兵庫(実は神戸)を開港したときに定められた外国人居留地があまりに狭いということで、居留地西側境界の鯉川から宇治川までを雑居地として、外国人が住んでもよいということになった。この雑居地において、神戸特有の「異文化との交流」の風土が育まれたことは以前のブログでも紹介した。 まずは、外国人居留地と雑居地を地図で見てみよう。雑居地の西の境界は宇治川、北の境界は山麓付近までとなった。外国人が住んでもよいというエリアはずいぶん広がったことがわかる。 (国土地理院地図 GSI Maps に上書き) 外国人は見晴らしの良い山麓付近を好んだようで、多くは、今の北野異人館街と言われるあたりに居を構えた。そこから現…