読書メモ(2009年5月その3)

『ブラウン神父』ブック/井上ひさし(編)/春秋社

『ブラウン神父』ブック

『ブラウン神父』ブック

『ブラウン神父』シリーズのガイド本…なんだが、正直、ブックガイドとしては微妙というか、中途半端なんだよね。入門書としてオススメ出来るかというと、そうでもないし。マニアファン向けとしても、喰い足りない。肝心の『ブラウン神父』シリーズ作品についての解説があんまり無くて、ファンの人を集めて、気ままにお喋りさせている…そんな感じ。というか、出している出版社は、『ブラウン神父』モノを出しているとこじゃないんだよな(その他のチェスタトン本を出している)。ブラウン神父本というよりチェスタトンの解説本。

ジョン・マーティン画集/大滝啓裕(解説)/トレヴィル

ジョン・マーティン(John Martin、1789〜1854年)の画集。油彩のほか、彼の名を有名にした銅版画(モノクロ)も収録。とくにミルトン『失楽園』の挿絵は、ミニマムながら素晴らしい傑作(栃木県立美術館所蔵…か。日本の美術館もやるね)。ただ、この人の油彩画は、このサイズじゃ迫力が伝わらない気がする。どんなに大判でも…やはりポスターぐらいじゃないとダメなのかなぁ。

探偵小説の哲学/ジークフリート・クラカウアー/法政大学出版局

探偵小説の哲学 (叢書・ウニベルシタス)

探偵小説の哲学 (叢書・ウニベルシタス)

ジークフリート・クラカウアーは『カリガリからヒトラーへ』、『天国と地獄』といった著作で知られるドイツの文化史家。第一次大戦から第二次大戦にかけてのワイマールドイツでは、ベンヤミンとか、エドゥアルト・フックスとか学際的な文化人が多く活躍したと記憶するが、クラカウアーもそのひとりなんだろうか? 彼らは揃いも揃って、のちにナチスに迫害される身となる訳だ。


解説では探偵小説論の古典みたいな扱いをしているが、執筆時期(1925年?)的にはそうでも、公刊が後(1979年)では、あまり意味が無いのでは? こういう批評、評論は世間に出されないと意味ないわけだし。内容にしても、切り口は面白いが、"哲学"を云々したがるスタイルには少々ゲンナリする。


ハドソン・リヴァー派画集/人見伸子(解説)/トレヴィル

ハドソン・リヴァー派画集 (ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ)

ハドソン・リヴァー派画集 (ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ)

トマス・コール、フレデリックエドウィン・チャーチ、アルバートビアスタット…といった19世紀アメリカのロマン派の流れをくむ風景画家たち。ハドソン・リヴァー派(Hdoson River school)に関する本邦唯一の画集。


このシリーズはデジデリオとかジョン・マーティンとか、ほかでは見られないレアな画家をフォローしているわけだが、にしても80〜90年代の幻想文学、幻想絵画ブーム(澁澤龍彦とか荒俣宏とかが演出した)があったといえ、現在から考えてみると、よく出たな〜というぐらいマイナーなラインナップだ。

京都文具探訪/ナカムラユキアノニマスタジオ

京都文具探訪

京都文具探訪

京都在住の文具好きイラストレーター(女性)が、地元の昔懐かしい文具店や文具シーンを訪ねあるくというフォトエッセイ集。やはり女性が書くと、モノに対する執着よりも、モノとの出会い、ヒトとの出会い、それらをつつむ空間(店)といった要素が前面に出てくる傾向があると思う。だから、女性が書く文具エッセイって読んでいて心地よいんだよね…物欲ギトギトな感じがなくて。

現代政治学入門(講談社学術文庫)/バーナード・クリック

現代政治学入門 (講談社学術文庫)

現代政治学入門 (講談社学術文庫)


政治学とは、社会全体に影響をあたえるような利害と価値をめぐって生じる紛争についての研究であり、また、どうすればこの紛争を調停することができるかについての研究である。それを研究したからといって、「なにもかもが入り組んで哀しい世の仕組み」[オマル・ハイヤームルバイヤート』]を正すことは期待できないにしても、この世での生活を改善するのに非常に有効な事柄を学ぶことにはなるだろう。 (本書13頁)
冒頭の明快かつ人を喰った政治学の定義に参った…。


