鉄道用信号機で、羽根の上下により進行・停止の合図をするもの。駅にある信号梃子(てこ)とワイヤーでつながっていて、梃子は手動操作される。 羽根が下を向いているときは進行、横を向いているときは停止を示す。羽根の根元には羽根の運動にあわせて動く色つきレンズが取り付けられており、光源を背後に固定することで夜間でも視認できるようになる。 大正時代から色灯式への置き換えが進み、JRでは2005年にすべて消滅。他社でも現役のものはほとんど残っていない。
2022年現在、国内で現役最後である腕木式信号機を見てきました。
わ鐵の廃線跡に腕木式信号機が見られます。 当然ですがいつも同じです。 ここは進行。 別の場所から レンガ作りのトンネルが往時を偲ばせます。 一方こちらの腕木式信号機は 停止になっていますね。 最盛期の足尾は人口が1万人もいたそうです。 大相撲の巡業も来たとか。 この路線も賑やかだった事でしょう。
八王子神社から明智駅に戻ってきました。 先ほど乗ってきた「寒天列車」は車庫に入り、次のイベントを待っています。 明知鉄道ホームページから路線図をお借りしました。 明知鉄道は、全長25.1km。全線が非電化の単線です。 恵那駅から明知駅まで11駅ありますが、 直線区間が少なく常に左右に曲がり かつ、ひたすら登っていくイメージです。 駅の標高を調べてみると恵那駅が269.9m 標高が最も高い岩村駅が498.5m 終点明智駅は443.7mです。 恵那駅~岩村駅間の距離15km、標高差228.6m 15kmの平均勾配が15.24パーミルという計算になります。 途中の「飯沼駅」は無人駅ですが33パーミル…
先日、平成筑豊鉄道油須原駅の旧事務室駅公開がありました。 今回はその一部をご紹介します。 【目 次】 油須原駅旧事務室公開について 通票閉そく器操作体験 腕木式信号機操作体験 まとめ
日本全国各地に点在している希少な鉄道信号設備について、 googleマイマップにてまとめてみました。 珍しい鉄道信号設備を訪れてみたい方に参考情報として、ご活用ください。 www.google.com 更新日:2021年12月20日 以下はマップに対する説明と注意事項になります。 「続きを読む」からご一読ください。
目次 1.江別市のマンホール 2.夕張鉄道北海鋼機前駅跡 3.北海鋼機専用線 1.江別市のマンホール 野幌駅から東へ進む。 途中でデザインマンホールを発見。 石狩川でヤツメウナギ漁に勤しむ人が描かれている。 今は生息数が激減してしまったがそれでも細々と漁は続いている。 市内にはヤツメウナギ料理を出す飲食店もあるようだ。 2.夕張鉄道北海鋼機前駅跡 商業施設エブリを過ぎると、すぐにかつての夕張鉄道北海鋼機前駅跡となる。 駅跡地はパチンコ店となった。 北海鋼機前駅の画像 北海鋼機前駅は1956年、野幌バス停留所駅として設置される。 同時に野幌~札幌大通間のバス連絡も開始。 1964年北海鋼機の工場…
過去ネタ第2弾は昨日に続いて腕木式信号機ネタ。結果的に旧国鉄線最後の同信号機設置駅となった八戸線・陸中八木です。当時北東北に出張がありまして、それならば「信号と絡めるタラコキハが来る八戸線へも行っておこう」と訪問した次第。ちなみにこの時点では1年後のCTC化の話は全く知らず、八木を選んだのは2本並列する海バックの信号が撮りたくて、だったと思います。タラコ運用の関係で八木訪問は始発列車だったかと。もちろんご同業の姿は全くありませんでした 【2011/03/22 東日本大震災関連で写真追加】 【陸中八木】八戸へ向け走り去る始発列車。北海道のように保守用の大きなカゴが付いていないので、シンプル、かつ…
ネタも無く新たな撮影に全く行かず、「非鉄」な日々が続いております。しかし予想外に多くの方にご来訪いただいているのに全く更新しないのも失礼かと、「過去モノ」を発掘して書き込みを継続して行くことにしました。とりあえずはデジ一眼導入後、.MacへのレポートUPを始めるまでの間の端境「未発表」鉄写真を流して行きたいと思います。ただこちらも毎日の更新、というわけには行きませんので悪しからず…【過去ネタ】第1弾は5年前に消えた北海道最後の腕木式信号機。ここも来るのは白キハばかりでなかなか写欲がわかない(*意見には個人差があります)線区ではありましたが、撤去数日前に清水沢駅へ行った時のものです 清水沢へ着く…
