片耳をなくした男の、その後 ある日の朝の電車で、イヤホンを片方落とした男を見た。 白いやつ。左耳だけぽろっと抜けて、床をコロコロ転がって、誰かの足元に吸い込まれていった。彼は一瞬「あっ」て顔をしたけど、拾いには行かなかった。いや、行けなかったんだろう。しゃがんだ瞬間、誰かのカバンの角が顔に刺さるくらいの混雑だった。彼の顔は、まさに「やってしまった」という感情をなんとか押し殺していたが、動揺は隠しきれていなかった。バレバレ、というやつだった。 彼は少し時間が経つと、右耳のイヤホンを外して、ケースにしまった。スマホも閉じて、画面を見つめるでもなく、ただそのまま立っていた。満員電車の揺れの中、ただた…