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弯曲していく日常

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20040402射殺された北朝鮮難民の徹訓(チョルフン)くんを忘れるな!参考
三月  桧森孝雄を追悼する  わたしたち  (参考)

2017-01-20 雨師(うし)として祀り棄てなむ

タイムラインで雨師という言葉を見た。雨をつかさどる神。山中智恵子に天皇を雨師とよんでいるうたがある。気になっていた。

http://www2.biglobe.ne.jp/~naxos/ChiekoYn/YamanakaChieko06.htm

に紹介がある。

昭和天皇を、旱天に悩む民のために祈雨祭を催した古代の王になぞらえているのだろう。と


  ちはやびときみ歩みくる水の辺に春のうしほののぼりくるかな

これは誄歌(るいか。死者の生前の徳をたたえ、その死を悼む歌)である。春が来る時天皇のまぼろしとともに、春のうしほが激しくやってくる。裕仁天皇はおそらく常に大東亜戦争の膨大な死者たちの勢いとともに、しかしそれを無化しつつ来る。


  天皇制はいかにあるべき大喪の誄歌(るいか)ながれて氷雨降るとき

裕仁天皇の大喪の時の歌。彼女の内部では裕仁天皇の死で天皇制は終わった、文句あるのか、みたいな含意がある?

「昭和天皇こそ神国日本の最後の王であった。その王が死んで、何のために天皇制が存続するのか。」


  いつしかに統(すめら)を捨てて春の筏とうとうたらりあそぶ黒翁(くろおきな)

翁とはすめらなりける氷雨降り誄歌ながるるきさらぎのはて

「山中智恵子には、一方で統(すめら)を捨てた昭和天皇への敬慕の思いがあり、紛れない。すめらを捨てたとき、昭和天皇は「翁」である。」


  深き夜を深沓(ふかぐつ)の音歩みゆく世紀はてなむ夜までのこと

  そのよはひ冷泉越え賢王と過ぎたまふ、そよ草生(ひと)を殺しき

裕仁天皇は深夜、ユーラシア大陸を歩む(あるいはニューギニアを)軍靴の幻のおとを幽かに聞いていたのか、その生の終わるまで。


  青人草(あをひとぐさ)あまた殺してしづまりし天皇制の終を視なむ

  昭和天皇雨師(うし)としてはふりひえびえとわがうちの天皇制ほろびたり

雨師:王とはいえ、古代にあっては、祈雨に失敗すれば命をもってそれを贖わなければならないものであった。

戦争責任を彼一人に負わせるのは残酷である。しかし王であること、祭主であることはそれを受け入れることである。わたしもまた彼を常に思うことで、責任と死を受け入れているのだ。そのように彼は死に、わがうちの天皇制はほろんだ。


  雨師(うし)として祀り棄てなむ葬り日のすめらみことに氷雨降りたり     「夢之記」

「「雨師として祀り棄てなむ」と。山中智恵子がそのように考えるのは、王の罪についての古代的な正義の基盤に立ち戻ろうとするからである。」


「山中智恵子は戦士である。ひとは天皇制とどうすれば戦えるかということを、率先して、完璧に示しているのである。象徴天皇制の存否もまた国民の総意によって決定されるべきものだからである。

中路 正恒」

今日天皇について論じようとする人がいるが、皆上っ面をなでただけで、核心に迫っていない。山中智恵子だけがそれをなし得ている。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/02/14 20:27 >>
野原燐 ‏@noharra
 それぞれのひとは、それぞれ自分なりのヴィジョンと祈りを、核に考えている。私の場合は、終わりなき討論と自己否定。
<<

 あまりにもばかばかしくて呆れたり、怒ったりするより吹き出しました。id:noharraが「終わりなき討論と自己否定」?。id:noharraほど無意味にプライドが高くて自分の非を認められない人間もいないと思いますが。まあ、面の皮が厚い虚言野郎としか言い様がないですね。まさかid:noharraも本気で自分を「終わりなき討論と自己否定」とは思ってないでしょう。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/02/15 21:07 >>
野原燐 ‏@noharra
 はっきり言って、中国が北朝鮮を占領しても、別の形で金正恩を倒しても、民主化が本当に達成されるまでとりあえず1,2年は彼((金正男のこと))を頭に据えて置いたほうが、ベターだと皆が考えていたはず!
<<

 「皆が」つうのはどこの「皆」なんですかね。しかし「反北朝鮮」id:noharra先生のことだから「とにかく南北統一!」つうかと思ったら「しばらく金正男がベストだと思ってた」んだそうです。小生は金正男にそんな期待はまったくしてないのでわけがわかりません。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/02/20 20:54 >>
野原燐 ‏@noharra
@ishibs_kanagawa(神奈川新聞・石橋学記者)
 民族教育を受ける権利は保証されるべきですね。しかし、何十年も続く個人独裁の国家体制に忠誠を誓う主体を育てる為の教育であるのだとすれば、それは教育の名に値せず、権利という言葉で肯定していくべきではない。
<<

 まあ
>>
石橋学 ‏@ishibs_kanagawa
 自分のルーツを学ぶことが「反日教育」であるはずがなく、民族教育を受ける権利は等しく保障されなければなりません。
■神奈川新聞『〈時代の正体〉「民族教育等しく保障を」南武朝鮮初級学校で授業見学|カナロコ|神奈川新聞ニュース』
http://www.kanaloco.jp/article/232474
<<
と主張する石橋記者がid:noharraの暴言なんか相手しないでしょうが、「独裁崇拝教育」と言いがかりつけて、民族教育を否定するこのゲスには怒りを禁じ得ません。朝鮮学校は色々やってるわけで誰が考えても「独裁崇拝教育」だけやってるわけがない。
 百歩譲ってこの男の言い分を認めるにせよ「朝鮮学校に変わる民族教育の場」がなければこいつの言い分はただの民族教育否定でしかないわけです。
 そしてこの男は「で、朝鮮学校に変わる民族教育の場をあんたが作るの?」と俺が質問したらまともに回答できず、すっとぼけたクズ野郎です。
 つうかこの男の理屈なら神社本庁も「戦前礼賛の極右の巣窟で、神社本庁の存在は信教の自由で肯定すべきではない」ことになるでしょうがそういったら「神社大好き右翼」id:noharraは激怒するでしょうね(苦笑)。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/02/22 22:40 >>
野原燐
@kounodanwawoma1 「神道」とは何か、答えるのは難しい。大事なことは、昭和期の国家主義的神道や日本会議系の神道は、神道の伝統ではないということ。
 江戸時代には近代国家はなかったので近代国家至上主義神道もなかった。
 ネトウヨが定義した神道((ネトウヨと言うよりそうした国家神道は少なくとも「明治以降は日本の神社本流」なんですけどね。「明治以降、日本神社の本流だった思想=国家神道」を「神社の伝統じゃない」の一言で片付けるid:noharraは端的に言って無責任です。神社が過去の過ちを反省しない限りそんなことで済む話じゃない。))を真に受けるのは有害。
<<

