享保2年8月30日。文左衛門は文昭院様(徳川家宣)御仏殿御目見から直ちに若宮へ出かける。以前主殿と文左衛門が手配する。御作事奉行3人は先に、源五父子は昼過ぎにやって来る。文左衛門は巳(午前9時)頃出かける。叟(おきな)の始まるところであった。中入りっもある。12の桟敷から見物する。神主から削り鰹・酒・饅頭が出る。弥次右から煮物、文左衛門のところから酒1升・飯、いろいろな餅を持たせ供応する。日が暮れて帰る。この日、元重町新長屋の売女宿をやっていた者がたくさん追い出される。売女も26人所を追い払われるとのことだが、詳しくはわからず。その中でももっとも悪い者2、3人が牢に入るとも。巾下新道あたりでも…