ロシア・東欧文学研究者、翻訳家。文芸評論家。1954年、東京都品川区生まれ。沼野恭子は妻。
東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。 著書、『屋根の上のバイリンガル』(筑摩書房)、『スラヴの真空』(自由国民社)『徹夜の塊 亡命文学論』(作品社)など。 訳書、スタニスワフ・レム『完全な真空』(国書刊行会)など。
徹夜の塊1 亡命文学論 増補改訂版 (徹夜の塊 1) 作者:沼野充義 作品社 Amazon 『亡命文学論 増補改訂版』沼野充義著を読む。 「亡命」というと亡命ロシア人がまっ先に浮かぶが。 「大量のロシア人亡命者の体験を通じて描き出された亡命文学の風景は、二十世紀のロシア文学が世界にもたらした貢献の一つとして挙げられよう」 まずは、ナボコフ。 「亡命者の体験(特に言語に関わる体験)は個人差が大きく、一概には論じられない。バイリンガル作家として有名なナボコフの場合―略―ロシア語から英語に執筆を切り替えたのは亡命という環境によるところが大きいが、―略―彼のバイリンガル性は亡命後に獲得されたものでは決…
ヌマヌマはまったら抜け出せない現代ロシア小説 傑作選沼野充善・沼野恭子 編訳河出書房新社2021年10月20日 知人が読んでいてなかなか興味深いと言っていた。気になった。図書館で予約したら、結構な人数の待ちだった。そのうち、2022年1月8日、日経新聞の書評にもでていた。ようやく予約が回ってきたので借りて読んでみた。 『ヌマヌマ』というのは、小説のタイトルではない。本書は、ロシア文学の12の短編が一冊になっているのだが、翻訳しているのは沼野充善さん、沼野恭子さん。二人の名前がタイトルになっている。ヌマヌマのお二人は、40年近くずっと、現代ロシア文学の最先端とともに走ってきた、という。お二人とも…
私も、本当に忙しく多くのやるべき仕事がある中で、このところ書いているようなゲームをやったり、小説を読んだり、書き物をしたりもしている。 そんなことをせずに仕事をしていれば、どのくらい多くのことを成し遂げることができたろうか、との思いにも駆られる。 ただ、私は、若い頃、不遜にも、文学を読まずビジネス書や歴史書を読んでいる大人を内心軽蔑していた。今は勿論そんなことはなくそのような人々も尊敬しているが、当時なぜそんなことを思っており、自身に関しては今も雰囲気として感じているかはあまり考えたことがなかった。 今日、エリアーデ幻想小説全集1に収められている、沼野充義さんの「「聖」の顕現としての文学」を読…
トルストイはもしかしたら人生そのものの方が作品より魅力的なのかもしれない。 沼野充義。トルストイ「アンナ・カレーニナ」。19世紀ロシア文学を。リアリズムの。規模が非常に大きいが細部への眼差しが。ロシア流リアリズム文学の頂点に。1828年生まれ。伯爵家だった。幼年時代を。「幼年時代」。「戦争と平和」を60年代に。「アンナ・カレーニナ」が次の作品。「戦争と平和」。ペテルブルグの夜会から展開。ナポレオンが席巻。ロシアにも攻めてくる。12年から。祖国戦争。アンドレーは妻を残して出兵。副官となる。アウステルリッツの戦いで負傷して啓示を受ける。一言で言うとナポレオン戦争時のロシアのリアリズム文学。ともかく…
「世界文学大図鑑」という本がある。世界中の名作の基本的なあらすじだとか概要、書かれた時代背景や後世に与えた影響を解りやすく、時にはイラストなど交えつつ解説していく図鑑だが、読んでいるとやっているアプリゲーム「FGO」の関係がチョイチョイ出てくるので、面白くなったのでまとめる。 [rakuten:book:18419379:detail] いわゆる「文学の登場人物」と「ゲームの登場人物」を同一視するのは危険だし、聖杯戦争なんかではそういう「元ネタとサーヴァントの関係性」の複雑さは何度も触れられているんだけれども、……まあ元ネタで無いことは無いし、無関係であるはずもまた無いのでいいじゃないですか。…
2月の読書メーター読んだ本の数:14読んだページ数:4692ナイス数:346辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿の感想「この小説は香港人である私からシャーロック・ホームズへの恋文であると同時に、シャーロキアンである私から香港へのラブレターでもあります。」著者が日本の読者に向けた添え書きはこの本の特徴を見事に言い表している。時代はそのまま、舞台を清朝末期の大英帝国の東の果ての植民地香港に移して物語る大胆なパシティーシュ。興味深いのは地名や風習や当時の体制だけでなく、実在した人物や史実をふんだんに登場させている点だ。丁寧につけられた注釈も含め、この一冊でホームズの世界だけでなく、一九世紀…
