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2017-02-22 日本人とアメリカ人は似てる?似てない?

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アメリカ20世紀


革新主義 」とは 、科学合理的方法によれば社会問題を解決し正義が実現できるという 、科学万能ともいえる考え方である。そこには 、不安なかに人間の理性の能力を信じる楽観的態度が見られ 、その意味で 、革新主義は啓蒙主義の落とし子ともいえた 。 革新主義は世紀末アメリカ社会混乱状態に 、 「アメリカ正義 」にもとづく秩序をもたらそうとし 、社会組織化を図った 。その際 、科学的専門的知識を活用することが 、 「正義 」への道 、すなわち建国以来の 「自由 」と 「民主主義 」の理念擁護に通じると考えられた 。そして 、革新主義によれば 、工業化都市化がもたらした弊害 ─ ─貧困薬害自然破壊 ─ ─に対する改革女性参政権のような平等権を求める改革も 、科学的専門的計算にもとづいて行うのが正しいとされた 。

アメリカ20世紀〈上〉1890年1945年 有賀夏紀 中公新書 ASIN:B00G44VI7A

目を覆うばかりのスラム悲惨さとまばゆいばかりの大富豪生活との差は 、当時は当然のこととして考えられることが多かった 。貧乏能力がなく 、また努力をしなかった当然の報いであり 、金持ち努力して自分の持てる能力を発揮したからそうなったのだと 、今日でもよくいう 。

一九世紀後半のアメリカ社会では 、貧富の差を 「科学的 」に正当化する議論が広がり 、一般に受け容れられていたのである 。そうした 「科学的 」な議論ソーシャル ・ダーウィニズムと呼ばれるものだった 。ひと言でいえば 、チャールズダーウィン自然界の法則として打ち立てた進化論人間社会適用したものである ・・・また 、今アメリカ発で世界中に広がっている市場競争原理優先の風潮は 、一九世紀のソーシャル ・ダーウィニズムの復活 、そしてそのグロバル化ということもできるだろう 。

アメリカソーシャル ・ダーウィニズムを広めたのはイェール大学社会学者ウィリアムグレアム ・サムナーだった 。サムナーの説はスペンサーよりさらに強力に 、アメリカ実業家たちの行動を擁護するものだった 。富の独占は決して悪いことではなく 、産業界指導者は才能と勇気と不屈の精神を備えており 、金持ちになるのは彼らの社会に対する義務であると論じた 。

同じ頃 、ホレーショー ・アルジャーが書いた靴磨きの少年努力と忍耐によって出世する 『ぼろをまとったディック 』 (一八六七 )の物語個人主義価値観を強調しており 、二〇〇〇万部も売れ人気を博していた 。サムナーの大衆版がアルジャーだったといえる 。

アメリカ20世紀〈上〉1890年1945年 有賀夏紀 中公新書 ASIN:B00G44VI7A




アメリカ人思想 「科学合理性による成果が正義である。」


アメリカ人思考の概略は、「科学合理性による成果が正義である。」という感じではないだろうか。

プロテスタントとしての天職概念商売は卑しいことではない。金持ち努力によって天職を全うし、世の中に貢献することで、神に認められた結果である

科学への楽観的な信頼、そこから展開された啓蒙主義(理性主義)。神との契約としての理性主義。理性還元としての個人主義

プラグマティズム。広大な土地の中で生き抜くために、思弁より実働を重視する。結果が正しいという考え方。科学合理性は、現実社会アクセスし、結果を出すことで意味を持つ。

そして経済活動天職)、理性、正義、神が、科学合理性によって楽観的に繋がる。楽観的な科学合理性人間社会への展開。 心理学社会学認知科学経営学経済学社会的進化論自由主義ネオリベマネタリズムフォーディズム、IT産業金融工学・・・

啓蒙主義とは、神の言葉としてのニュートン発見した科学熱狂を、理性を単位として人間社会制度、法、道徳へと展開する試みである。まさにアメリカはその時代につくられて、空っぽ土地科学啓蒙主義熱狂による理想郷が目指された。このような熱狂は二度の世界大戦によって破壊される。熱狂のもと作られた科学兵器によって大量殺戮が行われたとき、人々は科学悪魔言葉であることに気づく。しかアメリカは二度の大戦破壊されることなく、むしろ世界覇者となる。そして科学啓蒙主義熱狂アメリカの中に生き続ける。

たとえばアメリカ心理学メッカだが、それは人間が数値化できるという楽観的科学主義からくる。天才は単純にIQという数値により評価される。さらロボトミーなんて人間改造も生まれた。あるいはロリコン浮気性などの性癖科学カウンセリングによる治療が求められる。

あるいはアメリカは様々な経営手法を生み出し続けているが、これもしかり。IT産業も、サービス業の楽観的な合理化から来ている。サービスという人間関係合理的科学機械作業に置き換える。生の人間関係を重視する日本人にはできなかったのは当然である。あるいは最近では金融工学金融に楽観的に科学を導入して、サブプライムローンを生み出し、リーマンショックにつながった。




アメリカ人日本人は似ている?


日本人アメリカ人は似ているところがある

プロテスタントとしての天職概念 → 日本人の仏行職分主義。

プラグマティズム → 日本人現実主義

アメリカプロテスタントの国であり、天職概念により、金儲けではなく、使命として職を全うするという意味で、日本人の職分主義と近い面をもつ。努力自己責任を重視する点が、日本人の勤勉主義に似ている。

しか努力すれば報われるというところまではきても、アメリカの広大な土地移民の国故に、日本人のように世間という閉鎖性を持てず、世間のためにみなが職分を全うするというような相手を具体性化できず、神から与えられた天職という個人主義自由競争へと向かう。

アメリカ人が楽観的な合理性によって儲けることそのもの正当化するのに対して、日本人は儲けることは目的ではなく結果でしかなく、目的世間のために貢献すること、役割を果たすことという職分主義である。すなわち日本人個人主義より、無我論。 我を抑えて世間の中での役割を重視する。そして科学合理性正義より世間の善を重視する。