本書は、ブレア政権のアドバイザーでもあった(リベラル右派?)英国の大物政治学者が、大学などの高等教育機関向けに書きおろした政治学の入門教科書だが、政治学の教科書ときいて我々が連想するような無味乾燥さも、あるいはスカスカなアンチョコ本の安易さも無くて、よく分かる上に、読んでいて凄く面白い…という本。政治学の本で、これぐらい面白い本は読んだこと無いな。


合意形成のための妥協としての政治、雑多なものからひとつのものを生み出すプロセスとしての政治…歴史の経験知に鍛え上げられたイギリス政治と政治学のコクを感じさせる内容なのだが、マジメ一点張りじゃなくて、上述のような大人のユーモア(英国ユーモア)を感じさせる叙述そのものも魅力なんだよね〜。



子どもたちはわたしのいうことにしたがったが、それは、そうしなければゲームが流れてしまうというきわめて功利的な理由からである。つまり、そうしなければ、かれらはいわばホッブズ的な自然状態、アナーキーな状態に置かれることになるわけである。そこで、とにもかくにもサッカーをするためには、ルールの理解がどんなに怪しげな審判だとしても、かれらには審判が必要だったのである。 (本書134〜135頁)
子どものサッカーの審判をした経験を語りながら、政治制度について説明するくだりにはくっくっくっと笑いをこらえてしまうな。

絵の言葉(講談社学術文庫)/小松左京高階秀爾

絵の言葉 (講談社学術文庫 74)

絵の言葉 (講談社学術文庫 74)

日本を代表するSF作家と西洋美術評論家が、人間と美術文化、西洋美術と日本美術について自在な対話を繰り広げる…異色の組み合わせによる美術対談。すぐれた美術論にして秀逸な文化論。刊行年だけ見ると古い(元となった対談は昭和50年)んですが、内容はいっこうに古びない。


ふつう、こういう組み合わせだと、専門知識を持っているほうが主導権を握ってしまって、もう片方が受身に拝聴する(先生→生徒)という展開になることが多いんですが、あきらかに専門外の小松左京が次々に鋭いサジェスチョンを投げかけて、丁々発止の白熱したやり取りが繰り広げられる…すごいなぁ。


西洋美術や学芸の根底にあるロジック…法則、秩序、数学が、ふたりのやり取りから分かりやすいカタチで浮かび上がってくる、その過程はとてもスリリングなんですが、対する日本美術が靄につつまれたまま…なのは致し方ないか。

お菓子帖(朝日文庫)/綱島理友朝日新聞社

お菓子帖 (朝日文庫)

お菓子帖 (朝日文庫)

軽いタッチのお菓子コラム。泉屋クッキー、ゴーフル、源氏パイエンゼルパイ…と取り上げられている品は定番中の定番というか、どこでも手に入るものばかりだし、データやウンチクを詳細に盛り込んでいるわけでもないので、ディープでマニアックなB級お菓子マニア(?)からすると不満の多い内容かもしれない。泉屋クッキーの図解は面白かったんだけど、こういう感じで他の品についてもイラスト付の詳細な解説をしてくれば、もっとよかったのかなぁ〜。

ブラウン神父(集英社文庫)/G.K.チェスタートン

ブラウン神父 (集英社文庫―世界の名探偵コレクション10)

ブラウン神父 (集英社文庫―世界の名探偵コレクション10)

『ブラウン神父』短編集全五冊から一篇ずつ抜き出し、珍品「ドニントン事件」と詳細な解説をくわえた日本独自編集の短編集。選ばれた作品が必ずしも傑作揃いではなく、ベスト・セレクションとは言いかねるが、ブラウン神父というキャラクターがよく分かることは分かるので、これでもいいんじゃないの?