 「野原君は神社を擁護したいようだけど日本の神社主流(神社本庁)は極右ジャン」つう堀家康弘‏@kounodanwawoma1 氏の間批判に対するid:noharra流言い訳です(実は俺やid:Bill_McCreary氏も堀家氏とほとんど同じ批判をid:noharraに加えたことがありますが)。
 まあid:noharraはくだらないとしかいいようがない。現に「日本の神社主流はただの極右」と化してる時点で「それは江戸時代以前の神道とは違います」と言っても何の意味もない。
 そんなんでいいなら「ソ連共産党とマルクスの思想は違います」「ISとイスラム教は違います」「ユダヤ教とイスラエルは違います」とか何でも言えてしまう。
 でそう言う事しか言わないでまともなソ連批判、IS批判、イスラエル批判とかしない奴がいたら、id:noharraは納得するのか、つう話です。
 野原の詭弁には呆れる他はない。「だったらお前が江戸時代以前の神道に戻すように頑張れよ。そのためにも、まずは神社本庁を徹底的に批判しろよ。何で神社本庁の免罪しかしないの?。お前が右翼だからか?。神社本庁の類友だからか?」つう話でしかない。それもしないでid:noharraのようなことを言うのは「神道の現状の擁護」でしかありません。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/02/27 20:01 >>
野原燐‏@noharra
@hikkurikaeru3 民族が自国の歴史、社会を学ぶことが大事であることは認めます。
それは結局、その民族の民衆の生命と幸せを守り発展させていくことです。民族という名前を独裁主義国家やその独裁者が簒奪することがあってはなりません。
<<

 と言う意味不明な詭弁で自らの朝鮮学校敵視を正当化する反動極右のid:noharra君です。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/10 19:34 >>
野原燐さんがリツイート
澤野‏ @Lily_victoria
明治以前の神道って、神仏習合が基本だったような…
<<

 で「今の神道って神仏習合なんですか?」と言ったら勿論有名な「廃仏毀釈運動」で神仏分離されてしまったわけですが。いい加減、id:noharra君も「神社本庁って酷いよね」「国家神道って酷いよね」に「でも明治以前の神道は違うんだ」で逃げるのも大概にして欲しいですね。
 それ「キリスト教原理主義って酷いよね」「イスラム原理主義って酷いよね」「スターリンソ連やポルポトって酷いよね」に対し「イエスキリストは違う」「ムハンマドは違う」「マルクス、エンゲルスは違う」と「だけしか」いわないようなもんで無責任でしかない。
 「ああ、はいはい、最初のキリスト教(イスラム教、共産主義)がまともだとしても今まともじゃない奴らがのさばってるのに、そう言う奴ら批判しないで、『昔はまともだった』て言ってなんか意味あるの?」という厳しい批判的反応が出るのと同様「だーかーら、なんで、お前は神社本庁批判や国家新党批判から逃げて昔は違うしか言わないんだよ、ふざけんな、id:noharra」という反応が来るのは当然でしょう。つうか実際、そういう反応が多方面から来てるのに、懲りないアホのid:noharraです。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/10 19:42 >>
「天壌無窮の神勅」を作ったのは神道家ではない。
<<

 小生も無知ですので「天壌無窮の神勅」という言葉が出てくる「教育勅語」作成に神道家が関わったかどうか知りませんが、仮に「関わらなかった」としても
1)当時の神道家の多数が勅語を批判するどころかそれを歓迎し
2)今も神社本庁など多数の神道家が勅語を歓迎している以上
「作成に関与してないから関係ない」で済む話では全くありません。つうかさ「関与してないから批判してなくても、それどころか歓迎すらしていても教育勅語に神社関係者は関係ない、責任ない」なら俺に向かって「北朝鮮の悲劇には北朝鮮シンパのボーガス氏にも責任がある」とか抜かすなよ。俺は少なくとも「北朝鮮政府の政治的言動意」に当然関与はしとらんぞ。つうかそもそも北朝鮮シンパじゃなくて北朝鮮批判もしてるしな。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/10 19:50 >>
野原燐‏ @noharra
.@dogu_fm 教育勅語が何を目的としているか、主旨は何か、全てが「皇運ヲ扶翼」に掛かっている。>それは明治以前からある神道とも、まったくといっていいほど関係がありません((少なくとも国家神道や神社本庁とは関係がありますが。「明治以前の神社は違う」の一言で神社本庁や国家神道を免罪して恥じないバカがid:noharraのようです。))。「天壌無窮の神勅」を作ったのは神道家ではない。
<<

 小生も無知ですので「天壌無窮の神勅」という言葉が出てくる「教育勅語」作成に神道家が関わったかどうか知りませんが、仮に「関わらなかった」としても
1)当時の神道家の多数が勅語を批判するどころかそれを歓迎し
2)今も神社本庁など多数の神道家が勅語を歓迎している以上
「作成に関与してないから関係ない」で済む話では全くありません。つうかさ「関与してないから批判してなくても、それどころか歓迎すらしていても教育勅語に神社関係者は関係ない、責任ない」なら俺に向かって「北朝鮮の悲劇には北朝鮮シンパのボーガス氏にも責任がある」とか抜かすなよ。俺は少なくとも「北朝鮮政府の政治的言動」に当然関与はしとらんぞ。つうかそもそも北朝鮮シンパじゃなくて北朝鮮批判もしてるしな。
 つうかさid:noharra君の物言いだと「俺のつくった主体思想はまともな思想だ。北朝鮮政府が金日成崇拝に歪めたんだ」つうファンジャンヨプの言い訳も「正しくなる」んだけどねえ。
 いやまあ、主体思想は「最初から金日成崇拝が目的」つう批判もあるけどね。
 ただ仮に「もともとはまとも」ならファンはid:noharra君みたいな事言って居直ってもいい訳だが、君それを認めないよね?
 「仮にそれが事実としてお前は北朝鮮政府の主体思想歪曲とどれほど戦ったんだ、戦ってないなら一定の罪は免れないぞ、ファン」つうんじゃないの、id:noharra
 で「主体思想」を「明治以前の神道」、「北朝鮮政府」を「国家神道支持派(戦前日本政府や神社本庁)」、「ファン」を「id:noharraら国家神道と戦わない日本人」に書き換えれば
>>
仮にそれが事実としてお前は国家神道支持派の『明治以前の神道』歪曲とどれほど戦ったんだ、戦ってないなら一定の罪は免れないぞ、id:noharraら国家神道と戦わない日本人よ
<<
てなって、これがずーっと俺がid:noharra相手にしてる批判ですがid:noharra本人がバカだからどうも俺の批判が理解できないようです。

noharranoharra 2017/03/12 15:03 シモツカレ氏の発言、かなり大量に削除した。
一部残したのは、まあ議論の種になるかもと思ったから。

元の文章は手元のpcには保存。

一点だけ、要約。

「「悪=アサド&プーチン」「善=反アサド、反プーチン派」で語りたがる常岡浩介や黒井文太郎、桜木武史、「id:noharra」ら。
id:noharraについていえば北朝鮮問題も「北朝鮮=悪」「北朝鮮批判=善」。」
おおざっぱにこう理解してもらってて良い。
という単純な勧善懲悪で語っていてそのバカさに心からうんざりしますが。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/12 16:52 id:noharraについていえば北朝鮮問題も「北朝鮮=悪」「北朝鮮批判=善」。」
おおざっぱにこう理解してもらってて良い。

そういうくだらない勧善懲悪では物事は何一つ解決しないんですけどね。そもそも北朝鮮批判だって例えば「特定失踪者」なんて与太(言いがかり)は悪ですしね。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/12 17:06 >>
 左翼がなぜ負けてばかりなのかというと、自己肯定のための他者否定ばかりしていて、ほんものの他者に辿りついていないから
<<