戦後アメリカナイズする日本人


もともと似ている面もあり、戦後日本人アメリカ人科学合理性思想を大々的に取り入れた。大まかに言えば、科学合理性による、自由主義経済産業主義をどんどん取り入れたが、民主主義、すなわち個人の平等については、日本人独自世間公平性を重視する。日本人成功はまさにこのバランスにあるだろう。要するに、世間に働く慈悲エコノミーが、アメリカナイズに対して絶妙なバランスを維持している。

日本民主主義が建前なので、 世間公平性の重視は、いつも曖昧でヤリ玉にあげられる。特に左翼からしかし実際は、曖昧世間公平性日本を支えている。アメリカ裁判社会の異常さや、ときに起こる極端な政策など。偏りを日本では世間公平性が調整している。

世界的に自由主義経済は、近代初期の格差反省から社会福祉強化による弱者救済制度を取り入れていく。特に欧州では進んだ。しかアメリカは、楽観的に合理主義からマネタリズムという自由主義の徹底に走り、超格差を許容する。 それに対して、日本一見アメリカ的な自由主義経済を重視するようで、実は職分主義の世間という制度化されない暗黙の公平性から格差抑制している面がある。




なぜアメリカ人日本人戦争を始めたのか


しかしこのような世間公平性があからさまに肯定されない理由の一つは、世界大戦では世間公平性暴走したからだ。極限の中で、少数派を押しつぶして、世間国家主義の一方向に走り出した。

当時、そもそもアメリカ経済的影響力、軍事力は圧倒的で、それを知っている日本アメリカとの戦争を懸命に回避しようとした。アメリカ条約によって日本の動きを抑止すれば、日本戦争をやる必要はなかった。それでもアメリカ人日本人戦争を始めたのはなぜか。アメリカ人の楽観的な科学合理性暴力か。

そして日本戦略的な勝算が見えないまま開戦するという最初から追い込また状態にあった。物量を超えて世間国家と一体にする国民総力戦へ。この時の究極のナショナリズムで、江戸時代形成された世間公平性が真に国民国民レベルへ浸透されて強化された。そして戦後グローバル化経済戦で日本が躍進できた大企業系列会社護送船団方式や、終身雇用など家族経営主義などの経済大国日本に引き継がれていく。


戦争中の経済過程は、戦後経済の直接の出発点になった。そこで、戦争戦後日本に何を残したのかを整理してみると、次のようなことがいえそうです。

たとえば生産能力の点では、戦争中に軍需生産必要や、陸軍要求した生産力拡充計画等々によって、重工業化学工業はその設備増設した。そのかなりの部分は戦後に残存した。・・・重化学工業設備が残存し、その技術者労働者が残っていたことが、戦後経済復興重化学工業を中心にして進められる条件になったことは重要事実だと思います。

もう一つは制度問題です。たとえば機械飛行機自動車、みんなそうですが、戦時中に下請制度が発達した。もちろん大企業が中心ですが、そこでは組み立てをするわけで、これに対してその素材、部品をつくるのは下請の工場である

戦後になっても、たとえば自動車産業などが代表的ですが、一般に下請制がとられるようになった。・・・その制度的な基礎はやはり戦時中に築かれた。戦前は下請に仕事を出すことは、製品品質保証しないことを意味するとして嫌われていたのですが、戦争中にそんなことは言っていられなくなって、下請制が定着したのです。

昔でも、旧財閥系の、たとえば三井系の会社三井銀行が、三菱系なら三菱銀行が面倒を見てきたのですが、現在では、たとえば富士とか第一勧銀だとかいうかつては産業との結びつきが薄かった銀行にも、それぞれの会社のグループができているのは、この時期から関係です。一つの金融機関を中心に多くの企業が結びつく、金融系列といわれる企業グループができたのも、この時期からであった。

また、お役所の力が強くなって、さまざまな問題について、直接間接に産業界指導をする、いわゆる行政指導戦後日本で行われたのは、国際的にも有名になっていますが、その原型は戦時期にできたといっていいと思います。

また、日本銀行が一般の銀行に対して強い力をもって金融面での統制をするようになったのも戦時中からであった。戦後銀行資金力が弱まったことから日本銀行金融統制が引きつづき強く行われてきたわけです。P157-159


昭和経済史 中村隆英 岩波現代文庫 ISBN:4006001762

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2017-02-18 日本人の職分主義の系譜

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0 慈悲の経済則(エコノミー)とは


ボクが言いたいことは簡単なことで、日本人は勤勉である、ということ。これは散々あちこちで言われている。そしてその勤勉さは、慈悲の経済則(エコノミー)で作動している、ということ。

では、慈悲の経済則(エコノミー)とはどのようなものか。

世間へ貢献する。特に職を通して貢献する。

・貢献したことを気づかれて気遣いをさせないよう貢献する。

これを経済則として表現すると、人類共通の原初的経済である「贈与に対して返礼する」贈与交換に対して、

世間へ「見返りなく贈与する」。特に職を通して「見返りなく贈与する」。

・「贈与した」ことに気づかれて「返礼」しないといけない気遣いをさせないよう「贈与」する。

たとえば簡単な例として「おもてなし」を考えると、おもてなしとは、相手が誰であるかに関わらない世間へのもてなし(貢献)である。そしてもてなし(貢献)したことを気づかれて気遣いをさせないようもてなすことを究極とする。




1 士農工商という職分主義


仕事はまずなんと言っても労働への対価のためである(等価交換則)。それだけではなく、柔軟な対応は、雇用側との長期的な信頼関係を構築のためでもある(贈与交換則)。しか日本人場合さら世間のためでもある。世間のためというと、高尚な使命のようだが、世間体のためとネガティブにも言える。それは慈悲の経済則が働く世間という磁場のようなものだ。江戸時代初期の禅僧がその鈴木正三がその原初的精神性を表している。これが江戸時代士農工商という職分主義による統治術として、世間形成していった。

江戸時代に、士農工商という職分主義による統治術として、世間という慣習が形成されていった。慣習と言えば西洋では心身二元論伝統から精神意思に比べて下等なものも考える。しか日本人の懸命な勤勉さという慣習の中にこそ、知性がある。最善、改善という高度な慣習。まさに日本人の身体の中には仏がいる。