個人的には「マーン城の喪主」かな。こういうカタチで読み直してみると印象深い。罪と赦しというテーマが前面に出され、神父が"探偵"である以前にローマン・カトリックの聖職者なんだな、とあらためて再確認する。解説はかなり親切丁寧で、ブラウン神父モノの入門書としては悪くない一冊。



飛ぶ星/ペンドラゴン一族の滅亡/ムーン・クレセントの奇跡/マーン城の喪主/古書の呪い/ドニントン事件

作家の家―創作の現場を訪ねて/西村書店

作家の家―創作の現場を訪ねて

作家の家―創作の現場を訪ねて

プロローグ(序文)のマルグリット・デュラスを含め、欧米の文学者21人の"創作の現場"である家を訪ね、写し撮った文学写真集。


う〜ん、ワタクシが求めていた(予想していた)ものとは、多少違っていたようだ。あくまで見たいのは、作家の創作の現場の"ナマのカタチ"であったのだが、もう文学史となってしまった過去の作家、文豪となると、もう愛好家向けの記念碑、記念物と化してしまって、ナマナマしいアウラみたいなものは消えてしまっているらしい。現在生きてバリバリ仕事している作家の家じゃないと、創作活動してますという、現場感みたいなものは匂ってこないのだろうか?


人選や構成に首を傾げるところもありますが、文学写真集としてはまあまあだと思います。お宅拝見めいた覗き見趣味からいえば、やはりダヌンツィオとカルロ・ドッシの超ゴージャスな邸宅!!!が見どころでしょうかねぇ。前者はともかく後者は文学者としての知名度に?をつけたいところですが、自作の館は文句ナシの傑作(笑)。コクトーの家も彼らしいですね。三島由紀夫澁澤龍彦の家を足したような内装です。こっちの方が先かもしれんですけど。


でも、個人的にはブルームズベリーのご両人、ヴィタ・サクヴィル=ウェストとヴァージニア・ウルフが(ワタクシ的には)イチ押し。前者はシシングハースト庭園&館で、塔の中の書斎って、なんか憧れるな〜。ウルフのモンクス・ハウスは田舎の隠者の草庵めいたこじんまりとした感じが、いかにもいい。



▼作家一覧
マルグリット・デュラス(仏)/カーレン・ブリクセン(デンマーク)/ジャン・コクトー(仏)/ガブリエーレ・ダヌンツィオ(伊)/カルロ・ドッシ(伊)/ロレンス・ダレル(英)/ウィリアム・フォークナー(米)/ジャン・ジオノ(仏)/クヌット・ハムスン(ノルウェー)/アーネスト・ヘミングウェイ(米)/ヘルマン・ヘッセ(独)/セルマ・ラーゲルレーヴ(スウェーデン)。ジェゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ(伊)/ピエール・ロティ(仏)/アルベルト・モラヴィア(伊)/ヴィタ・サクヴィル=ウェスト(英)/ディラン・トーマス(英)/マーク・トウェイン(米)/ヴァージニア・ウルフ(英)/ウィリアム・バトラー・イェイツアイルランド)/マルグリット・ユルスナール(仏)

黙示録論(ちくま学芸文庫)/D・H・ロレンス福田恆存(訳)

黙示録論 (ちくま学芸文庫)

黙示録論 (ちくま学芸文庫)

Apocalypse(1930年)。新約聖書の『ヨハネ黙示録』の読解をとおして、その中に込められた復讐思想、ルサンチマンを暴き出し、キリスト教の抱える相反する二面性と、それを隠そうとする欺瞞を突く独自の聖書論。


ロレンスの愛読者というわけでも、福田恆存の格別なファンというわけでもなく、単に『ヨハネ黙示録』に対するミーハー的な興味から、この論に辿りついて読んだに過ぎないが、とても面白かった(興味深く読んだ)。ロレンスの小説は全然興味をひかれないが、『古典アメリカ文学研究』(これもロレンス作ということを意識せず読んだ)は面白かった記憶がある…相性いい?


