1858年7月29日に日本とアメリカ合衆国の間で結ばれた通商条約。アメリカの軍事力を背景とした強硬な要求に屈し、関税自主権がなく、アメリカ側に領事裁判権を認めるという不平等条約であった。幕府は同様の条約をイギリス、フランス、オランダ、ロシアとも結んだ。1899年7月17日に日本が日清戦争において清に勝利した後に日米通商航海条約が発効したことにより失効した。
私は昔から歴史が好きなのだが、以前YouTubeだかニコニコだかで面白い動画を見た。有名な幕末の不平等条約(日米修好通商条約)は元々は不平等ではなかった、という説だ。ちょっとうろ覚えだけど、だいたいこんな話だったと思う。 ①関税自主権 日本がアメリカから輸入するときの関税を自分で決められない、という内容だが、条約を結んだときは、アヘン戦争で不平等条約を結ばされた清(中国)よりも高い関税で、日本が決められる余地も残されていた。しかし、薩摩藩と長州藩が外国船を砲撃したときの賠償金を払えず、幕府が肩代わりせざるを得なくなったため、その代わりに関税を差し出したという経緯である。おのれ薩長め。 ②治外法…
【ご存じでしたか?外資米国アフラック「売上高約2/3が日本」】なぜ日本政府は外資米国「アフラック」へ日本がん保険市場を独占販売にしたのか?~米国利益のみに動く日本政治、日本の政治家と官僚は反日・売国なのか?~■アフラックに屈服したTPP日本郵便局との提携が国民皆保険を空洞化する週刊ダイヤモンド 2013.8.1 山田厚史https://diamond.jp/articles/-/39579~~~やっと交渉参加が認められ、マレーシアでTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)協議に加わる直前の発表だった。アメリカンファミリー生命保険(アフラック)が全国2万店の郵便局でがん保険を売ることが決まった。保険…
今日はいろいろなFDCをご紹介します。 FDC=first day coverのことで 昭和の初め頃、アメリカで生まれたモノだそうです。 まずは弥勒菩薩(通常切手)のFDC 昭和51年1月25日発行の50円切手。 発行日初日の奈良局の風景印のFDCです。 (図案は五重塔と鹿) 今度は東京中央局の風景印のFDCです。 (図案は国会議事堂と二重橋) 次は鳳凰(通常切手)のFDC 昭和51年1月25日発行の150円切手。 発行日初日の京都宇治局の風景印のFDCです。 (図案は平等院鳳凰堂ですよね) これはマナスル登頂記念切手のFDC 昭和31年11月3日発行の10円切手。 発行日初日の特別印FDCで…
ペリー来航によって日本は日米修好通商条約を結ぶことになる。そこに至った背景はどのようなものだっただろうか。清とイギリス、フランスとの戦争、そして日本とアメリカとの関係を見ていく。 ■イギリスと清のアヘン戦争(1839-1842) ヨーロッパ諸国は産業革命を起きたことで、これまで以上にアジアに対して軍事的に優位な状況に立った。軍事力で支配して植民地化し、市場の独占を行おうとした。こういった政治と経済政策は「帝国主義」と言われている。イギリスは清との間で貿易赤字を抱えていた。清はイギリス製の綿織物を輸入しなかった。そこでイギリスはインドに対しては綿織物を輸出する。一方、イギリスは清からはお茶を買う…
NHK大河ドラマ「青天を衝つけ」で、もう少し長く見たかった人物がいる。東征軍(後の新政府軍)との徹底抗戦を唱えて 罷免ひめんされ、領地だった上州権田村(現在の群馬県高崎市)で理不尽に殺害された 小栗おぐり上野介こうずけのすけ忠順ただまさ(1827~68)だ。 読売新聞オンラインのコラム本文 ↑読売新聞オンラインに読者登録するとお読みになれます 渋沢栄一より早く1万円札の顔になっていた? 「いずれ」ではなく「すぐに」 抜きんでた才覚で「お役替え70回」 今の中国と同じ「債務の罠」を見抜く 濡れ衣着せられ理不尽な最期 渋沢栄一より早く1万円札の顔になっていた? ドラマで武田真治さんが演じた小栗は、…
こんばんは!かるぅです。 今日は第5週なので塾がないです。 夏期講習前に三日間塾がないなんて、気が抜けそうです(笑) しっかり休んで、夏期講習を有意義なものにできるように頑張ります。 今日はお休みということもあって、少しダラダラしつつ夏期講習の準備を進めました。 昨日は一人塾に残り、黙々と色々な作業を進めました。 初めて「仕事をして帰る」感じを味わいましたね。 教えることが好きでやっているので、いつもは「楽しかった」なんです(笑) プリントを印刷してまとめるのが1番大変でしたが、意外と楽しいもんですね。 そして木曜日なので今日もチャーハンを作りました〜 今日作ったのはツナ&ウインナーです。 美…
渡米する一行 ポウハタン号と咸臨丸 渡米する三人は、正使、副使、目付という役目で、それぞれに9人の従者、その他に勘定担当、外国担当者、医者、通訳などがそれぞれに数名の従者を連れ、そして食事を作る人たちで、総勢77名になりました。 本当は、この他に陸路で三役を運ぶための駕籠と駕籠かきも用意するつもりでしたが、さすがにハリスさんが「馬車を用意しますから」と駕籠は無しになりました。 一行を乗せる船は、ポウハタン号。アメリカ政府が迎えに寄越した船です。軍艦。 日本の使節が乗り込むと、提督、艦長以下312名のアメリカ海軍士官が正装で出迎え、整列した水兵が銃をささげて敬礼しました。 要するに、アメリカ合衆…