どの仕事もみな仏道修行である。人それぞれの所作の上で、成仏なさるべきである仏道修行で無い仕事はあるはずがない。一切の[人間の]振舞いは、皆すべて世の為となることをもって知るべきである。鍛冶・番匠を始めとして諸々の職人がいなくては世の中の大切な箇所が調わない。武士がなくては世が治まらない。農人がいなければ世の中の食物が無くなってしまう。商人がいなければ世の中の[物を]自から移動させる働きが成立しない。このほかあらゆる役分として為すべき仕事が出てきて世の為となっている。このような有り難い仏の本性を人々[は皆]具えている。本当に成仏を願う人であるなら、ただ自分自身を信じるべきである自身とはつまりであるから、仏の心を信じるべきである


万民徳用 鈴木正三著作集1 加藤みち子 中公クラシックス ISBN:4121601548




2 兵士という職分


三十三年之夢 』には滔天が日清戦争中 、召集を避けるために国外に逃げようと軽口をたたいて 、母親佐喜の激怒を買う話が出てくる 。「百姓の子さへ名誉戦争に行きたいと云ふてをるではないか 、それに何ぞや戦争を見懸けて逃る ? 」 。佐喜の怒りの言葉はこのように録されている 。「世間に顔出しが出来ぬ 」というのが彼女の嘆きの言葉であったが 、このひと言は明治庶民戦争対応した動機をかなり深いところで表現している 。

百姓の子さへ名誉戦争に行きたいと云ふてをる 」状況は 、日露戦争においてさらに昂進した規模で再現されるけれども 、桜井忠温の 『肉弾 』によれば 、そのように喜び勇んで出征した農村兵士たちにとっても 、ここで逃げては 「世間に顔出しができぬ 」という動機は意外に強烈なものがあったようである

・・・おなじ彼の紹介している二等卒宮武藤吾の場合はそのような例の極限を示すものである 。彼は補充隊に編入されて戦地へ行けなかったのを悲しみ 、次のような遺書を残して腹を切った 。「私せんちへ行けぬのが 、ざんねんでなりません 。どんなに頼んでもつれていつてもらへませんから 、死んでちゆうぎをつくします 」 。

すなわち彼ら明治庶民は村落共同体への義務との類推において国民国家への義務理解したのであって 、彼らの古風なスパルタ献身の出どころはこのような国家と村落共同体とのいたいけな短絡のうちにあったのである 。いかに南山戦 、旅順戦 、遼陽戦が凄惨様相を呈しようとも 、日露戦争はこの意味日本最後牧歌的戦争であった 。明治国家とは国家規模に拡大された共同体であるという天皇制擬制は 、庶民意識におけるこのような国家と村落共同体の短絡に支えられてこそその機能を全開的に働かせることができたのだった 。


維新の夢 ──渡辺京二コレクション1 史論 渡辺京二 ちくま学芸文庫 ASIN:B01DJ3YPYQ

世間に顔向けができない」ということ、そこに価値観を同じくする集団がいて、その集団では、それぞれの構成員集団のために貢献することが求められていることがわかる。これは、物理的な空間であるよりも、集団を維持するための一つの倫理である

からその人が、集団を維持するために倫理を共有しているだろう想像により範囲は決まる。かといって、そのような範囲物理的に明確でなく、あるだろうでことで存在する。江戸時代土地に埋め込まれて人々が生きてきたときには、世間は村や、藩の領地程度であっただろう。日本全体という想像はできなかった。だから世間現代のように日本社会全体へと広がったのは、近代化以降だろう。

近代は、人々を、そして社会を、効率化のために、貨幣価値合理性へと整流し、標準化していく。富国強兵のために近代国家として作られていく。その中で、整流化された人々により、ナショナリズムという想像の共同体生まれる。日本場合は、ナショナリズム形成と、世間国家へと拡大が重なって進んだところに特徴がある。人々はすでに世間という集団へと想像力を持ち、それが国家として広がっていった。世間という磁場が、国家へ広がったために、国家への想いが強い。

しかしそれとともに、近代化とは等価交換による経済合理性による、経済成長を目指す。人々は、労働時間として生産者貨幣を支払う消費者となり、代替が容易となり、生存保証されない。そして格差が広がる。その反動としても、世間という想像の共同体は渇望される。




3 国民という職分


日本ナショナリズムお国のためにと、強い求心力を持ち得たのは、近代以前からあった世間のためである世間とはすでに倫理圏として働いていた。我のためであることは、不道徳である。みんなのために結果、我も富む。それが日本人倫理である。この生活倫理は、近代化ナショナリズムと融合して、強いナショナリズムとして働いた。

うち、とりわけ有名なのは第二部の第八章「名を惜しむ 」。そこには「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」とあります戦場で劣勢に追い込まれる。所属部隊が全滅同然の情況に至る。そうなったら降伏捕虜になっても少しも恥ずべきことではない。戦争一般常識です。ところが『戦陣訓 』は常識に逆らいました。絶対捕虜になるな。どんなに不利でも死ぬまで戦え。そう教えたのです。死ぬと生きるは通常は反対語ですが『戦陣訓』では同義語になっている。肉体は死しても魂はたとえば靖国神社で生き続けることになっていますから、生死の積極的区別意味をなさなくなるとも言える。まさに生死一如。『戦陣訓』は「生死を超越」した哲学によって作文されているわけです。

あるいは第一部第六章の「攻撃精神」 。荒木貞夫小畑敏四郎、鈴木率道ら「皇道派陸軍軍人による、一九二八年の改訂版『統帥綱領』等での攻撃精神の徹底的高唱を受け継ぐ内容ですが、ここにもわざわざ「死」という言葉が用いられています 。仮に劣勢だろうが死ぬまで攻撃し続けろ。そう断言している。勝敗関係なく降伏せずに死ぬまで闘う。それでもし負けてしまったら結果は全員戦死、すなわち玉砕だ。そういう意味で『戦陣訓』の思想本土決戦と「一億玉砕」にまっすぐ繋がってゆくでしょう。P261-262


未完のファシズム―「持たざる国」日本運命― 片山杜秀 新潮選書 ISBN: 410603705X

この時代軍人が非合理的だったわけではない。第一次世界大戦分析し、これからは物量がものをいう総力戦であることは知っていた。にも関わらず、このような精神論を語る。またこれを軍人特殊な考えと、考えるのも間違いだ。社会から強い国家主義を持っていた。この強いナショナリズムはまさに世間倫理を根に持つことから来ている。我より世間のためにという倫理