訳者が筑摩書房版前書(本書では「後書」に収録)でことわっているように、これはキリスト教批判というよりは、聖書とその解釈によって歪められていったキリスト教批判…つまり教会批判という感じがする。彼にとってイエスとそのサークルがやっていた頃の原始キリスト教はプリミティブ(原始的)なるが故に肯定すべきもので、近代批判と繋がってくるんだろうね。


まあ、原始キリスト教がロレンスの想定するようなプリミティブなものだったかはさておき、本書のメインテーマである黙示録批判。「おそらく、聖書中もっとも嫌悪すべき篇はなにかといえば、一応、それこそ黙示録であると断じてさしつかえはあるまい」(本書33頁)「しかしアポカリプスはごく幼少のころからずっと現在に至るまで、本能的に私の性に合わなかったのだ」(本書35頁)…と全否定でぼろ糞けなして、それがいかにルサンチマンに満ちていて、選民思想で、悪趣味かつ鼻もちならないかを詳細に説いている一方で、そのシンボリズム(象徴性)やコスモロジー(宇宙観)にうかがえる古代思想の名残りにウットリ…というところもあって、一筋縄にはいかんですね、ロレンスさん。


これだけの嫌悪と反発の裏側には、やはり、こういう感情を身近に見、聞きしていたという近親憎悪めいた感情があるのでは…と下衆の勘ぐり。

白い僧院の殺人(創元推理文庫)/カーター・ディクスン

白い僧院の殺人 (創元推理文庫 119-3)

白い僧院の殺人 (創元推理文庫 119-3)

ロンドン近郊の由緒ある建物「白い僧院」の別館で、ハリウッド女優マーシャ・テートが殺害された。大女優の周囲に渦巻いていたスキャンダラスな人間関係。そして殺害現場には第一発見者の足跡しか残されていない不可能犯罪状況。難解な事件に、犯罪捜査の天才ヘンリー・メルヴェール卿が挑む…。


The White Priory Muders(1934)。H・M(ヘンリー・メルヴェール卿)シリーズの一作。"白い僧院"…とありますが、おそらく宗教改革で没収されて貴族の館に改装されてしまった元修道院のことだろうと思いますので、作中に修道士とか聖職者が出てくるということはありません。聖なる場所での殺人…みたいなニュアンスは元からないわけです(昔、タイトルで誤解していた…)。まあチャールズ二世(その放埓さで知られる王政復古期の英国王)が愛人との逢引に利用したラブホテルもどきな建物(別館)があるぐらいですからね。俗も俗…。


自然(雪)による密室という不可能犯罪トリックで、当然のことながら思い浮かぶであろう足跡細工トリックが出されては消え、出されては消え…という推理の過程はスリリングかつユーモラス。ギミック好きの俺でもさすがにそういう安易な手は使わないぜという著者の哄笑がきこえてきそうな感じ(笑)。


カー(カーター・ディクスン)作品にしてはめずらしく、オカルティズムも残虐趣味もなく(歴史趣味は多少アリ…)、ロマンス色の濃い作品。ただ、探偵役のヘンリー・メルヴェール卿はイマイチ好きになれないんだよな〜。

アニメメモ(2009年5月後半)

東のエデン」8話:あらかじめ失われた道程をさがして [2009年05月28日深夜]

けっきょく大杉は無事だと分かり、安堵するエデン一同。一方、滝沢はノブレス携帯の解析に咲、みくると京都に行く。引きこもりの凄腕プログラマー板津(パンツ)を訪ねるのだ。おもしろくない大杉は滝沢の過去を調べるが…。


ジョニー、ジョニーうるさい(苦笑)。というか、あの夢は去勢恐怖症のイメージと解釈してもよろしいんでしょうかねえ? 記憶云々とフォウ・ムラサメのよ〜なことを言う前に、精神科にでも逝けばぁ?…と思ってしまう。こういうウサンクサイ人間に冷たい視線をおくる大杉というキャラはうまく使えば深みも出てくるんだろうが、明らかに幼稚なコメディ・リリーフだから、けっきょくあのキムタクもどきの主人公を受け入れられるか否かということになるのね。

東のエデン」7話:ブラックスワン舞う [2009年05月21日深夜]

失踪したサークルメンバーの大杉は、ジョニー狩に捕まっているらしい。ネットにアップされた画像をもとに、居場所を特定した滝沢。ノブレス携帯の履歴から、どうやら相手もセレソンらしいということが分かるのだが…。


人体浮揚と羽ニョキニョキはいらんシーン。あれは実は手品なんですよ〜と履歴で理屈をつける小賢しさも相まって、あまりに浮きすぎていた。セレソンの異能を咲に印象づけるためならば、もっと別の見せ方もあっただろうし、単にああいうシーンをやって見せたかっただけというオナニーでしょ。ビジュアルイメージとして素晴らしければそれでもいいが、何のインパクトない。