 そもそも「とにもかくにも明文改憲が成されてはいない事」などを考えれば「負けてばかり」と言う認識も事実誤認で問題だと思いますがそれはさておき。
 「自己肯定のための他者否定((別に他者(例:日本会議)を否定(つうか批判)するのは自己肯定のためではないですが?。まあ、「独善的な批判になる事」はあるかもしれませんがそれ別に「自己肯定のための他者否定」て話ではない。))」て何ですか?、「ほんものの他者に辿りつく」て何ですか?と聞きたくなります。そして「ダライラマが中国に政治的に負けてばかり(例:モンゴルが2度とダライの訪問を受け入れないと中国に約束するなど)」なのも「自己肯定のための他者否定ばかりしていて、ほんものの他者に辿りついていないから」なんでしょうか。
 もちろん政治的な勝敗つうもんは「負ける方がダメだから」で片付くほど簡単でもないでしょう。いやまあ、「政治は結果論」つう面も確かにあるんですけどね。
 まあ、id:noharraの場合「三浦小太郎と交際して恥じない極右」として左派を小馬鹿にしたいだけなんでしょうけど。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/13 22:16 >>
野原燐‏
やれ絶対君主制だとか人権弾圧だとか公開処刑やってるとか言って、北朝鮮のことは批判しなければならない。そう思わない奴はクズ。サウジも同様批判されるべき。抑圧の仕方が巧妙だがイスラエルに対する批判も忘れてはならない。
<<

 サウジならともかく北朝鮮は王制じゃないですから。公開処刑つうのも「真偽の怪しい話」でしかない。まあ、北朝鮮が人権面で問題ないとは言いませんが怪しい話や事実誤認はいけませんよ、id:noharraさん。
 そしてまあ、批判ならほとんどの人間は反対しないんじゃないですかね。あなたが批判されるのは「北朝鮮政権転覆」と非常識な事言うからですよ。ちなみにサウジやイスラエルについても「政権転覆を希望してる」のか教えていただけると幸いです。もし「そうだ」というなら「非現実的」、「そうじゃない」というなら「北朝鮮との違いは何なのか?。ダブスタだ」という批判が俺からあなたに贈与されます。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/13 22:20 ちなみにそこまでサウジを批判するからにはサウジ国王訪日を受け入れて経済支援まで約束した安倍は非難の対象ですよね?

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/18 15:09 >>
野原燐‏ @noharra
 私にも「朝鮮学校支援拒否を糾弾しないこと((「糾弾しない」どころか、守る会に参加して積極的に朝鮮学校差別を推進してるのがid:noharraです。「支援拒否を糾弾しない」レベルなら俺もid:noharraをこれほど批判しません。))に腹を立てて執拗に粘着攻撃を続ける」人がいますが一人((名前を出せない辺り本当に無様です。そんなに俺に反論されたくないのか。))だけ。
<<

 たぶん「粘着」云々つうのは小生のことでしょうが
1)『私の入ってる守る会と言う団体は朝鮮学校無償化除外については会としての意見表明はしていない』とid:noharraが嘘をつくから『嘘つくな、手前の入ってる守る会は会公式サイトで除外を主張する会声明を発表してるじゃないか!』と批判してる
2)『私は朝鮮学校無償化除外については意見保留の立場だ』と言いながらid:noharraは『朝鮮学校無償化除外』を主張する守る会なる団体のメンバーなので『嘘つくな、お前、守る会のメンバーじゃねえか?』と批判してるのであって、『id:noharraの朝鮮学校差別への荷担』には怒っていますが、むしろそれよりid:noharraが嘘つきであることに怒り、呆れ批判しています。
 ということで、「俺に対する嘘」「俺に対する誹謗中傷」はやめましょうね、id:noharraさん。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/18 19:21 >>
野原燐さんがリツイート
しわすみ‏ @s_w_s_m
南スーダン「日報」 陸自トップにも存在を報告 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170316/k10010914011000.html
 統幕の背広がヤラカして文民統制がアボンしたというコレを、一時期流行った「文官統制を廃して文民統制を破壊するアベを許さない!」に賛同していた面々はどんな心持ちで眺めているのだろうか。
<<

 いやいやどんな心持ちって「背広組も酷いな」としか思いませんが。
 そもそも「文官統制」とは「制服組を背広組がチェック」「背広組を政治家がチェック」というダブルチェックシステムのわけでそれを安倍のように「全部、政治家がチェック」で本当にうまくいくんですか、チェックしきれなくなってノーチェックになったり、そもそもチェックをなくしたいんじゃないんですか、て話です。
 それは「背広組が不正したから安倍は正しい(間違ってない)」つう話にはならない。こういう辺りでid:noharra先生の「本当は安倍を擁護したい」つう右翼性が露呈されちゃうんだよなあ。
 さすが三浦小太郎の類友だけのことはあるわ(苦笑)。つうかさ、問題の所在をid:noharra君は分かってるのか?。いや俺も素人が赤旗とかで学んだレベルだけどさ。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/20 00:39 >>
野原燐‏
 国旗国歌法に趣旨など存在しない。
<<

 善意に理解すれば「国旗国歌法の趣旨に私は賛成しない」か「(石原慎太郎らウヨの強弁とは違い)国家国旗法の趣旨(建前)に卒業式での強制を正当化するものは存在しない」でしょうが、いやそれにしてもスゴイ発言ですね(苦笑)。
 「趣旨(目的)のない法律なんかねえよ」と突っ込みたくなります。文章書くときにはよーく考えてから書きましょうね、id:noharraさん。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/20 00:52 >>
野原燐‏
 「統一日報」論説主幹の洪熒(ホンヒョン)氏の講演会に行ってきた。ロウソク勢力:既得権勢力(国会、検察、司法、警察、巨大メディア、労組、文化会)、民労総・全教組ら。これはまた従北、親中勢力。でそれに対抗しているのが国民抵抗本部((ホンヒョンが支持する朴クネ応援団グループ。))。もはや内戦状態だとのこと。わたしの理解とは違うが、反論出来るだけの知識も皆無。面白くないので、質問時間を待たずにすぐ帰ってきた。メディアが基本的に左翼的((「大手三大紙」朝鮮日報、中央日報、東亜日報の何処が左翼なんですか?。))なところは日本と違うな。
<<

 まあ、たぶん三浦小太郎が宣伝していた「守る会主催講演会」でしょうが、「すげえなあ、良く行くよな、そんなの」と。
 id:noharraが書いてるようにホンヒョンの主張は「ろうそく勢力=朴クネ批判派=従北勢力(北朝鮮シンパ)」ですからねえ。
 まあ、民労総((日本の連合、全労連、全労協といったナショナルセンターに当たる))・全教組((日本の日教組、全教といった教員労組に当たる。))と言う労組はともかく((まあ彼らだって北朝鮮シンパではないでしょうが。))「とにかく朴クネを批判する奴は朝鮮日報、中央日報、東亜日報のような保守マスコミも、セヌリ党を離党して保守新党を作った奴(弾劾決議に賛成)も、弾劾決議を容認した憲法裁判所の判事も、北朝鮮シンパか、北朝鮮シンパの謀略に踊らされるバカ」なんてのは常識人にはまともに聞いてられないですよ。
 「反論出来るだけの知識も皆無」てそんなもん「保守新党を作った奴らや朝鮮日報なんかの何処が左翼で北朝鮮シンパなんですか?」位言えるでしょう?。その程度の事も言えないの?。
 つうかこんなあほな極右講演会を主催するような「守る会」に入ってて恥ずかしくないの?