4 正社員という職分


なぜ資本主義経済格差を生むのか。土地労働力など、生活全面的貨幣価値化され貨幣交換として繋がることで、富が偏在しやすくなる。貨幣は富の補完を容易にすることで、無限に富は集まる。効率化のために分業体制となり、労働者生産手段を持たずに労働力を売って生計を立てる。すなわち自給自足から貨幣依存を高めるために、貨幣がなくなると、生活できなくなる。労働力代替が容易となり、労働者を選ぶ、賃金を決める権利経営者はもつ。労働者経営者に対して従属的な関係になる。資本主義経済は、自由競争という博打社会なので、経営者リスク回避するために、経営者同士、政治家などと、談合を行い、新参者排除する。持つものは持ち続け、持たないものは持てないことが続く富の格差の固定が起こる。

資本主義経済の初期には、経営者に対する労働者の従属的な関係が極端に現れる。安い賃金、劣悪な労働条件で働かされる。そして経営者政治家癒着。そこから労働者による左翼運動が活発化する。労働組合が作られて、ストライキなどの対抗運動が行われ、国家的に最低の労働条件が決められる。それまでは、経営側は国家権力とも癒着し、左翼運動危険思想として弾圧される。西洋においては、今も国家経営者労働者市民は対立構造にあり、社会主義の左寄り政権が強い。

それに対して、日本では保守思想右寄りが常態であるのは、国家経営者労働者市民の対立構造が、ゆるいためだ。それは、資本主義経済の初期の格差社会から日本人なりの対立を緩和する方法を進めてきたからだ。日本人独特の慈悲エコノミーによる公平のバランスが、資本主義経済における対立構造を緩和してきた。それは経営家族主義だ。終身雇用年功序列護送船団方式など。国家全体で進めてきた。戦後経営家族主義は、社会保障制度として機能した。正社員になることで、その後の生活保障される。社内結婚、社宅、マイホーム、老後の年金




5 職分の物象化


現代日本問題は、社会貨幣依存が高すぎることだ。マルクスがいう物象化。

Wiki 物象化

商品経済においては、社会的分業に基づく人間相互関係が私的な商品交換を通して取り結ばれるので、個々人の労働は直接的には社会的ものではなく私的なものとなり、労働社会的性格商品の交換価値として現れる。労働労働関係商品商品関係として現れる。この機構マルクスは物象化と呼んだ。

慈悲エコノミーさえも、物象化して、直接的な人間関係よりも、物を通して働く。そもそもが、慈悲エコノミーは職分主義をもとにしているので、物象化傾向だが。これは、慈悲が直接的な支援を避ける傾向から来ている。それとともに、敗戦によって、それ以前の国民としての直接的な強いつながりが悪とされたことから来ている。そのために金があればなんでもできるが、金がないと生きていけないという繊細でコンビニエンス社会になっている。

日本に「役」制を復活させるのはどうだろうか。徴兵は軍役だが、そのほか社会福祉のための労働役。介護福祉業務に一定期間つくなど。日本人自主的奉仕は苦手なので、国家主導奉仕制を復活させる。このままの社会福祉制度で、税の分配するのも国の借金限界があるだろう。かといって、移民を雇い入れるのもどうだろうか。

「役」の体系

http://yedo.co/%E3%80%8C%E5%BD%B9%E3%80%8D%E3%81%AE%E4%BD%93%E7%B3%BB/


江戸時代には、士農工商と呼ばれる身分制度も整備され、人々はそれぞれの身分に応じた「役」を勤めた。武士は軍役を、農民年貢夫役を、職人商人技術労働人足役などを、それぞれの集団を通して勤めたのである。人々は、全国的にこれら「役の体系」により編成され、国家の一員、集団の一員として位置づけられた。

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2017-02-05 「お勉強」未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命― 片山杜秀

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「お勉強未完のファシズム―「持たざる国」日本運命― 片山杜秀 新潮選書 ISBN:410603705X 「お勉強」未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命― 片山杜秀 新潮選書 ISBN:410603705Xを含むブックマーク 「お勉強」未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命― 片山杜秀 新潮選書 ISBN:410603705Xのブックマークコメント

第六章 「持たざる国」を「持てる国」にする計画


近代世界苛烈生存競争に勝ち残った二つの国が遠から武力によって雌雄を決する。一方は西洋文明代表国としてのアメリカである。もう一方は『法華経』の信仰体現する日本でなければならない。これは石原宗教的確信です。世界情勢を分析しての評論学問ではない。日本アメリカ勝利して『法華経』の約束する理想郷をついに世界にもたらすのだ。世界最終戦争日本が勝ち残ると、現世はそのまま仏国土に変じて永遠理想郷と化す。理想郷にはもう戦争はない。だから本当に最終戦争である。そのためには「持てる国」のアメリカに負けぬ国力を日本が持つ必要がある。しかし、そんなことが可能でしょうか。

石原はその方策が知りたくて伊勢神宮に参拝したと言ってよいでしょう。「持たざる国」の日本なるたけ早くアメリカ拮抗できるほどの「持てる国」に変ずるにはどうしたらよいのか。伊勢神宮で祈ったら、日本から飛び出した光が満洲に射し、その地が輝いたというのです。なるほど、満洲を一大根拠地にすれば「持てる国」になれるのか。石原はそう受け取ったわけでしょう。

・・・同年夏、関東軍参謀に任じられ、秋には旅順に赴任します別に石原本人がそういう人事を希望したのではありません。陸軍の巨大な組織はいちいち希望を聞いてくれるようには出来ていません。たまたまと言うべきでしょう。石原はそこに超越的なものの導きを感じていたものと思われます伊勢神宮での啓示から一年を経ずして満洲日本陸軍の中枢に入ったのですから石原計画に基づく満洲事変が起きたのは一九三一年九月一八日です 。翌三二年三月一日には満洲国建国されました。P190-191


未完のファシズム―「持たざる国」日本運命― 片山杜秀 新潮選書 ISBN: 410603705X




第八章 「持たざる国」が「持てる国」に勝つ方法


うち、とりわけ有名なのは第二部の第八章「名を惜しむ 」。そこには「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」とあります