シャングリ・ラ」8話:口紅無残 [2009年05月27日深夜]

涼子から死刑を宣告される國子。
イムリミットが迫る中、モモコが面会に訪れるのだが…。


女囚仲間の助けで見事脱獄成功! けっきょく、あの地下道は使わなかったんだな…また、あとで使うことになるかもしれないが。親友(?)のあの娘が撃たれてしまうとか、モモコさんが犠牲になるとか、そういう展開を予想していたけど、外れてよかった〜と思っていたら、やはり虐殺っスか! これが涼子さまもグルっぽい國子育成イベントくさいだけに、彼女らは無駄死にじゃ…。

シャングリ・ラ」7話:悲想恩讐 [2009年05月20日深夜]

軍に再逮捕されてしまう國子。送り込まれた先は、出所したばかりの更生施設。そこで彼女を出迎えたのはアトラスの総裁・鳴瀬涼子だった…。


涼子さまと取り巻きのコスプレごっこ…お題は女囚地獄ナチス女刑務所…みたいな〜。イルマ・グレーゼですね、わかります(笑)。「ソドムの市」ですね、わかります(笑)。國子成長(覚醒)のための試練イベントともろ分かり(…というか、涼子さま自身もそのつもりで"やっている"わけで)なんだよな〜。

・「イナズマイレブン」34話:衝撃!エイリア学園!! [2009年05月27日]

白恋中に襲来するエイリア学園。
吹雪を加え、新たなる布陣で三度目の対決を挑む雷門。
が、監督はなぜか吹雪をDFにすえてしまう…。


またまた〜>新監督。
たしかに言葉で言いきかせるよりも身体で覚えさせろとはよく言うけど、最近の(コーチング)トレンドとしてはむしろ逆の方な気も。まさかの染岡さん大活躍(笑)。でも傍から見ると、いいように吹雪に操縦されているよ〜にも見え、これで、豪炎寺の時のよ〜に副エースという地位に甘んじてしまうのか?


二度あることは三度ある→三度目の正直。
ことわざ三倍返しにレーゼさん涙目。ここまであっさり勝てるとは思わなかったけれど、やっぱりまだ敵がいるのか。二軍→一軍。お約束すぎる…

・「イナズマイレブン」33話:エースストライカーはだれだ! [2009年05月20日]

雷門に加わった吹雪。エイリア学園との再試合を控え、吹雪の提案でスピード不足を補うための雪山特訓を行うことになる。一見、サッカーに関係ない練習に不安と不信を募らせる雷門メンバー。新監督はとことんホウレンソウの精神に欠けているな〜と。まあトップだから、ホウレンソウしなくてもいいんだろうけど。あと今回ほとんどサッカーやってないね…それでも面白いけどさ。

蒼天航路」8話:業火の奸雄 [2009年05月26日深夜]

黄巾党の食糧備蓄基地を落とした曹操。が、基地はすでに黄巾党の増援により包囲されつつあった。曹操の取った、起死回生の一手とは…? 火計は曹操お得意の計略という気がする。(演義でも)大事な戦いでは、火攻めで勝ってますからね。これで、赤壁は負けたんだけど…。斧使いの爺さん戦死。なんというか退場が早すぎて…なんの感慨もわかないのが困ります。

蒼天航路」7話:天・地・人 [2009年05月19日深夜]

新興宗教太平道」の教主・張角が信徒を集めて一斉蜂起した。それは衰退の漢王朝を大きく揺るがす大乱「黄巾の乱」である。官軍の将となった曹操は、黄巾党の戦術を見抜くのだが…。天・地・人…といっても、大河ドラマとは関係ないようですね。ただ、ああいう戦法が集団戦において有効なもんかねぇ? あと、孫堅孫権父)登場。まだキャラが見えてこない…。

夏のあらし!」9話:HERO(ヒーローになる時、それは今) [2009年05月31日深夜]

あらしの人助けで歴史は変わっているのか?…ふと、そんな疑問をいだくハジメタイムパラドックスの危険性に負い目を感じていたあらしを傷つけてしまう。ハジメはそんなあらしをなぐさめようとするのだが…。


タイムパラドックスの話題はカヤと潤が散々言っていたことなのに、現在になって気にするのか>ハジメ。というか、科学少年なら、真っ先に気づいてもいいハズ。なのに、なんの躊躇もなく歴史改変に加担しまくりだったのは、惚れた女のため…なのかね?