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/20 01:09 (前のコメントの続き)
「反論出来るだけの知識も皆無」てそんなもん「何で朴クネ批判したら左翼なんですか?」「『森友だろうが何だろうが安倍批判する奴は北朝鮮の手先』と放言した維新の足立議員や『沖縄の基地反対運動のバックには中国がいる』と放言した東京MX『ニュース女史』などと、『崔順実ゲートだろうが朴批判する奴は北朝鮮の手先』と放言するあんたと何処が違うんですか?、ホンヒョンさん。」位言えるでしょう?。その程度の事も言えないの?。それともそのうちホンヒョン同様足立やニュース女史に対しても『反論出来るだけの知識も皆無』とか言い出すわけですか?
 まあそんなことを言ったらその場に怒号が飛んでただではすまないでしょうが。つまり「怒号が飛んでもいいからid:noharraは批判的質問しろ」とは俺個人は言いません。本当は「批判的質問したら暴行さえされかねず怖いから」なのに「知識がないから質問しなかった」なんて嘘つくな、と批判しているだけです。

2017-01-19 慰安婦・純潔と多義性

韓国・仁荷大教授キム・ミョンイン氏の「少女像、その「不便さ」について」

www.huffingtonpost.jp/myoungin-kim/girls-statue_b_14276834.html を読んだ。


「成人女性だったとしても、仮に自発的だったとしても、また極端に言えば一種売春だったとしても、女性が男性軍人の性欲解消のために制度的に動員されるのは残酷で野蛮なことだ。(略)

今日のこの「少女像」は、あえて日本だけに限定されない、すべての醜悪な戦争犯罪の非人間性を想い起こさせる造形物として意味があるといえる。」

まあそうです。しかし、元「慰安婦」問題は特定の戦争(アジア太平洋戦争)における特定の問題としての「ねじれ」として現象している。一挙に普遍の問題として語ろうとする言説には注意が必要だ。


キム・ミョンイン氏は次にこう語る。

「凌辱された純潔な少女」というイメージは、「敗北したり侵略されたりした民族を、蹂躙された女性に置き換えて反撃の内的動機を作りだし」「一次元的な民族主義によくある感性戦略」に利用されてしまう。韓国/日本という非和解性、「我と非我の闘争」に意識を動員する効果がある。

さらに、「女性に対する固定観念―弱く保護されるべきであり、純潔でなくてはならず、他の「奴ら」が触れてはいけない非自律的で受動的な存在―という、男性優位的な観念を再生産する」。

さて、こいつは、口ばかりうまいパク・ユハ第二号か、と疑いが起こってしまう。


しかし彼は言う。

従軍慰安婦の問題をこうやって継続的に提起し、記憶し続け、現在の問題として絶えず想起させてこられたのは、純粋に「慰安婦の方々」の勇気と民間の努力のおかげだ。「挺身隊問題対策協議会」しかり、「ナヌムの家」しかり。」これは彼の本心だろう。自己の内に矛盾があるからこそ、「不便」といった変な言葉を使うのだろう。


「それはそれ自体として、「口に出せない存在」だった「慰安婦の方々」が経験してきた、まさにその不安感と不完全感と不便さを代わりに雄弁に語る形象として、また、すべての記憶闘争が持っている明確な敵対性と、ひけをとらない曖昧性や多義性が渦巻く「現場」として、激しい存在意義があるのではないか。」

慰安婦は少女としてだけ居るわけではない。現実の元慰安婦たちは、仲間がほとんど死んで孤独な老女である。日本のネトウヨによれば「くたばりぞこないのババァ」である。善良な良い老女に決して成ることの出来ない女性存在に対して、彼女たちから最も遠いイメージの少女像が、あえて、表象代行しているのだ。〈敵対性と曖昧性や多義性が渦巻く「現場」〉であると名指されるべきであろう。


でもちろん、「大金で最終的解決を買ったと称する和解」を強制する立場に敵対する前提において、日本におけるこうした発言は、なされる必要がある。

「われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。(河野談話)」日本人の「歴史の真実を回避・否認」しようとする努力、慰安婦たちをものが言えない存在(ものを言っても聞いてもらえないサバルタン存在)に押し戻そうとする無限の努力と闘い続けることが、さらに必要であろう。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/02/16 07:02 >>
野原燐 ‏@noharraつぃーと
 金正男さん、ヤクザのような顔をしたオッサンにすぎないが、世界中で惜しまれている。
<<

 id:noharraって本当にバカだなとしか言いようがないですね。ほとんどの人間は惜しんでないでしょう。俺も惜しんでませんし。
 「大して社会的影響力のない人間」が死んでも誰も惜しみません。
 多くの人間は「暗殺なんて無法だ」と非難し、犯罪被害者の正男に同情はしてるでしょう。俺も「多くの人間同様」非難し同情はしますが、がそれは「惜しむ」ということとは違う。たとえばアル中の中川昭一が早死にすれば同情はしますが別に惜しんだりはしない。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/02/16 07:23 >>
野原燐さんがリツイート
相原たくや ‏@aiharatakuya
 安倍晋三は、相手がオバマであれトランプであれアメリカ大統領に対して卑屈にすり寄ろうとする。その一方で、韓国に対してはヤクザかチンピラのような態度。まさに戦後の保守政治、日本外交のあり方が最悪の形で凝縮されている。相手が「強者」と見なすと媚びへつらい、「弱者」と見なすと強面になる。
<<

でそんな「スネ夫」安倍が「ウイグル政治犯のために動いた」とデマ飛ばしたあなたはいつ謝罪するんですか、id:noharraさん?

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/21 06:10 >>
id:noharra
 従軍慰安婦問題(安倍氏のNHKへの介入)とかに触れ、それ以降反ネトウヨや反歴史修正主義的発言が多くなりました。
<<

 「え、どこが?」ですよね。まあそもそも「つくる会理事」という歴史修正主義者・三浦小太郎と親密交際して三浦批判もしない分際で何寝言言ってるんだって話ですが。
 さて三浦のことに触れると「三浦は俺とは別人格ダー」「三浦のことは聞くなー」と言い出すid:noharraです。なんかに似てるなと思ったんですが「森友疑惑での安倍や安倍支持者の言い訳」そっくりですね。
 「昭恵は首相と別人格ダー」「籠池は首相と別人格ダー」。
 「いや女房に『首相夫人の肩書き』で活動することを許したあげく、公費で秘書までつけてるのに何言ってるの?」「籠池埜ところで講演する予定だったのに何言ってるの?」ですよね。
 id:noharraに「昭恵は首相と別人格ダー」「籠池は首相と別人格ダー」を支持するか教えて欲しいですね。まあ回答できないでしょうが。
 「イエス」とはさすがに彼も言えないのでしょうが「ノー」といえば過去の自分の言い訳「三浦と俺は別人格」が詭弁だったと事実上認めたことになるからです。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/noharra/20170119