戦場で劣勢に追い込まれる。所属部隊が全滅同然の情況に至る。そうなったら降伏捕虜になっても少しも恥ずべきことではない。戦争一般常識です。ところが『戦陣訓 』は常識に逆らいました。絶対捕虜になるな。どんなに不利でも死ぬまで戦え。そう教えたのです。

第八章「名を惜しむ」の前の第七章「死生観」にはこうあります。「生死を超越し一意任務の完遂に邁進すべし。身心一切の力を尽くし、従容として悠久の大義に生くることを悦びとすべし」。「悠久の大義に生くる」とは「悠久の大義死ぬ」こととここでは同じでしょう。死ぬと生きるは通常は反対語ですが『戦陣訓』では同義語になっている。肉体は死しても魂はたとえば靖国神社で生き続けることになっていますから、生死の積極的区別意味をなさなくなるとも言える。まさに生死一如。『戦陣訓』は「生死を超越」した哲学によって作文されているわけです。

あるいは第一部第六章の「攻撃精神」 。「攻撃に方りては果断積極機先を制し、剛毅不屈、敵を粉砕せずんば止まざるべし。防禦又克く攻勢の鋭気を包蔵し、必ず主動地位を確保せよ。陣地は死すとも敵に委すること勿れ」。荒木貞夫小畑敏四郎、鈴木率道ら「皇道派陸軍軍人による、一九二八年の改訂版『統帥綱領』等での攻撃精神の徹底的高唱を受け継ぐ内容ですが、ここにもわざわざ「死」という言葉が用いられています

仮に劣勢だろうが死ぬまで攻撃し続けろ。そう断言している。勝敗関係なく降伏せずに死ぬまで闘う。それでもし負けてしまったら結果は全員戦死、すなわち玉砕だ。そういう意味で『戦陣訓』の思想本土決戦と「一億玉砕」にまっすぐ繋がってゆくでしょう。P261-262


未完のファシズム―「持たざる国」日本運命― 片山杜秀 新潮選書 ISBN: 410603705X

戦陣訓 http://www.geocities.jp/fujimoto_yasuhisa/bunsho/senjinkun.htm


第七 死生観

必死場合においても、厳として揺るがぬわれわれの行動のもととなるものは、身命をささげて君国は尽くすという気高い軍人精神である

生死のいかんを顧みず、一心不乱に、自分任務を完全に成し遂げるために突き進まねばならない。ひとたび死所を得たなれば、ある限りの体力精神力をささげ切って、落ち着いて死を鴻毛の軽きに比し、永遠に忠勇義烈の士として名を残すことのできるのを、武人としての最大の喜びとせねばならない。


第八 名を惜しむ

名を重んじ武人としての恥ずかしい行動をしない者は強い。常に戦陣における自分の行動が、直ちに郷里の人々や、家族親戚たちの名誉に影響することを考え、一層奮い立って、これらの人々の希望に添うように努力せねばならない。

死ぬべき命を生きて、捕虜となるような恥ずかしいことをせず、死んで汚らわしい罪の名を後の世に残すようなことがあってはならない。

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2017-01-30 [お勉強]B面 昭和史 1926-1945 半藤一利

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第二話 赤い夕陽曠野満州 昭和五〜七年


日本はこのころから一歩一歩 、恐る恐る足を踏み入れていった。けれども歴史なかに生きていた当時の人びとは 、こうした年表的解説どおりに明々白々として事態認識していたわけではない 。政治的軍事的な進行だけが 、生きている人びとの日々の 「現実 」ではなかったのである 。たとえば 、上海事変での爆弾勇士の 「作られた美談 」が一種のブ ームとなって 、国民の心を揺さぶっている 。ジャ ーナリズムは争ってとりあげ 、歌に映画に仕立てられ 、そこから愛国心の讃美 、軍礼讃 、軍国主義肯定輿論が沸き起こっていく 。

戦後になって発表された小説などには 、この時期の国民生活は 「発言を封じられて 、ふるえる胸を押えたまま 」とか 、「つらい緊張は 、日本国民全体の中にあった 」とか 、ひどく窮屈で 、脅えきって 、ただ黙って推移を見守るしかなかったようにかかれたりしているのがある 。さて 、どんなものか 。むしろ 、右翼論客とされていた文芸評論家杉山平助かいている報告のほうが正しいとしたい 、との思いがある 。

本来賑かなもの好きな民衆はこれまでメ ーデ ーの行進にさえただ何となく喝采をおくっていたが 、この時クルリと背中をめぐらして 、満洲問題成行熱狂した 。驚破こそ帝国主義侵略戦争というような紋切型の批難や 、インテリゲンチャの冷静傍観などは 、その民衆熱狂の声に消されてその圧力を失って行った 」 ( 『文芸五十年史 』 )

そしてたしか事実として 、事変後には一時面白いように売れたマルクス資本論 』はまったく売れなくなり 、プロレタリア文学本屋の棚からいっせいに姿を消した 。かわりに 「 『戦いはこれからだ 』類の軍事文学書がグッと頭を高めた 」 (大阪朝日新聞七年一月十九日付 )というのである国民気持ちはかなり戦闘的になっていた 。

とにかく当時の日本人は長年つづく不景気と先行きの不安に飽き飽きしていた 。どういう形であれ現状打破を待望しつづけているのである 。「政党政治は腐敗しきっている 」 「官僚無為無策である 」 「財閥は暴利をただむさぼるだけ 」という巷に瀰漫している理屈が 、それ自体はあまりに短絡的で 、不正確な認識であったであろう 、にもかかわらず 、感情的情緒的に民衆にはすんなりそれらがうけいれられていた 。そしてそうした ?改革 ?待望の眼からみると 、軍部は頼もしく 、そしてその強い力連戦連勝して建設した新国家満洲国こそが 、現状打破の突破口になるかもしれないと人びとの眼には映ったのである 。赤い夕陽曠野にこそ国家発展の夢がある 。