ようやく洋館ペア(加奈子&やよゐ)登場。

夏のあらし!」8話:勝手にしやがれ [2009年05月24日深夜]

女の子であることを隠して、男装を続ける潤。もちろんハジメはそんなことを知りもしない。が、ひょんなことから、ふたりの身体が入れ替わってしまった。潤→ハジメハジメ→潤。おれがあいつで、あいつがおれで…? 


大林宣彦(「転校生」)ですね、わかります。
おれがあいつであいつがおれで』(山中恒)ですね、わかります。


元ネタの映画は男女が入れ替わって、互いの気持ちがよく分かるようになる…という性転換シチュエーションの古典的名作で、そのパロディなのだが、この場合、ハジメは潤のことを男だと思い込んだままで、潤としてもそう思わせたままでいたいからドタバタ…みたいな展開になるのね。結局、ハジメの認識は変わらずじまいか…あそこまで見ときながら、気がつかないなんて、どんだけぇ…。


結局、オチてないなぁ…。

夏のあらし!」7話:他人の関係 [2009年05月17日深夜]

潤は実は男装した女の子だった。カヤに正体を見破られたことで、皮肉にもカヤとの仲は深まっていく。古風な"女性らしさ"を持つカヤに憧れと反発がない交ぜになった複雑な気持ちをいだく潤だが…。ここまで女性の媚に嫌悪感を示すのって、やはり何らかのトラウマでもあるのかね。枕営業とか…?

グイン・サーガ」9話:ラゴンの虜囚 [2009年05月31日]

伝説の巨人族ラゴンと遭遇するも、その虜囚となるグイン。グインの素性を疑うラゴンを納得させるために、ラゴンの戦士と対決することになる。一方、モンゴール軍に潜り込んだイシュトバーンはマルス将軍の信頼を得ていた…。


伝説のラ族…じゃなくて巨人族ラゴンに捕まって剥かれてしまったグインさん(;´Д`)ハァハァ…ってスミマセン。しっかし、今から見ると古典的なシチュになってしまったなぁ>未開の蛮族の囚われ人になる主人公というシチュ。まあ、囚われになるのが、文明人じゃなくて、半人半獣のバケモノというのが違うといえば違うのか。決闘がウヤムヤなまま端折られてしまったのが残念。


マルス爺や死亡。口うるさいだけの忠臣キャラどまりで、あんまりカッコイイところ見せられないまま逝ってしまったのは、惜しかったかなぁ…。

グイン・サーガ」8話:狼王との出会い [2009年05月24日]

モンゴールに対する決定的勝利。
その鍵となる巨人族ラゴンとの同盟を求め、グインは戦列を離れる。
旅の途中、グインは不思議な幻覚を見るのだが…。


グインを導く三人の女…についてはネタバレになりそうなので割愛。これを割愛すると、何も語れないけど>今回の話。アニメ版はどこまでやるつもりなんでしょうかね。あの人とあの人に関しては、相当、話を進めなくちゃいけないし、あの人だってねえ…先々に波瀾の展開が待っていることだし。モンゴール軍の陣営に潜り込んだイシュトは当然、埋伏の毒になるということで、カレをうっかり信用してしまったマルス爺や涙目…ということになります。

グイン・サーガ」7話:ノスフェラスの戦い [2009年05月17日]

圧倒的軍勢でノスフェラス侵攻を開始するモンゴール軍。
劣勢のセム族が勝つには、ノスフェラスの地の利を生かすしかない。
豹頭の将グインの智謀が、モンゴール軍を翻弄する…。


グインさんパネェ〜(苦笑)。リンダがベタほめしてますけど、たしかに生まれついての王者にして一軍の将たる器なわけで、いくら豹頭に事前にインプットされていたノスフェラスの知識があったとしても、それを活かせるだけの器量があるというわけで、もう一度、グインさんパネェ〜。イドに喰われた金髪&一般将兵、屈辱のネリさま、マルス、赤獅子には悪いのだが、後半の獅子奮迅の活躍ぶりには、マジ鳥肌が立ちましたよ…映像で見ると凄い!


