その夜、彼は背中を丸めてカウンターに座った。フード付きのジャケットに、少し無精ひげ。一見して、どこか“今日で何か終わった”顔をしていた。 「…ウイスキー、ストレートで」 私は頷きながら、グラスに静かに琥珀を注ぐ。彼は手元を見つめたまま、ぽつりと言った。 「今日、退職代行で会社辞めたんです」 言い終えても、罪悪感のような空気がしばらく彼の周りに残っていた。 「同期も先輩も、悪い人じゃなかった。でも…毎朝、吐きそうになるくらい嫌で。もう限界だったのに、言えなかったんです。“辞めたい”って」 彼はグラスを傾けた。一口目で顔をしかめながらも、どこか落ち着いたようだった。 「“逃げるな”って、よく言われ…