第八話 鬼畜米英神がかり 昭和十九〜二十年


当時の社会情勢を少しでも知る人には 、容易に 、われら日本人の狂態を思い返せるが 、知らぬ人にはいくら叮嚀に説明してみたところで想像のつかない話であろう 。国亡ぶるさなかの人間の浅はかさは 、ほんとうに情けないもの 。国難を思うあまりすべてが ?神がかり ? 。しかもその信念たるものを 、軍にとり入る手段としたり 、自己生活の安穏裕福を得るためのものとする 。狡猾 、強欲 、傲慢 、横暴と 、いくつもこんな言葉をならべたくなるほどに 、当局に媚びるとにかくひどい人間がまわりに多かった 。親切心などこれっぽっちももっていなくなった 。いまだって 、あの時代大人たちのことを考えると 、われら日本人ってそれほど上等な民族じゃないぜ 、世論の叡智なんていう甘い言葉は信じられないよ 、とそう思いたくなってくる 。

こうかきながら 、悪ガキのころからさんざんに仕込まれた 「武士道 」をついつい想起してしまう 。死ぬ事と見付けたり 、死は鴻毛よりも軽し 、不惜身命 、などなどとともに 、死して悠久の大義に生きる 、という武士道の究極の極意なるものを 。武士道における生命とは 、単なる個人生命ではなく 、悠久の国家生命をつなぐ長い鎖のなかの一環として 、おのれの生命位置づけなければならぬのである 、とコンコンと教え諭されたものであった 。中学生には理解不可能といってよかった 。わからんなら 、もういっぺんいう 。いいか日本人の死というのは 、光輝ある民族精神継承という尊いものがふくまれておる 。先祖からうけついだ高貴の遺産の上に 、なにがしかの意義あるものを加え 、それを子孫に譲り渡す 、その崇高な任務を果たすための死と思えば 、何事かある 、死は恐るに足らずだ 。死して悠久の大義に生きるとは 、ざっとそういうことだ 。 … …いま思いだしながらかいているのであるが 、恐らく多くの特攻隊の若ものたちも同じようなことを上のものからいわれていたのではないか

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2017-01-18 なぜ日本は一人あたりのGDPが低くても豊かなのか

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一人当たりGDPイタリア並みでも日本経済は素晴らしい

塚崎公義 (久留米大学商学部教授

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7677?layout=b

イタリアというと、「ローマ帝国歴史は素晴らしいが、今の経済は低迷している」、という イメージが強いのですが、なんと2014年一人当たり名目GDPは、日本とほとんど同じなのです。夏のバカンスを充分楽しみ、それ以外の時も「難しい顔をせずに」働いているイタリア人と、いつでも難しい顔で働いている日本人の年間GDPが同じだなんて、兎小屋に住むワーカホリック日本サラリーマンを指す昔の流行語。狭い家に住む働き中毒という意味)には、到底受け入れ難い統計です。

しかし実際には、日本人イタリア人の豊かさは異なりますので、過度に悲観する必要はありません。今回は、日本イタリア経済の差について、考えてみましょう。はじめに、現在日本人イタリア人よりも豊かに暮らしているので、カリカリしなくても大丈夫、という話をしましょう。第一に、為替レートの話、第二に、品質比較の話です。2014年は、円安ユーロ高でした。その時の為替レートで換算すると日本イタリア一人当たり名目GDPが同じだったという事は、その後に円高ユーロ安が進んでいることを考えると、今の為替レートで換算すると、一人当たり名目GDP日本の方が遥かに大きい、という事になります。このように、為替レートが動くと「一人当たり名目GDPの国際比較」 が大きく変化するので、注意が必要なのですが、そのあたりの話は別の機会に譲りましょう。

いまひとつ、「日本人イタリア人が同じものを使っている」という場合に、品質をどう比較するのか、という問題があります。たとえば日本電車は非常に正確に動いています。5分遅れると社内放送でお詫びが流れます。そんな国はどこにも無いでしょう。少なくとも、イタリアは絶対に違います。その違いを無視して、「イタリアでも日本でも一人の乗客を100キロメートル運んでいるから同じGDPだ」といった計算をする事が問題なのです。豊かさという点では、電車が定時運行している国の方が豊かでしょう。その分がGDPの計算には織り込まれていないのです。

電車を定時運行するためのコストは、おそらく非常に大きいでしょう。たとえば、何かあった時のために交代要因が各駅に待機しているかもしれません。簡単な故障なら自分で修理できるように全員が講習を受けているかもしれません。

「30分までなら遅れても良い」ということだと、交代要因や修理工が30分以内に到着すれば良いですから、もしかすると会社全体の仕事量が1割減るかも知れません。そうだとすると、日本鉄道イタリア鉄道より、1割多いサービス提供しているということになるはずです。その分だけ日本のGDPが大きくなっても良いのでしょうが、実際のGDP統計にはその違いは反映されていないのです。

「5分遅れるとお詫びするのは過剰サービスだ。30分までの遅れは認める代わりに、運賃を10%引き下げるべきだ(あるいは鉄道職員は1割早く帰宅すべきだ)」というのは簡単ですが、問題は消費者が正確性を求めていることです。「頻繁に30分遅れるが10%安い鉄道会社」と「滅多に遅れないが料金が高い鉄道会社」があったとすると、イタリア人消費者は前者を、日本人消費者後者を選ぶのでしょう。だから両国で異なるサービス提供されているのでしょう。なにしろ、製造業世界でも、「日本消費者世界一うるさい。うるさい消費者に鍛えられたから日本製品故障しにくいと世界で評判なのだ」と言われているくらいですから




GDPにカウントされない無償サービス


日本鉄道イタリア鉄道より、1割多いサービス提供しているということになるはずです。その分だけ日本のGDPが大きくなっても良いのでしょうが、実際のGDP統計にはその違いは反映されていないのです」。「なにしろ、製造業世界でも、「日本消費者世界一うるさい。うるさい消費者に鍛えられたから日本製品故障しにくいと世界で評判なのだ」と言われているくらいですから」。貨幣価値化されなければGDPにカウントされない。日本人にはGDPにカウントされない非貨幣価値が高いために、実際のGDPでは評価されない豊かさがある、ということだろう。

たとえばトフラーは貨幣経済に対して非貨幣経済の富が同じだけあり、豊かにとって重要であると、指摘している。非貨幣経済とは、自給自足主婦などの家事労働、DIYなど、あるいは最近では個人がネット上で公開している情報も個人が無償作成して、社会に役に立っている。