ナボコフ自身もっともお気に入りの短篇小説だという『フィアルタの春』は、ロシア語で書かれた(1936)(のちに自ら英訳(1956))最後の小説だが、比較的初期の作品ながら、すでにナボコフ作品の特徴、秘密の種をほぼすべて持ち合わせている。 ナボコフ『賜物』の第3章で主人公フョードルは家庭教師先に向かう途中で、自分の「思考の多面性」という能力を発揮できない現状を嘆く。 《だって、ぼくには自分の言葉があって、それを使えばどんなものでも――ブヨだって、マンモスだって、千種類の雲だって――創り出すことができるのに。一万人、十万人、いや、それどころか、ひょっとしたら百万人のうち、自分一人にしか教えられないこ…
旅日記である。タイトルは「2022年越後妻有大地の芸術祭の旅行」とした。すこし仰々しい、或いは素気ないような感じもするけれど、ひと目で、何時何処へ行ったのかが分かるという意味では、このような記録的な文章にはそぐっているのではないだろうか。 などと気取って書き出してみたが、隠すまでもなくこのタイトルは、映画「2001年宇宙の旅」からの引用で、それはただこの映画が私の生涯ベスト1ムービーであるから、という単純な理由からでしかない。 簡単に今回の旅行の経緯を記述しておくと、この2022年に至る2年間は世界的なコロナウィルスの流行で、海外はおろか国内の旅行も厳しく制限されていた。そのようなことは、この…
1996年にノーベル文学賞を受賞したシンボルスカが、受賞後はじめて出版した詩集が本作だという。どの詩も静謐さと重厚さをたたえながら、軽やかな語りを拒んでもいない。 裏表紙にも印刷されている「とてもふしぎな三つのことば」は、三つの文から成る。 「未来」と言うと それはもう過去になっている。 「静けさ」と言うと 静けさを壊してしまう。 「無」と言うと 無に収まらない何かをわたしは作り出す。 言葉の持つ力、その力を持て余し、翻弄される人間の悲しみを思う詩集最後の一篇「すべて」では、「すべて」という言葉を使う人間に対して次のように記している。 何ひとつ見逃さず 集めて抱え込み、取り込んで持っているふり…
瞬間 作者:ヴィスワヴァ・シンボルスカ 未知谷 Amazon ポーランドの詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカ(1923~2012)が2002年にまとめた詩集の全訳。1996年にノーベル文学賞を受賞した後、初めて刊行された詩集でもある。翻訳は『終わりと始まり』につづき、沼野充義氏、版元も未知谷と変わらないが、収録方法は大きく変わっていて、23篇の詩一つ一つに訳者の解題が記されている。この編集方針の善し悪しについては評価が分かれるところだと思うが、詩人の心境や言葉に込めた想いとは別に、詩を詩として、うたわれたその言葉のみで読み手が読み手の心情にあわせて受け取るという詩を読む楽しみが削がれるような気がし…
『夜想』の山尾悠子特集で、沼野充義がたいへんに面白い指摘をしている。山尾悠子の 「誰かが私に言ったのだ 世界は言葉でできていると」 という二行の分かち書きのフレーズは作家の創作姿勢を明快に打ち出すものとして解されてきたが、『増補 夢の遠近法』の「自作解説」では「比重はもちろん一行目のほうにある」と書いているのだ。沼野氏は、「常識的には二行目の「世界は言葉でできている」のほうが重要な意味を担うと考え」られる、と疑問を抱いているけれど、わたしも普通は二行目だと思ってしまう。このあと原稿では沼野氏は自分の解釈、自分の読みを展開していってしまうのだけど、山尾世界の総体を考えなおすきっかけにもなりうる確…
作家の加賀乙彦さんが亡くなったのはつい最近だ(2023年1月12日)。誰かが追悼文を書くだろうと思っていた。本日の朝日新聞朝刊(2023年1月24日)にロシア文学者の沼野充義さんが標題のタイトルで追悼を寄せていた。「寄稿」となっているので、依頼ではなくて沼野さんの方から寄稿したのだろか?それと沼野さんの肩書が「スラブ文学者」となっていた。沼野さんといえば、元東大のロシア文学教授ではなかったかな。ロシアのウクライナ侵攻以降(いやそれより前か)ロシア文学の旗色は悪い。人気がない。私がでた北海道大学文学部ロシア文学科は、学科そのものがなくなってしまったようだ。ロシア文学もロシア語も人気がない。北大に…
・東日本大震災、留学への準備、身内の不幸などによって不可避的に文脈が変わらざるを得なかった2011年までに読んだ「大好きな本」。・ほぼすべてが2011年までに読んだ本だが、「2011年までに着手して、読み了えたのは2012年以後」の本も数冊だけ含まれる(『空を引き寄せる石』など)。・リストを作り始めたのは2014年くらいだったと思うが、幸いなことに復刊された本も少なくない。作品集などは復刊されると収録作に異同が出る場合もあり、そのそれぞれを調べることはあきらめ、書誌情報は原則当時のままにしてある。 山尾悠子『夢の遠近法』(国書刊行会) 澁澤龍彦『高丘親王航海記』(文春文庫) 荒巻義雄『神聖代』…