2017-01-13 『愛の労働 あるいは 依存とケアの正義論』について

エヴァ・フェダー・キテイの『愛の労働 あるいは 依存とケアの正義論』を読んだ。

これは大事な本だと思うので、紹介したい。丁度、その訳者である岡野八代、牟田和恵さんがキテイを日本に呼んでそのとき作られた本がある(下記J 同じ図書館にあったので借りてきた)。こちらを読みながら、抜き書きしてみたい。


この本は、「重度の障碍を抱える娘セーシャと共に歩んできたキテイの人生と、そのなかで哲学者としてのキテイが経験した葛藤から紡ぎだされた思想の書だ」、と岡野氏はこの本を語りだす。(p14 J) 


キテイは障碍者を育てる親であり一方、倫理哲学を学ぶ学者だった。「人間の本性とは何か、善き生とは何かについて長きにわたって論じてきた哲学の伝統のなかで、セーシャのような存在は(略)社会的な存在として認められてもいない、という事実」に気がつく。人間の平等を深く考察しながら、障碍者のことは思考の対象にすらしていない、と。(p14 J)

自己にとっての二つの真実が矛盾していること、それを解消するために、キテイは、ロールズに至る西欧思想史の根幹である人権思想を組み替えるという作業を必要とした。


キテイは自らの論を、「依存批判」と名づけている。これを江原由美子氏の紹介の引用によって簡単に紹介する。


「キテイ氏は、フェミニスト理論において議論されてきたジェンダー平等のための批判の論理を、差異批判・支配批判・多様性批判・「依存批判」という四つの批判の仕方によって、把握する。差異批判とは、男女の差異を批判の焦点とし、差異と平等との関連性を問う論じ方を、支配批判とは差異ではなくヒエラルヒーと権力を批判の焦点とし、支配が差異に先行しているがゆえにジェンダー平等実現のためには支配と従属の関係の廃棄こそが求められるべきだ等の批判の仕方をいう。また多様性批判とは、女性同士や男性同士の差異を批判の焦点とし、ジェンダー平等の実現にはすべての多様性についての配慮が必要であるという批判をいう。」(p124 J)

キテイは、これまでのフェミニズム理論を3つに分けて押さえる。次に「依存」とは何か?

「ここにおける「依存」とは、「誰かがケアしなければ生命を維持することが難しい状態」にあることをいう。人間は誰もがすべて、その生涯において一定期間は「依存」の状態にある。また長期間あるいは一生にわたってその状態にある人もいる。」

赤ん坊は生まれたての時は24時間保護を必要とするし、その後も20年近く「育て」なければならない。また、高齢になれば介護を要する状態になったり、痴呆(認知症)になったりしやはり自立生活はできない。キテイの娘、セーシャのような場合はずっと保護を必要とする。

社会秩序の基本をなす人々の契約は平等に位置づけられ平等に権利をもつ諸個人自発的な結びつきに由来する、というのが17,18世紀に確立した社会契約論であった。現在の西欧社会はその思想を継承している。キテイが具体的に批判するのはロールズであるが、ほかの人も同じである。

「不平等な状態が現にある」ことは否定できないが、そうした「不平等な状態は、「平等化施策」によって解消可能であり、それ以外の能力の差異も、社会的条件や偶然的な条件によって生じる「一時的なもの」とみなしうるとされていた。」(江原・p125 J) というのが彼らの論理だった。しかし、そうだろうか。

「それに対し、「依存批判」は、まず「依存」を、基本的な人間の条件としてみなすべきであると主張する。(略)その意味において「依存」とは、「たまたま生じたまれな状態」、「それゆえに無視してもかまわないような状態」なのではなく、私たち人間の基本的条件なのだと、「依存批判」は主張する。「依存」を人間の基本的な条件とみなすことは、「依存者」をケアする活動を行なうことをも、人間の基本的条件とみなすことを意味する。「依存者」は、その生命の維持を他者に依存している。すなわち、「依存者」はその生命維持のために、「被保護者の安寧の責任を負う活動」を行なう「依存労働者」の労働を不可欠とする。ゆえに、「依存」を人間の条件として認めることは、社会を「平等者の集団」とみなすのではなく、「依存者」「依存労働者」をも含む人々の集団としてみなすべきことを意味する。そうだとすれば、「平等」とは、能力において対等な「平等者の集団」の間で構想されればよいことなのではなく、他者のケアなしには生存できない「依存者」や、「依存者の生存の責任を負っている依存労働者」との間において、構想されなければならないことになる。」(江原・p125f J)

このような存在〜関係を、非本来的なものとして理論的考察の根本からは排除してもよい、とするのがいままでの学問だった。国家を「理性的存在」の結合として説明しなければ、国家は至上権を持てない、とする発想。

治者と被治者の同一性というのは確かに、強い魅力を持った形而上学ではある。しかし、社会の諸関係を素直に考えてみると、理性的主体間の契約のような合理的関係はごく少なく、社会はそのつど身近な人どうしの互酬的関係で成り立っている。家族内部の互酬的関係とされるものが抑圧的関係ではないか、と告発したのがフェミニズムである。しかしフェミニズムは、反フェミが攻撃するように互酬的関係を解体し日常を利害の損得計算に還元せよと主張しているわけではない。家族内部というだけで、すべて「互酬的」とされ、結果的に母親・主婦役割の女性に過重な負担が押し付けられている現実を糾弾しているだけである。


伝統的大家族においてはなんとかメンバー内で負担を分担してゆうずうしあっていた。(幼い子がさらに幼い子の子守をするなど)しかし「自立」を看板にする近代核家族においては、皮肉なことに、これは(建前はともかく実質はすべて)主婦の負担になってしまった。それと同時に女性の社会進出も進み、「主婦」は過重な負担にあえぐことになる。にもかかわらず、それは、選択の自由、あなたには子供を産まない自由もあった、という論理で自己責任とされてきた。フェミニズムの論理の一部が悪用されたといった側面もあったわけだ。理不尽な話だ。しかしこれが現実であり、現在も出口はない。


個々人はそれぞれ別々に生きているわけではなく、つながりのなかで生きている。平等というものもそのなかで考えなければならない。

つまり第一にケアを必要とする者がそれを得ることができなければならない。次にケア提供者は自分の時間と配慮の大きな部分をケアのために使わざるを得ないので、報酬を得る仕事をしたり自分自身をケアすることにおおきな不都合を持つ。したがってそれについては第三の家族メンバーからさらに配慮とケアを受ける必要がある。

「依存者」をケアする必要を中心に(拡大される)家族、さらにはその外側の社会のなかである互酬関係が作られければならない。それによってケア労働者はドゥーリアの権利を得るだろう。

「人として生きるために私たちがケアを必要としたように、私たちは、他者ーーケアの労働を担うものを含めてーーも生きるために必要なケアを受け取るような条件を提供する必要があるのだ。これがドゥーリアの概念である。(p293 L)


しかし、依存ーケア労働者の関係を、単にケア労働者の負担、労働過重といった面でだけ語るのは一面的に過ぎない。それは存在と存在の最も深い関係である。


キテイの娘であるセーシャは話すことができない。外にも多くのことができない。

「セーシャの愛くるしさは表面的なものではない。なんと表現したらよいのだろうか。喜び。喜びの才能だ。おかしな音楽を聞くときのくすくす笑い。(略)キスをしてお返しに抱擁を受ける喜び。セーシャの喜びの表現はさまざまな種類・程度にわたる。」(P335 L)

ひとが生きることの原初の輝きがそこにはあるのだ。

 