今回の場合は、非貨幣経済の富でもポイントサービスだろう。たとえば企業が個人へ提供するサービス貨幣価値化された商品のはずであるが、日本では、サービスは「ただ」の意味があるように、「お客様のために」貨幣価値還元できない以上に価値提供しようとしがちだ。これは、おもてなし文化などと言われるように、日本人の習慣から来ているだろう。

日本人が、IT産業を上手く運営できない理由の一つも、IT産業の基本が、セルフサービスによるコストダウン、すなわち安いかわりに不親切、自己責任からだ。そもそも日本人サービス=親切が「ただ」なんだから、客はセルフサービスを手抜きとしか考えない。「世界一うるさい日本消費者」は安価で高品質サービスを求め続ける。(少し面白いのが、同族の日本企業には求めるが、アメリカ企業には求めない面がある。)

世界の富の創出の基礎にある・・・生産消費の価値が実際に、経済専門家が計測している金銭経済総生産とほぼ変わらない規模があるのであれば、生産消費は「隠れた半分」だといえる。同様の推測を世界全体に適用し、とくに生産消費だけで生活している何億人もの農民の生産高を考慮すれば、おそらくは見失われている金額が五十兆ドルに達するだろう。

これらの点がきわめて重要なのは、知識革命がつぎの段階に入るとともに、経済のうち生産消費セクターが目ざましく変化し、歴史的な大転換が起ころうとしているかである。貧しい国で大量の農民が徐々に金銭経済に組み込まれていく一方、豊かな国では大量の人がまさに逆の動きをとっている。世界経済のうち非金銭的な部分、生産消費の部分での活動が急速に拡大しているのである日曜大工やDIYの類に止まらない広範囲な分野で。この結果、まったく新しい市場が開かれ、古い市場が消えていく。生産消費の役割が拡大するとともに、消費者役割が変化していく。医療年金教育技術技術革新財政に大きな影響を与える。バイオナノツールデスクトップ生産、夢の新素材などによって、過去には想像すらできなかったことが誰でも、生産消費者として行えるようになる世界を考えるべきだ。P294-296 


富の未来 アルビン・トフラー ISBN:4062134527




日本人は商品の中で祈っている


西洋では、電車で、老人や妊婦などに席を譲るのは当たり前。それに比べて、日本人はそういうことができない。シルバーシートなんかは日本人独特だろう。キリスト教弱者救済が徹底している。社会福祉活動に参加するのは市民の義務。金持ちは必ず社会福祉団体へ寄付をする。このようなことが社会弱者を支える社会基盤になっている。だからアメリカ中間層崩壊と言われているが、中間層自由競争さらされて厳しくても、貧困層の救済は手厚い。だから老後も安心な面がある。

キリスト教弱者救済がこんな感じてわかりやすいのに対して、日本場合は、仏教の慈悲から来ているので複雑だ。まず仏教では一切皆苦なので、みんなが弱者だ。だから慈悲は弱者救済ではなく、豊かさに関係なくみなが慈悲を施すことが求められる。さらに繊細なのは、みなが弱者なので、簡単に弱者と宣言できず、自己努力が強く求められる。そして助けられることが恥であるとう価値がある。

から電車で席を譲るにしても、このような複雑な関係が生まれる。「譲って相手を弱者扱いして失礼でないか」、「周りから強者ぶってかっこつけていると思われないか」。様々な場面でこの慈悲の複雑さは、日本人人間関係を複雑にしている面がある。

日本人の慈悲が、他者への直接働く場合に複雑であるのに対して、特に江戸時代以降に有効に働いてきたのが、職分主義だ。みながそれぞれ自分仕事を世のために懸命にやれることで、世の中が豊かになる。間接的な慈悲行である。そしてこれが日本人の勤勉さへ繋がる。勤勉さとは自らのためにだけに懸命に働くのではなく、世の中のためになるよう働く。

結局、現代日本人もこの複雑な人助けを継承している。老人や妊婦に席を譲るのは苦手だ。だからシルバーシートなんて義務化してもらえると助かる。一方日本人の本当の慈悲は、海外に比べて、電車の性能の良さ、清潔さ、快適さ、時刻に正確なシステム、そして鉄道員お客様への対応の丁寧さの中に間接的に行われている。




日本人の慈悲とは「人に明るく優しい顔で接する」こと


慈悲は他者に対してのみあらわれるものであるから、その具体的な顕現のすがたは他人に対して何ものかを与えるということになる。「檀(dana 与うること)は慈相たり、よく一切を救ふ。」しかし他人のために何ものかを与え奉仕するということも、空の精神にもとづいて行われなければならない。したがって、ときには慈悲と施与とが殆んど同義に解せられていることがある。

後代の仏教においては、他人に対する奉仕に関して「三輪清浄」ということを強調する。奉仕する主体(能施)と奉仕を受ける客体(所施)と奉仕の手段となるもの(施物)と、この三者はともに空であらねばならぬ。とどこおりがあってはならぬ。(心地観経)もしも「おれがあの人にこのことをしてやったんだ」という思いがあるならば、それは慈悲心よりでたものではない。真実の慈悲はかかる思いを捨てなければならぬ。かくしてこそ奉仕精神純粋清浄となるのである。P128-129


慈悲 中村元 講談社学術文庫 ISBN:4062920220

宗教では「神の無償の愛」は珍しくないが、慈悲の特徴の一つに「三輪清浄」がある。たとえば見ず知らずの人から突然1億円上げるといわれたらどうだろう?なにか裏があるんじゃないか、怖くなる。これは贈与と返礼の関係で、人は贈与されると負債を感じてことからくる。だから無償の愛はすることも難しいが、受けることも難しい。だから神のみが可能な行為とされる。

仏教にそもそも神はいないので、慈悲は人がする行為だ。すると、慈悲を与える人はただ与えるだけでなく、受け取る側のことまで考慮して、はじめて慈悲となる。それが三輪清浄だ。与えるときに強者と弱者の関係が生まれないように、受け取る側が不安にならないような配慮が必要だ。