こういうサバイバルな状況では生き生きとしているケダモノのグインさんに対して、このところ完全にコミカルな役回りというか、ギャグキャラポジションが定着しているイシュトだけど、まあ、この頃は彼も若かった…蒼かった…ということでしょうかね? 後年の彼からさかのぼると、ギャップあるわ。

・「機動戦士Zガンダム」36話:永遠のフォウ [2009年05月31日]

キリマンジャロの山中で死んだはずのフォウと再会したカミーユ。一緒に脱走するが、強化人間を束縛する精神支配の力に阻まれる。誘われるようにふたたび、サイコガンダムに乗り込むフォウ。悲劇は繰り返すのだろうか…?


「あはははは…バーン!」再会のこの台詞には正直ヤラレタ。道理で、本来のヒロイン(ファ)よりも人気が出るわけだよな〜。アレな部分があるとはいえ、ここまで魅力的だと、あのカミーユが転んじゃった(サラ相手にはやたらと大人なのにね…)わけもわかるというもの。デレモードの彼女は無敵。とはいえ、俺的には被害妄想トラウマスイッチの入った彼女の方がより好みなんだな…。


復讐鬼ジェリドはもはや、恋愛劇で主人公カップルの仲を邪魔する三枚目、ヘッポコ敵役、お笑いヤラレ役でしかないようだ…。なんつ〜か、やることなすこと完全に空回りして、転落したあげくにGETした新型機(バイアラン)も、悲劇のヒロインにトドメを刺すという、損な役回りに使われるだけ…ああ。

・「機動戦士Zガンダム」35話:キリマンジャロの嵐 [2009年05月24日]

レコアの喪失…沈滞した空気を引きずったままカラバの地上作戦支援のため、軌道上に展開するアーガマ。それを執拗に追うヤザン隊との激戦で、クワトロは地球の引力に引き込まれて落下してしまう。あとを追うカミーユのZ…。


フォウヽ(゚∀゚)ノキター! 再登場でいきなり、遠隔操作実験で悶え苦しむシーンって、スタッフはどんだけサドなんだよ…。地上(キリマンジャロ)への降下は予定外だった…ということか。この頃から、宇宙はエゥーゴ、地上はカラバという棲み分けというか役割分担がキッチリ固まっていたのかもしれない。カラバもカラバで、ガルダを母艦にアムロというエースもいてMSの頭数もティターンズの拠点を攻撃できるほどに揃えているわけだし。次回、フォウ…散る。

・「機動戦士Zガンダム」34話:宇宙が呼ぶ声 [2009年05月17日]

クワトロ(シャア)の行動により、アクシズとの交渉が決裂。作戦方針をめぐってギクシャクが続くエゥーゴ内部。そんな中、ドゴス・ギアヤザン隊が再度の攻撃をしかけてきた。負傷していたレコアは無断出撃してしまう…。


レコアさんが、あっちの世界に逝ってしまう話…ではなくて、ティターンズに(いまのところ捕虜として)連れていかれてしまう話ですね(現時点では、まだ裏切ってません)。レジスタンスとしての過去話とか、彼女の心情がいろいろ説明されていますが、けっきょく"セックス"の一言で片付けてしまうというのが、なんというか…御大なわけで(苦笑)。裏切りは女という性(セックス)の性(さが)とでも言いたいのか。やりようによっては、もっと彼女に同情的な描き方もできたと思うんですが、結局残るのはビッチという汚名だけか…。


歴戦の勇士(…だと思う)ヤザンすらビビらせる、後半の電波全開モードにさすがについていけない。にしても、ハンブラビの一撃は、あからさまに交尾でワロタ。キズモノにされたメタスを、ファが引き継ぐのかよ…おいおい。

鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」9話:創られた想い [2009年05月31日]

