫った」とあるが… まさに剣先=北斗七星の破軍星に坐する神なのである。そして鹿島神宮の社殿は北向きである。
訓読 >>> 橘(たちばな)の下(した)吹く風の香(か)ぐはしき筑波(つくは)の山を恋ひずあらめかも 要旨 >>> 橘の実のなっている木陰を吹く風のように、なつかしい筑波の山を、どうして恋い焦がれずにいられようか。 鑑賞 >>> 常陸国(千葉県中央部)の防人の歌。作者は、助丁の占部広方(うらべのひろかた)。「橘」は、ミカン科の常緑樹で、常世の国の木と伝えられる聖木。初夏に芳香のある白色の花が咲きます。時は1月であるので、ここは熟した実を指したもの。常陸風土記には、行方(なめかた)郡(霞ヶ浦と北浦との間)および香島郡(北浦と鹿島灘との間)には橘の木が生い茂っていることが記されており、また行方郡の…
訓読 >>> 4367我(あ)が面(もて)の忘れも時(しだ)は筑波嶺(つくはね)を振り放(さ)け見つつ妹(いも)は偲(しぬ)はね 4368久慈川(くじがは)は幸(さけ)くあり待て潮船(しほぶね)にま楫(かぢ)しじ貫(ぬ)き我(わ)は帰り来(こ)む 要旨 >>> 〈4367〉私の顔を忘れそうになった時は、筑波の峰を振り仰いでは、お前さんは私のことを偲んでくれ。 〈4368〉久慈川よ、変わらぬ姿で待っていてくれ。潮船に櫂をたくさんつけて急いで私は帰って来るから。 鑑賞 >>> 常陸国(茨城県のほぼ全域)の防人の歌。作者は、4367が茨城郡(うばらきのこおり)の占部小竜(うらべのおたつ)、4368が…
ランキング参加中自転車 茨城県石岡市。律令制時代には国分寺がおかれた日田地区の国の歴史の始まりの場所でもあります。一宮は鹿島神宮ですが、総社があったりして茨城県の歴史の詰まった町です。旧八郷町エリアは筑波山やフラワーパークなどがありますが、石岡市内は、国府公園、常陸國總社宮、風土記が丘、茨城県最大の舟塚山古墳などがあります。とはいえ、パッと目の引くものといえば、風土記が丘の獅子頭くらいでしょうか。 また、最近では実は翔んで埼玉のロケ地だったり。。。茨城県結構ロケで使われています。 Ishioka City, Ibaraki Prefecture. During the Ritsuryo per…
訓読 >>> 筑波嶺(つくはね)のさ百合(ゆる)の花の夜床(ゆとこ)にも愛(かな)しけ妹(いも)ぞ昼も愛(かな)しけ 要旨 >>> 筑波の嶺に咲くさ百合の花ではないが、夜床(ゆとこ)で可愛くてならない彼女は、昼間でも可愛くてならない。 鑑賞 >>> 常陸国(千葉県中央部)の防人、上丁、大舎人部千文(おおとねりべのちふみ)の歌。「筑波嶺」は、茨城県西部の筑波山。「さ百合(ゆる)」の「さ」は美称、「百合(ゆる)」は、ユリの訛りで、山百合の花。上2句は「さゆる」の「ゆ」が「ゆどこ」の「ゆ」の音に通じるところから「夜床」を導く同音反復式序詞。「夜床(ゆとこ)」は、ヨトコの訛り。「愛しけ」は、愛シキの訛…
2月23日と言えば天皇誕生日! でも天皇陛下に関する題材で日記が思いつかなかったので 上皇陛下の誕生日に書いたこちらで許してい。不敬だぞ不敬ぃ 日光田母沢御用邸記念公園! mori-soba1868.hatenablog.com ということで今回の題材。 日本の誇る電機メーカーのHITACHIこと日立製作所。 その日立の企業城下町である茨城県日立市! 地名が日立だったから会社名が日立になったパターンです。 トヨタが凄いから名前が変わった豊田市とは逆でございます。 漢字は違うけど昔から常陸国でしたしね🙃 そんな疑問が起こるほど立派になった 日立製作所の支配下(違う)にある神社の思い出。 御岩神社…
訓読 >>> 霰(あられ)降り鹿島(かしま)の神を祈りつつ皇御軍(すめらみくさ)に我れは来(き)にしを 要旨 >>> 武神であられる鹿島の神に祈りを捧げながら、天皇の兵士として私はやってきたものを。 鑑賞 >>> 常陸国(千葉県中央部)の防人、上丁、大舎人部千文(おおとねりべのちふみ)の歌。「霰降り」は、あられが降って喧(かしま)しいことから、同音の「鹿島」に続く枕詞。「鹿島の神」は、古来、武神として崇められた鹿島神宮。この祭祀をつかさどっていた中臣氏が中央で勢力を得て藤原氏となって以来、藤原氏の氏神となりました。「皇御軍」は、皇軍の兵士。作者は常陸の国府を出立し、その道すがら長久を祈願したの…
日高見国とは何か。いったいどこにあったのだろうか。 ・日高見国のいろいろ ・大祓詞における日高見国 ・大倭とはなにか ・常陸国風土記における日高見国 ・日本書紀の日高見国 ・まとめ以上にて、大祓詞、常陸国風土記、日本書紀などをもとにしつつ、太陽がのぼる東の国に太陽信仰の人びとが渡来した可能性を考察していく。 ■日高見国(ひたかみのくに/ひだかみのくに)のいろいろ日高見国は定義によっていろいろある。そのいくつかを紹介する。 ■大祓詞(おおはらえのことば)における日高見国大祓詞は神道の祭祀(さいし)に用いられる祝詞(のりと)の一つ。大祓式に用いられ、中臣氏が専らその宣読を担当した。「祭祀」は感謝や…
訓読 >>> 4363難波津(なにはつ)に御船(みふね)下(お)ろすゑ八十楫(やそか)貫(ぬ)き今は漕(こ)ぎぬと妹(いも)に告げこそ 4364防人に立たむ騒(さわ)きに家の妹(いむ)が業(な)るべきことを言はず来(き)ぬかも 4365押し照るや難波(なには)の津ゆり船装(ふなよそ)ひ我(あ)れは漕(こ)ぎぬと妹(いも)に告(つ)ぎこそ 4366常陸(ひたち)指し行かむ雁(かり)もが我(わ)が恋を記(しる)して付けて妹(いも)に知らせむ 要旨 >>> 〈4363〉難波の港に御船を引き下ろして浮かべ、たくさんの梶を並べて、さあこれから漕ぎ出そうとしていると、故郷の妻に伝えてくれないか。 〈436…
目の前を通った筈なのに、ヤマトタケルは何故富士山を無視した? このテーマ、拙ブログで何度か取り上げていますが・・・ 未だ納得のいく答えが出ていません(◞‿◟) na-mannoeyelevel.hatenablog.com na-mannoeyelevel.hatenablog.com 実は・・・コッソリ「富士王朝」に挨拶に行って無視された? ja.wikipedia.org 遺跡が発見されない以上単なる伝説・・・ 秦野の「からこさん」は富士山が大爆発した時、丹沢の山を転がって逃げて来たそうですが (⌒-⌒; ) 北口本宮冨士浅間神社の社伝によると・・・ 日本武尊が足柄の坂本(相模国)より酒折…