(今回は批判的な文章になるので作品を楽しく読んだ方は読まれないでください。)さて初期の頃からのファンで今も「熱心な」読者というのはどれくらいいるのだろうか?最初に結論を書くと、いつもの手癖で書いたほどほどの短編集という印象でした。 『女のいない男たち』が意外と面白さの面でかつての輝きを取り戻している点もあったので今回も期待していたのだけど、わざとなのかと思うほど(というか、わざとなのだと思うけど)過去から利用してきたモチーフの変奏だけで作られていた。 そういう意味では最後の書き下ろし作品である「一人称単数」だけがこれまでになかったタイプのものでしたが、後味の悪さ(と作品上の配置)は読者に対する…
1月 ・見瀬悠「18世紀フランスにおける外国人遺産取得権:パリ・サン=ジェルマン=デ=プレ地区の事例から」『史学雑誌』127巻9号、2018年、1-35頁。 ・見瀬悠「18世紀フランスにおける外国人と帰化:ブリテン諸島出身者の事例から」『史学雑誌』123 巻 1 号、2014年、1-34頁。 ・夏目漱石『夢十夜』岩波文庫、1986年。 ・ヴァルター・ベンヤミン「蔵書の荷解きをする」浅井健二郎訳『ベンヤミン・コレクション2:エッセイの思考』筑摩書房、1996年。 ・安斎和雄「マルゼルブとユダヤ人問題」『社会科学討究』66号、1977年、93-120頁。 ・加藤克夫「『異邦人』から『国民』へ:大革…
1・徳田秋声『あらくれ・新世帯』(岩波文庫) 2・干刈あがた『干刈あがたの世界』(全6巻、河出書房新社) 3・善教将大『大阪の選択 なぜ都構想は再び否決されたのか』(有斐閣) 4・井谷聡子『〈体育会系女子〉のポリティクス 身体・ジェンダー・セクシュアリティ』(関西大学出版部) 5・ジェイ・B・バーニー『新版 企業戦略論』(全3巻、ダイヤモンド社) 6・遠山暁・村田潔・古賀広志『現代経営情報論』(有斐閣アルマ) 7・織田作之助『夫婦善哉 決定版』(新潮文庫) 8・川端康成『眠れる美女』(新潮文庫) 9・小泉悠『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版) 10・北村薫『…
2022-12-27 映画「ミスター・ランズベルギス」を観て takase.hatenablog.jp 仕事が一段落したので、映画『ミスター・ランズベルギス』を観に行く。 政治家なんかになるつもりはなかったと語るランズベルギス氏(映画より) 「リトアニア独立の英雄ランズベルギスが語る熾烈な政治的闘争と文化的抵抗の記録」で上映時間は4時間を超える。観るには覚悟がいる。 ソ連邦から最初に独立を宣言したのはリトアニアだった。 1990年3月11日、最高会議で「リトアニア国家再建法」を賛成124票、反対0、棄権6で可決し独立を宣言する。 非共産党員としてはじめて最高会議議長に就任したランズベルギスが独…
10/22(土) 喉が痛い。 10/23(日) 朝。寒気に嘔気。 食べ物を入れたら吐いてしまった。 昼。寒気と嘔気は消えた。まだ喉が痛い。 10/24(月) たとえ言葉を話さなくとも、花が生きて呼吸をしていて、やがて萎れて死んでしまうという事実を否定できる者がいるだろうか? (カルロス・フエンテス「女友達」) 石の国。石の言葉。石の血と記憶。ここから逃げなければお前も石になるだろう。さっさと出てゆけ、国境を越えて、石を払い落とせ。 (カルロス・フエンテス「賭け」) 生き残ったおかげで、噓という尽きることのない富を手にした、生き残ったからこそ人を騙すことができる、 (カルロス・フエンテス「リオ・…
こったら本を読むヒマあったら、青空文庫 Aozora Bunkoででも原典読めよ、という気がせんでもないが。まぁ通勤時間で読み始めたんでね…元はwikipedia:週刊文春の連載だそうだ。 名著のツボ 賢人たちが推す!最強ブックガイド 作者:石井 千湖 文藝春秋 Amazon 名著に新たな命を吹き込む"賢人たちの語り"こそ本書の醍醐味です ものは言いよう、ですよ。 しかし、一番最初がwikipedia:罪と罰なんだよね。こんな本もあったし:『罪と罰』を読まない (文春文庫) 名著だけど読んでる人少ないタイトル№1? wikipedia:沼野充義曰く、 読書の意味は経験することにある だそうだ。…
前回同様(→Link)、この二年間で読んだものの収穫、ただし自分の専門に関わる本はすべて除く。自分が死んだら棺桶に入れてほしい書物を二冊だけ挙げると、『最後のユニコーン』を書いたピーター・S・ビーグルが「くやしい。僕は本書のような物語を書きたかったのだ(ハヤカワFT文庫版帯※)」と最大級の賛辞を寄せたThe Lion of Boaz-Jachin and Jachin-Boazと、読者にとっての美の定義を根本から変えうる精神の至宝『山口哲夫全詩集』です。2023年は原書をより速く、より正確に読んでいきたいなと思う次第。★…別格で愛着があるもの Russell Hoban, The Lion o…