第五研究所で心身ともに深く傷ついた兄弟。とくに自分の存在意義(アイデンティティー)を対戦相手ナンバー66に突き崩されてしまったアルの痛手は深い。そんな中、エドの修理のためにウィンリーがやってくるのだが…。


旧作の録画を掘りおこして(比較対象として)見てみたけど…見るんじゃなかった。おとなしく旧作をハイビジョン化して再放送+新作した方がよかったんじゃないの? どこの局も今期は再放送流行りだし、実質同じようなもんでしょ? ほんと、この話でもひたすらギャグがKYだ。旧作だってギャグがあるけど。

鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」8話:第五研究所 [2009年05月24日]

"賢者の石"の真実…それは生成におびただしい人の生命を要する真実。神を恐れぬ錬金術師といえども、けっして越えてはならない禁忌の産物なのか? 答えを求めて、兄弟は閉鎖されている第五研究所に潜入する…。


(元)死刑囚ふたりとの激闘。ヌルヌル動くバトルはいいとしても、やはり合間のギャグは空気嫁という感じしかしない。原作通り? だから何だと言うの? アニメとしてつまらないものはつまらないし、寒いギャグは寒い…これが「鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」の真実の真実ということなのかね?

鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」7話:隠された真実 [2009年05月17日]

マルコーの研究資料が眠る国立中央図書館にやってきた兄弟。が、資料のある建物は謎の失火により消失。抜群の記憶力を持つ元司書シェスカの協力で資料の復元に成功するのだが、その内容はなんと…料理のレシピ?


マルコー資料の謎解きと本の虫シェスカ登場。たしかに、旧作でもここらのエピソードは割とお茶らけているというか、ギャグ分大目だったような気もするが、一方でセントラルに巣食うホムンクルスの陰謀とか、軍の内部抗争を仄めかしたりとか、緊迫感もあって、なんというか緩急のつけかたがうまかった…ような気がするんだけど、こちらでは、ただギャグを垂れ流しているだけなんじゃ…。

バスカッシュ!」9話:アイドル・アタック! [2009年05月29日深夜]

温泉地で旅の疲れを癒やすダン一行。が、そこに人気女性アイドルユニット"エクリプス"が現われる。ビックフットバスケ選手に転身(?)した彼女たちは、勝負を挑んでくる。リズム感のある動きに翻弄されるダンだが…。


OPの三人娘VSダン&ミランダ&アイスマン。歌もキャラクターも微妙>三人娘。ダンが色付けで呼び捨てにしていたけど、それぐらいの個性しかない。主人公サイドと絡んでキャラが動けば、少しは面白くなるかと思ったんだが…。

バスカッシュ!」8話:パス・オブ・トゥルース [2009年05月22日深夜]

ローリング・タウンを追い出されたダン一行。追っかけてきた謎の少年アラン(正体はフローラ姫)も加わり、ますます賑やかに。そんな中、砂漠の街でチンピラとトラブルになるが、彼らはアイスマンの元チームメイトだった…。


ドサまわり地方巡業編に移行。姫(くぎゅ)は男装すると完全にアルフォンス・エルリックにしか聞こえません、スイマセン。けど、あのチャチな男装で全然バレてない(バレてないフリをしてるのか?)というのが凄い。そもそも姫が男装する必要性があるのかと小一時間…バスカッシュ!は女子禁制という掟があるわけでもナシ…。やっぱりデストロイ!はパスだったのか>アイスマン

バスカッシュ!」7話:ウイズイン・アウト・オブ [2009年05月15日深夜]

月(成功)への夢と自分のやりたいバスケの両天秤に悩むダン。しかも、ジェームスのオープン・シティ・バスケ構想はストリート人気に目をつけただけ、カタチを変えたプロ・リーグ構想に過ぎない。はたしてダンの出した答えは?


ダン(主人公)をいったん落としてから(鬱)、再起してその答えを叩きつける(躁)、そこにオープニングテーマを被せて、第1部完というまとめた方はカタルシスがあって、よろしかったと思う。やっぱり、こういうノリだけで突っ走る展開になると見ていて面白いんだけど、そこに至るまでの展開がねぇ…。ダンの葛藤も、イマイチ見ている側に迫ってこないというか…どうしてなんだろ?