ただ、それほど美しい話ばかりではない。わたしの知人Y氏も重度の障碍者の父親だった。娘さんの名前は天音という。

・・・彼女とて哺乳瓶で食事をとらないと生きていけない。天音が意思を伝える手段は大声で泣きわめく以外にない。こちらの都合など関係ない。呼吸困難で唇が白くなるまで泣き続ける。抱いてやるとぴたりと止むが、欲求が激しいと駄目である。して欲しいことを、泣くことで表現する。欲求といったところで、あとは眠たいから抱いてほしいとか、お腹の調子が悪いからなんとかしてくれとか、そして単に抱っこしてほしいとか程度の、実にささやかなものである。

泣き声に負けて抱いてばかりいると、家事も仕事もなんにも進まない。苛々がつのる。その親の焦りが伝わるのか、天音は抱かれているのに口を大きく開ける不満行動を頻繁に引き起こす。(p42 Y)・・・

Y氏の奥さんのH氏は「天音の知り合いに近況を知らせる手紙のような」ミニコミをずっと出しておられた。(わたしはその読者にもならなかったのだが。)天音ちゃんの介護という限りなく閉ざされた労働(苦役)を、社会の関係性の方に向かって開くこと、それを要求する権利が自分たちにはある、(キテイの文脈に添って言うならそう言えるわけだが)、そのような思いもあっただろうと思う。


L:エヴァ・フェダー・キテイ 『愛の労働 あるいは 依存とケアの正義論』 岡野八代,牟田和恵訳 白澤社(原著 1999年

J:エヴァ・フェダー・キテイ 『ケアの倫理からはじめる正義論─支えあう平等』 岡野八代、牟田和恵編著・訳 白澤社

Y:山口明 『昼も夜も人の匂いに満ちて』 湯川書房

H氏とY氏のブログ http://amanedo.exblog.jp/19335267/

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/01/16 20:28 http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20080823/1307052595
■書評 帝国の慰安婦 朴裕河著 朝日新聞出版 「少女像」は慰安婦の実像ではない(三浦の個人ブログ)
http://miura.trycomp.net/?p=4140
>>
 国連におけるクマラスワミ報告についても、そこでは吉田清治証言と言う虚偽情報が引用され
<<

 デマもいい加減にしてほしいですね。クマラスワミ報告において吉田証言は重要な価値など与えられておらず、それどころか秦郁彦など吉田批判派の主張も併記されてることは有名な話です。id:noharraもよくもまあ三浦のようなデマ屋と交際できるもんです。「河野談話否定派・三浦」と親密交際して恥じないid:noharraの「河野談話を支持しています」と言う発言は口から出任せの虚言と見ていいでしょう。

noharranoharra 2017/01/20 23:48 「>>国連におけるクマラスワミ報告についても、そこでは吉田清治証言と言う虚偽情報が引用され<<
デマもいい加減にしてほしいですね。クマラスワミ報告において吉田証言は重要な価値など与えられておらず」 についてはおっしゃるとおり。
三浦個人にメールする必要は、別に感じていない。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/01/21 02:41 吹き出しました。クマラスワミ報告支持者を公言してる手前「三浦はクマラスワミ報告を吉田証言の引用を理由にデマ報告扱いしてますけど、あの報告書では秦郁彦の吉田批判なども併記されており、吉田証言には重要な価値など与えられてないからデマですよね!」という俺の指摘については、渋々ながら「ボーガスの指摘の通りだ」と三浦がデマ屋であることを事実上認めたid:noharraです。
 しかしそれでも「自分から積極的に三浦を批判する気はない」そうです。何なんですかね、このデタラメぶり。前も指摘しましたが、これでよくもまあ、「朝鮮総連は北朝鮮批判しろ(まあ例は朝鮮総連でなくてもいいですが)」とか「しがらみがあっても批判しろ」なんて他人に向かって言えるもんです。どう見ても三浦とのしがらみで批判を逃げてますよねえ、id:noharraは。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/21 06:16 >>
id:noharraツイート
北朝鮮、中国の民主化運動に興味を持ち、それに冷淡な左翼への批判も持っています。
<<

 やれやれですね。左翼は冷淡ではない((id:noharraら右翼のような非常識な政権転覆論(現実性に乏しい上に実行したら難民大量発生だの世界経済にダメージだので恐ろしい事になりかねない)には賛成しないだけです。特に中国なんて日本経済にとってもはや失うことのできない重要な存在ですしね。))ですし、このid:noharraの物言いだと「右翼は冷淡ではなく積極的」なんでしょうか。
 つうか右翼の中国、北朝鮮批判なんて「民主化云々」なんて代物じゃないですけどね。
 「打倒中国、北朝鮮」なんて非常識な代物です。かつ人権なんて本心では何とも思ってないから三浦小太郎がその一例ですが「つくる会運動にコミットする」などの反人権的な振る舞いが平然と穫れるわけです。

2016-12-10

王力雄の『黄禍』はすごい

王力雄さんの『黄禍』 横澤泰夫訳 集広舎 読んだ。これは大傑作だ。

半分までは、重く大きなテーマに真正面から取り組んだ未来ポリティカル・フィクションの傑作だ、と思った。しかし最後まで読むと、それをはるかに越えた、人類の権力と暴力、生と性、溢れることと滅びること、すべてを描いたすごい作品だと言える。


王力雄さんの『黄禍』はやたら分厚くて(値段は2700円と安いが)、はじまり「東京 新宿歓楽街」というところにたどり着くまで18頁も重苦しい文章を読まされる。私は飛ばして、後から読むが。「東京 新宿歓楽街」のとこもなんか通俗的な感じだ。そもそも、黄禍という言葉自体が重苦しく嫌な感じなのだ。元の小説は1991年に出た、つまりアクチュアルな近未来小説としては古くなっている。(「主な登場人物」はありがたいが、紹介にネタバレが含まれる。変えたほうが良いのでは。)

それでも私が読もうと思ったのは、王力雄さんが5年前日本に来た時お目にかかることができ、その時の彼の佇まいに強い印象を受けていたからだ。小柄だが強い意志を感じさせる、宗教的なオーラさえ感じた。

期待は裏切られなかった。読了して感動している。


「『黄禍』の登場人物はみなできうる限り理性的選択を行おうとするのだが、最後には理性的な結末を完全に取り逃がす。p12」と著者は言う。

閉鎖的権力関係の内部でそれに埋もれることをよしとしなければ、極端に優秀であり、自分の真の目的を固く持ち続け、かつ自分の真の目的を隠す能力が必要だ。本書の登場人物たちはみなそうした性格であり、その意味で魅力的である。この小説のすぐれたところは、ストーリー上必要なだけの悪役がでてこないところ。権力欲の塊のような超人はでてくるが、そうした人物は中国ではもっともありふれた存在だろう。

初版では「物語を書くという企図はなく、…中国の情勢に関する議論、中国の前途に関する考察が多く語られていた」という。そうした議論小説としての骨格は残っている。(初版は翻訳されたヴァージョンの2倍ほどあり、縮めないと日本に翻訳できないといわれたせいもあり縮めたという。この是非については分からないが読みやすくななったのだろう。)


最初に出てくるのは、黄河の氾濫だ。「水害によって元来の社会組織が瓦解し、無一文になった中で、人々は新たな絆を作り、暫定的な分配制度、労働組織、秩序、さらには法律まで作って」いる例があるというエピソードが語られる。中国のグリーンムーブメント指導者という著者を思わせる履歴を持つ登場人物によって。