慈悲は単なる無償の愛ではなく、人が神にできるだけ近い「無償の愛」を与えられるようになるための技術であって、すなわち人が空観に至るための修行だ。だから神の領域「無縁の慈悲」までにステップが踏まれている。

キリスト教圏では、弱者救済は一つの意識的行為だろうけど、日本人の慈悲は、日本人全員が行うよう慣習に埋め込まれた集団的行為である西洋人は勤勉に働くことや、「明るく優しい顔で接すること」、「温かい言葉をかけること」を、弱者救済無償の愛とは呼ばないだろう。

大乗仏教の思想体系の理論建設であるナーガールジュナは、慈悲に三種類あることを認め、無縁の慈悲の究極者的性格を明らかにしていう。・・・恐らく現実社会において、多くの個人と個人とが対立している場面を意識しつつ慈悲を及ぼすことが「衆生を縁とする慈悲」であり、個人存在或いはそれを関連がある諸種の物を個別的な要素に分析して、それらは独立な実体でないと思って、執着を去って他人に何らかの物を与えて奉仕すること、すなわち小乗仏教における慈悲行、が「法を縁とする慈悲」であり、諸法実相である空(=如来)を観じて行う慈悲が「無縁の慈悲」なのであろう。P112-116

慈悲 中村元 講談社学術文庫 ISBN:4062920220

布施 ふせ ほどこす

人のために惜しみなく何か善いことをする。善行には有形と無形のものがあります。有形のもの財施といいます。お金や品物などを施す場合です。

無形のものは、

● 知識や教えなどの法施

● 明るく優しい顔で接する眼施・顔施

● 温かい言葉をかける言施

● 恐怖心を取り除き穏やかな心を与える無畏施

● 何かをお手伝いする身施

● 善い行いをほめる心施

場所提供する座施・舍施、などがあります。

施しは、施す者、施しを受ける者、施すもの、すべてが清らかでなければいけません。

欲張りのない心での行いを施しといいます。あえて善行として行うとか、返礼を期待してはいけません。

また受ける側もそれ以上を望んだり、くり返されることを期待してはいけません。

やさしい仏教入門  http://tobifudo.jp/newmon/etc/rokuhara.html




日本人の「清らかさ」へのフェティシズム


日本人の善人のステレオタイプに、人助けをして名乗らずに消えると言うのがある。まさに慈悲的だ。名乗らず消えるというのは、見返りを求めない。助けられた人に恥を欠かせないという、「清らかな」人助けだ。周りから見返りを求めていると思われるのをよしとしない。

2ちゃんねる発祥?の「やらない善よりやる偽善」はなかなか深い。これが日本人なのは、やらない清い善より、やる汚い善、というユニークで、日本人人助けへのナイーブ脱臼している。

日本人無宗教であるというのも、何ものにも染まらない清らかさか、そして神道宗教ではない日本人としての清らかさだ。この論理明治近代化による信仰自由をうたいながら、国民国家神道へ向かわせた原理だ。

日本人のこの清らかさがどこから来たのか。もともと日本は川の国だ。溜まる池や沼とは違う、また海とは違い、雨が山で浄化され流れる清らかな川は飲み水から食糧の源として大切だった。その意味で古くは、縄文時代から特別であってもおかしくない。また日本書紀には、日本土着の畑の土の文化と、弥生時代に伝来した水田稲作の水の文化の対比があり、いまの天皇に連なる神々は水の文化であり、清らかであることが神の特性の大きなものとなり、現代まで神道の基本である

さらには仏教の伝来は日本人の清らかさへフェティシズムを加速させたと言われる。仏教も先の三輪清浄で上げたように清らかさの文化がある。これを受け入れるとともに、神道はより清らかさを過敏となる。それが「穢れ」の嫌悪である。「穢れ」の概念日本書紀からあるが、伝染病のように怖がるぐらい過剰にさせたのは仏教の影響と言われる。その結果、神道仏教よりも清いという、現代神社とお寺の差異に見られるような、神聖で清らかな神道、そして濁りを清らかにする役割としての仏教という日本人独特の対比を生み出した。日本での仏教葬式仏教であるのは、最大の穢れである死穢を清め成仏させたのは仏教のみが持つ力による。「死体穢れ観」から死体往生者観」へ。




資本主義精神と慈悲


そしてこの力が、江戸時代には、泥にまみれる農業や金を儲ける商業の卑しさを清めて、職分への勤勉さへ転倒させた。この勤勉さは日本近代へ繋がり、西洋における「資本主義精神プロテスタンティズム」と対比される。

ただし西洋における「資本主義精神プロテスタンティズム」が資本主義黎明期のみであったと言われるのに対して、日本では現代まで続いていて、GDPにカウントされない非貨幣価値サービス提供し続けている。こんな日本人の特殊な資本主義経済って、経済成長率や、一人あたりのGDPで語ることができるのだろうか。


一人当たりGDPイタリア並みでも日本経済は素晴らしい  つづき。

バブル後の長期低迷は、日本人の勤勉と倹約の結果

塚崎公義 (久留米大学商学部教授

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7677?layout=b


バブル崩壊後の日本経済は、長期にわたって低迷を続けました。日本人がサボっていたなら諦めもつきますが、なんと「真面目に働いたので大量の物が作られ、倹約したので物が売れ残り不況になった」のです。アリがキリギリスに負けたような、悔しい話です。詳しくは末尾に御紹介した拙稿を御覧下さい。

不況になれば、企業は物を作らないので、GDPは増えません。新しい工場も建ちません。企業が人を雇わないので、失業した人は消費をしません。つまり、物が売れないと、廻り廻って一層物が売れなくなる、という悪循環が20年以上も続いて来たわけです。

作った物が1割売れ残るのであれば、日本人が働く時間を1割減らしてバカンスに行けば良いのですが、働き中毒たちは、そうは考えませんでした。「こんなに働いても貧しいのだからもっと働こう」と考えたのです。ここは、イタリア人に学んでも良かったのかも知れません。しかし、悪いことばかりではありません。少子高齢化が進んだので、団塊の世代定年退職したのです。「人口の10分の1が定年になり、毎日日曜日になった」ので、「国民全員が年の1割をバカンスで過ごす」のと同じことが起きたわけです。

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