今日は久しぶりにレイキのお話。 前回はAIによるACIMの赦しがざっくりと披露されました。 なあんだ、単純明快じゃない、と思われた方もいるかもしれませんし、なんのこっちゃと思われた方もいるかもしれません。 いずれにしても、ルールがただ限定するものであるならそれに価値も意味もありません。ルールを受け入れてみるなら、そこに偉大な法則が機能する、というところがすばらしいのです。 書いてあることは分かった。だから真理を理解した、とはならず、書いてあることに自分の心を照らして認識し精査し、誤りを手放し、訂正を受け入れ、結果を委ねる、までを体験して初めてちょっと理解が進む、というふうになっています。 自分…