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全共闘

社会

全共闘

ぜんきょうとう

全学共闘会議略称。大学の学生自治会の全国連合組織が「全学連全国大学自治会総連合)」であるが、それとは異なり、基本的には、70年安保闘争あるいは、個別大学闘争勝利のために、学部セクトを越えた連合体として各大学に作られたのが全共闘である。日大では日大闘争の際に全共闘が組織され、また東大でも医学部での紛争が全学部的な問題に発展してから、全共闘が組織され、この二つの全共闘が70年安保闘争の中核的な闘争組織となった。

一般的には、自然発生的にノンセクトの中のラジカルな部分が結集して作った大衆組織といってもよい。

全共闘運動は、セクトの指導でその方針に素直に従うというものではなく、意識の中心になったのは、個人の主体体制に対して、どのような闘いをしかけられるか、つまり個人の思想や行動の主体的な実践、勝利といったものを目指した。それだけに、そこにはマルクス主義だけでなく、実存主義もあり、リベラリズムもあり、さらには単なるお祭り参加気分のラジカリズムがあったり、もっといえば性的な面での解放運動や、文学を含む芸術的な運動なども包含していた。全共闘が1968年段階で最激化したのは、その大衆性によるところが大きい。全共闘運動は、1969年の全国全共闘結成で、かたちとしては頂点を迎えるが、既に当時は、実質的には全共闘の時代は終焉し、セクトの時代に突入していた。

ちなみに、全共闘に似た組織形態であっても、各大学で名称が異なっていた。たとえば、中大では全中闘(全学中央闘争委員会)という名称になっていたり、他大学では全闘委(全学闘争委員会)という名称のものもあった。「全共闘」という用語は、それらの個別の組織名を越えた総称ともなっていた。