より大きな危機がやってきた時、この理想は完膚なきまでに破られる、というのがこの小説の筋である。


スコップで粟を放り上げる旅に、石戈(せきか)は自分が粟粒と同じように、すがすがしい風の中に飛び上がり、むらなく散開し、風に草の屑や糠そしてほこりを吹き払ってもらい、さっぱりした姿で、陽光の下きらきら光る収穫したばかりの粟の山に落ちていく感じがした。」主人公の一人石戈の存在の底にある宇宙的エロス感覚。

それぞれの主人公はそれぞれ強いられた目的の為に死にものぐるいで奮闘するが、その底にはたいてい中国的な(荘子的な?)〈無〉への何らかのかたちの志向があるようだ。この小説は表面的には美女と超人が入り乱れるスパイ小説もどきの終末論的SFでもあるのだが、それだけに終わらない一つの要素はこうした〈無〉への志向を孕んだ人物造形である。


さらに、小説の丁度真ん中で、わたしたちの知っている世界はあっけなく崩壊する。しかし小説は続く。暗澹とした話ばかりが続くわけではない。中国人はすべて飢餓線上にさまようはめになり主人公たちも例外ではないのだが、主人公たちは意外にも理不尽な世界を受け入れ、その中でなお、いままでどおり目的を遂行するために全力を尽くす。

「陳ハンと同列の石段に座っている数人の受講生は、今長城の煉瓦の上で干からびたアリの死骸を集め、少量の塩とまぜ、その味を味わいながら、別種の昆虫の味と栄養価値との比較をしているところだ。」近代小説はブルジョアないしプチブルのもので、飢餓線上の人を主体の問題として取り上げてる人は少ないように思う。甘やかされた現在日本人は特に、生活感覚の幅が非常に狭くなっているのではないか。


飢餓線上の難民の巨大なマス(大群)が国境を越える、近年ヨーロッパではこのような事態が発生しており、それのことの受け入れがたさに、いまだ困惑している。この小説はまさにそのテーマを現実にはるかに先駆けて提起していた。著者が言うのはまず、国境、主権の概念は人為的なフィクションのに過ぎないということ。それに対して国防上の理由があっても、大量の難民を虐殺するなどということは「現代の文明が許さない。」

地球の資源が豊富で、至る所に未開発の土地があった時代植民地主義者たちはほしいままに植民地を広げた。「地球上に人が充満し憂えるべき状況になり、資源が枯渇すると、逆方向の植民が始まりました。このような逆方向の植民は貧窮によるもので、往時の被植民者が今度は列強に謝金を取り立てたのです!」すでにトルコ国境近くまで来ている2億人の難民という圧倒的な存在の量を背景に、中国の新米の外交官は強弁する。


大量の核兵器を持ちその効果を振回すことができるのが現代文明の価値と能力なのか?それとも燃料がなくなったので権力機構がなくなった今無意味になった膨大な書類を燃やしながら暖を取り、それでも絶望せずに辛うじて生き延びあるいは死んでいくのか?

「各国に移動した中国人難民は明らかに安らかで平和な日々を送っていた。彼らは死ぬことを意に介しない、すでに一再ならず死んだとすら言ってもよかった。(略)飢餓は呼吸と同じように日常的体験となり、まるで先天的生理の構成部分になってしまったかのようだ。」p488

人類は辛うじて維持され再生してくだろうか、かすかな希望を暗示しながらも、この小説の最後は、どこにも救いの余地のないエピソードで終わる。


「歴史上、大文明の壊滅ということが何度か起こっており、中国の滅亡が絶対にあり得ないと信じる理由はない。」p13

それは確かなことだ、と読者は嫌でも納得するべきなのだと思う。(少なくとも自分の快適な生活と無邪気な対中国優越感を維持したままで「中国崩壊論」を楽しむなどということはありえないのだ。)

黄禍

『黄禍』

絡み方に辟易絡み方に辟易 2016/12/18 12:39 貴方様がツイッターの上で絡んでいっている姿勢に赤の他人でどちらの知り合いでもないですが、いい加減辟易してしまいましたよ。アカウントを持っていないためここに記しますが、意見が違う通りすがりの方に、自分は貴方が間違っていると思う!そう思うんだ!としつこく粘着するのはおよしになるべきでは。意見の相違は構わないでしょう。そういう人も大勢いるのが世の中です。それぞれがツイートするのは自由ですがしつこく絡んで相手の反応を乞うのは迷惑行為であって貴方の自己満足のために相手の時間を奪おうとする傲慢な態度に他なりません。意見が違うもの同士、それでいいではないですか。お互いに議論したいなら止めませんが相手は貴方に使う時間は惜しいのでしょう、時間がないと言っています。これはつまり相手は「自分の貴重な時間を使ってでも議論する気にもならない」としているのです。絡まず受け入れるべきですよ。

noharranoharra 2017/01/06 09:47 「ISの一部が紛れ込んでいるかどうかなど、大事なことだとは思いません。」というのは、それだけの意味でそれ以上の意味はない。
ある文章を常に、自分の脳内で変換してから、(変換するのが自分にとって自然なことなので変換したということを意識しないで)、相手に対して突撃してくるのが、ネトウヨとボーガスの特徴! 他人の発言がそれよりずっと狭いボーガスの脳髄に投射される。これを極端に表現したのが「1bit脳」!

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/01/07 22:36 id:noharra
いやいや大事なことでしょうよ。何が大事じゃないんですか?。紛れ込んだISによって運動が破壊されても、最悪乗っ取られても構わないとおっしゃる?。それとも「ISはスバラシイ団体」とでも言いますか?

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/01/12 22:06 ちなみに上の文章は
http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20080824/1307052595
にも書いてあります。id:noharraさん、何故自称河野談話支持のあなたが「河野談話否定の極右」三浦小太郎を何一つ批判せず、奴が役員を務める極右団体「守る会」に平然と入会し続けられるのか、釈明されてはいかがですか。

noharranoharra 2017/01/15 13:12 ■【釜山・慰安婦像設置】民団トップが撤去求める 「私たち在日同胞の切実な思い」 (産経新聞) この発言は全面的に正しい!(三浦の個人ブログ)
http://miura.trycomp.net/?p=4126
>について、私は読んでいないしコメントする意思はない。
「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の機関紙『光射せ!」にも、萩原遼責任編集の『拉致と真実』にも、私が気に入らなそうな記事はありますが、それらを「しっかり読んで批判する」義務が私にあるわけでもない。(守る会および萩原さんには)申し訳ないがちゃんと読んでない。
「河野談話否定の極右」三浦小太郎を批判すべきだと判断すれば、それはその時にする。(「いまはその時ではない」とまで判断しているわけではない。)
id:bogus-simotukare 氏が、三浦某を批判したいなら好きにしたらよかろう。
私のコメント欄を使うのは拒否する。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/26 19:06 野原燐‏ @noharraツイート
 ただまあ、私は安倍昭恵氏は非常に有能な方で、本来優秀だけど縦割りなどガチガチに固められ臨機応変できない官僚機構を上手に使い、安倍政権に有益なことだけでなく、日本にとって有益なこともけっこうやったのではないかと考えている。

 さすがに「森友の件では批判するが」という言い訳付ですが、呆れますね。
 id:noharraには是非「昭恵がどう有能なのか」「昭恵がどんないいことをしたのか」教えて欲しいモンです。
 そして「森友の口利き」があってすらそこまで昭恵を高評価するならそれこそ「民族教育の場としての朝鮮学校」を「仮に金日成崇拝など問題点があるとしても」評価すべきではないのか。

2016-12-01

趙寛子の徐京植批判

シノドスに、「在日朝鮮人の「民族解放論」はアジアに平和をもたらすのか?