※2022年8月撮影 夕張鉄道21形21号機 昭和16年川崎製、夕張鉄道が自社発注した国鉄9600形の同型機です。 夕鉄には最大で8両の21形が居ましたが、他の7両は全て国鉄9600形を譲受したものだそうです。 21号機は1975年の路線廃線時まで在籍していました。 説明板 スノープロウ 動輪 銘板 上は夕張鉄道の社章です。 機関室 反対側 夕張鉄道で使用されていたレールも展示されています。 説明板 刻印 腕木式信号機 転轍機 駅名標風 Google マップ ↑この保存車の場所はこちら 栗山駅から徒歩15分ほどです。 保存車リスト~北海道編~
東北遠征四日目は八戸線の駅を巡りました。八戸線駅めぐりはこれが二度目、宿戸から先に乗るのはこれが初めてです。 大蛇駅 本八戸を6:13発普通久慈行き425D(キハE131-502)で出発し、大蛇(おおじゃ)で下車。県境の町・青森県三戸郡階上町の海に面した集落にある駅です。駅名はアイヌ語で「深い岸」を意味する「オホ・チャ」に漢字を当てたものだと言われています。所在地は明治22年の町村制で階上村となるまでは三戸郡道仏村(どうぶつむら)でした。開業は昭和31年12月10日、ホーム上には開業時に建てられた木造待合室があります。訪問時はちょうど通勤・通学時間帯で八戸方面へ向かう人たちが集まってきていまし…
昭和37年の秋から翌38年春までの約半年間、小学校1年生であった私は学校へ通うのに汽車に乗らなければならなかった。学年途中で家を転居したが転校手続きができなかったので以前の学校まで3駅間の汽車通学となった。朝の登校は小野屋駅から庄内駅まで、下校はその逆向きである。時刻表復刻版から自分が乗車したのはどの列車かを探ってみた。 乗車列車は黄色、後で話が出てくる列車交換のことは緑色で示している。登校は大分発鳥栖行618列車に小野屋から庄内まで、下校は終業時間に応じて鳥栖発大分行621・623列車と思われる。何分小学1年生、よくこのような冒険ができたと思う。朝の小野屋駅は通勤通学の大分行と同時刻なのでこ…
今年の最後のブログを締め括るのは、久しぶりのお孫ちゃんとの八高線の旅です😅。八高線と言うと私が思い出すのは、高校の入学祝いで新しい一眼レフカメラを買って貰い、そのカメラに早く慣れたくてよく練習に行っていた所だったのです。当時は私は結構都心に住んでおり、周りは当然に電車の世界。しかし、西武線に乗って45分足らずでこの八高線までやって来ると、そこは本当に別世界。当時はまだ電化されておらず、2〜3両編成のディーゼル列車や、石灰石を運ぶ貨物列車がたくさん走っていました。タブレットや腕木式信号機もあり(216回目のブログを参考にして下さい)、ひと昔前の夢の世界が広がっていました。特にこの貨物を牽くディー…
以前から気になっていたのですが、埼玉の家(奥さんの実家)からだと横浜からよりもかなり近いので行ってみました。大学の敷地の中にある博物館です。 博物館内部は残念ながら撮影禁止ですが、なかなか見応えがありました。工業技術と言っていますが、全体的にはMother Machineというか工作機械が主です。旋盤、フライス盤といった加工機が山のように置いてあります。とはいえ、一般の博物館のように綺麗な展示がしてあるというわけではなく、「どーん」と密においてある感じです。説明もあるにはありますが・・・という感じで興味がないとちょっと飽きるかもしれません。 ただ、ほとんどが稼働可能というのが驚きです。100年…
三重県の鈴鹿国定公園内にある観音山公園の駐車場に併設されている「機関車広場」で保存展示されています。 屋根がかけられていて保存状態は良さそうです。 腕木式信号機も一緒に展示されていて良い雰囲気です。 保存場所から少し北にある ゲストホテル「関ロッジ」には 20系客車 ナハネ20 2237 が保存されています。かつて国民宿舎だった頃には宿泊可能だったようですが、現在は解体予定として残っている状況のようです。 seki-lodge.com
国鉄蒸気機関車の代名詞、D51型。通称:デゴイチ(デコイチ) 全国各地で活躍したので、全国各地に保存されています。 写真の774号機は、昭和17年9月に国府津機関区に配属され、その後、新鶴見機関区~福知山機関区~新見機関区を経て浜田機関区に配属されました。 山陰地方に縁の深い機関車であり、また同時に本州を最後に走った蒸気機関車でもあります。 現在は旧大社駅に保存展示されていますが、その前は出雲大社境内に展示されていました。 D51 774(出雲大社境内) この写真は平成5年3月に撮影したものです。 展示場所は出雲大社境内、下地図の 松の参道 と書かれている場所の右側(東側)位の場所だったと記憶…