趙寛子 / 東北アジア研究(翻訳:李順愛) 」という文章が載っていた。徐京植氏批判のようだ。

http://synodos.jp/international/18637

野原的に偏向したマトメを下記に記す。


1990年代中盤ごろ、コリアンディアスポラの世界的連帯の可能性に対して、徐京植は「すべての移住民の歴史を植民地という起源に束ね、「全体民族国家」の建設がコリアン・ディアスポラの政治的主権を回復する道である」という論を立てた。

しかし、「植民地である祖国からの追放」という起源神話鋳造し、「継続する植民地主義」に対する批判の原理を掲げ〈幻の全体朝鮮〉に忠実であろうとする志向よりも、在日朝鮮人においても(在日年数が重なるにつれて)、日本におけるマイノリティとして自己利益アイデンティティを求める志向が強くなる。

徐京植は、近年やっとマイノリティという言葉だけは使用するようになったが、文京洙などの「市民社会論的在日論」批判など、原理主義的立場は崩していない。

彼は自己を「難民・半難民」とアイデンティファイしながら、「その難民論においては、同時代の脱北難民というアクチュアルな問題は提起されたことがない。」

「朝鮮半島の統一は依然としてすべてのコリアンの願いであるだろう。」しかし、それは「統一の可能性は「反米」にあるという主張に賛成したり、「統一のその日」のために北朝鮮住民が世襲体制下で飢餓に耐えて国家動員にさいなまれる状況」を持続させることに目をつぶる理由になってはならないはずだ。

「「北朝鮮」を見えないようにして「全体民族」に引き入れ、北朝鮮問題に対して言及しない態度は、韓国の民主化および統一運動に関与した在日朝鮮人に一貫して現れている。」

「全体としての民族と統一の課題を論じること」は南北対立の回避として正しいが、「北朝鮮に対して批判的に距離をおくのではなく、北朝鮮問題を「封印」する態度で一貫」することは、やはり理念的偏向と名指されるべきであろう。


歴史的な不幸を反復しないようにという植民地主義批判の言説」の正しさが、かえって「複雑な関係性を多角度から把握する」ことの失敗につながり、若い世代の「韓日間の敵対性の高潮」につながっていったとすれば、不幸なことだ。


「日本国家の道義的責任を受け入れ和解の道を開こうという朴裕河には、植民地主義の歴史的被害者から顔をそむけ、和解という名の普遍主義の暴力を強要していると批判する。」私は朴裕河には批判的なのでこれでもいいかも、と思うが。

それ以外のところはすべて、趙寛子の論旨に賛成だ。


難民、つまりこの場合、脱北者の問題は、親北か反北か植民地主義か云々といった政治的な問題ではない。もっとどろくさい単なる生活、5万円の家賃をどうやって払おうかという問題。徐京植シンパや良心的左翼にこそ見て欲しい! 「脱北者、おおさか八尾に生きて」 2011年 関テレ.

http://channel.pandora.tv/channel/video.ptv?ch_userid=fafefa&prgid=42348262&ref=ts

noharranoharra 2016/12/09 11:08 id:bogus-simotukare
王力雄 『黄禍』は核戦争反対を真面目に考える日本の左翼、平和主義者、SFファンは必読の名著です。スパイ小説もどきエンターテイメントとしてはつたない点もあるが、思考実験としての迫力の大きさは日本のどの小説にもまけない。
あなたは知らないものを、連想だけでDISる癖はやめなさい。
「中国共産党総書記が日本で暗殺される」ことなど書いてない。「日本で」なら、国際紛争・反共/容共の戦争につながるのでそうはしない。まあ1bit脳では小説も観賞できないだろうが。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2016/12/09 20:14 id:noharraさん
 何がどう素晴らしいのか、まともに説明できない自分の頭の足りなさでも少しはまじめに考えたらいかがですか?
 「場所が日本でなければ」中国共産党総書記の暗殺があり得るだの、暗殺されれば中国が内戦になるだのいう与太がすばらしい小説ですか?。よほどくだらない小説しか日頃読んでないんですね。

noharranoharra 2016/12/09 22:19 あなたは「知らないものを、連想だけでDISる」ことが、恥ずかしいことだ、ということをお母さんに教えて貰わなかったんですね。
一冊の本を書いたり読んだりすることへの、敬意もなしに生きているわけだ。

noharranoharra 2016/12/15 10:28 あなたは「知らないものを、連想だけでDISる」ことが、恥ずかしいことだ、ということをお母さんに教えて貰わなかったんですね。 を繰り返すしか、することがありません。
DISりたければ入手して読んでください。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/03/21 06:11 id:noharraさん
>お母さんに教えて貰わなかったんですね。

 「ご両親」でないのはあなたが「子育ては女の仕事、男の仕事じゃない」と思ってる右翼だからですか?

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/04/07 19:37 野原燐さんがリツイート
モン=モジモジ‏ @mojimoji_x 4月5日
 (ボーガス注:今村復興相が)質問に答えないなら(ボーガス注:記者が)同じ質問を何度もするのは、(ボーガス注:嫌がらせではなく)むしろ当然だと思いますが。

 野原の馬鹿さに吹き出しました。つまり「南京事件や慰安婦の違法性を否定するつくる会の理事を務める三浦小太郎の反動極右性をどう思う?」などという俺の質問にまともに答えない貴方に「何度も俺が同じ質問をしたこと」を「むしろ当然」と認めるわけですか?。正直「三浦のことについて聞くな!」というid:noharraの逆ギレは「id:noharraが批判しているらしい今村復興相の逆ギレ」と大同小異だと思います。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2017/04/07 19:45 ■即位の礼は紀元節がふさわしいのでは(三浦の個人ブログ)
http://miura.trycomp.net/?p=4290
 記事本文以前にタイトルが「極右性全開」で突っ込む気すら薄れますね。こんなことを言うのは「僕は常識を逸脱した極右です」と宣伝してるようなモンです。「2012年12月から始まった」安倍政権がついに5年目に入り((もちろん俺のような人間にとって安倍政権5年目など全く屈辱的です。))、「当初穏健保守ぶっていた」三浦のたがが完全に外れたようです。
 特に「政府の公式名称では建国記念の日なのにわざわざ紀元節と言い換えてる辺り」も酷いモンです。id:noharraもよくもまあ三浦小太郎なんぞと交際できるモンです。id:noharraも「即位の礼は紀元節がふさわしい」と思ってるんでしょうか?


ご批判、ご質問などをよろしくおねがいします。
野原燐へのメールは noharra(あっとまーく)666999.info です。
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 (2006.1.02設置)
 敵でも味方でもない、ある圧倒的な力によって問題提起の正しさが弯曲していくのではないかという一瞬おとずれる感覚のむこうに、はじめて、ほんとうの闘争がはじまっている。(松下昇)
(仮称)仮装被告団〜刊行委員会