もうすぐ津駅という辺りで、突然SLが目に飛び込んできてビックリ。 津偕楽公園というところでした。 前に嫁さんと津に来た時に、この公園の北の端っこだけかすめて歩いていました。 まさかこんなところにSLがあるとは。 499号機は、三重県内の関西線、紀勢線、参宮線で活躍したそうで、走行距離205万キロ。 ひょえー。 よく知らないけど、デフレクターの形が独特。 主連棒などが赤なのもかわいい。 腕木式信号機が置いてあるのもいい感じです。
北九州を行く日田彦山線はカルスト台地の平尾台と福知山塊の間のわずかな平地をぬけて城野で日豊本線に合流する。石原町発の上り積車編成は城野に向けて下り勾配を軽やかに進む。石原町は九州最大のセメント・石灰石発送駅でD51牽引の専用列車が多数設定され、石原町発着列車のD51は上り積車編成は正位、下り返空編成は逆行で運転されていた。 石原町発黒崎行8870レ 日田彦山線石田~志井 S48(1973)/3/29 黒崎行8870レはかなり長い編成で、機関車次位のセフに続き「黒崎─石原町間専用」のセキ6000が14輛、その後が異径胴タンク車のタキ9900が7輛で22輛編成であった。 日田彦山線石田~志井 S4…
「総半島の中ほど、外房の海沿いにある大原から、内陸部の上総中野まで26.8㎞を結ぶいすみ鉄道には、国鉄時代の1960年代に製造された古いディーゼル車両が走っています。観光客向けの急行列車として走るそのレトロな車両は、10年ほど前にJRで廃車になった車両をいすみ鉄道が購入したもの。古き良き時代の汽車旅気分を味わう事ができる列車とあって人気を博していましたが、古い車両ゆえ老朽化も深刻だったようで、2両編成のレトロ車両のうちの1両、キハ28型車両が2022年11月末をもって定期運行を終了することが発表されました。もうすぐ引退を迎えるこの国鉄型ディーゼル列車の旅を楽しもうと、2022年10月、いすみ鉄…
みなさん、こんにちは。 今回は広島から熊本へ向かいます。 山陽新幹線と山陽本線で下関へ 今回は、関門海峡を船で通過するのと、『SL人吉』に乗車するため、新山口まで新幹線、下関までは山陽本線で進みます。 ビクティニ:とりあえず、みずほ605号で新山口駅まで進み、下関までは山陽本線で進もう。この便なら新山口で下関行きの普通列車に乗り換えられるはずだ ミュウ:あとはのぞみとかこだまとかがあるけど、ここは九州新幹線も通っているんだね。 山陽新幹線の車窓 ということで、山陽新幹線みずほ605号で新山口駅まで進みます。 今回は青春18きっぷを使って旅行しますが、一部は新幹線を使います。そもそも、広島から下…
昨日の「岡城阯とトロッコ列車(大分熊本その1)」に続き、二日目の「大分熊本その2」です。 昨夜は早くから布団に入ったにも関わらず朝までしっかりと熟睡して、一体何時間寝ていたのだろうと自分でも感心してしまいました。 布団から出て障子を開けると綺麗な阿蘇の山々が目に飛び込んできました。ベランダに出てみると清々しい空気に最高の気分です。今日は昨日よりさらに綺麗な稜線に感動すら覚えます。あまりに綺麗な稜線なので今回持参した9000Dに400mmレンズを取付て撮影することにしました。 根子岳山頂付近です。さすが400mm、フルサイズ換算640mmの威力です。 高岳付近も余裕で撮影出来ました。朝日を浴びて…
今回は通称:蛇松線(沼津港線)の跡をポタ。東海道本線の支線の貨物線で、沼津駅から沼津港駅まで3㎞。昭和49年に廃止。蛇松は「じゃまつ」と読むそうです。 静岡方面に東海道本線に沿って進みますと、 フェンスから覗くと、海側左手にカーブしていく怪しい空間。 回り込みますと、沼津通運倉庫株式会社の倉庫等の建物群があります。あれ、、、さっきのカーブの先はどこに行った?と通り過ぎてしまったのですが、 よく見たら、この空間に線路跡。 蛇松線はこの倉庫の中を通っていました。というか、歴史的には線路が先で、周りに倉庫を建てたんですね。ホームがあって、当時の線路が残っているというのがたまらん。 倉庫を通り抜けた反…
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